魔法の時計は狂わない   作:炭酸ミカン

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1年目の話その5

 自分の孫が魔法学校とやらに進学してから大体半年ぐらいになるだろうか。ちょこちょこ自分の工房に顔を出して時には邪魔をしたりすることもあったが、イアンが進学してからはそういうこともなくなりウィルは寂しいものを感じていた。

「なんだかんだであの子がおるのが当たり前になっておったからな」

ふとカレンダーの方に目をやると今日のところにマークが付けてあった。イアンが帰ってくる日のマークだ。それに気が付いてウィルは苦笑した。帰ってくる日についての手紙がフクロウによって運ばれてきた時にひどく驚いたことを思い出したのだ。魔法使いは郵便を使わずにフクロウで手紙のやりとりをするのだとあの子の母親から聞いたときは何の冗談だと笑ったが、まさか本当に運んでくるとは思わなかった。どうやら自分もそれなりにファンタジーの世界に足を突っ込みつつあるのかもしれない。そんなことをぼんやりと考えながら仕事の用具を片づけ始める。久しぶりの孫と再会の場が夕飯の席というのも味気ないだろう。

 

 それから程なくイアンが帰ってきたものの持ち帰った荷物の片付けなどがあり、結局ゆっくり話せるようになったのは夕飯を終えてからだった。

「どうだ、魔法学校での生活は?」

お茶を飲みながら相変わらずどこかのんびりした孫に話しかける。

「うーん、思ってたほど普通の学校との違いがないかも」

「そうか」

魔法学校とは言え学習する内容に違いはあれど同じ学校である。そこまで雰囲気は変わらないのかもしれないと思った。もっともウィルが実際にホグワーツへ行ってみればそんな考えは消し飛ぶだろうが。

「そういえばあの時計は使っているかい」

「もちろん、いつも持ち歩いてるよ」

そういうとイアンは笑顔と共に懐からいぶし銀の凝った細工の施された懐中時計を取り出して見せてくれた。入学祝にウィルがイアンのために作ってやった機械式の時計だ。正確に時間を刻んでいるのを見ると普段からゼンマイを撒いているのがわかる。機械式の時計はクオーツ式と違って電池がいらない代わりに定期的にゼンマイを巻く必要があるのだ。

「ちゃんと使っておるようで良かったよ、プレゼントしたのに使われてないというのは寂しいものだからな」

ウィルは自分の作った時計がちゃんと使われているのを見るのが好きだった。彼にとって自分の作ったものが人の役に立っている、それが最も感じられる瞬間だからだ。もちろん逆の場合もある。

「ねえ、お爺ちゃん」

イアンが手元で時計を弄んでいる。

「どうした?イアン」

「これの整備って僕もできるようにならないかな」

機械式時計は電池交換の必要がなく手入れをすれば一生使えるとも言われている。しかし、普通の人には時計を分解して油をさしたりといったことをするのは難しい。十中八九壊してしまうだろう。

「それは難しいな。時計の整備と言うのはそもそも構造を理解しておらねば出来ないもので、それこそ時計を一から作れるぐらいでないとな」

それにウィルがイアンに渡した時計はハイビートと呼ばれる機械式時計の中でも正確性の高い分技術もより必要とされるものであった。それをいじれるようになるには年単位での時間が必要だろう。

「それでもいいから教えてよ、お爺ちゃん」

ウィルが難色を示したのを察したのかイアンは悲しげだったがどこか強い意志を感じさせる眼でウィルを見ていた。

一方ウィルはその眼にどこか懐かしいものを感じていた、いつだったかと思いを巡らすと自分の作業場から追い出そうとしても梃子でも出ていきそうになかった幼いイアンの姿が思い出された。あのときは結局自分が根負けしたんだったかと苦笑いした、普段は聞き分けがいいのに相変わらず変な所で頑固な孫だ。

「言うことを必ず聞くこと、勝手なことをしない、技術が身に着くまで年単位で時間がかかるがちゃんと守れるか?」

返事はウィルには分かりきっていた。

「うん、守る」

イアンはまるでサンタに出会ったかのようないい笑顔だった。

「じゃあ、明日から工房で時間が空いたときに来い」

息子には終ぞ引き継がれなかった技術だが孫が覚えることになるとは人生分からないものだなとウィルは思った。

 

 翌日。

 いざ教えることになってウィルが驚いたのはイアンが予想以上に時計に関しての知識を持っていたことだった。大まかな器具の使い方、パーツの役割、注意点まで知っていたのは予想外であった。元々イアンは彼がホグワーツに入る前おおよそ六歳のころから彼の工房に入り浸っていたのだ。ウィルもイアンがいることに慣れてからはその工具を取ってくれなどと簡単な手伝いをさせていたことも影響している。

「これは案外早くできるようになるかもしれんな」

小声でウィルは呟く。

「え、何?」

「なんでもない、それじゃまずは大きい懐中時計の作り方をやっていこうか」

知識はそれなりでも技術はまだまだなのだ。徹底的に叩きこんでやろうとウィルは久々の孫とのやりとりを楽しみつつ教えていった。

 

 後継者の育成というのも悪くはない。




分かり辛かったかと思うので時計についての簡単な補足をしておきます。面倒でしたら飛ばしても問題ありません。
機械式時計と言うのはゼンマイを動力とした時計で、職人さんが手作業で組み立てるため大量生産ができませんがその分味のあるものになります。
同じ機械式でも手巻き式と自動巻きの物がありイアンが持っているのは手巻き式の方になり、手動でゼンマイを巻く必要がある物です。自動巻きの方は普段持ち歩くことで自動的にゼンマイを巻いてくれる仕掛けを持ったもののことです、これは普段持ち歩いてさえいればゼンマイを巻く必要はありません。
最後にクオーツ式について、クオーツ式は内部に水晶を用いている時計です。音叉みたいに加工した水晶に電気を流すとかなりの高速かつ安定した振動が得られることを利用したもので、その性質上機械式の時計とは比べ物にならないほどの精度を誇ります。しかしホグワーツでは電化製品は狂ってしまうためクオーツ式の時計は使うことができないでしょう。ちなみに発明したのはセイコー。

上記について、もし間違っている点がありましたら教えてくださるとうれしいです。

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