異世界から問題児と寂しがり屋が来るようですよ 作:三代目盲打ちテイク
「あの二人がやられたようね」
ふと、ペストがそう呟く。まあ、問題はない。彼らはそうとわかるように用意したのだから。あからさまに間違いであるとわかるように配置したのだから。
だが、ここから先は違う。
「さて、来たようね」
十六夜が来る。もっとも警戒すべき相手。同じく覇道流出の椿姫はそうでもない。確かに彼女の格は破格だ。
だが、
それゆえに、ここからは互いの地力勝負になる。彼女の太極が上乗せされた己の地力での戦いだ。
それならば、己の方に分がある。だが、ペストはそうは思わない。相手は神格をも殴り倒した男。おそらくは想像の上を行くだろう。何よりも、同類の匂いがする。
だが、変わらない。全て殺す。死こそが救済であるから。このような苦しい世の中であるからこそ、死という安らぎを与えよう。
それは逃げだろう。だが、それもまた選択だ。彼女の願うただ一つの
全てのものが幸福でいられるように。
そんなものは押し付けだ。だが、神なんてそんなものである。己のルールを他人に押し付ける自己中心性があってこそ、神格は神格足りえる。
ゆえに、目の前の少女はそれを除いて気に入らない。そうではないだろう。私の考える最高に、平伏し従うがいい。
それこそが覇道。ゆえに、目の前の
だからこそ、彼女の
死、死、死。
死の霧が迫る。何もかもを殺す死の霧。
「ハッ! 泣き言言ってんじゃねえぞ、オラァ!!」
だが、十六夜はその霧を殴り砕く。
己の中の夢を彼は駆動させる。ただ二つの夢。父と母から教えられた、夢だ。
邯鄲の五常楽、戟法と解法。恩恵を砕く
そして、もう一つ。無形のものがもう一つだけ。
だが、
「甘い!」
放たれる死の拳。随神相から放たれるそれ。
「しゃらくせえ!!」
十六夜は、殴り飛ばす。そんなもの人間の所業ではない。太極にも流出にも至っていないはずの存在が、なぜこのようなことができる。
神格は神格でしか打倒することはできない。それはこの世界の不変の法則(ルール)。彼の偉大なりし帝釈天ですら、その法則の全てを呑み込むことは出来なかった。
それをなぜ、ただの少年が突破する。
剛腕が大気を裂く。その一撃は大地を砕く。
「チィ――」
浅く舌打ちをして、死の霧を放つ。
その理は死の塊。何も複雑な事はなく、霧として可視化した死の概念に触れたものは一撃の下に粉砕される。
それは単なる破壊ではなく、物事の歴史を終焉させる所業。すなわち、万象には発生と同時に終わりがあり、開始の幕が上がっている物語なら幕を下ろすことで強制的に終わらせる極点移動。言わばご都合主義の具現である。
ゆえにこれは物理破壊のみならず、僅かでも歴史という時間が流れた概念総てに及ぶため、死の霧を受けて無事でいられるのは以下のものだけ。
すなわち、発生から時間の停止した存在か。ペストと同質の死そのものである存在か。あるいは単に、強度で上回る存在か。
この三つである。
十六夜はどれにあてはまるだろうか。発生から時間の停止した存在か。
――否。
それが出来たのは星辰すら止め得た神格のみ。
では、ペストと同質の死そのものである存在か。
――否。
それならばペストがわかる。同質の色。同類。わからないはずがない。だが、その感覚を彼女は感じていない。
ならば、最後、強度で上回れている。椿姫という後押しによって、砕いている。なるほど、確かにそれは道理ではある。彼女の固定化は、強度という面においても、時間の停止という面においても満たす。
「ああ、なるほど」
そして、ペストはそこに思い至る。
――太極・無形
名も色もないからこその正体不明の太極。ギフトカードですら見抜けぬのは道理だろう。あれは、色を見るのだ。名を見るのだ。
だからこそ、正体不明。正体が定まっていないのだから当然だろう。エラーでもなく、それは必然であったのだ。
もっとも新しき神格であるからこそ、その事実をペストは看過する。色が定まっていなかった自分を知っていたからこそ、気が付いた。
同類であることを。
「あんた、最初から外れてんじゃない」
「あん? なんのことだ?」
「自覚もないっての?」
「知るかよォ!」
殴り飛ばされる。その一撃は、第三宇宙速度すら超える。その拳は確実にペスト本体へと攻撃を喰らわす。
「クッあ――」
だが、それにしてはありえない。
仮に、彼が太極位階であったとして、それが無色で定まっていないのであれば、型に嵌った太極位階の者を傷つけることも攻撃を防ぐ事も不可能。
まだ、何かがある。ペストが凝視する。その先に、
『――■■■■――』
「ッ――!」
幻視する。異形の姿を。永劫ただ存在し続けたい何か。ただ彼女と共に永劫を過ごしたいと願った異形が吠えている。この北の大地に眠る何かの存在を彼女は感知した。
居るのだ。何かが。彼の背後に。椿姫という破格ではない、もう一つ。何かが。ありとあらゆる怨念を纏った何かが。
「オラァ!!」
本来ならば。通常の神格を十六夜は打倒できない。だが、この北という場に限り、それはない。彼に手を貸す存在をペストは認識した。
甘粕ではない。あの男は確かに、この手の、主人公というものが好きだ。倒せない強敵と相対し、それでも諦めずに戦おうとする主人公こそが彼が求めるもの。
そして、それ以上に公平な男である。何に対しても平等だ。だからこそ、一方に手を貸すことはしない。仲間であろうペストであろうともそれは同じこと。
だからこそ、何かがいることがわかる。強大な何かが。
「なによ、なんなのよあんたは――!」
「逆廻十六夜様だよ!」
握りこぶし。ただのそれが死の霧を砕く。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ああ、素晴らしいな。死の恐怖。死病の恐怖。それは原初の試練だ。人が闇を克服し、そして、医学が発達した現代ですら今だに克服しえない恐怖だ。
お前ならばわかるだろうセージ」
「フン――」
甘粕の問いに聖十郎は答えない。
そのような問いわかりきっている。今もなお、死に苛まれている聖十郎にその問いは無意味だ。
「しかし、無粋だ。泣き声に誘われたな。あれでは、相手にならんか。ふむ、そうだな。
ならば、もう一つ、試練を追加しようではないか」
甘粕が手印を結ぶ。
輝きを魅せてもらった。ならば、もっとだ。もっと輝けるはずだ。だからこそもう一つ試練を。死病を超えたその先。
お前たちならば見せてくれるのであろう。期待はそのまま、神気へと変わる。
――
今ここに邯鄲における五常楽。最後の第六法が紡がれる。そうやすやすと使えるはずのない秘奥。それをこの男はノリで使っている。
ノーネームの輝きを誇るために。この男は、本来必要とする工程すら飛び越えた。もとより、彼の敗北より甘粕という男は努力してきた。
強く強く、あの輝きの為に。もう一度、立ち上がるために。足りない全てを補うために。ゆえに、英雄は既に神話の一部となった。
だからこそ、彼の終段の更にその奥へと、至ったのだ第七法。前人未到のそこへと。
「
お前たちの輝きを俺に見せてくれ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
莫大な神気の奔流。それは、天空から落ちてくる。
「なに!?」
「ああ、まったく、あの男は」
天空から墜ちてきたのは、黒い竜の顎だった。まさに月をも飲み込む暴食の太陽さながら、信じられない域の巨体の龍。それが、ペストすら呑み込む勢いで、咆哮を轟かせる。
聞いた全ての者が死にたくなる。そんな咆哮。まさにそれが彼の龍の権能。
「龍であるならば!」
「私が!」
「加勢するとしよう」
サンドラが向かう。火炎を纏い。その轟炎を振り下ろす。黒ウサギとどこからか現れた
それだけを見れば、問題はない。ペストを十六夜が抑えている今、あの巨大すぎる怪物は討伐できるだろう。
だが、今もなお、天空に生じた穴から現れようとしているのは軍団であり、龍はその一柱でしかないことを十六夜は知っている。
しかも、それだけではない。それは一部であると十六夜は看過していた。先ほどの龍震も大元から流れた副産物だ。本当の脅威は少し死にたくなる程度のものではない。
途轍もなく魔的なものが這い出してくる。
「目、いや、それよりも!」
それは閉じられた瞳。そして、その瞼をいつくもの異形が取りついて開こうとしている。理屈抜きであれを開いてはならないと十六夜は悟る。
「バロールの瞳か!?」
あれに見つめられれば最後、十六夜だろうと、例え神格であろうとも、死ぬ。あれよりも格が低ければなどという次元ではない。
あれを出した何者かのおかげで、あれはどのような神格だろうと殺すようなものになっている。帝釈天の法もあって、椿姫本人ならばまだしも、その太極下にある格の低い者は死ぬ。
あれは、そういう魔眼となっている。
「チィ――!」
「行かせないわよ。私は別に死ぬのはいいの。死ねば良い。生きるのはつらいでしょう?」
「くそ!」
ここに来て、形勢は逆転どころかひっくり返った。もはや、ゲームクリアだとかそんな次元ではない。
「大丈夫。大丈夫だよアルフレード、私は、みんなにいてほしいから。だから、頑張るよ。心配しないで」
だが、忘れてはならない。ここにいるのは全てのものを逝かせたくない大輪の華。その瞳が危険であると彼女は本能的に察する。
誰よりも己を一人にするものを嫌がるから。
ゆえに、
「止まって」
彼女の随神相が動く。その瞳を無理矢理に閉じる。開かせない。釘を突き刺す。
しかし、それだけだ。軍勢全てを留めて固定するには、帝釈天の法が邪魔をする。軍勢は無理矢理にその瞳を開かせようとする。
「させません。月の兎の力、見るのです!
月色の髪は緋色へと転じ、その手には雷電を放つ神具を形成する。帝釈天より授けられた秘術によって、形成されるそれ。
紫電を放つ神具。それが形成するのは“叙事詩・マハーバーラタの紙片”からくる帝釈天インドラの槍だ。紫電の槍。ブリューナクとはいかないが投げると稲妻となって敵を死に至らしめる灼熱の槍を再現する。
しかし、眼が見えない。それを投擲しようにも当たらなければ意味がない。目が見えずとも彼女には耳がある。何より、
「右斜めもうチョイ上!」
仲間がいる。何より、彼らの為に戦いたいと思う
春日部耀が投擲体勢の黒ウサギに告げる。どこに投擲すれば良いのかを。獣の本能が探し出す。彼女の人としての心眼が探し出す。
フォーモリア。あの魔神の軍勢。バロールの瞳を滅ぼすにはどこを撃てば良いのかを彼女の心眼は探し出す。
しかし、そこに迫る魔神軍勢。魔の声をあげて彼女らに迫る。
「煩い、喚かないで!」
だが、彼女らにその牙は届かない。暗闇を引き裂くように伸ばされる歪にゆがんだ両手。五本指の鋼が遠ざける。
「飛鳥さん!」
「飛鳥!」
「間に合ったわね。あいつらは私に任せて、あなたたちはあっちのでっかい眼を!」
「わかりました!」
飛鳥が向き直る。鋼の彼――イクシオンの眼がその存在がなんであるかを教えてくれる。
「フォーモリアの軍勢。確かに、私はあなたたちに何もできないでしょうね。でも、鋼の彼は人ではないから。
だから、私はこう言うわ。我が奇械イクシオン。腫瘍の如く、奴らを殺し尽くしなさい」
両の手が伸びて、全てが自壊する。
まるで病巣に侵されたが如く、ありとあらゆるものは死に絶える。歪にゆがんだ両の手、それは自らを締め上げる首輪。
全てのものがもつそれは、例外なく自分自身を殺す。
自壊させる。例外などない。なぜならば鋼の彼はそんなものを認めてなどいないから。
ありとあらゆる幻想、その可能性に至るまでを自滅させる。自らの手で、存在を許さないがゆえに、存在させない。
「幕引きよ!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
戦いの裏でジンは回答へと辿り着いた。
「答えは、最初からここにあったんだ」
街の外へと。答えは単純だ。答えは最初から契約書類の中に記されている。
「コミュニティ、楽園の創造。なるほど、そのまんまだ」
ハーメルンの笛吹き男の伝承。子供達は東ヨーロッパの植民地で彼ら自身の村を創建するために、自らの意思で両親とハーメルン市を見捨て去ったとする伝承。
この主張は、ハーメルン製粉村のような、ハーメルンと東方植民地周辺の地域それぞれに存在する、対応する地名によって裏付けられている。この説でも笛吹き男は、運動のリーダーであったと見なされている。
つまるところ、このギフトゲーム勝利条件は単純だ。全ての偽りの伝承を砕いたうえで自らの意思で街の外に出ること。
たったそれだけだった。
はい、書き上げられたので、更新。
最終決戦BGMアラヤを聞きながら勢いにまかせて執筆。
本当にノリと勢いで書き上げました。
なんというか、もうすみません。なんかもうすみません。
三巻で色々と説明しますので、それまでご容赦を。