眼前の
それが人一倍誠実なミハエルの怒りを買う原因だろうか。
「来るぞ!」
様子見を終えたのだろう。白疾風が攻勢に転じる。
ひと声吠えるや、得意の
「ネコチュウ!広場の外へ出て、近辺の住人の避難を誘導してくれっ!それまでは私達が
飛来する斬撃を大盾で防御したフィオールが叫ぶ。
確かに、周りを気にしての戦闘を強いられて、タダで済む相手とは思えない。
「一人で大丈夫?」
「ンニャ!衛兵とっ捕まえて手伝わせるニャ」
心配するリコリスに親指を立てて応えると、近くの芝生を掘り起こし、ネコチュウはあっという間に地中へと姿を消した。
猫によく似た亜人族アイルーの特技として、穴掘りと地中潜行がある。
失った体力回復を図る時や、単純な移動手段などに用いるこの特技だが、かなりの精度を誇り、それこそ角竜ディアブロスもかくやという正確さで移動が可能なのだ。
「なんか、だんだん言い方がディーン君に似てきたね」
苦笑気味に言うミハエルに、リコリスが「確かに」と返す。
「ご両人。申し訳ないのだが、少し私の方も気にして頂けると助かる」
彼らと同じ苦笑気味な声がしたかと思った直後、その声の主であるフィオールが再び飛んできた斬撃を大盾で防いでみせる。
ミハエルとリコリス共々両断せんとばかりに打ち出される真空刃を、彼の右腕の大盾は見事に完封していた。
ごめんと謝る二人だが、現状ではジリ貧状態であることは変わりない。
攻めるにしても、白疾風はその機動力を持って彼らの射程外へと離脱し、真空刃によっての遠距離攻撃を仕掛けてくるであろう。
「さて、どう攻める?」
「脚を封じるってのは、簡単じゃなさそうだね」
口を開くミハエルは、前脚のブレード状の翼のあまりの強度を思い出しながら呟く。
ミハエルだけならば、鬼人化して一心不乱に撃ち込みさえすれば、先ほどのように弾かれて致命的な隙を生み出すようなこともないだろうが、双剣使いの鬼人化は、どちらかと言えば脚を止めての連打である為、あまり現実的ではない。
「後ろ脚にまわり込もうにも、すぐ逃げちゃうんだよね〜」
リコリスも続けて愚痴でもこぼすように口を開く。
二、三斬撃を撃ち込めたとしても、それだけで大型モンスターの動きが悪くなるような事はまずない。
辺境に生きる彼らの生命力は桁外れだ。
しかも、二つ名を冠するほどの凶悪な個体ならなおさらであろう。
もしこの場が市街地ではなく狩り場であれば、今のような懸念など必要ない。
逸れた真空刃の行方など気にする必要などない為、今よりもはるかに戦いやすいであろう事は間違いない。
それでも、強敵には違いないのだが。
「どちらにしても、すまないがそろそろ受け続けるのがしんどくなってきた。
四発目の真空刃を防いだフィオールが、衝撃に痺れてきた右腕に鞭打ってそう言うが、返ってきた応えはやはり、彼らの仲間ならではのものであった。
「「誰に言っていやがる」」
獰猛に口の端を吊り上げて応えるミハエルとリコリスに、思わず笑みをこぼし「二人とも人の事は言えないな」と呟くと、彼自身も己が
「
「「
揃って声を上げる二人を背にするフィオールの眼前で、彼の言った通り白疾風は勝負に出た。
白疾風の長く太い尻尾に、まるでささくれ立つかのように無数の棘が生えたかと思うと、尻尾の体積自体が大きく膨れ上がった。
ナルガクルガという飛竜種の尻尾は、この
その尻尾を最大限まで巨大化させた一撃を、フィオール達めがけて放とうというのであろう。
「来るぞっ!」
フィオールが警戒の声を飛ばした刹那であった。
白疾風が小さく跳んだかと思うや、大きくなった尻尾を地面へと一直線に叩きつけたのである。
途端に生じた真空刃は、先程までの倍近い太さで、フィオール達へと
「くぅっ!!」
強襲する極太の飛ぶ斬撃。
フィオールは腰を深く落とし、全神経を防御へと集中させてこれを迎え撃つ。
バシンと空気が弾ける音を立て、大盾に無数の裂傷が走るが、彼の盾は白疾風最大の攻撃を防ぎきったのである。
「行けっ!」
右手に襲いかかる衝撃を堪え、叫ぶフィオールの声に押されて、彼の影からミハエルとリコリスが飛び出した。
目指すは力の限り尻尾を石畳に叩きつけて隙を作った白疾風。
尻尾をこちらに向けている為、背中を向けることになっており、まさに隙だらけであった
。
しかし、伊達に二つ名を冠してはいない。
白疾風は驚くべき事に、石畳に突き刺さった尾棘をすぐさま引き抜くや、ぐるりと反転。
こちらへ向けて走り来る二人のハンターへ向け、ぶんと横薙ぎに振るうのであった。
まさに大技そのものを
まんまと引っかかってしまった形のミハエルとリコリス目掛け、飛ぶ斬撃が唸りを上げて迫り来る。
だが、しかしである。
「なめるなぁっ!」
吠えたのはリコリスだ。
ミハエルの前へと走り出た彼女は、右手に装着した片手剣用の盾を、身体の内側から振り抜くように、野球で言う逆シングルの容量で振り抜いたのだ。
硬質物と風の刃がぶつかり合う、バシンという音が鳴り響く。
結果、リコリスは二、三メートル後退を余儀なくされるが、それでも見事に真空刃を防ぎきったのであった。
小型の片手剣用の盾では、飛ぶ斬撃を防ぎきるのは難しい。
そこでリコリスは機転を利かせ、フィオールのアドバイスを活かして“受ける”のではなく“弾いた”のである。
更には、自身を勢いに乗せてあえて後方に下がらせる事で威力を受け流している。
なかなかどうして、フィオールがどう真空刃を捌いていたかを、よく見ている。
そしてその傍を走り抜ける青い装甲。
リコリスが作った決定的な反撃の隙を、ミハエルが狙う。
全身回転する容量で放った必殺の一撃を回避された白疾風は、今度こそ彼らの前に死に体を晒すのだった。
「
そこに着弾する青い弾丸。
もとい、回転する刃の化身と化したミハエルが、逆手に持ったレックスライサーを身体ごと回転させながら白疾風の肩口にぶち当たったのだ。
肉を抉る嫌な音が響き渡る。
思わず悲鳴を上げて後退する白疾風。
しかしそれは、自身の隙を大きくする事に他ならない。
「そら!自慢の脚が止まったぞ!」
いつの間に駆け込んだのだろうか。
フィオールが後退する白疾風の顎下に現れたかと思うと、自身の銃槍を白疾風の上がった顎の下から突き着け、容赦なく引き金を引く。
ガウンッ!ガウンッ!ガウンッ!
瞬く間に三発。
白疾風が逃げ去る前に砲撃を叩き込む。
堪らず跳んで距離を取ろうと試みる白疾風だが、彼等から離れる事に執着しすぎて、もう一人の存在を意識の外に追いやってしまっていたようである。
赤い甲冑の少女が、まさに今白疾風がミハエルとフィオールの猛攻に耐えかねて跳躍し、その着地点目掛けて走り込んでいたのである。
「お見通しだよっ!」
待ってましたとばかりに着地した白疾風の顔面めがけて、跳び込みからの斬撃を叩き込むリコリス。
これにはさしもの白疾風も回避行動が取れず、斬り降ろしからの斬り上げ、続けての身体ごと回転する水平斬りを見事にもらってしまう。
だが、流石は二つ名を冠する白疾風。
眼前のハンター目掛け、容赦なく自身の最大の業を持って応じてきたのだ。
しゃらら、と白疾風の尻尾から尾棘がささくれ立つ音がしたかと思うと、長大化した尻尾をリコリス目掛けて振り下ろしたのだ。
「クゥッ!?」
流石にこの途轍もない質量を片手剣用の盾では防御し切れたものではない。
なんとか身を投げ出しての回避を試みるが、その衝撃の範囲は広く、直撃こそ免れたものの躱し切れずに弾き飛ばされてしまう。
「こなくそっ!」
それでもへこたれないのは、女だてらのド根性であろうか。
驚くべき事にリコリスは、吹っ飛ばされてゴロゴロ転がる中で地面を叩いて“弾き起き”、
それでも勢いは殺し切れずにズザザと石畳を滑って後退する。
視線の片隅では、フィオールが先の一撃で発生した真空刃の前に回り込み、大盾でその衝撃波を相殺していた。
白疾風は怒りに燃えた瞳で両前脚を石畳に踏ん張って
どうやら最初に血祭りにあげる相手を彼女に定めたようである。
「来いっ!」
対するリコリスは、恐れる事なく白疾風を睨み返す。
その声に応えるように、白疾風が石畳を蹴った。
速い。
純粋に視界から消失しかねん程の速度で、ジグザグに跳びながら、左右の爪でリコリスを狙う。
だが彼女もこの数日間、暇を見つけてはフィオールやミハエル、そして光栄にも大英雄フィン・マックールに稽古をつけてもらっていたのだ。
とんでもない速度のモンスターでも、その攻撃に一連の“癖”、言い方を変えれば“
「ここだ!」
右へ左へと跳びまわる白疾風の動きに翻弄される事なく、リコリスは迷わず自分から見た真正面へと転がり込むように回避行動を行う。
彼女の“読み”は攻を成し、見事白疾風の攻撃は空を斬る。
だが、それだけで終わる白疾風ではない。
むしろジグザグに動く攻撃は、躱される事をある程度見越していたかのように、リコリスを通り過ぎた勢いを見事に方向転換へと利用し、今度は背後から彼女目掛けて飛び掛かったのだ。
「っ!?」
これに対しても、彼女は素晴らしい反応を見せた。
懸命に体制を整えると、小型の盾で見事にその身に襲いかかる巨体の一撃を受け流し、後ろに弾かれはしたが、それでも見事に直撃を避けたのである。
しかも……
「ミハエルっ!」
たたらを踏みながらも、今まさに自身の身を守ってくれた盾を頭上に、まるで自身の頭に蓋をすすかのように構える。
それに応えて、彼女の盾を足場に跳び上がるミハエル・シューミィ。
これには流石の白疾風も驚いた事であろう。
思わず高く跳び上がったミハエルを目で追ってしまった。
それが、白疾風に災いしたのである。
ガァァァァァァァァッッッッ!!??
上がった悲鳴は白疾風のもの。
ミハエルは落下の勢いに乗せ、自身のレックスライサーの片割れを、白疾風の右目に突き立てたのである。
片目を潰され、流石の白疾風も痛みに悶え苦しむ。
白いナルガクルガは、これ以上の追撃を恐れて大きくジャンプして後退すると、再び大きく咆哮を上げるのだった。
片方を潰されたその瞳は、残った方を隠し切れぬ怒りの炎に燃やされていた。
「お怒りはごもっともだけどね」
白疾風への一撃から、自身も危なげなく着地を決めたミハエルが、自分達へと怒りを露わに睨みつけてくる白疾風へと言い返すのであった。
「こっちも相当怒ってるって事、その命を持って思い知って貰うよ!」
言って突きつけたレックスライサーを通して、白疾風とハンター達との視線に火花が散るのであった。