異世界から問題児と寂しがり屋が来るようですよ 作:三代目盲打ちテイク
ジン=ラッセルは走っていた。既にそこはハーメルンの街の外。皆が戦っている中、彼は小高い丘の上へと向かっていた。
そこにはただ一人男が立っていた。大外套を纏った男。軍装に軍刀、軍帽の圧倒的な男であった。ノーネームの居住区を襲撃した男であった。
穏やかに微笑を浮かべているというのに、ジンは動けない。本能が最大の警鐘を鳴らす。ただ個人の意思が常軌を逸して突き抜けたために、その枠組みを飛び越えてしまった超越者である。逃げろ、逃げろ、逃げろ。
最初から屈伏していた。膝が笑う。もはや、この男の前に立っているという事自体が一種の奇跡なのですらないのかとすら。
だが、ジン=ラッセルは逃げない。逃げれないのではなく、逃げなかった。己が勇気を振り絞り、男の前に立つ。甘粕正彦という男の前に、立つ。
「よく来た。やはり、お前であったなジン=ラッセル」
「……あなたが、甘粕正彦で良いんですか」
「いかにも。俺が、甘粕正彦だ。正真正銘。この舞台を作り上げてた張本人である」
大外套を翻し、彼はそう言った。繕う言葉はなく、ただ真実だけを彼は告げた。繕う必要もないのか、あるいは、繕う事に意味などないと彼は知っているからか。
どちらにせよ、好都合であった。
「なぜ、なぜ、あなたはこんなことをするのですか」
ジンは決死の覚悟で目の前の男に問いかける。甘粕正彦へと。
彼こそが、全ての元凶。楽園の創造を示すただ一つの回答。彼こそが、このゲームにおいて、楽園の創造を象徴する者。
だからこそ問う。なぜ、このようなことを行ったのかを。火龍生誕祭。誰もが楽しみにしていたはずの祭りを、なぜ、このような地獄に変えたのか。
彼の真意。彼という存在。彼というものを知る。それはジン=ラッセルの仕事。力はない。だからこそ、彼というものの本質。敵を知る。
それが旗を率いる者としての務めだと信じて。
「戦争が好きなのですか? 争いが好きなのですか? 人を殺すのが好きなのですか! だから、こんなことをするのですか! あなたのせいで何人の人が死んだと思っているんですか!」
人が死んだ。それをジン=ラッセルは許容できない。誰にも死んでほしくない。それはかつて離れ離れになった人たちが残したものですら。
それが彼が先達に教えてもらった戦の真。彼の戦の真。だからこそ、彼は立ち上がったのだ。新しく始めるのでもなく、ただ立ち上がった。
修羅の道を進むことを決めたのだ。誰も死なせないために。生きて、生き残って、次へつなげる。己の背で。
先達の教えを次に繋げる為に。それが紡いできた絆だと信じている。
だからこそ、彼の問いの答えをジンは理解できなかった。
「戦争は好かん。争いもだ」
「ならば、なぜ」
なぜ、こんなことをしているのか。戦争も争いも好かんというのならばなぜ、その真逆のことをしているのか。
「勘違いをするな。俺は戦争も争いも好かん。差別、貧困。弱者は虐げられ、様々な悲劇。いわば不幸だ。俺はそれを憎んでいる。道端で子供が犬のように打ち殺され、腐って行く世の中など、正しいはずがないだろう」
「え……」
それは、どうしようもなく正しいことで。至極真っ当だった。どこにもおかしいところなどありはしない。狂人の発想でも、悪人の戯言もそこにはない。ただ善人が語る善性だけがそこには介在した。まことの善。
これこそが主役というもの。だからこそ、なぜと思う。
「だが、同時にこうも思うのだ。そうした理不尽があるからこそ、人は強く、美しく在れる。友の為、家族の為、身を捨ててでも許せぬ悪に立ち向かう心。恐怖に屈せずに立つ信念。
つまりは、勇気だ。覚悟だよ。
今こうして、俺の前に立ったお前のように。ああ、美しいぞノーネーム。やはり、お前たちは愛おしい。我が愛しの男のように、俺の前に立ったお前を俺は愛している。その輝きをこそ守りたいと切に願う。
ゆえに、俺はこうしてお前の前に立っているのだ」
わからない。この男が何を考えているのか。おかしいだろう。単純に考えた守りたいと願っているのならば、そう在るべきだろう。魔王などという破壊の天災になどならないだろう。
「簡単なことだ。劣化させたくないのだ。腐らせたくないのだ。お前たちの輝きを。一度負けたくらいで、この俺が、魔王が諦めるとでも。諦めんよ。諦めん。俺の辞書に諦めるという言葉はありはしない。
ゆえに、我が
ああ、そうか。この男は根本的に人間を信用していないのだ。性悪説。全ての者が生まれた時から悪であるという説。
だからこそ、試練を与え、それに立ち向かう勇気でもって、善性とする。彼はそういうつもりなのだ。
「人は、人は、そんなに弱くありません!」
「然り。お前もそうであるように、確かに自立できる人間はいるだろう。だが、世界を見てみろ。
自分は守られている、故に如何なる危険もこの身を害し得ないであろう―――そのような愚劣極まりない認識によって、匿名を用いた誹謗中傷や「施し」紛いの公民権運動を引き起こし、論理整合性の破綻した愛護活動の引き金となる」
「しかし、それは、相対的、結果的に見れば良いことではないのですか」
誰も自分に危害を害しえないということは、それだけ世界が平和であろうということだ。そういうことを気にすることなく暮らせることは、人類の理想ではないのか。
確かに匿名の誹謗中傷は悪いことだろう。だが、施しでも運動をやることには意義がある。論理整合性が破綻していようとそれを行おうと行動することは悪いことではないはずだ。
――いいや、違う。本当はわかっている。
「何が良いものか。そんなもの脳に蛆の湧いた阿呆どもだ。腐っているのだよその性根が。人間のあるべき輝きが失せている。
人の人たる在り方とは、人の命が放つ輝きとは、決してそのようなものではない筈だ。
―――我も人、彼も人。故に対等。そのことを常に弁え、覚悟と責任を絶えず胸に抱いた上で、雄々しく立派に生きるべきではないのか。そして元来、人とはそういうものではなかっただろうか」
「…………」
そうだろう。確かに、そうなのだ。甘粕正彦の言っていることは確かに正しいことだ。
ジン=ラッセルには、彼を否定する言葉を持ち合わせていなかった。それだけ、彼の言っていることは正しいのだ。
そう、“正しい”のだ。
人は安寧に身を浸せば、生来抱えた惰性のために、その美徳を自ずから手放してしまう。腐るのだ。平穏は人を腐らせる。安寧は人の牙を抜く。
忘れさせるのだ。危険に対して、試練に対して、向かっていこうという気概をなくしてしまう。それが平和だった。
対して、試練、危険、危機に直面した時、人は輝きを見せる。
日本を襲った地震が分かりやすい。大津波が来て多くの死者を出した。そんな未曾有の危機に際し、人々は普段はやらない募金やボランティアをやり、普段は見向きもしない外国の人間はエールを送ってきた。まさに、一致団結して、目の前の災害を乗り越えようとした。
もし、地震が起きなければこんなことは起きなかっただろう。隣国が武装をしているというのに、その武装を放棄させようとする論が出ること自体が腐っていることに他ならない。
一度殴られねばわからぬ木偶たちが蔓延っているのだ。
「ゆえに、必要とされているのは試練である。立ち向かい、乗り越え、克服すべき高い壁に他ならない。希求されるのは即ち、それらを掲げ、人々に試練を授ける魔王だ」
「だから、あなたは――」
「然り。だからこそ、俺は魔王として君臨している。
俺に抗い、立ち向かおうとする雄々しい者たち。その命が放つ輝きを未来永劫、愛していたい。慈しんで、尊びたいのだ。守り抜きたいと切に願う。
絶やしたくないのだよ。お前のように立ち上がる人間を。お前たちのように諦めず、前に進もうとする人間を。
だからこそ、俺に人間賛歌を謳わせてくれ、喉が枯れ果てるほどにッ」
それは、とても正しく、それは確かに、人間を想った言葉に他ならない。
人間を愛している。ゆえに、放っておけない。劣化させたくない。その輝きをこそ愛しているからこそ、殴りつけてでも更生させよう。
甘粕が言っているのはそういうことだ。試練を与え続けて、それに立ち向かうことを忘れさせないようにする。劣化などさせない。
この男の思想の一端をジンは理解した。
ゆえに、
「あなたの意見は正しいのでしょう。でも、あなたの意見は認められない」
「だが、ただ否定するだけでは意味があるまい。それ相応の根拠、お前の意思はどうだ?」
「僕は、あなたが嫌いです。だから、あなたの意見を認めません」
その言葉に甘粕は一瞬、呆け、そして、大笑いした。
「なるほど、確かに、嫌いな人間の意見など是が非でも認められんのは道理か。なるほど、面白い。良いだろう。お前の意思、しかと聞き届けた。
だが、今回だけだ。次は、お前たちの意思を持ってくるが良い。俺はそれをいつでも受け止めよう。
――ふむ、あちらも頃合いだ。今日の逢瀬はこれまでだジン=ラッセル、ノーネーム。またいずれ会おう、お前たちが来るのを俺は待っている」
そう言って、甘粕正彦は、創界に解けるようにして消えて行った。
ゲームは終わり、全ては終わった。
だが、同時に、始まったのだ。今、この時に――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――チク・タク
――チク・タク
「――さて」
男は言った。
それは奇妙な仮面を被った男であった。
道化の如き姿であるが、一世代前の西洋貴族のようでもある。
奇妙な人物。
仮面と服装は彼をそう思わせる。
彼は決して自らを口にしない。見たままを口にせよと戯けて言う。いつもの通りに。まさに容姿通りに、奇妙な男であった。
しかし、存在があるという事は存在するという事である。
男の名はとある世界の極東の小さな島国に伝わる神なる獣の名。それがこの男を示す名であった。
しかし、今その名前はない。その自分は既に砕けてしまっているから。彼の地、彼の街で。あるいは神々の箱庭ここで。
あるいは、砕けていないのかもしれない。砕けたものが一つになったのかもしれない。まあ、砕けているのだが。
――もっとも。
――彼に名前がなくとも問題はあるまい。
――彼にとっては名など幾つもあるさほど意味のないものであるし。
――かつても、名を知る者は決して多くはなかったのだから。
例えば――
最も新しき
あるいは――
全力を求め、破壊の慕情を抱く黄金の獣であるとか。刹那を愛し、ただ変わらぬ日常をこそ尊んだ永遠の刹那であるとか。
もしくは――
果て無き未知を求めて回帰する水銀の蛇であるとか。一人になりたくないと泣く大輪の華を愛した男であるとか。
人はその仮面の名を呼ぶ。
即ち、『バロン』と。 もしくは、『バロン・ミュンヒハウゼン』と。
ただ、不用意にその名前を呼んではならない。
命が惜しければ。
彼の仮面の奥を想像してはならない。
命が惜しければ。
あらゆる虚構を吐き出すというその男は、 対面する何者かへと語り掛ける。
小さな部屋。ソファ以外には調度品は何もない。壁に囲まれた部屋。
暗がりの密室。結界ともいうか。あるいは封印とも。
男の格好とは不釣り合いな普通の部屋だ。100の血濡れの眼が、見つめるだけのただ普通の部屋だ。
静謐なる内向の間と人は呼ぶ。
かつて栄華を極めたコミュニティあるいは未知なる結末を求める男、もしくはその両方の余技にて作られた部屋。
己が全てを見つめるというその部屋で男は眼前の何者かに語るのだ。
「さて。吾輩はここに宣言するでしょう」
――余計なる観測の開始と。
――無意なる認識の開始を。
――そして、異なる物語の幕開けを。
「これは、可能性の中にしか存在しえない儚き幻想に御座います。
しかし、あらゆる可能性はそこに確かに存在するのです。
一つの幕はついにひかれ、新しき幕が新しき舞台にて上がるのでしょう」
男の声には笑みが含まれている。
対する何者かは無言。
「彼の地に眠る狂いし龍。切り離され、今だ、あの地にて眠るそれは、ついに目を覚ますのでしょうか。
唯一懸念すべきは、彼の地を治める者の存在ですが。それにはあの悪魔が対応するのでございましょう」
男の声には嘲り我含まれている。
対する何者かは、無言。
「成る程。
そういうこともあるでしょうが、そうでないこともあるでしょう」
そうして、男は高らかに宣言する。
「さあ、我らが愛してやまない人間と下賤なる修羅神仏、悪魔の皆様。どうか御笑覧あれ。
――全ては、ここから始まるのです」
甘粕とジン君の弁論大会。
ジン君は意見もなにも出せず惨敗。
てか、甘粕の思想これで、よかったっけ? と戦々恐々としてます。何度も原作見返しましたけど、あの人の思想を真に理解出来ているのか、心配です。
甘粕が帰ったのは、ペストの舞台であったし、ノリでフォーモリアとかしちゃったので、多少満足したのでしょう
いや、という事にしておいてください。ここでラスボス戦とか、狩摩いないんでマジで勘弁してください。全滅します。
で、とりあえず、これで決着。ペスト戦どうなったって? 十六夜が殴り飛ばしました。以上。
フォーモリアは、黒ウサギがなんとかしました以上。
いや、すみません。色々とこれ以上やっても蛇足にしかならなかったので、ちょっとカットしました。
次回から三巻ですが、多少展開などの構築とか設定とかいろいろしていきたいので、多少時間かかるかもです。
では、また次回。
あ、今日は、感想返しができないので、感想が来たときは、出来れば18日にまとめて返したいと思います。