ラウラ・ボーデヴィッヒだ。
…………こうして言葉を発するのすら何か月ぶりになるのだろうな。織斑 一夏とシャルロット・デュノア――――おっと、今はまだシャルル・デュノアか。あの2人の話になってから全く出番が無い上に、作者のモチベーションが上がらないせいで期間が随分空いてしまったからな。全く、度し難い。
今回はタッグマッチのパートナー決めだな。ルリのパートナーが誰になるかは……まぁ、恐らく皆の予想通りだろう。では、本編だ。
◇
――――side 鈴――――
朝のLHRで2組の担任から、今回の学年別トーナメントがタッグマッチになったと聞いた日の昼休み。アタシは急ぎ足でルリや一夏のいる1組へ向かった。
本当は走って行きたかったけど、千冬さんに見つかったらまた出席簿の制裁を受けちゃうからね……あれを喰らっても平気なのは、普段から喰らい慣れてる一夏くらいよ。アイツの耐久力って凄い事になってるんじゃないかしら。
と、どうでも良い事を考えてるうちに1組に到着っと。まぁ隣のクラスだからすぐに着くのは当たり前だけど。えっと、ルリ達は……。
「「「「…………………」」」」
……何よこれ?
ルリを一夏達専用機持ちの4人が囲んで、けん制し合ってるんだけど。囲まれてる当の本人のルリは、呆れた顔で溜息を吐いてるし。1組は専用機持ちが多いから、てっきり一夏達がパートナーに勧誘されまくってると思ってたんだけど。
「鈴ちゃん。どうしたの?」
「あ、簪。いや、ちょっとよく分かんない事になってて」
「よく解らないこと……?」
4組から早足で来たであろう簪に状況を説明すると、不思議そうに首を傾げられた。これ以上の説明は無理だと思って教室を指さすと、簪は指されるがままに教室を覗いて……数秒くらい固まってから、逆方向に首を傾げた。……なんか可愛いわね、この娘。ルリと似た何かを感じるわ。
「ま、ここで悩んでても仕方ないし。取りあえず入りましょっか」
「あ、うん。そうだね」
さてと。何でこんな状況になってるのか、納得いく理由を訊かせてもらおうかしら。
――――side ルリ――――
「「「「「「……………………」」」」」」
……なんか、増えちゃいました。
いえ、察しの通り。お姉ちゃんと簪さんなんですけど。
朝に千冬姉さんからタッグマッチについて報されたんですけど。それからは何でか空気が張りつめちゃって。休み時間の度に一夏さん達の誰かが席を立とうとしたんですけど、他の方と目が合うと座りなおしてはまた空気がこんな事に。
で、昼休みになった途端に4人とも一斉に席を立って私のところに来て、今の状況に……なんでこんな状況になってるんだろ。タッグマッチの話はしなくて良いのかな?
『タッグマッチの話のせいで、こんな状況になってると思うんだけど』
『何で私の周りで?』
『誰がルリをパートナーにするかで牽制しあってるんだよ』
『……何で私? 別にそんなに強くないのに』
お母さんの娘だから強いって思われてるのかな? 確かに精密動作には自信がありますけど、持久力は無いし、身体が小さいからあまり無理は出来ないし、近接戦なんかもっての外だし……改めて言うとダメダメですね私。電子戦ならお母さん以外には誰にも負けない自信があるけど、タッグマッチには関係無いし。
『ルリの強さはこの状況に関係ないと思うよー』
『? 皆、私が強いって誤解してるから取り合ってるんじゃないの?』
『うん。そろそろ鈴達も痺れをきらすだろうし、理由も分かるよ』
オモイカネのその言葉が終わると同時に、皆さんが動き出しました。
……もしかして、オモイカネの声が聞こえてるんじゃないかなと思ったり。流石にそれは無い……よね?
「ルリと組むのは俺だ。俺はちふ……織斑先生から専用機持ちと組めって言われてるからな
。これは“男として、お前がルリを護れ”って言われてるようなもんだろ!」
最初に声を上げたのは一夏さんでした。
え、あの千冬姉さんの発言にはそんな意味があったんですか?
男としてとの発言のところで、一瞬シャルさんの方をチラリと横目で見たのは……もしかして、女のシャルさんは駄目っていう意味? 一夏さんってこんな視線で牽制とかできちゃうキャラでしたっけ。
あ。一夏さんの視線に気付いたのか、シャルさんがむっとした顔です。
「そうだね。織斑先生はそう言ったのかもしれない。だったら“男のボク”にも、ルリと組む権利はあるはずだよね? 一夏は近接戦しか出来ないんだから、ルリからどうしても離れなきゃいけないでしょ? だったら近中遠距離どれでも対応できる、ボクのラファールの方が一夏より相応しいよね」
ニッコリと擬音が付いてそうな笑顔で、一夏さんに微笑み返すシャルさん……何だか怖い。一夏さんも心なしか冷や汗をかいてますし。
そんなシャルさんの威圧にも動じず、胸を反らしたのはセシリアさん。セシリアさんも私と組みたいのかな? 正直、予想外です。
「いいえ、デュノアさん。どの距離にも対応出来るという事は、どの距離も中途半端という事。一夏さんのような一点特化の相手では、ルリさんを護り切れるとは思えませんわ。
かと言って、近距離特化の一夏さんではルリさんを護り切れないのもまた当然。ここはこのイギリス代表候補生セイシリア・オルコットと、遠距離特化である
言い切ってやったとばかりに、良い顔で笑うセシリアさん。確かにブルー・ティアーズは多数との戦いに向いてるのかもしれないし、一理ある……のかな?
けど、揃いも揃って私を完全に足手纏い扱いというのは、ちょっと不満です。確かに皆さんよりは弱いですけど、手も足もだせずに負ける程じゃないのに……仕方ないか。私、まだ少女ですし。心配になるのは当たり前だよね。
「はっ! 甘い! 甘すぎるわよセシリア!」
良い気分で胸を張っているセシリアさんに水を差したのは、お姉ちゃんだった。何が甘いんだろう? セシリアさんも、さっきのシャルさんみたいにムッとした顔でお姉ちゃんを見つめてるし。
「鈴さん。
「セシリアのISは、確かに多数との戦いに向いてるわ。けど、それは広い空間があってこその話。いくらアリーナが広いと言っても、ルリを護りながら充分な距離は取りにくいでしょう? それに、ビットは包囲攻撃は得意だけど、迎撃や防衛には向いてない。ダメージ覚悟で無理やり突っ込まれたら、それだけでルリが危ないわ。セシリア本人に突っ込まれるならいくつか対処法はあるだろうけど、ね」
「ぐむっ……!」
お姉ちゃんの言葉に図星を指されたのか、息を詰まらせるセシリアさん。確かに、一夏さんも無理やり抜けてたかも。あの時はフェイントに引っかかってライフルで迎撃されてたけど。
「ルリを護るには、ルリにもある程度は動いてもらわなきゃダメ。ならここは、ルリと一番通じ合ってるアタシしかパートナーはいないって事よ! アタシなら同部屋だからルリと作戦も立てやすいから、いくらでも回避パターンを立てられる。それに、アタシの甲龍なら衝撃砲での面攻撃で、ルリには近づかせないわ!」
確かに、この中で一番私と親しいのはお姉ちゃんです。
けど……何だかもやもやする。もやもやというか、むかむか……かも。何でだろう?
私が考え込んでると、お姉ちゃんは皆さんを見て宣言しようとした。
「ふっふーん。ぐうの音も出ないみたいね! じゃあ、アタシがルリのパートナーって事で……」
「ま、待って……!」
「え?」
お姉ちゃんの言葉を遮って声を出したのは、まさかの簪さん。簪さんが大声を出したのって、楯無さんと仲直りして以来?
「どうしたのよ簪」
「わ、わた……私だって、ルリちゃんを護れる!」
「むっ……!」
「る、ルリちゃんとの付き合いは、少しだけど、私の方が鈴ちゃんより長いもん!
それに、完成した私のISなら、鈴ちゃん以上に面攻撃が得意だから、絶対に私の方がルリちゃんのパートナーに向いてる……!」
息を切らしながら、真っ赤になってお姉ちゃんに言いかえす簪さん。簪さん、そんなに私の事を大事に思ってくれてたんだ……凄く、嬉しいです。けど……。
簪さんの言葉を受けたお姉ちゃんは少し驚いたみたいだったけど、すぐに嬉しそうに顔を綻ばせて、簪さんに言い返した。
「言うじゃない簪。それなら、放課後に戦って決めましょ! どっちがルリを護れるかをね!」
「……の、望むところ!」
「んなっ……! ま、待てよ二人とも! 俺だってやるぞ! ルリが狙われる前に相手を二人とも倒しちまえば、相性なんて関係ないだろ!?」
「そうだよ! ボクだってまだ納得してないんだからね!」
「
…………何だか、収拾がつかなくなっちゃった。
というか、私の意見を誰も聞こうともしてくれないし。大事に思ってくれるのは嬉しいけど、これは違うというか……面白くないです。
「ルリ」
「……? どうしたんですか、ラウラさん」
呼ばれた方を向くと、そこにいたのは唯一騒ぎに参加してないラウラさんでした。最初からいたけど、何も言わなかったから意識の端に追いやっちゃってました。どうしたんだろう?
「あいつらは、何故あんな事をやっているのだ?」
「私と誰が組むかで揉めてるみたいです」
「……そうなのか? 先程から、ルリを護るという事しか話していないようだが」
不思議そうに首を傾げるラウラさん。何が不思議なんだろう?
「何で不思議そうにしてるんですか?」
「む? いや、あるのはタッグマッチだろう? なのに、何故ルリを護る話になる? もしやこれは共に戦うのではなく、護衛の試験なのか?」
そう言うと、更に首を傾げられました。
「いえ、タッグマッチは文字通り、2対2の戦いです。あんな話になってるのは、その……私が子供だからじゃないかと……」
「……余計に分からん。子供だと何故護らなければならんのだ? 模擬戦なのだから、別に危険があるわけでもあるまい。
それに、ルリは充分に強いだろう? 以前の授業で、落下してきた山田教諭を受け止めた動きを見れば分かる。私はルリは充分に戦力になると思うのだが……何か制限でもかけられているのか?」
「…………っ!」
それからもラウラさんは何か言ってましたけど、私にはもうどうでも良い事でした。
お姉ちゃんや簪さん。一夏さん、シャルさん、セシリアさん。皆が私をお荷物扱いしてたのに、ラウラさんは私を戦力として見てくれた。その事が嬉しくて、思わずラウラさんに抱き着きました。
「なっ!? ど、どうしたのだルリ! 突然抱き着くなど!」
「嬉しかったからです。もう少し、このままでいさせて下さい……」
「む、むぅ……? よく分からんが、了解した」
ラウラさんは落ち着かない様子でそわそわしてますけど、嬉しかったから仕方ないです。
……私って、もしかして甘え癖が出来ちゃってる? 普段からお姉ちゃんに甘え慣れてるから、甘えん坊になっちゃってるような。
『ルリは昔から甘えん坊だよ?』
『そうなの?』
『そうそう。だから、もーっと私や束に甘えていいのよ?』
『……気が向いたら』
オモイカネ曰く、私は昔から甘えん坊らしいです。だったら、少しくらい抱き着き癖が出来るくらい、問題無い……よね。
一頻りラウラさんを抱きしめて満足したので、少し名残惜しいけど離れます。
「ラウラさん、ありがとうございます」
「ええと……この国では、どういたしまして……と言えば良いのか?」
「はい! それで、一つお願いがあるんですけど……」
「お願いか。私に出来る事か?」
「はい。ラウラさんにしか出来ない事です。
タッグマッチの事なんですが――――ラウラさん。私のパートナーになって下さい」
「「「「「な、なにぃぃぃぃぃぃぃ!!?」」」」」
そう言うと、今まで遠巻きに私達を見守っていたお姉ちゃん達が一斉に近寄って来ました。よっぽど、私がラウラさんにパートナーを頼んだのが意外だったみたいです。
「な、何でだルリ!? 放課後に戦って決めようって話になってたのに!」
「そうですわルリさん! 実力も見せない内にパートナーを決めるなんて!」
「う、うんうん! ボクも早合点はダメだと思う!」
「ちょっとルリ! 組むならアタシとでしょ!?」
「る、ルリちゃん……私とじゃ、ダメなの……?」
次々に考え直すよう皆さん。
涙目の簪さんを見ると少し申し訳ない気もするけど、もう決めました。決めちゃいました。
「皆さんの気持ちは嬉しいです。けど、私はお荷物や足手纏いになるのは嫌です。
私をちゃんと戦力として見てくれたのはラウラさんだけ……。だったら、私はラウラさんと組みたいです。いえ、組みます!」
私がそう言うと、皆さんはハッとした表情を浮かべると、気まずそうに私から目を背けました……簪さんの顔色が真っ青になってるのがちょっと心配かも。後でフォローしといた方が良いかな?
けど、今はラウラさんの方が大事です。私は改めてラウラさんの方を向くと、手をだしてもう一度お願いします。
「……ラウラさん。私のパートナーになって下さい」
ラウラさんは沈んだ表情の皆さんを一瞥すると、一息吐いてから私の手を握り返してくれました。
「ああ、こちらこそ。これから宜しく頼むぞ、ルリ!」
そう言ってくれたラウラさんは、一瞬見惚れてしまうくらいの、とても優しい笑顔でした。
「はい!」
こうして私とラウラさんは、パートナーになりました。今からタッグマッチが楽しみです。
タッグマッチのパートナーは、恐らく皆さんの予想通りラウラでした。
鈴と組ませるのも考えたけど、その場合のラウラのパートナーが思いつかなかったのです。ラウラの方が相性良さげだし。鈴は日常で大活躍なので、今回はルリとちょっとだけ離れてもらいました。
何気に完成してる打鉄弐式。まぁ、実はマルチ・ロックオン・システムはまだなんでしけど。ルリとパートナーになりたい為に、少し見栄を張って完成したと言っちゃった簪さんでした。