異世界から問題児と寂しがり屋が来るようですよ    作:三代目盲打ちテイク

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 桜茉椿姫は歩いていた。全てを抱きしめながら。抱きしめる。抱きしめる。もう誰もここからいなくなって欲しくないから。

 だからこそ、不快感を露わにする男と巨竜が彼女の前に現れる。

 

「ああ、忌々しいんだよ。特に貴様だ。何を上から目線で抱きしめるなどと言っている。虫唾が走るんだよ」

 

 柊聖十郎の前に立つ少女。抱きしめたがり寂しがり屋の桜茉椿姫。忌々しい女を前に男が己の渇望を流れ出させる。

 

「開けよ地獄よ、その口をそして呑み込め

 Schiudi, inferno, la bocca ed inghiotti

 

 お前の創造したものを全て腹の中に

 Nel tuo grembo l'intero creato

 

 邪悪さと そして流血を

 Scellerata, - insanguinata.

 

 夜の闇、急いで消し去れ

 Scellerata, - insanguinata.

 

 大地と天のすべての光を

 Ogni lume in terra e in ciel.

 

 すべての傷を癒し新しい命を

 D'ogni ferita, Che nova vita

 

 飲み干すぞ その輝きを

 Vuotiam per l'inclito

 

 飲み込め 燃え上がらせろ その骨を!

 l'ingoia... Fiammeggian quell'ossa!

 

 お前は、それだけの為に生かされている

 Sie werden nur dafür bewahrt

 

 流出

 Atziluth――

 

 簒奪する死者の逆さ磔

 Trionfo La luce langue」

 

 

 流れ出す極悪の渇望。己の上に立つ全て引きずりおろし、奪いつくし己の逆さ磔にくべてやると祈りが駆動する。

 流れ出す。己の上にある座の存在を知ったがゆえに、求道でしかなかったこの男は覇道となりて流れ出す。

 

 創造位階における異界とルールが、永続的かつ全世界に流れ出す。これは錬金術における基本であり奥義である“全は己、己は全”を究極的に体現したもの。

 すなわち、世界=己。己を世界の一部と認識するのに留まらず、己こそが世界であるという破壊的なまでの自負と傲慢さの極致。

 

 何より、奪い尽くした逆さ磔の贄共が流れ出し、軍勢となりて生じるのだ。このアンダーウッドの大地を貫く巨大な逆さ磔こそが彼の随神相。

 逆さ磔を担ぐ死神こそが彼。お前らの輝き(覇道)が気に入らない。ゆえに、尽く俺に喰われてしまえ。

 

 太極を喰らう覇道。全ての太極を喰らい尽くす覇道。そして、自らの力とする自己愛が生じさせる求道的覇道。

 塵屑でしかない貴様らが生きて、この俺が死んでいいはずがない。お前らが持っているもので俺が持っていないものがあるはずがないだろう。

 

 寄越せよ。お前らはそのためだけに生かされている。何よりも強く、何よりも思い続けた強靭な意志がありとあらゆるものを凌駕することを許す。

 

「駄目、駄目。いなくならせない。みんなにここにいてほしい」

 

 そんな他者廃絶の祈りに椿姫は反発する。あなたも抱きしめる。誰もいなくならせない。だからこそ、その祈り、この状況において誰よりも輝く。

 

「ああ、全て終わった

 Or tutto finì

 

 喜びも悲しみも、もうすぐ終わりを迎える

 Le gioie, i dolori tra poco avran fine

 

 墓は、全ての者にとって終末

 La tomba ai mortali di tutto è confine

 

 私の墓には、涙も花もないでしょう

 Non lagrima o fiore avrà la mia fossa

 

 私の上には、名を刻んだ十字架もないでしょう

 Non croce col nome che copra quest'ossa

 

 ああ、道を誤った女の願いを聞いてください

 Ah, della traviata sorridi al desio

 

 どうかお許しください、神よ、御許にお迎えください

 A lei, deh, perdona; tu accoglila, o Dio

 

 ああ、全て終わった

 Or tutto finì

 

 流出

 Atziluth――

 

 夜の世界・堕落する華

 Demimonde――La Dame aux camelias」

 

 ぶつかり合う二つの覇道。鬩ぎ合う二つの世界。二つの覇道のぶつかり合い。随神相の逆さ磔を持った死神が動く。

 振るうその逆さ磔。奪い尽くした全てがそこにはある。塵屑ほどの価値しかないそれではあるが、かつての神格共。

 

 ゆえに、投げればそれなりの価値がある。それゆえに奪った神格を柊聖十郎は躊躇いなく椿姫へとぶつける。

 大質量。ただ一つの宇宙。全てが石になれ。その祈りが超高密度の石化光となって椿姫を襲う。

 

「――っ」

 

 しかし、揺るがない。その身は永遠なれば。みんなと一緒にいつまでも、何があっても離れたくない。だからこそ、その身は永遠に固定される。

 巨大な釘に打ち付けられて、誰も彼もが彼女の傍で永遠を過ごすのだ。だからこそ、石化の光など意味を成さない。

 

「フン、この程度か屑が」

 

 ならば、次だ。逆さ磔にされた(神格)などいくらでもいる。せいぜい、俺の役に立てよ塵屑ども。獣幻獣、その他もろもろ、かつてガルドと呼ばれたものの残滓。それを放り投げる。

 獣の奔流。それはまさに軍勢。流れ出す渇望によって染め上げた魂を、己が幕下に集わせ率いる力。これは支配による従属させたもの。

 

 逆さ磔の人形共。意志などなく、そこにあるのはただ支配された人型のみ。だが、その魂まで奪い尽くしたそれは柊聖十郎という破格の魔人の存在により擬似的に流出位階にまで押し上げられている。

 塵屑でも使い手が違うのだ。柊聖十郎という男はまぎれもなく天才だ。その思想、思考、魂。その全てが悪であり、外道であるがその魂は死において生きたいと願い続けた魂は、その暗く淀んだ極悪の渇望は何よりも強い。

 

 だからこそ、お前らを使ってやると言わんばかりに支配し、流出位階にまで押し上げる。使い手がこの男であるからこそ、塵屑ですら流出位階にまでなるという証明。

 塵屑だろうと、柊聖十郎という男ならばそれがなんであれ十全に使えるということ。

 

 獣の奔流が来る。それは黄金における全力の突撃と比べる間でもないが、それでもこのアンダーウッドを消し飛ばすことぐらいわけがないほどの威力を内包している。

 だからこそ、停める。

 

「……止まって。みんな抱きしめてあげるから」

 

 止まる。止まる、止まる。釘に打ち付けられたかのように、彼女が望めば全ての者の動きが止まる。ここにいて、そこにいて、いなくならないで。

 だが、

 

「気持ちが悪いんだよ、この抱きしめたがりが!」

 

 帝釈天の方が全ての邪魔をする。本来ならば隔絶された椿姫の格に柊聖十郎では相手にならない。しかし、この箱庭において例外が通る。

 皆で遊びたい。平等に。そのイノリにおける太極、その法は、世界の大前提すら塗りつぶした。だからこそ、対抗できる。

 

 擬似流出の獣の奔流は止まらない。押し流し椿姫へと殺到する。

 

「うぁ――」

 

 傷つける。傷つける。それでも抱きしめようと手を伸ばすのだ。

 ああ、気持ちが悪い。俺に触れるなよ。貴様に抱きしめられるいわれなどない。貴様の愛などいるものか。

 

 増大する逆さ磔の覇道。流れ出した渇望が箱庭を覆う。支配されれば最後、全てを奪われる。貴様らが持っているものを寄越せ。

 加速度的に触れる逆さ磔の犠牲者。お前ら全員、羨ましいんだよ。俺が死ぬわけがない、お前ら屑が生きて、俺が生きれぬはずがないだろう。

 

 ゆえに、寄越せ、お前らの持っているものを。俺が持っていないはずがないのだから。奪う、奪う、奪う。

 その命、そのギフト。全てを奪い尽くす。逆さ磔にくべられろ。その骨まで燃やし尽くせ。輝きを寄越せ。

 

 全てを引きずり降ろし、簒奪する逆さ磔。

 

「だめ、だめ」

 

 いかないで、行かないで、いかないで。どこにも誰もいかせない。そこにいて欲しいから。純粋な願いが駆動する

 止める、停める。彼女の力に触れれば、永遠その場に固定される。意識はある、魂もある。死んではいない。

 

 世界を飲みこむ覇道。大輪の華に抱かれて、誰も彼もをそこに留める。争う者も、今まさに消えようとした命すら、ここに留めてしまう。

 逆さ磔にされようとしていた者すらも、全てその場に留めて生かす。誰もどこに行ってほしくないから。

 

「あなたも、私が抱きしめる」

「うるさいぞ塵が。上から目線で抱きしめるだとふざけるな。俺の上に、お前らがいるはずがないだろうが、堕ちろ」

 

 赤い血が舞う。それは椿姫のもの。逆さ磔の残滓共が大挙して押し寄せ椿姫を傷つけていく。防御などできず、ただ血を流す。

 それでも、手を伸ばすのだ。抱きしめたいから、一人になりたくないから。

 

 千日手。決着がつかない。傷を負ってもその場に在り続ける椿姫は攻撃が出来ない。彼女に他者を攻撃するという概念がないゆえに。

 だからこそ、ここにはもう一人の神格を必要とする。本来は共存できぬ覇道を共存させることができるゆえに、もう一人。

 

 彼女を守護する者が必要だった。そして、ここには一人、神格がいた。

 

「行きます」

 

 赤の軍装。陸軍服を纏った女が来る。サラ=ドルトレイクがゆく。己の渇望を流れ出させる。機械の肉体。

 己の身体は機関のそれ。だが、それでも魂は人だ。感情回路が熱を持つほどの願いは確かにあるのだ。ならばこそ、彼女の願いもまた流れ出す。

 

「彼ほど真実に誓いを守った者はなく

 Echter als er schwür keiner Eide;

 

 彼ほど誠実に契約を守った者もなく

 treuer als er hielt keiner Verträge;

 

 彼ほど純粋に人を愛した者はいない

 lautrer als er liebte kein andrer:

 

 私を焦がすこの炎が 総べての穢れと総べての不浄を祓い清めてくれる

 Das Feuer, das mich verbrennt, rein'ge vom Fluche den Ring!

 

 自分との間を、剣で分け隔てて

 schied er sich durch sein Schwert.

 

 明るく、高く、炎よ、燃えよ!

 Hoch und hell lodre die Glut

 

 あの日のように清らかに

 Wie Sonne lauter

 

 どうか微笑んでください

 an dem weihvollen Paar!

 

 流出

 Atziluth――

 

 世界を焦がす――機関の炎

 Muspellzheimr Lævateinn」

 

 それは、愛だ。黒の王へと捧げる従者の愛。景観は一変し、対峙する三人を残して周囲は赤き灼熱の国へと変じていた。

 ここはまるで溶鉱炉。あらゆるものが溶けて燃え、沸騰して熱風と化す。出口などない。避難場所もない。地平線すら揺らぐ、灼熱の世界。

 

 機関が見せる。ただ一つの輝き。それは世界を焼く炎。燃やし尽くせ、燃やし尽くせ。こちらに振り向かぬ主。

 それでも永遠に彼の下でその漆黒で燃える三眼に焼かれたい。見据えられて、焼き尽くされても構わない。燃える三眼に見据えられて焼かれるのであればそれで良いのだ。

 

 ゆえに、この世界は炎。全てを焼き尽くす焔の世界。椿姫によって固定化された者以外全て灰燼と化す。それはすなわち、拒否し続ける柊聖十郎が燃えること他ならず。

 巨龍が燃える。燃える、燃える燃える。全てを燃やし尽くす劫火が全てを焼き尽くす。逆さ磔など関係がない。

 

 強大な炎が燃える。

 

「ぐ、ごああああああ」

 

 燃える、燃える、燃える。

 

「あーあー、セージ、これは君の負けだよ」

「ふ、ざ、け――」

「うんうん、今回は相手が悪いよ。なにせ、黒の王様の従者だ。ただでさえ強力なのが、あの急段に嵌っているから更に強くなっちゃってるんだよ。だからさあ、ここは素直に退いておこうよ」

 

 蝿声が嗤う。蝿声が嗤う。ここで退いて立て直そう。そっちの方が面白いから。なにせ、次は、あれが動くのだ。

 ああ、楽しみだ。どんなべんぼうが生まれるのか。だからこそ、ここで柊聖十郎を退場させるのは面白くない。

 

 だからこそ、神野明影は柊聖十郎を回収した。闇に消える。蝿声を撒き散らしながら。

 

「逃げましたか」

 

 サラは逃げた二人をみてそう言う。まだここには残っている相手がいるのだ。十三番目の太陽を穿て。そんな条件を出した巨龍が。

 かつて、かの魔王レティシア=ドラクレアが残した最後のゲーム。中断されたゲームがここに再開される。

 

『下がれ、サラ』

 

 だが、そこに現れる三眼の王。

 

「はい、わが主」

『提案しよう、ドラクレア。食事の時間だ』

 

 三眼の王が提案する。 

 

『――城よりこぼれたかけらのひとつ

 

 クルーシュチャの名を以って

 

 方程式は導き出す

 

 我が姿と我が権能、失われたもの

 

 喰らう牙

 

 足掻くすべてを一とするもの』

 

 ぐるりと取り巻く文字のような黒い群れは、男の影から吐き出され、周囲で蠢き回転し、不規則な幾何学模様を描き出す。

 クルーシュチャ方程式の名で呼ばれる自らへの戒めを大脳で紐解き、あまねく万物を砕き呑み、鏖殺することを許された黒色異形の“腕”を伸ばす。

 

 何もかもが関係ないとばかりに漆黒の腕が竜を喰らう。それは見る者が見たならばわかったことがある。例えば、黄金瞳を宿すものだとか。

 そうそれは数式。複雑に絡み合った数式の咢が竜を喰らう。男の胴体部の亀裂からずるりと伸ばされて、巻き付くように巨竜を取り込み、押し潰す。

 

 そして、全ては消え失せた。

 




ノーネーム側反撃の巻。

椿姫ちゃんは頑張ってけど、彼女ってあれなの戦闘用キャラじゃないの。攻撃するって概念が抜けちゃってるのでこういう結末しかなかった。
そのうち攻撃も覚えてほしいところ。

さて、サラが使ったのはみなさん大好きなアレの改変です。もうサラさん魔改造しすぎて原型が一切残ってないです。
一応、言っておくとサラさんは原作のサラと同一人物。ただし、機関人間になっています。
漆黒のシャルノスというスチームパンクシリーズのモランと立場は同じですね。

そして、黒の王が巨竜をむしゃむしゃしました。
本当、テンプレ戦闘は楽ですね。

次回は、飛鳥が働いてくーぼーをなんとかします。
耀も働くよ、主に土木工事要員として。

次回はいつになるかわかりません。というか万仙陣プレイするのでおそくなることは必至です。
まあ、ゆっくり待っていてください。
では、また次回。

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