短な吠え声ひとつ上がったかと思うや、大きな翼に生やした触手が唸りを上げ、巨大飛行船の甲板に叩きつけられた。
舞雷竜の先制攻撃である。
だが、歴戦の勇者であるラストサバイバーズの二人は勿論のこと、ディーンも見事にその身を躱していた。
「あまり船体にダメージを与えたくありません。私が正面に立ちます。ディーンさん、貴方の防具は電気をよく通してしまいます。奴の雷撃には充分注意してください!」
ベルキュロスの攻撃を予測し、見事サイドステップのみで初撃を回避したコルベットが新人に向けて指示を飛ばす。
ハンターたるもの、移動中は乗り物の中であろうと、極力防具は身につけたままだ。
当然理由は今回のように、移動中に急にモンスターに襲われた時、迅速に迎え撃つ為である。
指示を受けたディーンは、あいよと勢いよく返すや、臆さずベルキュロスへ向けて駆け出して行く。
ベルキュロスの側面へと走るその背を見守る形になったコルベットは、自身の胸中に芽生える不安を、どうやって押さえ込んだものかと思案するのだった。
確かに、初見にも関わらず、予備動作も少なく素早い触手での攻撃を良く見切ったものだが、ディーンの装備している防具は雷を弱点とするレウスシリーズである。
その上、補強や強化を行いきれていない。同じタイプの防具の中では言わば下位に位置するランクであろう。
普通ならば自殺行為なのだ。
先にも述べたが、相手は古龍種にも匹敵するほど危険な相手である。
だが、
そして、たった一度だけ共に狩りを行なったレオニードの、彼に対する信頼である。
話は聞いている。しかし、直にその実力を測るには危険な相手なのだ。
…見せていただきますよ。レオやマーサさんが認めた、貴方の力とやらを……。
コルベットは胸の中でディーンへと言葉を飛ばし、先制攻撃を不発に終え苛立つベルキュロスへと、常軌を逸したリーチを誇る
ただでさえ超重量のランスの倍はあろうかと言うその
最先端の技術が集結するメゼポルタでのみ精製される特殊なランスであり、高い攻撃力を誇りつつも、その長大なサイズを片手で扱えるギリギリの重量に抑えるという、匠の逸品である。
竜人族の卓越した加工技術のひとつに、この辺境を生きるハンター達が頼りにする属性付加というものがある。
ハンターを生業とするものには最早常識ではあるが、武器に炎や氷、雷といった属性を宿す事により、単なる攻撃に追加の効果を与えるのだ。
正確に顔面を貫かんと
しかしコルベットの突きは鋭く三連続で繰り出され、その総ての直撃を避けたのは流石としか言い様がない。
だが、それでもコルベットのバーシニャキオーンの爪痕は、かの竜の顔面に深々と傷を刻みつけた。
見れば、えぐられた頰の甲殻が、にわかに凍りついているではないか。
これぞ、竜人族の技術の結晶といえよう。
ご覧の通り、バーシニャキオーンは高い氷属性を誇る。
数いる雷を操るモンスター達の中でもこの舞雷竜ベルキュロスは、雷液という特殊な体液を精密に調整させ、自身の体内で電流を発生させる。
その調整は非常に緻密な作業のようで、バーシニャキオーンの様に高い氷属性の攻撃などは、体温調整から雷液の制御を妨害するため、結果的に高いダメージを舞雷竜へと与えるのである。
これを俗に弱点属性と言い、こういった弱点を突くことが、より効率的にモンスターにダメージを与え、狩りを成功に導く秘訣と言えるのである。
「ディーンちゃん! 俺が先に仕掛けるぜぇっ!」
一声吠えるや、レオニードが甲板に立ってコルベットの攻撃に一瞬釘付けにされたベルキュロスへと肉薄する。
その両手に握るのは、先の砂漠の死闘で使っていた狩猟笛ではなく、一対の刃である。
その柄は、まるで刃ごと喰らいつかんとする鋼の龍の頭部を模した双剣であった。
「斬り込み隊長の本領発揮だ!」
走り込みながら両手に握った双剣を突き刺すや、すかさず左右へとそれぞれ振り抜いたその刃が斬りつけた箇所が、先のバーシニャキオーンと同じ様に凍りつく。
「ラファール・ダオラの切れ味、とくと味わいやがれっ!」
間髪入れずに両手を天へと掲げ、体内の気合いを一気に解放。双剣使いの真骨頂、鬼人化である。
そこから繰り出す斬撃に次ぐ斬撃が、舞雷竜の右脚を抉るえぐる。
これぞ、レオニードがラストサバイバーズの斬り込み隊長と呼び称されるが
名刀魔剣数あれど、彼の両手に握られたラファール・ダオラを知らぬハンターなぞ、この辺境の地で生きるもの達の中にいるのだろうか。
協力無比なる古龍種が一角。暴風と吹雪を操る天災、
自身の弱点である氷属性での連携攻撃を嫌がったのか、ベルキュロスが大きく翼を羽ばたかせ、甲板から飛び上がった。
「チィッ!」
自身の
空中へと舞い上がった舞雷竜は、仕返しとばかりに鎌首を持ち上げると、先程の仕返しとばかりに、雷のブレスを吐きかけてきた。
ベルキュロスはブレス吐き続け、そのままジグザクと蛇行する様にコルベットを狙う。
レオニード同様、すかさず武器を器用に背中のマウントに戻したコルベットは、ベルキュロスのブレスから危なげなく回避を成功させていた。
そのベルキュロスを追う様に疾走する人影がある。ディーンだ。
目にも留まらぬ速度でベルキュロスに追いすがるや、トンと甲板を蹴って跳躍すると、右手に握った飛竜刀【紅葉】をホバリングする舞雷竜の尻尾の叩きつける。
苛烈な斬撃は、尻尾の甲殻を削りつけるが、着地と同時に追撃を試みるディーンに、ベルキュロスは調子に乗るなとばかりに反撃に転じてきた。
巧みに羽ばたきと尻尾でバランスをとるや、振り向きざまにディーンめがけて触手再び叩きつけてきたのである。
「ぐっ!?」
カウンター気味の攻撃に、一瞬反応が遅れるディーンであったが、強引に身体を捻って直撃を避ける。
バチィイィンッッッッ!!!
しかし、体内に走らせる電圧を上げた舞雷竜の一撃は、電撃を発生させてディーン弾き飛ばした。
ゴロゴロと転がるディーンに一瞬気をとられたラストサバイバーズの面々に、振り回された尻尾が炸裂するや、レオニードとコルベットも、苦痛の声をあげて吹き飛ばされる。
「くぅっ」
思わぬ打撃を受けてしまったコルベットが、奥歯を食いしばって立ち上がる。
何度か戦った事のあるモンスターだが、この個体はその中でも群を抜いて強力な奴だ。
「ディーンさん! 大丈夫ですか!?」
起き上がるや、ディーンを心配し声をかけるコルベットに、「誰に言っていやがる」と、存外に元気のいい声が返ってきた。
声音を聞く限り、大丈夫なのは間違いなさそうである。
しかし相対する舞雷竜は、彼らに休む暇など与えるつもりは無いらしい。
空中で器用にホバリングしながらも、的確にこちらを蹴ちらさんと、連続で蹴りを繰り出してくる舞雷竜。
空中から襲いかかる飛竜の蹴り。
辛くも回避し続けるディーン達であったが、なんと驚くべきことに、舞雷竜の蹴りによって地面にベルキュロスの放った電流が帯電し、彼らを苛むのだった。
「くそっ!? なんなんだこれ!?」
初めて舞雷竜と
実際、上空から襲いかかるベルキュロスを躱わしながらも、地面に帯電する電流にも意識を向けねばなるぬ苛だたしさは筆舌に表し難い。
「……っ!? しまった!?」
何度目かわからぬほど、ホバリング状態から繰り出される蹴りを躱わし続けたディーンから、苦悶の声が上がる。
ベルキュロスの作戦であろうか。
向かってくる三人の中で、一番戦い慣れていないであろうディーンに狙いを定めたベルキュロスは、執拗にディーンをつけ狙い、ついに地面の帯電する電流が彼から逃げ場を奪い去っていたのだ。
万事休すか。
追い詰められた形になったディーンを、なんとか救おうと、長いリーチを活かしてコルベットが突きを繰り出さんとした時であった。
「あんまし調子に乗るんじゃないわよっ!」
響き渡った女の声に被さった銃声が、ディーンを救う救済の声と化した。
ドバババババババババババババッッッッッッ!!!!
折り重なる様に立て続けて鳴り響く銃声に乗って、数えきれぬ弾丸の雨がベルキュロスに襲いかかったのだ。
「うわっ!?」
あまりの弾数に、助けられた側のディーンが驚いて声を上げる。
流石のベルキュロスも、一瞬で弾倉内の全弾を浴びせられ、怯んでしまった。
その隙に、帯電した甲板の隙間を縫って安全圏に移動したディーンが目を向けた先には、レオニード同様の真っ赤な長髪をなびかせ、鋼のライトボウガンを構えた美しい小柄な女性ハンターの姿があった。
構えたボウガン。
こちらもレオニード同様、鋼龍クシャルダオラの強力な個体からしか精製できぬ超性能ライトボウガンである。
その名もバール・ダオラの銃口をベルキュロスへと向け、厳しい形相で舞雷竜を睨みつける女性はディータ・ディリータ・ディードリッド・ツァイベル。
通称
彼女の伴侶、オズワルドである。
彼は背中に先の王城でも背負っていた、赤く燃え上がる炎の様な大剣を背中に背負ったまま、腕を組んでベルキュロスを睨みつけていた。
弾丸の嵐が止んだ事により、その射手が誰かと睨みつけるベルキュロスから、まさに妻を守らんと前へ進みでるオズワルド。
ベルキュロスは、DDDとオズワルド諸共に葬らんと、空中で放った以上の電圧を込めたブレスを、オズワルド達へ向けて発射するのであった。
充分に体内で電圧を高めたからであろう、極太の
「どおっせぇぇぇぇいっっっ!!」
野太い掛け声と共に、背中の大剣。
炎王大剣【暴君】を素早く抜刀し、自慢の剛腕から発生するその破壊力を存分に刀身に乗せて叩きつけた。
側頭部への大打撃に、たまらず仰け反るベルキュロスだが、そこは流石と言ったところか、オズワルドの追撃を避け、すぐに飛び上がって彼らから距離をとるのであった。
…すげぇ。
ディーンが、胸中で簡単の声を上げる。
舞雷竜ベルキュロスは、非常に強力な飛竜種である。
それこそ、先日戦った怒り喰らうイビルジョーに、勝るとも劣らない。
いや、下手したらこの個体は、それ以上の戦闘力を持っているかもしれないにも関わらず、コルベットを中心とするラストサバイバーズの面々は、装備も技術もかの竜を圧倒していると言っていい。
…これが、
ぶるりと、ディーンは自分の身体が震えるのを自覚する。
戦慄ではない。
「……すげぇ」
思わず声に出してしまう。
なんと、世界は広いのだろうか。
こんなすごい奴らが、まだまだいるのである。
フィオールも、ミハエルも、本当にすごい奴らだ。
だが目の前の彼らは、それ以上に洗練されたモノがある。
「どうだいディーンちゃんよ? 少しは勉強になるかい?」
駆けつけた仲間と共に、ベルキュロスへと視線を向けるレオニードが、背中越しにディーンへと語りかける。
「なる。なんてもんじゃあねぇよ」
珍しく殊勝な言葉が、ディーンの口をつく。
「ハハッ! 死んだじいさんの言う通りだな!世界は、俺の予想よりはるかに広いぜ!」
だがディーンの口から続いた言葉とは逆に、その表情は獰猛であった。