異世界から問題児と寂しがり屋が来るようですよ    作:三代目盲打ちテイク

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 少しだけ昔の話をする前に言っておかなければならならいことがある。明晰夢というものを知っているだろうか。

 そう十六夜がレティシアと椿姫の二人に問う。

 

「めーせきむ?」

 

 椿姫は知らないようだった。

 

「睡眠中にみる夢のうち、自分で夢であると自覚しながら見ている夢のことだな」

 

 レティシアがそう説明するが椿姫は首をこてんと傾げる。

 

「まあ、詳しくは説明してもわかんねえだろうが、夢を見てると自覚していて、夢を自由に操れる状態のことだ」

「すごい」

「俺は、それを生まれた時から見ててな」

 

 都合十年間、逆廻十六夜と今は名乗る少年は、生まれた時から明晰夢を見続けている。夢はいわば人生のB面とも言うべき状態でありないことが考えられない。

 この状態が普通。ゆえに、疲労もなければ眠れていないという感覚もない。意識の連続性を保ったまま逆廻十六夜という少年はこの十七年間を生きてきた。

 

「そんなことがありえるのか?」

「ありえてるからなあ。それなら証明する手段もあるぞ?」

「そうなのか主殿?」

「ああ、寝ればいい。お前らも。俺が許可すりゃお前らも夢に入れる」

 

 なんだ、それはと思うものの、それはそれで興味がある。幸いにも天気の良い昼下がり、昼寝をしてみるには良いかもしれない。

 もしかしたら遠まわしにはぐらかそうとでもしているのかもしれないともレティシアは思った。

 

 まあ、そうであってもそうでなくとも、十六夜が出来るというのならばそれは本当にできる。それくらいには信用している。

 ならば、やってみるのも良いか。と考えていると十六夜はどこからか持ってきたシートを木陰に敷いて既に寝る体勢。

 

 ちゃっかり椿姫を腕枕しているし、片側を指して手招きしている。行動の速さに苦笑しながら椿姫とは逆側の腕を借りる。

 十六夜の匂いに少しばかりどきりとしてしまうのはなぜだろうか。助けられたからか。多少は鍛えられてはいるもののそれほど頼もしい肉付きではないが、鍛えるべきところはそれなりに鍛えているらしく少しばかり乗せた額に当たる胸筋は堅い。

 

 黒ウサギと違って寝心地という意味ではあまり良くはないが、十六夜の雰囲気もあってかどこか安心できる。

 

「すぅ」

 

 椿姫に至っては既に眠っている。

 

「おー、役得役得」

「まったく、主殿はこれがやりたかっただけではないのか?」

「ヤハハ、否定はしねえよ。でっかいのとちっぱいの二重の感触を一気に味わう機会なんて早々ねえからな。んじゃ、夢にご案内と行きましょうか」

 

 そう言って目を閉じさせられる。そうして、ゆっくりと夢に落ちて行った。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 どことも知れぬ空間。それは、闇を讃える礼拝堂。かつてカクレと呼ばれた切支丹共の巣窟をなぞらえて作られた場所。

 内装は荘厳でありながら冒涜的だ。篝火を形成し、それにくべられているのは仏像、神像。古今東西の神仏が火にくべられ燃やされている。

 

 それでいてただ一つ輝くのは男の石像だ。磔にされた男の石像。汝ら、全ての父と称される神。全て愛する者。

 その隣にあるのは蛇をかたどった何か。陽炎のように滲みその存在を捉えられはしないが、ぼろをまとった男のようにも見える。あるいは影か。

 

 なんにせよこの場においてそれが意味をなすことはない。もっぱらこの中で動くのは黒い男と赤紫の少女、それと軍装の男だ。

 特に酷いのは黒い男。嫌らしく蝿声を鳴らしながら男の石像に糞を塗りたくっている。あるいは油性ペンで顔に落書きをして面白いことにしていた。

 

 教科書に落書きする小学生のような扱いではあるがカクレと呼ばれた切支丹たちが見れば憤死ものの光景だ。

 それを楽しそうにやる男が神野明影。それも当然のこと。むしろ冒涜という意味合いにおいてこんなものまさに遊びでしかないのだ。

 

 嫌らしくいじらしく、滑稽で憎たらしい顔があった。だから糞を塗り付け、冒涜(いたずら)をしているのだ。

 神野にとっては平常運転。それをげんなりした顔で見ているのは赤紫の少女――ペスト。破れた魔王は、眷属として蘇り今、ここで軍装の男――甘粕の前に座っていた。

 

「それで、こんなけったいな場所で何をするっての?」

 

 敗北で落ち込んでいたのにまた起こされて何をやらせられるというのか。しかも、復活の際、なんでか裸。

 恥ずかしいったらないが、甘粕の手前恥ずかしがるなど愚かな行為。自信がないから恥じるのだ。自信がないのは努力が足りていないことに他ならない。

 

 恥ずかしくない肉体を維持しているし作ろうと努力している。ならば見せることに羞恥など介在する余地がない。

 そんなものは原動力としてくべてしまえ。それでより美しくなるのだ。それでこそ人。諦めずに邁進してこそ甘粕に追いつける。

 

 と、まあ、そんなことはさておいて、

 

「何、少しばかり暇になったのでな。昔話というのも良いかと思ったわけだ」

「ふぅうん、珍しいわね。あんたがそんなこと話すなんて。昔話なんてもんとは相当かけ離れていると思ってた」

 

 甘粕ならば昔を振り返らず前に前進する男だ。過去よりも今を見据えている男である。過去を悔いるよりもそれをバネに前進どころか跳んで行く男。

 ならば、そんな男がなぜ昔話などしようと思ったのか。ペストとしては、聞いてみたい事柄ではある。

 

「否定はせんよ。昔を悔いるよりもそれを反省し、次に活かしてこそだ。過去とは事実そういうものだろう。人の歴史は失敗の歴史だ。失敗から学んでこそ人。同じ愚を犯すことほど愚かしいことはない。昔を語るのは他人に同じ失敗をさせないためだ」

「なら、なんで?」

 

 なおのこと今話すべきことでもないだろう。別に、失敗をしたわけではない。打倒されたがあれは純粋に自分の力不足であったのだ。

 それならばもっと深く、深く、より深く救い()を想うだけ。超純度の渇望で太極を越える。それが出来るのが帝釈天の法。

 

 ゆえに、意図不明瞭。今、話すべきことではない。

 

「なに、昔話と言っても俺の幼少期などではない。話すのはあの男の事だ」

 

 お前を打倒した男のことだ。そう甘粕は言った。

 

「…………なるほどね」

 

 なるほど、ペストは納得した。

 

「彼を知り己を知れば百戦殆うからず。お前は己を知った。ならばこそ、彼を知るべきだ」

「それで、ご丁寧に昔話をしてくれるってわけ? 随分と親切ね」

「何、頑張ったで賞という奴だ。働きには相応の報酬を与えるべきだ。それでこそ社会というものも、コミュニティというものも成り立つ」

 

 対価に報酬。成果にはそれ相応の報酬というものを用意せねばならない。昔話はそれの代わり。

 

「それ、あんたが別に語りたいだけじゃないの?」

「否定はせんよ。あいつ(神野)我が友(セージ)もまったくと言ってよいほど興味を持たん。話し相手というのは貴重だ」

「で、私なわけね」

 

 それはそれで少しばかり嬉しいような複雑なような。まあ、あれらが昔話などする奴らでないことだけは確かだ。

 だからこそ、これは気まぐれ。単純にノリ。そういうノリ。今は、そうしなければならないというおぼしめしでもあったのか。

 

「良いわ、聞かせて」

 

 なら聞いてみよう。昔話とやらを。逆廻十六夜が関与するという昔話を。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 目を開く。それは眠りに入ってからの覚醒プロセスではない。ある意味で覚醒ではあるが、覚醒というには肉体の覚醒ではなく精神での覚醒と言うべきだろう。

 開いた視界に広がるのは夢に入ったのと同じ光景。されど、見覚えのない建物や場所があるように見える。ノーネームの敷地の中に高層ビルだとか、学校だとか、果ては金髪の女性の写真やら足形だとかそういったものが置かれた何やら気持ちの悪い思念を感じる部屋だとかそういったものがあった。

 

 まさに夢の光景とはこのことだろう。レティシアが知らぬものがたくさんあるし、知っているものもある。

 他人の世界観(ユメ)がまじりあっている光景。まさにそれは――

 

「――これは、夢、か」

「おう、夢だぜ?」

 

 そこには十六夜がいる。夢の産物ではない確かな気配をもって。

 

「主殿、これは……」

 

 未だ、体験しても信じられないとはこのことか。

 

「夢の中だな。ここじゃイメージしだいでなんでもできる。親父はここを邯鄲とか夢界とか言ってたけどな。まあ、こんな感じの世界で俺は十七年間B面として過ごしてきたわけだ。ヤハハ、羨ましいだろ?」

 

 なるほど、ここで過ごすならば知識など人の数倍は勉強できるのだから知識豊富にもなろう。

 

「確かに、これはある意味羨ましいな」

 

 ここならばイメージ次第で何でもできると十六夜は言う。ケーキなんてものを創りだしたり、あるいは超常的な力を使ったり。

 

「この感覚、主殿が使っている力か?」

「正解だ」

 

 邯鄲の夢と呼ばれる技能。超常的な力を操る技術のことで、大別すると五種、細分化して十種の夢が存在している。

 

「お前らもここなら使えるぞ? まあ、得意不得意はあるだろうが」

 

 得手不得手によって人物ごとの個性が出るが、これらはあくまで基礎技能にすぎないため、誰でも十種の夢を使用出来る。

 

「おー」

 

 椿姫が何やら創りだして遊んでいる。

 

「少し遊んでみるか? せっかく来たんだ、昔話でつぶすってのも勿体ねえだろ?」

「ふむ、では主殿ご教授願おうか」

 

 身体能力を強化する夢である戟法(げきほう)。パワー型の(ごう)とスピード型の(じん)の二つに分かれる。

 

「ふむ、この感覚は久しぶりだな」

 

 レティシアが跳躍する。高く高く飛び上っていた。弱体化して久しい充足感。その身が空まで届かんばかりに跳躍できるというのは久しぶりで笑みが出る。

 この夢は自らの運動神経や筋力というもっとも馴染みの深い感覚に干渉する力のため、現実でのスペックと比例しやすいのだ。

 

 今は下がってはいるもののもともと最高クラスのスペックを持つ吸血鬼。イメージさえできればこれぐらいはお手の物。

 

「むぅ」

 

 しかし、身体能力は高いもののどこか抜けている椿姫はそれほどうまくこの夢を使えないでいた。

 

「次は楯法だな」

 

 楯法(じゅんほう)。体力・スタミナや耐久性を強化する夢。防御型の(けん)と回復型の(かつ)の二つに分かれる。

 剛は身体を硬くする防御特化型、活は負傷や疲労に対する治癒する夢だ。

 

「これは、どうなっているのかわかりづらいな」

「うーん?」

 

 使って見た感想は微妙。吸血鬼として再生の力があったレティシアは活が創造しやすいがどうにも堅というのはわかりにくい。

 そもそも傷がなければ意味はないし、攻撃する者がいないのだから使っても意味がない。

 

「んじゃあ、夢っぽいのに行くぜ?」

 

 咒法(じゅほう)。これはイメージを放つ夢で点の射撃である(しゃ)と面の爆発的な(さん)の二つに分かれる。

 

「おおー!」

「ふむ、これは楽しいな」

 

 魔法のイメージで光の球を飛ばしてみたり、広げて絨毯爆撃なんてこともできる。夢らしい夢だった。

 

「んじゃあ、次だな。見せた方が早いか」

 

 そう言って椿姫の方に手を置いて夢を流し込もうとした瞬間、

 

「――っ!?」

 

 何かの波動を感じて寸前でやめる。あのまま断行していれば自分は死んでいただろうことがわかる。だらだらと夢であるのに流れる汗がその証明だろう。

 ゆえに、対象を変更。非常に残念ではあるが、口惜しくもあるがこればかりはどうしようもない。十六夜の本能が警鐘どころかぶっ壊れる勢いで警戒している。まずい。いつもならば笑って断行するところを止めるくらいにはやばい。

 

 だから、レティシアの肩に手を置いてその夢を流し込む。深くではなく表面。有体に言えば服だけに。効果は即座に現れる。

 

「え、っちょ――!?」

「ふむ、赤とはまた」

 

 綺麗に服が溶けて消える。上はきっちり素肌まで下はパンツと靴下だけは残す徹底ぶり。髪の毛で隠された果実()がまたいじらしい。

 きょとんとして、気が付いていきなりのことに羞恥に身を隠そうとするまできっちりと堪能した。

 

「解法って言ってな。今見せた(ほう)ってのが打ち消したりできるんだ。あとは、(とう)つってこんなふうに消えたり、ステータス的なのを読み取れたりする」

 

 十六夜が消えて現れる。面白いだろー、とは言うがレティシアは必至に服を作って着ていてそんな余裕はなかった。

 

「主殿! 脱がすなら脱がすと前もって言ってくれ! こちらにも心の準備がだな」

 

 何やら混乱して言ってはならないようなことを言ってはいけない相手に言っている気がするがそんなこともわからずに、十六夜はしっかりと言質取ったと笑みを深めるばかり。

 

「んで、最後。レティシアもやってたが、物を創りだす夢だな」

 

 創法。物質の創造や操作を成す(ぎょう)と、環境の創造や操作を成す(かい)がある。この界にかんしては難しいので早々できるものでもない。

 

「ふむ、なるほどな」

「んじゃ、まあお前らのステータスでも見てみるか」

 

 いい機会だし、と十六夜が提案して二人は了承する。

 

「わたしから、わたしから」

「良し、じゃあ椿姫からな」

「主殿変なところまで見るなよ」

「わかってるっての」

 

 見るなと言われたら見る以外に選択肢などないだろう。

 

――桜茉椿姫

 熟練度Lv.1

 戟法 剛 1

    迅 1

 楯法 堅 5

    活 8

 咒法 射 5

    散 8

 解法 崩 3

    透 2

 創法 形 10

    界 10

 

 中々に偏ったステータスだ。創法しかも、界が高い。太極に達していることが関係しているのか。そんなことを考えながらスリーサイズと身長、体重まで見た。実に立派な果実をお持ちである。

 とりあえず、最後の情報は隠して、ステータスのみを適当な石版にでも表示して見せてやる。

 

「おー」

 

 喜んでそれを抱きしめる椿姫。

 

「んじゃ、レティシアな」

「何やら邪な気がするぞ」

「気のせい気のせい」

 

――レティシア・ドラクレア

 熟練度Lv.1

 戟法 剛 8

    迅 9

 楯法 堅 1

    活 10

 咒法 射 7

    散 8

 解法 崩 5

    透 6

 創法 形 7

    界 2

 

 なかなか高水準にまとまっていて良いのではないだろうか。堅と界を除いて高水準。流石は吸血鬼と言うべきところだろうか。

 ついでにスリーサイズと身長、体重なんかも拝借。うん、わかっていた。同じく見せてやる。

 

「こんなもんだな」

「なるほど、私はこんなものなのか。では、主殿はどうなのだ?」

 

 自分のステータスを見て興味がわいた。自分のステータスが良さげなのは椿姫のを見たらわかる。では、十六夜はどうなのだろうか。

 

「俺か?」

 

――逆廻十六夜

 熟練度Lv.448

 戟法 剛 10

    迅 10

 楯法 堅 10

    活 10

 咒法 射 10

    散 10

 解法 崩 10

    透 10

 創法 形 10

    界 10

 

 絶句の全方位型だった。

 

「…………」

「俺様だぜ?」

 

 その一言でなぜか納得できてしまうのが十六夜たる所以だろう。

 

「んじゃ、まあそろそろ昔話でも始めますかね」

 

 ひとしきり遊んだところでそろそろ本題へ入る。十六夜の昔話へ。

 




お待ちどうさまです。いえ、お待たせしてすみません。
そして、まったく話進まないですみません。

いや、書いてて楽しかったんです。出来心だったんです。
今更夢の説明するとは私も想定してなかった。

でも、後悔はしてません。ステータスは適当に割り振りました。私の勝手なイメージ。
個別の夢なんてまったく考えてないです。二人の破段、どうしようか。

まあ、それはさておいて次回は本当に昔話します。ええ、おそらく、たぶん。
次回もいつになるかはわかりませんが、ゆっくりやって行きます。
では、また次回。

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