異世界から問題児と寂しがり屋が来るようですよ    作:三代目盲打ちテイク

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ペストのコミュニティの名前を楽園から楽園の創造に変更しました。



10

 気が付くと、そこは見知らぬ街のどこかであった。どこかの屋敷の中。こんな状況でなければゆっくりと見て回りたいものであるが、周りに人はおらず、ただ一人で久遠飛鳥は立っていた。

 ここに来る前の状況。最悪と言っていい惨状。惨たらしい死の現状。死を覚悟した。死が広がって行く感覚。あれはまさしく死そのもの。

 あの中で死に呑まれたはずだ。死んでいなければおかしい。だが、生きている。ゆえに、これは敵が施した何かであると彼女は察することが出来た。

 

 だが、この状況で彼女に何ができるのだろうか。ふと、気が付くと部屋の中には茶器がある。ここでお茶会でもするのだろうか。まさか、そんなはずがないだろう、とそう思っていると。

 虚空から響くものがある。

 

「さんたまりあ うらうらのーべす

 さんただーじんみちびし うらうらのーべす

 さんたびりごびりぜん うらうらのーべす

 まいてろきりすて うらうらのーべす

 まいてろににめがらっさ うらうらのーべす」

 

 それは蝿声。無数の蝿が飛んでいるかのように煩わしく、汚らわしく、汚らしい声で、歌われる。地獄の底から響く声。あるいは、地獄で叫ぶ悪鬼の声。

 いや、いいや。違う。そうではない。そんな生易しいものではない(・・・・・・・・・・)

 

 飛鳥は知れず身構える。来る。絶望を演出するものが来る。

 

 顕れたのは異形の男。漆黒の男。虫が、蝿が散々飛び回っているかのような否応なく嫌悪感を催す声でしゃべる男。顔の見えない無貌の男。

 神野明影。

 両腕を広げ、さながら扇動者の如く、その蝿声をまき散らす。それは悪意の集合体。身構えた身体が動かない。

 だが、この男に屈することをプライドが許さない。

 

「やあ、飛鳥ちゃん、いらっしゃーい」

 

 さながら何人もが輪唱しているかのような声で神野はそう言った。

 

「……あなた、何者なのかしら。ただものじゃ、ないようだけど」

「んふふ、そんな気丈にふるまっちゃって、セージがやったこと見て、動揺してるのに、まったく、可愛らしいねえ、君は」

「……ただものじゃあ、ないみたいね」

 

 絨毯が腐っている。銀装飾が溶け崩れている。それがただそれがいるだけで床と壁面に亀裂が走り、そこから汚らわしい黄ばんだ粘液がじくじくと滲み出ていく。

 これが普通であると言われたら、この世界は終わりだろう。

 音が聞こえる。キチキチと、それは蟻が顎を擦り合わせるかのような軋みの音。

 空気が震える。わんわんと、それは蝿が飛び回っているかのような無数の震動。

 怖い、汚い。おぞましい。

 にやにやと笑っている双眸のみが異彩を放つ。だが、そのコントラストは芋虫がのたくっているかのようにしか思えない。

 

 悪魔。そうその言葉がしっくりと来る。これこそが悪魔。人が描いた悪魔のイメージが具現化した存在。まさにそう、真に悪魔というものだろう。

 そこでふと、彼女は遥か昔に聞いた話を思い出す。祖父に聞いた、話を。

 

『よう聞いとけや。よいよ、真面目な話じゃけえ、これだけは、聞いて覚えとけ。

 第八等廃神・蝿声厭魅。壊され、燃やされ、廃棄された神仏。廃神、祟りそん中でもやれん相手じゃ。実質的な被害言うん意味じゃったら、空亡の方が上じゃが、おまえに関わるならおそらくはこっちじゃ。

 八百万の神々の中でも役に立たん糞野郎じゃけえのう。おるだけで、全て腐らす悪意の塊。そんなヤツじゃ。そう難しゅう考えんと、てきとーにやれや。それで案外うまくいくもんじゃけえ

 まあ、何があろうとこのわしの裏は神じゃろうが、仏じゃろうが絶対取れんがのう』

 

 もうほとんど掠れた記憶の中で、煙管を加えた祖父はそう言っていた。全てを腐らせるような悪意の塊。まさに目の前の男ではないか。

 ならば、これは、自分が相手をするべきということなのだろうか。

 

「ん? どうかしたのかい? そんなに熱くボクを見つめるなんて。もしかして、惚れちゃった?! 困るなー、ボクには、心に決めた人がいるんだー。でも、どうしてもっていうなら、先っぽだけなら、付き合ってあげてもいいけど~ あはははっ」

「気色悪い男ね」

「お褒めに与り光栄の至り。さて、ほうら、飛鳥、そんなところに座ってないで、こっちに来て一緒にお茶でもしよう」

「おあいにく様、あなたのような方とお茶をするほど私は暇でないの。早くみんなを探して合流しないといけないから」

 

 じりじりと、背後へと下がる。あの男の傍になど一分一秒でもいたくない。だが、逃がしてはくれないだろう。

 自分には十六夜や耀のような身体能力などないのだから。だから、

 

「“動かないで!”」

 

 己の恩恵(ギフト)を用いる。忌避している力もこの場においてはそんなこと関係なかった。ここから逃げる。そのために用いる。

 だが、

 

「う、動けな――なーんちゃって♪ 何かしたかい?」

「え……」

 

 ギフトが効かない。確かに自分は己の力を行使したはずだ。だが、効果を発揮しなかった。思い出すのは黒ウサギとの会話。

 格が上の相手には力が通じないという事。つまり、あの相手は自分よりも格上であるということ。己の力は通用しない。

 

 つまり、自分には戦う力ながないということ。己の存在意義が揺らぐ。そして、その揺らぎを神野明影は見逃さない。

 そして、彼に力を行使した。ゆえに、行使されるのも道理。揺らぎを利用して、その奥底へといともたやすくそれは入り込み、全てを見るのだ。それこそが悪魔。彼女が思う、人の心に入り込み、人を惑わす悪魔という偶像その物。

 

 もとより、人の無意識から生まれた悪魔という存在。ゆえに、それは正しく悪魔である。それくらい容易い。

 

「へぇ、随分と良い御身分だったんだねぇ、飛鳥。君が命じれば、なんでも思い通り。生まれた時から、勝ち組。いいねえ、いいねえ」

「な――!」

「さぞ、いい気分だったんだろう? 生まれながらにして特別。誰もが彼もが、キミに跪く。まさに女王様じゃないか。ねえ、どんな気分だったんだい? 人を意のままに操るっていうのはさあ」

「その口を今すぐ閉じなさい!」

 

 悪魔は嗤う。ああ、面白い、面白いと。実に良い。実に好みであると。

 こんな相手ほど悪魔(神野明影)にとってはカモなのだ。

 

「恵まれた自分。特別な自分。人とは違う自分。そして、そんな自分が大っ嫌い。自分は望んでない力をもらったヒロイン気取り。

 こんな力いならいの、こんな力ない方が良い。私は、こんな力なんて望んでないの。私を見てほしい。

 自覚がある分、辰宮のお嬢様よりはマシだけど、自覚がある分、気取ってるよねえ」

「やめなさい! ――」

「おっと、うんうん、ボクの役割は、これじゃあ、なかった。

 

 屋敷が消える。その代わりに、川底に沈められる。土砂崩れが起きる。飛鳥は、それに飲みこまれた。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「飛鳥? 椿姫? 黒ウサギ? 十六夜?」

 

 春日部耀は一人で見知らぬ場所に立っていた。最後にできたあれ。そう死が広がって行くのを見た。全てが死に包まれたはず。それがここにいるというのはどういうことか。

 いや、そもそもここは死が広がる前に出来上がった空間だ。どこかの街。古い街だ。少なくともどこかの外国の街をもとにしているのだろう。石造りの建物などあまり見たことがないため、どこかはわからない。

 

「匂いは……する。黒ウサギのだ。こっちか」

 

 己身体能力を駆使して、彼女は街の屋根へと飛び乗って匂いのする方へと向かう。黒ウサギのほかに感じたのはあの、アーシャを殺した男の匂い。

 否応なくあの光景が脳内にちらつく。それを振り払うようにして耀は走る。

 

「急がないと」

 

 耀は屋根の上を駆けようと足を踏み出した瞬間、手には黒の“契約書類”。

 

「ハーメルンの笛吹き男? ――え?」

 

 そして、世界から音が消える。目の前にはあの男がいた。周りに五体バラバラにされて、森の繁みの中や木の枝から子供を吊り下げている。

 狂気がそこにはあった。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「この状況は、まずいです、まずいですよ!」

 

 月の兎が街を駆ける。その手には黒く輝く“契約書類”。死の霧と共にばらまかれたそれ。そして、それを掴んだ瞬間に場所が移動した。

 

『ギフトゲーム名『The PIED PIPER of HAMELIN』

 

   ・プレイヤー一覧 現時点で三九九九九九九外門・四〇〇〇〇〇〇外門・境界壁の舞台区画にて存在する生者

   ・プレイヤー側・ホスト指定ゲームマスター 太陽の運行者 星霊 白夜叉

   ・ホストマスター側勝利条件 一、全プレイヤーの屈服及び殺害

                 二、真実の伝承が砕かれること

   ・プレイヤー側勝利条件 一、偽りの伝承を砕き、真実を示せ

 

 宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。

                                    “楽園の創造”印』

 

 参加プレイヤーが生者。黒ウサギの耳で感知できるのは“サラマンドラ”の頭首であるサンドラ、ノーネームの一団と白夜叉くらいだ。そう、つまり、それ以外は全滅したということだ。

 最悪以外の何物でもない。というよりは、あれほどいた観客も“が死に絶えたということその事実の方が重くのしかかる。

 

「おい黒ウサギ!」

「十六夜さん!」

 

 と、屋根の上を跳躍しているところで十六夜と合流できた。

 

「おい、これは魔王が来たってことで良いんだよな」

「はい、この黒い契約書類が証拠です」

「なるほどな、……偽りの伝承を砕き、真実の伝承を示せ。ギフトゲームの題名から考えてハーメルンの笛吹き男か」

「ええ、そうですね」

 

 ハーメルンの笛吹き男。グリム兄弟を含む複数の作者によって記録された民間伝承で、この伝承は、おおよそ1284年6月26日に生じたと推定される、ドイツの街ハーメルンの災厄について伝えている。

 

「ってことは、ここはハーメルンの街になるわけか?」

「おそらくはそうでしょう。まさか、それ以外の場所を舞台にするとも思えません。一筋縄ではいかないでしょう。今は、合流し、皆で事に当たるのが――」

「黒ウサギ!」

 

 いきなり十六夜が黒ウサギが倒れる。

 

「どうした」

「い、いえ、急に、眼が」

「なんだ? 何も聞こえねえぞ」

「十六夜さん? もしかして」

「ああ、くそ、そういうことか」

 

 ハーメルンの伝承である。

 1284年、ハーメルンに「鼠捕り」を名乗る色とりどりの布で作った衣装をまとった男がやって来て、報酬と引き換えに街を荒らしまわるネズミの駆除を持ち掛けた。

 ハーメルンの人々は男に退治の報酬を約束した。すると男は笛を取り、笛の音でネズミの群れをおびき寄せ、ネズミを残さず溺死させた。

 

 しかし、ネズミ退治が成功したにもかかわらず、ハーメルンの人々は約束を破り、笛吹き男への報酬を出し渋った。

 そのため、男は怒り街を去るが、再び戻ってきて、今度は子供をおびき寄せ、130もの子供を連れ去ってしまったという。

 

 問題はそこではなく、物語の異説によっては、足が不自由なため他の子供達よりも遅れた2人の子供、あるいは盲目と聾唖の2人の子供だけが残されたと伝えられている。

 この場合、連れ去られた子供たちがいなくなった街がここであり、つまりここに残っている者とは取り残されたもの。ゆえに、眼と耳のどちらかが奪われたということなのだろう。

 

 しかも、脚に違和感がある。

 

「最悪だな、機動力と、視覚と聴覚のどちらかを奪われたってことか。俺が聴覚で、黒ウサギが視覚ってことか」

 

 しかし、これではっきりした。敵はハーメルンの笛吹き男の伝承に則って行動している。ならば、偽りの伝承とは、伝えられている伝承の中にあるのだろうと十六夜は判断する。

 いくつか伝えられている伝承の起源。それを砕かなければいけないということ。そして、その中から真実を見つけ出さなければならないということ。

 考えていると地響きとともに、山が崩れる。流れる川が氾濫する。自然災害。そして、その上空に浮かんでいる黒い男。

 

「確か、自然災害説ってのはあったよなあ。ああいう伝承の起源説に対応する事象や敵を倒せってことになるのか?」

 

 確証はないがおそらくはそういうことだろう。

 

「十六夜さん! 私の権限で、ギフトゲームを一時中断することが出来ます。不正や不備があれば――」

 

 十六夜はそれを読唇して読み取る。

 

「やめとけ。おそらくだが、敵はそういうのもわかっててやってんだ。不正や不備なんてあるはずがない。なら、敵にみすみすチャンスを与えるようなもんだ」

「しかし――」

「まあ、確証はないが、色々と仮説はある。おそらく、ハーメルンの伝承の真実を示せればいい」

「ハーメルンの伝承ですか」

「ああ、今、土砂崩れと川の氾濫があった」

「あの轟音はそれですか! っ! いけません、あそこに誰かいれば、助かりません!」

 

 確かに、土砂崩れや川の氾濫に巻き込まれれば助からないだろう。十六夜や黒ウサギのギフトを用いればそれらは簡単に砕ける。

 

「駄目だな。もし、あれが真実の伝承だったりしたら、俺らの負けだ」

「ですが!」

「春日部はそう簡単にくたばらないだろうし。お嬢様だって、それなりだ。そんなことよりもだ。今は、真実の伝承を探す方が先だ」

 

 血が滲むほどに拳を握りしめながら十六夜はそう言った。

 




連日更新記録を更新中。皆さまの感想が励みになります。

さて、今回はちょっといろんなところで、いろんな伏線を捲いております。

ハーメルンのゲームは色々と変更がありますし、結構無理矢理な感もありますがご容赦下さい。

聖十郎はかなりはまり役なんですけど神野だけがどうしても難しい。
神野じゃなく萌えキャラさんの方がこの場合はいいんですが、それをやると飛鳥さんが本当に残念なことになるので、本当いや、マジで力不足ですみませんとしか言いようがないです。

さらに、椿姫ちゃんがいたら即行で終わってしまうのでゲームを魔改造。

帝釈天の法下なので、ゲームの演出にはどんなに太極値が高かろうとも従わなければならないという設定で乗り切ります。

さて、十六夜たちノーネームはこのゲームをクリアすることができるのか。
実は、答えは既に今回の話で出てます。
それに気が付けるかどうかですね。まあ、気が付いても、その他をなんとかしないといけないんで大変なことには変わりないですが。

では、また次回。

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