パローネ・キャラバンの巨大飛行船に不時着したイサナ号から降り立った初老の男。
人呼んで『我らが団』の団長が彼等にもたらした情報は、ラスサバイバーズの面々をもって驚くべきものであった。
ラスサバイバーズはその情報、王都の近辺に突如として出現した巨大古龍種ラオシャンロンが王都めがけて前進し出したとの一報により急遽反転し、王都へととって返したのだった。
しかし、引き返したのはラストサバイバーズのメンバーのみであり、ディーン達は『我らが団』の団長の好意により、イサナ号へと乗り換え、ここシキの国へと降り立ったのである。
空中に浮かぶ岩山の上にひっそりと佇むシナト村を更に越え、シキの国の中枢にある、不死の霊峰と呼ばれる巨大な山の麓に、ムラマサの故郷である小さな村が存在していた。
ムラマサ曰く、名前など無いはぐれ里の様なものだとの事である。
王都を発って四日目の真夜中。
ディーン達はようやく、シキの国の地を踏む事となった。
当然、ディーンはこの行程には不満をとなえた 。
自身もラストサバイバーズと共に王都へと取って返し、ラオシャンロンの撃退に参加すると主張したのである。
だが、彼の訴えはコルベットをはじめとするラストサバイバーズのメンバー達と、ムラマサによって納められたのであった。
・・・
・・
・
「何だって!?王都近辺の古龍観測所は、一体何をしていたんだ!?」
時は昨夜まで遡り、巨大飛行船の甲板である。
思わず怒鳴り散らすオズワルドの胴間声が響くが、それも無理もないことである。
ラオシャンロン。
別名
そのあまりの巨大さを持ってして、“移動するだけ”でその道の上の全てのものを破壊する。
本来は一定のルートを巡回し、稀にコースを変えることがあり、その際は進行上の人里を守る為に、ハンターズギルドは蜂の巣をひっくり返した様な騒ぎになる。
大量のハンターを動員し、一斉に巨大な老山龍へと挑みかかり、“ただ移動しているだけ”の老山龍の進行方向を変える為に総攻撃を仕掛けるのだ。
何日にも及ぶ攻撃が功を成し、撃退に成功すれば良し。
失敗し、防衛網を突破された場合は、老山龍の進行上の村や都市は無残にも荒野と化すのだ。
撃退出来た例も数多く存在するが、討伐出来た例など稀であり、今までいくつもの人里がかの龍に踏み潰されて滅んでいった。
故に、老山龍の進行調査は、古龍観測所の最重要調査項目なのである。
「そうは言うがな、私も偶々この目で目撃できたからよかったが、今回に関しては特例と言うしか無い」
立派な髭を蓄えた顎を撫でつけながら、『我らが団』の団長は返す。
「何しろ、突然現れたのだ。なんの前触れもなく、突然な。街道上の地面から老山龍が現れた時は、流石の私も驚いた」
そして団長は、更に悪い知らせを付け加えるのだった。
「しかもそれが、灰色がかった蒼色をしていたから、尚更だ」
その言葉に、飛行船上の面々が驚きの色を濃くする。
灰色がかった蒼色の老山龍。
老山龍は本来、遠目にもはっきりとした赤い色をしているはずなのだが、団長の言う灰色がかった蒼色の個体も存在は確認されていた。
赤い老山龍を原種とするならば、蒼い老山龍は原種よりも更に強力な個体。
亜種と呼ばれる特異体である。
ますますもって、王都の窮地であった。
別名
老山龍をも上回る体力を誇り、かつ膂力でもまさると言う。
「それで書記官殿。予想される岩山龍の王都到達は、いつですか?」
コルベットが緊張した面持ちで『我らが団』の団長へと問いかける。
若き日に王立学術院の書記官を勤めていた経緯があり、その頃からの知り合いは彼の事をそう呼ぶ者もいるのだ。
「何しろかなり近くに出現したからなぁ。私の予測では、下手すりゃ二日後くらいには王都に到達しちまうだろう」
普段は陽気な彼が、神妙な顔で腕を組む。
「急ぎ伝書鳥を王都に飛ばして、大老殿に取って返したところ、お前さん達がシキの国へ向けて近くを航空するって聞いたものでな。イサナ号を全速力で飛ばしてきたってワケだ」
なるほど、流石は書記官から自称『トレジャーハンター』へと華麗なる
がっしりとした体躯に似合ってとんでもない行動力だ。
だがそのおかげで、この緊急事態に最高戦力を動かすことが出来そうなのだ。
「ココちゃん。この大型飛行船なら、今から全速力で引き返せば、ギリギリ間に合うんじゃないか?」
レオニードの言葉に、頷くコルベットをはじめとしたラストサバイバーズの一同に、ディーンも賛同するのだったが。
「そうだな!今すぐ引き返そう!」
「いや、ディーンちゃんはダメだ」
間髪入れずレオニードがディーンの言葉を否定したので、ディーンは思わず「なんでだよ!」と叫び返すが、見ればディーン以外の関係者ほぼ全員が、同意見の様であった。
「ディーンさん。お気持ちはわかりますが、今貴方を王都に戻すわけにはいかないんです」
説明を引き継いで、コルベットが真剣な顔で言うので、ディーンはひとまず怒りの矛先を納める。
「どう言う意味だよ……?」
もっとも、納まっているのは矛先だけの様だが。
「今回のシキの国への移動。エレンさんの身柄を王家に拘束されないための時間稼ぎの意味合いが有るのは、ご存知ですね?」
淡々と言葉を繋げるコルベットに、頷き返すディーン。
少なくとも、ラストサバイバーズがディーンの為のクエストを受注し、ディーン達全員をシキの国へと護衛すると言う
ここでディーンが戻ってしまっては、その時点で
そこはわかってる。理解している。しかし。
「けど、そうも言ってられる状況じゃ無いだろう?」
食ってかかるディーン。
確かに、仲間を案ずる彼の気持ちもわかる。
だが。
「なら、尚の事君は私と共にシキの国へ向かうべきだと思うがね」
ムラマサがそう言って、ディーンの肩を叩くので、ディーンは思わず盛大な疑問符を浮かべて見返してしまった。
「ディーン君。君の飛竜刀を見せてくれないかね?」
そう言われ、ディーンは思わず息を飲んでしまう。
先の舞雷竜との戦いで、ディーンの飛竜刀【紅葉】には、決して無視できない亀裂が走っていたのである。
ムラマサはその事を言っているのだ。
流石、と言ったとこれであろうか。
「いや……それは……」
言い淀むディーン。
無理もなかろう。刃こぼれや斬れ味の低下であれば、砥石を当てた応急処置で修繕は可能である。
しかし、
先ほどディーンも自身で砥石をしっかりかけたが、亀裂は消えてはくれない。
恐らくは本格的に火を入れて鍛え直さねばならないだろう。
ハンターになってまだ半年に満たないディーンには、先日破損、と言うより破壊してしまった
「残念ながら私の目は誤魔化されないよディーン君。今の君には武器がない。君の出鱈目っぷりはよく知っているつもりだが、得物が無くてはどうしようもないだろう」
「だけどっ!」
諭すように言うムラマサだが、それでもディーンは中々納得してくれなかった。
「ボウヤ。子供みたいな事を言うんじゃないよ?」
それまで黙っていた赤毛の小さな
「仲間が心配な気持ちは、アタシらだってよくわかってるつもりさ。けどな、今はその仲間を助ける為の時間稼ぎも確かに必要なんだろ?それには、ボウヤがシキの国に行かなくちゃあならないんだ」
腕を組み此方を見上げながらも、年上の威厳をしっかりと持った
ディーンも、自分が個人的我儘でモノを言っていることは理解しているのだ。
理解はしているのだが、中々自分自身が納得してはくれないのである。
それがわかっているのだろう。
DDDは不意にそれまでの険しい表情を解くと、ふっと優しく笑って付け加えるのだった。
「まぁ、心配しなさんな。王都にはかの英雄フィン・マックール卿もいるし、何よりボウヤのお仲間も、相当デキル子達みたいじゃないか?」そう言いつつ、「そうなんだろ?」とレオニードに問いかけるDDDに、問われた彼女と同じ赤髪の快男児は「おう、俺が保証するぜ」と返すのだった。
「なら、それに付け加えてアタシ達ラストサバイバーズが援軍に向かうんだぞ?それでもボウヤは、戦力不足だとでも言うのかい?」
腰に手を当てて、上目遣いに聞いてくるDDDに対し、ディーンはそれ以上言い返すことはできなかった。
確かに、この大陸最強の一角に間違いなくなを連ねるであろうラストサバイバーズを、戦力不足などと新人の自分が言えるわけがない。
「わかったよ。でも、そのラストサバイバーズが王都に戻っちまうのも問題じゃないのか?
渋々納得したディーンが、それでも質問を投げかけるが、それに対してもラストサバイバーズの面々は「心配無用」と彼に向けて返すのだった。
「そこは、ラストサバイバーズから名代を立てるから安心してくれて構いませんよ?」
コルベットが丁寧に応えるのに対し、ディーンが若干嫌な予感に苛まれながらも「名代?」と
そのディーンの問いに応じたのは、案の定、彼の予想した人物であった。
「オレだ」
大きな胸を存分に貼って、自信満々威風堂々と、それでいてぶっきらぼうに名乗りを上げたのは、褐色肌の大女。
イルゼであった。
・・・
・・
・
「ここが、マーサの故郷か……」
真夜中でも煌々と灯りの灯された、大きな屋根が村の中心に見える。
イサナ号から降り立ったディーンが、荷物を担ぎ直しながら呟く。
「ああ。奥に見える大きな屋根が、
説明するムラマサに、名代として彼らに付き添うイルゼが、彼女にしては珍しく興味津々といった様子で頷いていた。
「ニャ、アネゴ。珍しくがっぷり四つニャ?」
黒い毛並みのシュンギクが、見慣れぬ主人の反応を物珍しげに問う。
「お前は知らニャかったっけ?ダンナさんは元々は加工屋志望ニャったのニャ」
大屋根に目を奪われているイルゼに代わって、白い毛並みのシラタキが応えてくれた。
余談だが、女性に対して『ダンナさん』と言うシラタキだが、これは彼らアイルー達の流儀のようなものである。
男であろうと女であろうと、自分の雇い主には『ダンナさん』と呼ぶのだという。
「へぇ。それで、なんでまたハンターになったんだ?」
彼らの会話に興味を引かれたディーンが、二匹のやり取りに加わって問いかける。
だが、流石のシラタキもそれ以上はわからないらしく、お手上げの様なジェスチャーをするのみであった。
「どうせ、好物のハチミツを探しに密林だか何だかに入り込んで、ハチミツ採集に邪魔なアオアシラだのババコンガだのを蹴散らすうちに、いつの間にかハンターにニャってたとか、そんニャ
性悪シュンギクがそんな事を口走るが、流石にディーンもシラタキも「そんなアホな」と笑うのであった。
ちなみに、実は本当の話だったりするのだが、それはまた、別の物語である。
「あれが鑪場か。初めて見たが、立派なものだな」
立派な口ひげを撫でながら、口を開くのは我らの団の団長である。
彼ら我らの団は、団長の個人的好奇心から、しばらくこの村に滞在するつもりだと言う。
ディーン達の帰りの便としては、パローネ・キャラバンの大型飛行船が、ラストサバイバーズを王都で降ろした後で再びシキの国まで取って返し、ディーン達を迎えにくる手筈になっている。
大陸を都合二往復する計算だが、この方法が一番手っ取り早く、実際速いとのオリオール・アルバーロの提案に甘える事としたのである。