異世界から問題児と寂しがり屋が来るようですよ    作:三代目盲打ちテイク

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 十六夜たちが辿り着いたのは闘技場のような場所だった。もとは寝所だったと思える場所であるが、それはおそらくペルセウスの伝説に由来しているのだろう。

 ペルセウスは眠っているメデューサの首を刎ねて殺したのだ。ゆえに、その決戦の場所は自然と寝所ということになる。それはペルセウス本来のギフトゲームが神話をなぞることにあるためだ。

 しかし、もとは素晴らしい場所であったらしいこの場所ですら最初期に十六夜が起こした激震によって既に見る影もない。

 天井は崩落し、床には瓦礫が散乱している。ただ、広さにしてかなり広大であったためにさほど気にはならない。戦うには十分だろう。

 そして、その男は悠々と立っていた。

 

「よう、お前がラスボスか?」

「ああ、ルイオス=ペルセウスだ。ようこそ、挑戦者諸君。白亜の宮殿の最上階へ。ゲームマスターとして相手をしよう。安心しろ、賞品もそこにある」

 

 ルイオスの背後、玉座のような場所にレティシアが座らされている。眠っているのか動きはないが、生きていることに違いはなかった。

 ただ、それを見て安堵はせど黒ウサギには違和感がぬぐえなかった。というよりも、ここに来てから違和感を彼女は感じていた。気のせいかとおも思っていたのだが、ここに来てルイオスを見て確信に近い物に変わる。

 ペルセウスのコミュニティはリーダ-に力が固まったコミュニティだと黒ウサギは知っている。それはどういうことかと言えば、リーダーつまりは目の前にいるルイオス以外はそれほどの相手ではないということなのだ。

 だが、そう。ここに来て襲われた限りを見れば、なんともそうは思えない。あの兵士たちですら以前のペルセウスでは考えられないほどの力だったのだ。

 簡単に言えば感じられる格が異様に高くなっている。格というものは努力でそう簡単にあげられるものではない。

 だというのに、もとの数値はわからないまでもその格はあの白夜叉に匹敵しかねないレベルだ。明らかにおかしい。

 そう、例えるならば純化されたような。不必要なもの、というよりはそう削ぎ落とされたという感覚。

 しかし、それを気にしたところでどうにもならない。既に十六夜とルイオスの戦いは始まっているのだから。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「おおおおおおお!!!」

 

 烈破の気合いと共にその拳を十六夜は振るう。その速度、実に第三宇宙速度。十六夜でなけば拳が赤熱してとけきるかのような速度でその拳は振るわれる。

 だが、ルイオスはそれを焦ることなく、飛翔することで躱す。如何な速度、如何な威力の拳だろうともそれを放つのは人間であることを考えれば、当然の判断だった。

 人間は飛べない。少なくとも十六夜は跳躍は出来ても飛ぶことはできない。もし屋根でもあれば十六夜が跳躍して届いたのだが、その十六夜の一撃によって天井は崩れている。ゆえに、高度に制限などなく十六夜の届かない場所にてルイオスは陣取る。

 その手には炎の弓を握る。

 

「さて、目覚めろ、“アルゴールの魔王”」

 

 そして、己の切り札たる魔王を呼び起こす。アルゴールの魔王。“メデューサ” 、“原初(リリス)の悪魔”などの仇名を持つペルセウスが隷属せしめた魔王。神話の怪物。

 

『GRAAAAAAAAAAAA――――!!』

 

 咆哮が天を突く。

 

「――――ッ!」

 

 それを聞いた黒ウサギや椿姫と共に後方に下がっていたジンは感じた。原初の恐怖を。その咆哮を聞いた途端、肉体が硬直する。いや、いいや違う。硬直しているのは精神。

 明確な死がジンにまとわりつく。

 全身が硬直し、呼吸が止まりそうになる。いや、止まっていたのかもしれない。酸素が脳に回らず、世界が回っていた。意志に反して身体は震え、がちがちと奥歯がなる。全くと言ってよいほど身体が動かない。

 脳はただ恐怖という感情を発するだけの装置と成り果てていた。

 生物の至上命題たる生きるということを実行するための呼吸というもっとも普遍的な動作すら忘れてしまったのだ。

 瞬間的な呼吸困難で視界が歪む。天地が逆転し、歪む、歪む、歪む。意識が落ちかける、その時、

 

「大丈夫」

 

 その肩を椿姫が叩いて引き寄せる。ジンはゆっくりと椿姫を見上げた。そこにはいつも通りの椿姫がある。咆哮など意に反さず、ただ前を見据えている姿にジンの恐怖もまた薄れる。

 

「す、すみません。ありがとうございます」

 

 もしあのままであったならば意識を落としていただろう。あるいは命さえも。

 

「良い」

 

 椿姫がルイオスを見据える。

 

「へえ、まあ、そうこなくっちゃなアルゴール!」

『GRAAAAA――」

 

 ルイオスの命令にアルゴールが動く。その瞳、輝いて――閃光が降り注ぐ。それは石化の閃光だった。全てを愛するが、魔である己は全てを手に入れることはない。ゆえに、石化させて留めてしまおう。

 そういう願いの光が降り注ぐ。仲間もいるだろうになんら気にせず屋敷全てを石化する。

 だが、物言わぬ石など誰もいないのと同義。ゆえに、彼女(椿姫)渇望(ネガイ)が駆動する。

 

「みんなと一緒なら、楽しい時を分かち合うことが出来る

 Tra voi saprò dividere,Il tempo mio giocondo

 

 楽しみの他は、この世は愚かなことで溢れてるから

 Ciò che non è piacer,Tutto è follia nel mondo

 

 楽しみ、儚く去る、愛の喜びとて

 Godiam, fugace e rapido,È il gaudio dell'amore

 

 咲いては散る花のように

 È un fior che nasce e muore

 

 二度とは望めない

 Né più si può goder

 

 だからこそ楽しもう、焼け付くような言葉が誘うままに

 Godiam c'invita un fervido Accento lusinghier

 

 創造

 Briah―

 自由へと落下する椿の華

 Sempre libera――folleggiar di gioia」

 

 対象を固定する。

 すなわち、ここにいる者たちを永劫そのままの状態で固定する。

 降り注ぐ石化の光。されど、そんなものに効果などありはしない。なぜならば、格という意味合いにおいて彼女はこの箱庭において破格なのだ。

 ゆえに、その防御は無敵。

 

「まあ、そっちも二人でやってんだ。こっちも二人でやっていいんだよな」

「ああ、構わないさ。それでこそだアルゴール!」

『GRAAAAAAA――!!』

 

 アルゴールの巨躯から拳が放たれる。それはまさに魔王の一撃だ。神格と呼ばれる超常の格。その存在はまさに人型の宇宙と同義。単一宇宙であれど、その質量は想像を絶するだろう。

 もとより化け物という格に嵌っている彼女にとっては己の拳ですら常人にとっては致命傷だ。

 

「ハッ!」

 

 だが、恐れることなく十六夜もまたそれに合わせる。その質量はアルゴールには遠く及ばない。だが――拳が合わさり、そしてアルゴールが吹き飛ぶ。

 

『GAAAAAAA――!?』

 

 予想していた結果とは異なる結末。それも当然だ。格という意味合いにおいて、桜茉椿姫は隔絶している。

 

「なにしてるアルゴール。立て。そして、奴らを徹底的に潰せ!」

『GRAAAAAAAAA――――』

 

 ルイオスの命令が飛ぶ。撥ねるようにアルゴールが起き上がる。放たれるのは蛇だ。己という概念の化身。

 それが十六夜へと巻き付く。だが、

 

「しゃらくせえええ!!!」

『GYAAAAAAAA――――!!』

 

 無意味。十六夜はそれを力ずくで引きちぎる。身が裂かれた痛みにアルゴールが悲鳴を上げた。

 放たれる石化の魔眼。石化しろ、石化しろ、石化しろ。極大の願いが放たれるも、

 

「オラアアアアア!」

 

 ただの拳一つで砕かれる。

 

「まあ、まあまあだったぜ」

 

 アルゴールの懐へと入る。放たれる一撃。それは正中線を穿つ。その痛み、その衝撃にアルゴールは打ち上げられる。

 

「次はお前だぜ? さっさと降りてこいよ」

「チッ、役立たずが。まあいい、まだ駒はある。“目覚めろ。そして、殺せ”」

 

 ルイオスの命令。そして、それは目覚める。

 

「これは!」

 

 可憐な声でそれは謳い上げられる。

 

「かつて何処かで そしてこれほど幸福だったことがあるだろうか

 Wo war ich schon einmal und war so selig

 

 あなたは素晴らしい 掛け値なしに素晴らしい しかしそれは誰も知らず また誰も気付かない

 Wie du warst! Wie du bist! Das weis niemand, das ahnt keiner!

 

 幼い私は まだあなたを知らなかった

 Ich war ein Bub', da hab' ich die noch nicht gekannt.

 

 いったい私は誰なのだろう いったいどうして 私はあなたの許に来たのだろう

 Wer bin denn ich? Wie komm'denn ich zu ihr? Wie kommt denn sie zu mir?

 

 もし私が騎士にあるまじき者ならば、このまま死んでしまいたい

 War' ich kein Mann, die Sinne mochten mir vergeh'n.

 

 何よりも幸福なこの瞬間――私は死しても 決して忘れはしないだろうから

 Das ist ein seliger Augenblick, den will ich nie vergessen bis an meinen Tod.

 

 ゆえに恋人よ 枯れ落ちろ

 Sophie, Welken Sie

 

 死骸を晒せ

 Show a Corpse

 

 何かが訪れ 何かが起こった 私はあなたに問いを投げたい

 Es ist was kommen und ist was g'schehn, Ich mocht Sie fragen

 

 本当にこれでよいのか 私は何か過ちを犯していないか

 Darf's denn sein? Ich mocht' sie fragen: warum zittert was in mir?

 

 恋人よ 私はあなただけを見 あなただけを感じよう

 Sophie, und seh' nur dich und spur' nur dich

 

 私の愛で朽ちるあなたを 私だけが知っているから

 Sophie, und weis von nichts als nur: dich hab' ich lieb

 

 ゆえに恋人よ 枯れ落ちろ

 Sophie, Welken Sie

 

 創造(ブリアー)

 Briah―

 死森の薔薇騎士(ローゼンカヴァリエ・シュヴァルツヴァルド)

 Der Rosenkavalier Schwarzwald」

 

 詠唱(いのり)と共に薔薇の夜が展開する。

 レティシア=ドラクレア。黄金の吸血鬼が顕現した。夜を携えて。

 




え、なんか、ランキング見たらこの作品ランキング載ってるんですけど、え、なんで? と嬉しいやら怖いやら。

とりあえず嬉しくなったので更新。ちょっと短めですが、キリが良いので。やはり戦闘は難しい。さっさと外道書きたい。

レティシアの創造は皆さん大好きチンピラ兄貴のです。吸血鬼と言ったらこれ以外にないですからね。しかし、これのせいでレティシアの口からチンピラの声が脳内再生されてしまう。
いや、美女の姿で爺声のキャラとかいるんでいいですよね。うん、そういうことにしておこう。
神格というか色々奪われた彼女が創造を使える理由は、まあ、わかる人にはわかるんじゃないかなあ。

さて、次回でとりあえずペルセウス戦は終わる予定です。あくまで予定なのでどうなるかはわかりません。

では、また次回。
感想や評価などあれば嬉しくなって更新が速くなるかもしれません。
こういう展開がみたいなどの要望、ご意見も受け付けております。

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