奇談モンスターハンター   作:だん

11 / 123
2節(4)

「何から何まで、本当にありがとうございます」

 

 その背中に向かって礼を言うエレンに片手を挙げて応え、オババはギルドの中へと入っていった。

 

 

・・・

・・

 

 

「さて、しばらくはここでネコチュウとその案内役と言う人を待てばいいわけだな」

 

「オババはミハエルって言ってたっけ。どんな奴なんだろうな」

 

 オババを見送った後、口をついたフィオールにディーンが続く。

 

「そう言えば、エレンはもしかしたら俺達が寝ている間に会ったことがあるんじゃないか?」

 

「あ、はい。お会いしました。あの飛竜に襲われて、このポッケ村に向かう途中で助けてくれたんです。ディーンさん達を雪山で見つけてくれて、村まで運んでくれたのもミハエルさんらしいですよ」

 

 二人はエレンから、ミハエルの特徴や人となりと、そして今更ながらにどういった自分達が助けられた詳しい経緯を聞くのだった。

 

「ほう、ではネコチュウと同じく、私達の命の恩人という訳だな」

 

「そうですね、その後も何度かお見舞いに来てくれました。とってもいい人ですよ」

 

 エレンの言うに、ミハエル……ミハエル・シューミィと言う青年は、とても温厚な人物であり。普段はフラヒヤ山脈の監視の様なことをしているらしい。

 

 狩場に隣接(りんせつ)している村では、大型の飛竜種などが近づいてこないか、定期的に狩場を監視する人間が必要になってくる。

 

 その多くは村の若者達の有志を募ることが多く、フラヒヤ山脈、通称雪山と呼ばれる狩場が村と直結しているこのポッケ村も例外ではなかった。

 

 ミナガルデやドンドルマ、海を渡った先にあるロックラックといった、都市と呼ばれる大きな街の場合は、それにともなった大きなハンターズギルドが存在し、ギルド直属の優秀なハンター達で構成されたギルドナイトと呼ばれる者達が一帯の生態系を逐一(ちくいち)監視していて、緊急時には各々で撃退することもでき、さらには市街地に飛竜が入り込まないための設備が充実している。

 

 しかし、このポッケ村のように、大きなギルドの無い村では抱えているハンターの数も少ない。

 

 自ずと、村の自衛のためにミハエルのような監視者が不可欠だった。

 

 エレンがマーサに聞いた話では、温厚そうに見えてもミハエルは村の監視者達の中でも勇敢な若者であるらしい。

 

 ディーン達を助けたときも、ハンター達ですら恐れる轟竜と遭遇する危険性のある中、雪山に乗り込んで行くなどなかなかできることではない。

 

 万が一轟竜に遭遇したら、一般人はまず間違いなく喰い殺されるからだ。

 

「へぇ~、なんか案内役よりも、むしろハンターの方が向いてるんじゃねえか。そのミハエルって奴は」

 

 エレンの話を聞いたディーンは、率直な感想を口にした。

 

 確かに、度胸も行動力も大したものである。

 

 市街と違い、誰もがモンスターの脅威を知るこの辺境の地において、ミハエルのように行動できる一般人はまずいない。

 

 ハンターですら、充分な装備もなしに狩場にはいるようなことはしないだろう。

 

 もっとも、ミハエルも持てる限りの閃光玉や、シビレ罠といったトラップ類を最初から準備していたらしいのだが、それでも彼や、共に行動していたネコチュウの行為がいかに勇気のいるものかは疑いようがなかった。

 

 ちなみにシビレ罠とは、地面に設置して大型モンスターに踏ませることにより、罠から神経性の毒を注入する針が飛び出す仕組みのトラップである。

 

 うまくモンスターに踏ませることができれば、短時間ではあるがモンスターの全身を麻痺されることができる。

 

 ある程度の重さが加わらないと発動しないため、人間が上で飛び跳ねようが暴発することがまずない為、安全性にも優れた道具であり、ハンター達にも愛用者は多かった。

 

「そうかもしれないな」

 

 何気ない感想だが、ディーンの言い分はもっともなのかもしれない。フィオールも同意の意を表す。単なる案内役で終わらせるには惜しい存在であることは間違いなかった。

 

「それはそうと」

 

 エレンが思い出したように胸の前で柏手(かしわで)を打った。

 

「ディーンさん、フィオールさん。先ほどはありがとうございました。もとはと言えば私の()(まま)なのに、助け船を出していただいて」

 

 改めて礼を言われ、ディーンとフィオールは顔を見合わせる。なんともくすぐったい感じだ。

 

「ま、乗りかかった船だしな」

 

「ディーンの言うとおりです。これも縁と言う奴でしょう」

 

「前にも言ったろ?旅は道連れ世は何とやらってな。俺の方こそエレンにゃ助けられたんだし、相子(あいこ)だ」

 

 そう言ってにぃっと笑うディーン。フィオールも例によって慇懃な態度でとぼけてみせる。

 

「ま、これからチームとしてやってくんです。そんなに何回も礼を言われては始まりません」

 

 そんなフィオールの物言いに「違ぇねぇや」と笑いながら、ディーンはエレンに右手を差し出す。

 

「何はともあれ、これから俺達はチームだ。改めてよろしく頼むぜ、エレン」

 

 エレンは、その右手を夢中で握り返したのだった。

 

 

・・・

・・

 

 

 先程坂を駆け降りていったネコチュウが、ミハエルを連れてディーン達のもとへ戻ってきたのは、それから一時間もたたぬ間だった。

 

 ミハエル・シューミィはネコチュウから二人の意識が戻ったと聞き、急いで帰ってきたらしい。広場にやってきた時には、少々息が上がっていた。

 

「……や、やぁ。二人とも目が覚めたんだね。良かった」

 

 呼吸を整えつつ自己紹介をするミハエルは、どうやらエレンから聞いた通りの人物のようだった。

 

「僕はミハエル。ミハエル・シューミィ。主に雪山の監視や、狩場の往来を補助する案内役みたいなことをさせてもらってるよ」

 

 先程まで雪山に出ていたのか、ミハエルは防寒用のマフモフ装備のフードをとりながら、意識が戻ってから初対面となる二人に自己紹介をする。

 

 短く切ったクロオビショートの髪型の温厚そうな顔立ちが露わになる。

 

「フィオール・マックールです。話はエレンさんから聞かせていただきました。危ないところを助けていただいたみたいで、感謝しています」

 

「同じく、ディーン・シュバルツだ。おかげで助かったよ、ありがとう」

 

 二人から礼を言われたミハエルは「いや、無事で何よりだよ」と、二人と笑顔で交互に握手を交わした。

 

「それに、お礼を言うのはこちらのほうだよ」

 

 握手を終えて、ミハエルは二人に言った。

 

「ついて早々、まさかあの轟竜を倒すなんてね。凄いよ二人とも」

 

 ディーンとミハエルを尊敬のまなざしで見るミハエルだったが、それとは逆に(たた)えられた二人は表情を険しくする。

 

「ディーン……」

 

 やはり、フィオールも同じ事を考えているらしい。

 

 視線だけでフィオールに応え、ディーンは「むう」と押し黙った。

 

 あの時、確かにティガレックスは致命傷を受けてはいた。ディーンの最後の一撃は間違い無く轟竜の頭蓋(ずがい)を粉砕していたのだ。

 

 そう言った意味では彼らが、ティガレックスを倒したのは間違いではないのだろう。

 

 だが、そのティガレックスにディーン達は崖から突き落とされたのだ。ぞっとしない話である。

 

「ど、どうかしたの?」

 

 ふと気がつけば、ミハエルが心配そうにこちらを見ていた。

 

「あ……ああ、悪い。ちょっと考え事してた」ミハエルからすれば、まさかほめた相手が途端に不機嫌そうにするなど考えもしなかっただろう。

 

 悪いことをしたと思いつつ、慌てて「何でもないよ」と取り(つくろ)うディーンに、ミハエルはじめエレンもネコチュウも首を傾げるのだった。

 

「ま、ごちゃごちゃ考えててもしょうがないさ」

 

 小声でフィオールにだけ聞こえるように言うディーン。

 

 たしかに、わけが解らない事をずっと考えていたって話は進まない。

 

「そうだな。お前の言うとおり、理解できぬ事をグダグダと考えていても詮無(せんな)いことだ」

 

 やはり小声で返すフィオール。

 

 それに、マーサも言っていたが、ティガレックスは確かに雪山の頂上付近、つまりはディーン達が戦った場所で死体として発見されたのだ。これ以上あれこれ思考するだけ無駄だろう。

 

「そう言うこと」

 

 言ってディーンはフィオールに笑いかけた。なんとも切り替えの早いことだが、これも彼の美徳だろう。

 

 フィオールが納得した様子を見て、ディーンはミハエルに向き直った。

 

「さて、さっそく色々と案内してくれるかな。俺、まずは加工屋に行きたいんだ。そのティガレックスとの戦いで、俺もフィオールも武具がボロボロでさ、新調したいんだ」

 

 努めて明るくそう言って話題を変える。

 

勿論(もちろん)、エレンの分もな」

 

 と、エレンの事も付け加えるのも忘れない。

 

 言われたエレンは嬉しそうに「はい」と応える。

 

 ミハエルとネコチュウも「任せてよ(るにゃ)」と声をそろえて、この村の新しいハンター達を歓迎するのだった。

 

 案内する。とは言え、もともと狭い村である。ディーン達がいた広場にはこの村に滞在するハンターの為の施設が集中していた。

 

 彼らの目当ての加工屋も広場の中にある。ミハエルは案内役と言うよりも紹介役としてオババに呼ばれたのだろう。

 

 ディーン達がオババと話をしていた場所から加工屋までの道すがら、一行は雑貨屋の女主人にも挨拶することにした。

 

 と言っても、目的地の加工屋のとなりなのだが。

 

 雑貨屋の女主人はとても気さくな人物で3人はすぐに打ち解けることができた。つい長々と話し込みそうになってしまったが、冷静なフィオールがうまく話を切り上げてくれた。

 

「どうぞご贔屓(ひいき)にねぇ~」

 

 手をふる女主人に会釈(えしゃく)して、一行は隣の加工屋に移動するのだった。

 

 村でたった一つの加工屋は、店先にカウンターを構え、一人の男性と一匹のアイルーが店番をしていた。

 

 奥には小さいながらも工房が有るようで、ここで対大型モンスター用の装備を造っているらしい。

 

 この辺境では、俗に言う武器屋のことを“加工屋”と呼ぶのが一般的である。

 

 そもそも辺境において、武器の用途は戦争や人間同士の抗争よりも、モンスターを狩る為にハンターが用いる事の方が圧倒的に多いのだ。

 

 対大型モンスター用の武器の需要(じゅよう)(ほとん)どと言うことは、武器や防具を商う者達も、自ずとハンター達のための商売に重きを置く事になる。

 

 そして、ほぼ全てのハンター達は、各々が狩ったモンスターの爪や牙、はたまた骨や皮などの素材を、時には自らが鉱脈より採掘してきた鉱石など様々なものを加工して武具にしてもらっている。

 

 その為、いつの間にか武器や防具を扱う店は加工屋と呼ばれるようになっていった。

 

 ハンターの持ち帰った様々な素材の中には、通常の製鉄技術では加工できないほど頑丈な物が多いため、それらを加工するための(すべ)は長寿を誇る竜人族にのみ伝わる秘伝中の秘伝であり、加工屋の工房内に控える鍛冶屋と呼ばれる竜人族は、この加工技術により、様々な素材を武具へと昇華させるのである。

 

 己の腕と武器を頼りに、身の丈を遙かに越える大型モンスターを狩るハンター達にとって、加工屋は切っても切れない仲なのであった。

 

 

 フラヒヤ山脈に隣接し、雪山と呼ばれる狩り場へ(のぞ)むハンターの拠点としての顔も持っているこのポッケ村にも、小規模ながらにしっかりとした工房のある加工屋があり、工房からはトンカンと(つち)を打つ音が絶えず鳴り響いていた。

 

「あれ?」

 

 加工屋の店先のカウンターには先客がおり、それが見知った顔であったため、ディーンが少し驚いたように声を出した。

 

 そのほかのメンツもだいたいお同じ様な反応でその先客、義足の元ハンターことムラマサを見た。

 

「おお、君達やっときたか。いささか待ちくたびれてしまったよ」

 

 ムラマサ……マーサは待っていたとばかりにやってきたディーン達に向かって片手を上げる。

 

「いやなに。君達の破損した装備で少し気になったことがあってね。加工屋の親父さんと少し話をしていたんだ」

 

 どういうこと?と誰かが口にしようとする前に、マーサは自分がここにいる理由を説明してくれた。

 

「気になること、と言いますと?」

 

 フィオールが聞き返す。マーサは「ふむ」と少し考えるような素振りを見せると、ディーンの方に視線を向けて言った。

 

「うむ。気になる事とは他でもない。ディーン君の太刀のことなのだ」

 

「俺の?」

 

 (くだん)の轟竜との戦いで殉職(じゅんしょく)したディーンの太刀。丈夫な棒状の骨を削って作られており、ある程度の切れ味を持ってはいるものの、特別際立ったところは無い。

 

 何より根本付近から刀身が砕け散ってしまっている。

 

 ディーンはマーサが気にする理由が解らなかった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。