奇談モンスターハンター   作:だん

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3節(2)

「あまり目立たせたくはないんでね。噂なんかを広めたりしないでほしいんだがな」

子供の様に表情を輝かせる我らの団の団長に対し、ムラマサが苦笑気味に言うのであった。

「わかっているともさ。何にせよ、珍しく私の相棒が後学のためにとうるさいのでね。これ幸いと言ったところさ」

そう言ってムラマサに笑いかける団長であった。

彼がいう相棒とは、おそらく我らの団専属の加工技師の事であろう。

大柄な竜人族の男で、ディーンも空の道すがら顔を合わせたのだが、驚くほど寡黙な男であった為、あまり話らしい話はできなかった。

彼ら以外にも、やたらと陽気な竜人族の商人や、アイルーのコック。そしてメガネの受付嬢に土竜族の少女と、非常にバラエティーに富んだ面々であった。

本来は、専属のハンターも共に行動しているそうだが、今は長期休暇で里帰り中との事だった。

団長が誇らしげに「我らの団のハンター殿さえ休暇でなければな!ラストサバイバーズの力を借りる必要も無かったのに」と悔しがっていた。

 

「さて、みんな。これからの流れを説明したいのだが、いいかな?」

我らの団の面々が、自分達の停泊準備を始めたのを見計らったムラマサは、ディーン達に振り返ると口を開いた。

どうやら、ここで彼らとは別行動をとる事になる様である。

各々頷いてムラマサに注目するのを確認した彼は、今後の計画を話して伝えるのであった。

「まずは、私の実家で一泊し、明朝に村を発つ」

「発つ?村の外に出るのか?」

あんなに立派な設備があるのに、村を発つとはとういう事なのだろうと、ディーンが素直な疑問を口にする。

これには、鑪場(たたらば)に興味津々だったイルゼも同意見の様であった。

「ああ。そうだ」

応えるムラマサは、そこからは声を落として面々に顔を寄せる。

あまりに勿体ぶった彼の様子に、面々は思わずつられてムラマサに顔を寄せて聞き耳を立てた。

「ここから先は、我らの団にもあまり知られたくはないのでね。それと勿論、皆も他言無用に願いたい」

いつになく神妙な物言いに、ディーン達は当然ながら、こう言った話なら「口止め料」などと口走りそうなシュンギクも押し黙ってムラマサの言葉に集中している。

もしかしたら、彼女のご主人同様、シュンギク本人も純粋に興味があるのかも知れない。

「“御堂(ミドウ)”の家が代々伝えるのは、鑪錬成法などという、“いたって普通の技術”などではないのでね」

ムラマサの苗字(ファミリーネーム)とは、余程意味のあるものなのだろう。

それが証拠に、前もってムラマサがこのはぐれ里に文を送っていたとは言ってはいたが、深夜にも関わらず里をあげての出迎えがあった程である。

里の者達は、我らの団の面々を丁重に歓迎すると、里の奥の方へと誘導して行く。

どうやらこれも、ムラマサの指示通りの様であった。

にしても、加工技術の歴史に詳しい読者諸君もいるかも知れないが、燃石炭の火力を得る為に、竜人族の加工技師達がどれほど骨を折ったか、知らないムラマサではなかろうに、彼は在ろう事か、それ以上の火力を有する鑪場を“いたって普通の技術”と切って捨てたのである。

一体どんな環境なのか、想像もできなかった。

御曹司(おんぞうし)

不意に、彼らにかかる声があった。

振り返ると、そこには年頃の少女が一人、シキの国特有の“キモノ”と呼ばれる衣装に身を包んで立っていた。

「おお、リエか。いや、私ももういい年なのだから、御曹司はよしてくれ」

かけられた声に、ムラマサがいかにもくすぐったそうに応える。

リエと呼ばれた少女は、まっすぐに伸びる長い黒髪の、まるで人形の様な少女であった。

「いえ。御曹司は、御曹司ですから」

そう言って丁寧に頭を下げる。

里の者達のほとんどが、我らの団を客として出迎えている中で、彼女だけ一人、ムラマサ達の方へとやってきていたのである。

「えっと、マーサ?その子は……」

誰?と、そう聞こうとしたディーンであったが、それまで人形の様に無表情、というより、表情を作ることを控えていたリエが、ディーンの言葉を聞いた途端、一気に眉根を寄せる。

「マーサですって?」

整った顔の少女に睨みつけられ、一瞬面食らうディーンだが、そもそも一体何故自分が睨まれなければならないのか、皆目見当がつかなかった。

「なんだよ?」

怪訝な顔で聞き返すが、リエは話す必要など無いとばかりに、ぷいとそっぽを向いてしまうのだった。

「こらこら、リエ」

そんな彼女を、苦笑しながらムラマサが嗜める。

「まったく、相変わらずだな」と頭を書きながら、ディーンにすまないねと代わりに謝罪し、ムラマサは彼女の事をディーン達に紹介するのであった。

「この子はリエ・ゾウシガヤと言ってね。まぁ、小難しい話で申し訳ないが、私の家の分家筋に当たるんだ。私は恥ずかしながら、家を飛び出した本家の放蕩息子なんだがね。未だにお家のしきたりを忠実に守ってくれているのさ」

「そんな!?」

ムラマサの自嘲気味な言葉に、リエは打って変わって極端な反応を見せた。

「御曹司は、放蕩息子などではありません!」

声を荒げる彼女に、ムラマサはやはり困った様に苦笑しながら「放蕩息子さ」と応えると、その話は終わりだとばかりに、今度はリエにディーン達を紹介するのであった。

まずラストサバイバーズの名代としてイルゼを。

その流れで彼女のオトモの二匹を紹介し、最後にディーンの番と、彼の名を告げた時であった。

「そして、彼がディーン・シュバルツ君。今回は彼の為に……」

「やっぱり……!」

リエが思わずといったふうにムラマサの言葉を遮った。

主従関係にうるさそうな少女だが、それ以上に彼女からしたら、ディーンの名前には意味があったのだろう。

「貴方が、ディーン・シュバルツ……」

先程同様、ディーンを鋭い視線で睨みつけるリエ。

「なんなんだよ……?」

正直、初対面の人間にこうまで敵意剥き出しにされる経験はなかなか無い。

先日のバーネット卿の時とは違う感覚だが、なんだか最近こういう事ばっかりな気がしてならないディーンであった。

「リエ、いい加減にしないか」

流石に険しい表情になり、ムラマサがリエを叱りつける。

しかし、リエはツンとした態度を改める事なく「リエと申します。この度は遠路はるばるようこそおいでくださいました」と言って慇懃に頭を下げて見せると、ディーン達の返答など待たずに「では、御堂様のお屋敷へとご案内いたします」と踵を返すや、スタスタと行ってしまうのだった。

「ニャ。少年、あの子にニャんかしたのニャ?」

「ニャ〜。オリエンタルな衣装に、欲情にまみれたいやらしい視線で舐めまわしたんじゃニャ〜の?」

口々に勝手な事をいうオトモ達に、「知らねぇよ」と突っ返すと、ディーンはムラマサを見やる。

「で、マーサは心当たりある?」

少し責める様な口調になっている事は自覚があるが、流石にディーンとしても気分がいいものではない。

それがわかるからであろう、ムラマサは困った顔で頭を書きながら「まぁ、あるにはある」と応え、彼女の背中を追う様に歩き出した。

「私は1年ほど前に、里に戻る様にポッケ村まではるばるやってきたリエを突っ返した事があってね。その時彼女は、一生懸命私に訴えかけてくれたのだが……」

それでも、ムラマサは聞き届けなかったのだと、言葉を続ける。

なるほど、余程必死に懇願されたのであろう。

それでも動かなかったムラマサが、いとも簡単に里へと戻ってきたのだ。

理由は単に、ディーン・シュバルツの刀を打つ。

それだけの為に、である。

それは彼女としては、面白くないに違いなかった。

「なるほどな」

それまで黙っていたイルゼが、したり顔でウンウン頷く。

「あの黒髪ぱっつんは、少年に嫉妬しているワケか」

「んな事、俺知ったこっちゃねーよ……」

イルゼの言い分に、口を尖らせるディーンであったが、ムラマサに「すまないな」と謝罪され、怒るに怒れず「いいよ、もう」と、諦めた様に言うのであった。

思いの外、重たく感じる足取りを引きずりながら、それでもディーンは実に四日ぶりの地上の寝床に、安堵を覚えずにはいられなかった。

 

通されたムラマサの実家は、木造で(かわら)という独特の焼き物のパーツを組み合わせた屋根の、大きな屋敷であった。

「おかえりなさいませ。御曹司」

一足先に屋内へと上がったリエが、遅れて玄関をくぐったムラマサへと三つ指をついて出迎えた。

「ああ、ただいま」

そう言ってムラマサは後続のディーン達に、履物を脱いで上がる様に伝え、実に十年ぶりになる生家へと帰宅を果たすのだった。

「変わらないな」

居間へと入り、室内を見渡したムラマサは、感慨深げに呟く。

その呟きに、リエが「手入れは徹底しておりますので」と、簡潔に応える。

生真面目な彼女の反応に苦笑し、ムラマサはまず、居間に隣接する部屋へと続く襖を開け、奥の部屋に設置された仏壇の前へと歩み行くと、正座して手を合わせた。

「親父殿。母上。ご無沙汰いたしております。村正、ただいま戻りましてございます」

言ってしばし黙祷を捧げると、仏壇へ低頭し、改めて居間の上座に移動すると、ディーン達に適当に座る様にとすすめるのであった。

「その茣蓙(ござ)に直接座ってくれればいい。堅苦しい流儀などは気にする必要はないよ」

そう言われたディーン達は、椅子ではなく床に直接座るというなれぬ感覚に新鮮さを覚えながら、ムラマサに促されるまま腰を下ろした。

移動中着込んでいた防具は、玄関から居間に至る前に、先に客間で脱ぎ終えて、皆楽な格好へと着替え終えている。

「改めて、ようこそシキの国、そして我が故郷へ。不詳ながらこの村正、里を代表して歓迎させていただこう」

そう言うムラマサは、普段の彼を知るディーンからしても、中々に堂に入っていた。

こうして見ると、やはり彼がここの出身なのだと納得できる。

「歓迎って言っても、我らの団のみんニャとは大違いニャ」

シュンギクがそう言って、今頃手厚くもてなされているであろうもう一方の団体を羨ましがる素振りを見せ、隣のシラタキにはたかれていた。

対してムラマサは、苦笑いを浮かべて「それはすまないな」と謝罪する。

「だがな、明日向かう“工房”の事は、あまり外部には漏らせないのでね」

「“工房”?」

意味深な単語が聞こえたので、ディーンが聞き返す。

「それが、あの鑪場以上の設備って事か?」

イルゼも、元々加工屋志望の血が騒いだのであろう。彼女にしてはノリノリで会話に参加していた。

「ああ。その通りだ」

ディーン達の問いに、首を縦に振って肯定するムラマサ。

「本当は、あの鑪場を使うつもりだったんだがね。先日の砂漠の死闘をこの目で見て、考えを改めたんだ」

ムラマサが言うには、単純に高い強度を誇る太刀を打つだけなら、鑪場の設備で事足りるだろうとの事だった。

しかし、砂漠の死闘でディーンの見せた豹変。そして、大剣と太刀との二刀流。

そう言った諸々を実際見た上で、ディーンにはただ彼の膂力に耐えうるだけ(・・・・・・)の太刀を打つだけでは、おそらくディーンの出鱈目さには追いつかない。

ならば、御堂の家が代々封じてきた“工房”を開くしかないのだ。と。

「そうまで言ってくれるのはありがたいんだけどさ。そもそもその“工房”ってのはなんなんだ?」

ディーンが問うが、その問いに関してはムラマサは何度目になるかわからぬ苦笑を浮かべて応える。

「う〜ん。口で説明するのは難しくてね。行けばわかる。とだけ、言っておこうか」

と、濁すばかりであった。

わかりようのない説明だけ受けてこんがらがった頭を、なんとか納得させたディーン達へ、ムラマサは明日の予定として、(くだん)の“工房”へ向かうため、明日は朝早くに出立する事を伝えるのであった。

少なくともディーンからすれば、今の彼にはハンターとして活動する為の武装がない状態なのだ。

ここはムラマサの提案に従うほかはないのである。

「あの〜……ちょっと質問、いいかニャ?」

ひとまず明日の予定が決まった後で、それまで神妙に話を聞いていたシラタキが、おずおずと挙手して質問を投げかけるのだった。

何かと聞き返すムラマサに、シラタキはおっかなびっくりにその疑問をぶつける。

「我らの団にも内緒にしてる様な秘密を、僕たちも聞いちゃったんニャけど……」

そこまで言い終わるあたりで、他の面々にもシラタキの質問の意図を察する。

察した上で、それまで黙していたリエが、おそらく里の者を代表する形でシラタキに回答するのであった。

「そうですね。もし万が一、“工房”の情報を外に漏らす様な真似をなさるならば、五体満足にシキの国からは出ることはできない。と、そうお思いになっていただければよろしいかと存じます」

「ニャ!?このぱっつんマジ怖いニャ!」

淡々と告げるリエに、シュンギクが震え上がってそう呟くのを、リエは聞こえないふりをするのであった。


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