異世界から問題児と寂しがり屋が来るようですよ 作:三代目盲打ちテイク
日は沈み、落ちて消え、瞬く間に世界は夜となっていく。月齢を無視した銀盤の満月が空を覆い、周囲に血臭と腐臭が充満する。
未だ、朝という時分でありながら、そこは既に真夜中へと転じていた。
辺りを這い回っているゼリー状の粘塊は、人体から搾り出し、あげく何百年も放置したような血と臓物。常人であるならばその臭気に脳が溶けてしまうだろう。
この腐り果てた血の海で、真っ当に呼吸していたならば須らく常人は狂っていたに違いない。
「始まったか」
その男は全てを見ていた。極東風の純白の軍服に身を包んだ若い男。長く黒いマフラーを首に巻いて、腰と手に、機械の帯を捲いた世界の敵。
理由があったとはいえ、見ていることしかできなかった己を責めながら。まったく、どうしてこう自分は、と。
いいや、それは言い訳だ。それに、心配はいらない。あそこにはあの少女がいるのだ。錆びた黄金。赤銅の華。一人の寂しがり屋。彼女ならば、心配はいらない。
ならば、自分は自分のすべきことををすれば良い。
状況は良いとは言えないが、それは問題ではない。今や自分には救うべき輝きが星のように存在するのだから。
今までとは比較にならない、圧倒的な虚脱感が全身を蹂躙している。だから、どうした。
――だから、どうした。
その程度で止められていると思っているのならば、括目するが良い。これが、雷電。これこそが雷電。この程度、この夜で、自然の空から振り注ぐ翠色の雷電を止められるというのならば止めてみるが良い。
白い男は不遜に立っている。腕を組み。その身に雷電を纏って。
その前に立つのは金髪の吸血鬼。紅く、朱く、赤くその瞳を輝かせ、
「吼えるなよ死にぞこない。
レティシア=ドラクレア。かつて見た箱庭の騎士。一見すれば洗脳の類を施されているようにも思えるが、直感的に違うと分かる。これが今の彼女にとっての中庸。
かと言って姿が同じだけの偽者とはどうしたって思えない。発言、そして存在感があまりにもリアルだから。これは紛れもなく本物であり、そして同時に本物ではない。
「ふむ、確かに。あの男にやられた傷は手痛いものだ。だが、私は負けない。今や、私には尽きることのない輝きがある。ならば、負ける道理などあるはずがないだろう」
そう負けるはずがない。己には、尽きることのない
ならばこそ、今こそ、見せよう。己のイノリを。
「私の犯した罪を
彼女ほど知っている者はいない
私がこの世に望みをつないだ理由も
彼女がいたからこそだ
愛を込めてお前の笑顔を思おう
人はもっと自由でなくてはならない
この輝く両眼で希望の憧れを心に燃やして
その瞳を見つめ、お前の声を聴こう
お前の想いを伝えてくれ
この生が続く限り、この空が続く限り
お前の勇気を称えよう
――太・極――
神咒神威――天翔る雷電の王」
――雷電が輝いて
――轟雷が鳴り響く
――それこそが彼の輝き
白き男はいつか見た輝きとなる。まさしく、正しく。それは彼であり、雷電であった。雷電であり彼であったのだ。
中空へ浮かぶ5本の剣状の発光体。雷電で形成されており、実体があるのは黒色の柄部分のみ。
「そうか。ならば、枯れ果てろ」
一気に出現した杭、杭、杭。ここは奴の胃、腹の中——何処からでも出現する杭の数は、もはや数えることすら出来ないだろう。
十本? 百本? 千本? いいや、万を超えて生い茂る薔薇の夜。
飛んでくる杭も、繰り出される拳も、蹴りも——目視することはほぼ出来ない。深い闇が保護色となり、攻撃の筋を隠している。
「遅い」
だが、それら全て魔人の域でしかない。常人であれば、例え残像であろうとも見ることすらできないほどの速度域。
だが、そう、だが、しかし。白き男にとっては、まったく問題ではない。持前の高速思考すら、今や必要ないのだ。
なぜならば、彼は雷電であるから。
――閃光が走る。
吸血鬼が繰り出す攻撃全て、彼には届かない。閃光となった彼には。
雷速。それは光と同速。つまりは、光速。例え、吸血鬼となり、基本性能が向上しようとも、光を超えて動くことなどできはしない。
光の剣はひとりでに舞って、吸血鬼へと襲い掛かる。
縦×1。横×1。斜×1。突×2。
発雷とは異なる弧描く光剣は、自在に、握る者もなく次々に襲い来る。時に同時に、時に呼吸をずらしながら。
だが、人ならざる吸血鬼。この程度では、死なぬ。何より。ここは彼女の夜。彼女の森。吸い尽くした魂はいかほどあるのか。
それらすべてを殺し尽くすまで彼女は止まらない。
「止めよう。そして、元の場所に帰るが良い」
言葉に呼応するように、ばちり、と空中を浮遊する白い男の周囲に雷光が迸って。
彼の首に巻かれた黒く長いマフラーが、生き物のようにうねりながら、雷電を瞬間的に増幅させていく。一気に膨大なエネルギーの”発電”を行う。
───そうして。
「
膨大な電撃が、強烈な輝きが、真正面から振り下ろされる。
「――!」
彼女の反応は早い。男ほどでないにしても、彼女もまた超常の存在である。また、ここは彼女の異界である。
その中を自在に移動することなど雑作もない。男の背後、死の荊棘が割れ開き、中から金髪の鬼が現れる。
血が滴る杭を生じさせ、放たれる。
だが、当たらない。それもそうだ。雷速である。だが、それでいいのだ。避けたその場所。ばちりと帯電するその場所に女は既にいる。
放たれる拳。闇にまぎれ、それを見ることはできない。それでも、
「無駄だ」
その拳は空を切る。
彼の両手に嵌められた機械籠手(マシン・グローブ)には新たな輝きが宿り。
「痺れるでは、済まされんぞ」
帯電する男の右手。
「
周囲一帯を呑み込む閃光を生む。
「グアアアアアアアァァァ――――」
焼ける。焼ける。焼ける。
吸血鬼が焼ける。炎の如き雷電の熱。火、銀、光、流水、、十字架、腐食。火に分類されるだろう焼ける痛み
いかに不死を謳い、どれだけ生き汚さを発揮しようと、この衝撃に耐えられるはずがない。女が血を吸う鬼である以上、世界唯一の本物だと自負する以上、絶対的な理からは逃げられないのだ。
そもそも、地力という面において、両者は隔絶していた。彼女が行使した創造と彼が行使した太極。その隔たりは大きいなどという言葉では言い表せない。
まさに次元違い。次元の低い相手は高い相手になにをしようとも意味をなさない。帝釈天が法をしいている現状において、それは不変的法則ではなくなってはいるが、世界の法則である以上、全てを変えることはできない。
値にして30。それほどの差であれば覆すことは可能だ。ただ、それは彼女がもう一つ上の段階であればこそだ。
彼女が流れ出して言れば。真に神格であったのならば。この結果は覇道である彼女に分があっただろう。
しかし、結果として夜が朝へと戻る。吸血鬼は跡形もなく消えている。死んだというわけではあるまい。あの状態であれば死はさほど意味をなさない。持ち主が死んでいないのだ。持ち物が死ぬということはない。
「さて、時間を使いすぎた。急ぐとしよう」
あの男を止めるため、男は再び閃光となる。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「オオオオオオォォォォオオオオオ――――!!」
地獄の劫火を有する幽鬼が咆哮する。それは、奪われた者が順当に奪った者に抱く怒りという感情であった。
もはや、人を導く者は狂ってしまった。怒りの中でも感じるのは討滅の意思であり、そして、それは根源的な恐怖からきている。
理解不能。だからこそ、怒りというヴェールに包み込み、そして、立ち向かう。
柊聖十郎という人間を前にして、正気を保てる者などそうはいない。何せ傍から見れば生きているのが不思議なほどの病人だ。健常に生まれた者にとってその身は凶兆そのものであり、否応無く死を感じさせる存在なのだから根源的な恐怖を抱くのは自明の理だろう。
だからとて、誰もが知る子供好きであり、子供に愛せれていた悪魔であるジャック・オー・ランタンが子供に対する非道を許せるはずもない。
それに、
「なぜ、それほど憤っている。まったく理解が出来んぞ」
性根が腐りきっている。いや、固より、うまれた時からそうなのだから、腐っているという表現は正しくない。これこそが柊聖十郎であるのだ。
「お前など人ではない!」
「フン、ルールに従ってやったというのに、その言いぐさ。まったく程度が知れる」
やめろ、しゃべるな。それ以上、その汚らしい口を開くな。
放たれる白の拳。されど、それは柊聖十郎を傷つけることはない。
完成された体術。数十年、生涯をかけて研鑽された体術によって、ジャック程度の拳など柊聖十郎を害することはない。
「なんだ、それは、まったく話にならんぞ。この俺の手を煩わせているんだ、せめて俺の役に立て」
持っているのだろう。ならば、出せ。奥の手、お前の全てを出せ。出すが良い。
「……わかりました」
瞳の中に憤怒を滾らせ最後通牒の様に問う。地獄の劫火のように燃える怒りの中で、なぜ、この男はこのようなことをするのだろうかという疑問をぶつけるて。
「なぜ、このようなことをするのです。何か原因があるのですか」
「あるわけがないだろう。俺は生まれたままに鬼畜であるだけだ」
「……無垢な子供の心を踏みにじって、その良心に何一つ訴えるものが無いのですね?」
「何度も言っているだろう屑が。あるはずないだろう。俺の役に立たない塵に何を思えというんだ。阿呆か貴様」
「そうですか……ならば、是非もないッ! お前は“ウィル・オ・ウィスプ”の御旗を前に一番やっちゃいけねぇことをした!!!」
子供を守ることを掲げて来た“ウィル・オ・ウィスプ”にとって討たねばならない仇敵がそこにいた。
「いざ心して受けろ! この私オレの“パンプキン・ザ・クラウン”の試練を‼」
『ギフトゲーム『JacK the Monster』
参加条件 一、幼子の殺傷履歴のある者。
二、幼子を理用して悪徳を働いた者。
・参加者 柊聖十郎(ゲームの妨害をするものは殺害化)
・ゲームマスター ジャック・ザ・リッパ―
勝利条件 一、主催者“パンプキン・ザ・クラウン”の打倒。
二、歴史を紐解き"ジャック"の謎を解け。
敗北条件 一、参加者はゲームマスターに殺されると敗北。
二、ゲームマスターは己が何者かを暴かれる度に力を失い、最後は敗北する。
宣誓 参加条件を満たした者に執行する限り、この試練が正当であることを保証します。
“聖ペテロ”印』
ジャックはカボチャの頭蓋から炎の中心で佇み、やがて人の姿になっていく。真紅のレザージャケットと野獣を思わせる荒れた亜麻色の長髪。そして両手には血塗れのナイフを逆手に構え、殺気が充満した瞳。
そこにいたのは誰もが知っている陽気な笑い声を聞かせてくれたカボチャの紳士では断じてない。
深淵を見たような鋭い眼差しは“契約書類”に記された殺人鬼そのものだ。
切り裂きジャックジャック・ザ・リッパー。かつてイギリスを震撼させた連続殺人鬼がそこにいた。
「
その手に握るナイフをジャックが聖十郎へと振るう。
極限の体術がそれを躱す。
「なるほど、それがお前の奥の手とやらか」
危機的状況に落ちているはずの聖十郎はされど、笑みを崩さない。さも、滑稽なものを見るかのような余裕を持った暗い瞳は、まったくもって変わらない。
極大の殺意、極大の怒りを放つ殺人鬼を前にして、紛れもない強者を前にしてこの男は何一つ眉一つ動かさない。
「死に晒せ!!」
血濡れのナイフは炎に包まれ、斬撃は一直線上にあった全てを薙ぎ倒す。
流石の柊聖十郎もそれは喰らう。だが、極限の資質を持つ魔人の男がこの程度で倒れるはずもない。楯法の活によって受けた傷はみるみるうちに修復される。
「なるほど、先ほどの紙切れで、己を晒すことによって自身を強化するのか。良いぞ、それを俺に寄越せ」
柊聖十郎は看過する。ジャックの力を。“主催者権限”。実に面白いものだ。魔王が持つ者。そして、聖十郎が持っていないものだ。
――羨ましいぞ、そいつを寄越せ。
ゆえに、柊聖十郎は己の夢を駆動させる。ジャックが己に抱く怒り、そして、その中にある彼に対する興味が、協力強制となる。
「
刹那、ジャックは聖十郎の背後に、逆さ十字を見た。それは残虐の限りを尽くされ、血肉も魂も尊厳ごと奪い取られて吊るされた刑死者の磔。
そして、その瞬間、ジャックは地面へと倒れ伏す。
「カハッ――!?」
血を吐く。身体が何かに蝕まれている。
――理解不能。
何をされたのかすらわからない。
「やはり、最初から奪えはせんか。まあいい、全てを奪い尽くすだけだ」
見えざる手がジャックへと伸ばされる。それに触れられた瞬間、ジャックの腕が消える、脚が消える。内蔵が消える。
奥へ、奥へと伸ばされる手。肉体が
そこでジャックは気が付く。
相手の力は奪う事だと。そして、何かを押し付けることであると。何を押し付けられているのか。ジャックにはわかる。
病だ。死病の病。白血病、末期癌、脳腫瘍etc.。ありとあらゆる死病。不治の病が肉体を犯していく。今の今まで健常であった己の肉体が膿、腐っていく。
「ガアアアアアアアアァァァ――――」
怨嗟に満ちた絶叫が、埋め込まれた病巣から精神汚染まで引き起こした。そして、犯された精神すらも柊聖十郎は蹂躙する。
意識が、記憶が、全てが奪われていく。奥へ、奥へと。更にその奥へ。精神、記憶、心、そんなものはいらないとばかりに乱雑に、ただ奥へ、魂の奥底へ、そこにある全てを奪うために、柊聖十郎は手を伸ばす。
そして、全てを奪い去って行く。
逆さ磔にされたジャックだけが、残る。あとには何も残らない――。
感想来たので頑張りました。感想は励みです。ありがとうございます。
しかし、流石に深夜まで書くと眠い。
さて、今回は72歳とジャックさんがバトル。そして、ジャックさん散るの巻。
確か外道はこんな感じで良かったはず。良かったよね? 一応、見返したけど、これで嵌るはず。
しかし、ジャックさん逆さ磔されちゃったし、ちゃくちゃくとノーネーム強化フラグが折られていっている気がしないでもない。
次回は飛鳥と耀の番ですね。ここからは怒涛のバトル展開です。バトルは正直苦手です。
一応、飛鳥の相手は神野さんです。
耀はまだ決めてませんが、聖十郎でも良いかな。確か、原作で耀さん病で倒れてたし。
十六夜は椿姫と共にペストと戦ってもらいます。黒ウサギは耀が聖十郎と戦って負けたら、そのあとに聖十郎と戦ってもらいます(ゲス顔)
まあ、そのあたりは未定。白夜叉の描写とかいろいろ入れるかもしれません。真打はまだまだ来ません。
甘粕さんはラスボスなので今回も様子見。
では、また次回も宜しくお願いします。