異世界から問題児と寂しがり屋が来るようですよ    作:三代目盲打ちテイク

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「だいじょう、ぶ?」

 

 あの時の彼女と同じ言葉を少女に告げられた。それに多少苦笑のようなものを浮かべて、

 

「ああ」

 

 白い男(ニコラ・テスラ)はそう答えた。

 

「よか、った」

 

 少女(椿姫)はほっ、と息を吐いた。

 自らの助手である少女であればきっと大丈夫に見えません、とでも言うだろうが、この少女は違うようだ、とテスラは思う。

 もちろん、助手の少女(ネオン)が特別優しいというわけでも彼女(椿姫)が薄情というわけではないだろう。

 タイプが違う。それだけのことだ。

 それに、タイプが違っても輝きは違わない。彼女もまた輝きを持っているのだ。

 

「えと、起き、れる?」

「ああ、大丈夫だ」

 

 そう言ってテスラは起き上がる。

 消耗はしているが、動く分には問題ないだろう。病魔の男(聖十郎)との戦いは確かに自分を疲弊させてはいるが、箱庭(ここ)は輝きに満ちている。ならば、自分は立てる。いや、立たなければならない。

 立ち上がり、椿姫へと手を差し出す。きょとんとした彼女であるが、しばらく彼の手を見つめたあと、握った。

 彼女の手を引いて立たせて彼女へと向き合う。

 

「改めて礼を言おう。おかげで、助かった」

「なにもして、ないよ?」

「それでも、助かったのは事実だ。さて、まずは地上に出るとしよう。いつまでもこのような場所にいるのは良くない」

 

 地下道。どこか洞穴のようにも思える場所。暗がりには危険なものが出る。昔はそうでもなかったが、今はそう。特にあの男。邯鄲を手にした男が再び立った今は。

 そういうわけで、二人は地上へと向かう。その時、

 

――轟音が響き渡った。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 十六夜と黒ウサギが行っているギフトゲーム。ルールは単純だった。互いに触れた方が勝者。単純だ。それゆえに、勝負は地力が勝っている方が勝つ。

 そういう勝負と相成っていた。

 箱庭を創設、いや、今の箱庭を形成するに至った帝釈天の眷属である黒ウサギについて来れている十六夜とがである。

 勝負になる次元に二人は立っていないはずだ。如何に黒ウサギが本気でないにせよ、これは異常であったが。

 だが、それだけに黒ウサギもまた楽しいと感じていた。

 本来ギフトゲームとは神々の遊戯。始めた動機は怒りであったり、懲らしめようとしたであったが、始まってみれば悪くない。

 それは十六夜も同じようで、

 

「ヤハハ、楽しいなおい!」

「そうでございますね! では、捕まってくださいませ!」

「捕まえてみろよ!」

 

 空中。足場のない場所に十六夜は追い込まれた。その瞬間、十六夜が時計塔を蹴っ飛ばした。巨大歯車の集合体たる時計塔は十六夜の蹴りによって吹き飛び、歯車の雨を降らせる。

 

「は? はあああああああ!?」

 

 何が起きたのか一瞬フリーズする黒ウサギ。だが、即座に理解する。あのお馬鹿はやらかしたのだと。逃げられないならば捕まえられないようにすればいい。

 うん、実に単純な論理である。わかりやすい。

 で、どうしたか。

 時計塔を蹴っ飛ばした。轟音と共に蹴飛ばされた時計塔は吹き飛び歯車が飛び散っている。このままでは見ている観客に被害が出るだろう。

 何もしなければ。

 そう、黒ウサギならば全てを迎撃することが出来る。それだけの武器を持ち、ギフトを持っている。何より、誰かの為になりたいという、月の兎の渇望は、危機に陥っている人がいればいるほど、その力を増す。

 だが、そうすれば黒ウサギは負ける。瓦礫を排除している間に接近され、捕まる。

 人を助けて勝負に負けるか。勝負に勝って人を見捨てるか。

 月の兎が選ぶ選択肢などただ一つ。

 そこまで計算しているとしたら実にあくどい。ある意味で信頼の裏返しともいえるか。こんな状況でなければ素直に喜ばしいことであるが、

 

「ああもう! このお馬鹿様あああああああ!!

 形成――疑似神格・金剛杵(ヴァジュラ・レプリカ)

 

 月色の髪は緋色へと転じ、その手には雷電を放つ神具を形成する。帝釈天より授けられた秘術によって、形成されるそれ。

 同時にそれを投擲しようと投擲態勢に入ったところで、

 

――轟雷が鳴り響いた。

 

 それはいつか見た輝きだった。

 己の持つ神具の輝きではなく、より鮮烈に輝きを体現する男がそこにいた。

 白い男(ニコラ・テスラ)

 箱庭において正義を成す男がただ一人、その身から発電を行い雷電を放ち全ての瓦礫を打ち砕いていた。

 

「やれやれ、だ若人たち。元気なのは良いことではあるが、限度を知るべきだ。それに、まずお前は力の使い方から知るべきだろう」

「あ、あなたは!? って椿姫様!? いないと思ってたらなんでテスラ様に抱えられてるんですか」

「むぅ、おろす」

「ああ、すまない。急を要するので抱えさせてもらった。大丈夫か?」

「もんだいない」

 

 そんなやり取りをしているよそで、ちゃっかりと十六夜は黒ウサギに触れて勝利し、ニコラ・テスラについて聞いていた。

 

「うぅ、無効です、無効ですよー」

「そんなことよりだ。あいつはなんだ。相当できるな」

「えぅ、はい、彼はニコラ・テスラ様。雷電王、雷電公、ペルクナスと呼ばれる箱庭最強クラスの神格でございます!」

「へぇ、ってことは強いんだな」

「ええ、それはもう。私の疑似神格・金剛杵なんてめじゃないほどの雷電の力を――って、ちょちょっと! 流石に不味いです、いや、駄目ですから! 戦うのはなしです!」

「わかってるって、ちょっと拳骨を合わせてくるだけだって」

「いや、それアウトですからあああああああ!」

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「まったく、何、さっきの音。びっくりしちゃったわ」

 

 不意に轟いた轟音にびくりとした飛鳥。

 彼女は黒ウサギに見つかったあとは十六夜と別々に逃げていた。

 

「でも、本当に綺麗ね」

 

 硝子の回廊や、数多のキャンドルスタンドにステンドグラスは見たこともなく華やかだ。

 戦後間もない頃を生きていた彼女には、見たこともないもの、食べたことのないものばかり。

 実に退屈しない。

 もはや逃げていることすら忘れて楽しんでいた。無意識のうちに下へ下へ。もっとも神に近く。神から遠く、それでいて呪いをその身に宿すがゆえに、それを自覚してないがゆえに、ここが■■と最も近い場所であるためにそこへと彼女は落ちた。

 全てが黒に染まった。それに彼女は気づけなかった。

 

――いや、いいや。違う。気付けなかったのではない。気づけないのだ。

 

 神ならぬ身では。黄金ならざる瞳では。

 その場所がどこなのかすら気付けることはない。

 そこは不思議な空間だった。さして広くも感じられないような漆黒の空間。いや、あるいは宇宙空間とでも言おうか。数多の輝きがそこにはあったが、まるで狭苦しい部屋のようにそこには限りがあるようにしか思えなかった。

 そして、奇妙な事はもう一つ。上も下もないような場所で、数多の鳥居が複雑に組み連なっている。色もさまざま、形も様々なそれが組み合わさって連なって、無秩序な構造体を作り出していた。

 いや、構造体ではないか。何の意味もない物体を形作っていたのだ。

 ここに至って、彼女は何かを自覚する。それは二つの何かを。

 

 そこには二つの何かが存在する。

 

 そこにいたのは血の涙を流す異形だった。辛うじて人の形をしていることだけはわかるが、その瞳は赤く、黒く、憎悪に染まり、度を越えた憤怒によって血涙を流している。

 それは、酷くおぞましい物だった。生きていることが不思議なほどにその肉体には亀裂が走り、その肉体を何かが蝕んでいる。そこまでしてなぜ生きているのかすらわからない。

 いや、そもそもこれは生きているのだろか。もともといなかったものが無理矢理に己をつなぎ合わせている。そう考える方が自然だった。

 そうして、わかるのは常人には理解できない域でそれが何かを願っているということ。

 

 もう一つは、蹲り痩せ細った何かだ。燃えるような瞳が指の合間から覗く。それは、増悪を宿していた。

 ただ一人であれば良い。他などいらない。討滅の意思。全てを消し去るという破格の意思。1人でありたという自己愛が吹き荒れていた。

 

 ことここに至った今、彼女もまた気が付く。気が付くだけの素質を有しているがゆえに。

 

「え……?」

 

 まず感じたのは莫大な圧力だった。二つの意思。二つの願い。己が持つものと同質のそれでありながら、それは遥かに隔絶していた。

 流れ出す二つの意思。ぶつかり合い、喰いあっている。

 

「なに。これ」

 

 聞いたことがある。似たようなものは。偽物のレティシアと椿姫が戦っていた時にこれと同じようなことが起きていたという。規模が段違いであるが。

 

『おーおーようやく、ここまできやがったかおせぇぞ。こちとら生き恥晒して待ってたんだぜ? まっ、これでようやく■が言ってた始まりにこぎつけたってこった』

「え?」

 

 そこに新しく何かの存在を感じ取る。いや、何かの残滓だ。わからないほど小さい何かの残滓が彼女に語りかけていた。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 暗がり、暗がり、暗がり。

 ここは暗がりだった。漆黒、そうとれるだろう。何せ、ここには何一つありはしないのだから。

 いや、いいや違う。

 

「…………」

 

 ここには少女の形をした何かがある。

 死を思う者がある。

 深き、深き、瞑想をしている少女。ペストと呼ばれる少女は、かつり、という音に閉じていた目を開く。

 そこに立っていたのは男だ。見知った男。自らを呼び起こした男。甘粕正彦という人間だ。

 

「何か用?」

「いいや、用というほどの事はない。ただ少々見に来たまでのことだ」

「そう……。ねえ」

「何だね?」

「あんた、一回倒されたんでしょ」

「ああ、あれは痛快だったぞ」

「それ、負けた奴の台詞じゃないわね」

「そうかね? あれだけの準備をし、あれだけの覚悟で臨み、そして、敗れた。

 全力だった。紛れもない全力で以て俺は奴に受けて立った。負ける気などなかった。

 だが、(柊四四八)はその上を行ったのだ。

 実に痛快だった」

 

 そう語る甘粕は笑みを浮かべている。それがペストには理解できない。そもそも、この男、常人に理解しろというのが無理なのかもしれない。

 いや、そうではないか。理解できるからこそ、理解できないのだ。

 

「人々の輝きを愛している。ゆえに劣化させたくないからこそ、試練を与える。理解できるだけに、理解できないわね。ほんと」

 

 甘粕は肩をすくめる。それは自覚している。

 

「で? 敗れたのになんでまた今更動き出したの?」

「彼らが来たからだ。かつてのノーネーム(戦真館)が名を失いただのノーネームとなっても諦めず、今再び立ち上がろうとしている。

 ならば、俺が眠ったままでどうする。俺が立ちふさがらんでどうする」

 

 かつてのようにはいかないかもしれない。かつてのようにはならないかもしれない。

 だが、どうしようもなく期待してしまうのだ。

 かつてと同じ敗北を。

 そう、かつて前人未到を踏破して見せたあの勇気を。

 もう一度見てみたい。

 

 そう言って甘粕は――。

 




どうもお久しぶりです。

リアル忙しくて死にそうです。そのためクオリティ下がってるかも。折を見て改稿などしていきたいと思います。

とりあえず、今回は色々と伏線をばらまく回。そろそろ襲撃開始しようかなーとか思ってます。

牛歩更新ですが、頑張ります。ではでは。

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