魔法の時計は狂わない   作:炭酸ミカン

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prologue

 その日、時計職人のウィルはとても不安で落ち着きがなかった。彼の家は古くからの職人の家であり、細かい細工については誰にも負けないと自負するくらい腕が良かった。しかし、この日に限っては彼の腕は思うように振るえず、どんなに集中しようとしても上手くいかない。彼は何度見たかわからない時計を見た。そろそろかもしれないと思った。

 息子の嫁が産気づいたと聞いたのはつい前のことだった。亡くなってしまった妻が息子たちを産んだ時もそれはかなり気を揉んだもので慣れたかと思っていたがそれは錯覚であったらしい。これから生まれるであろう孫のことを自分が気にしていても結果は変わるまいにと心配性な自身を笑った。

 どうせもう今日は何をしても集中なんか出来やしない。幸いにも急ぎの仕事はないので店じまいをして、自分と同じように気を揉んでいるだろういやひょっとしたら自分よりひどく緊張しているかもしれない息子がいる病院へ行くことにした。

 

 

 天気は晴れやかで冬にしては暖かかった。そういえば息子が生まれた時もこんな感じだったなといくらか不安だった気持ちが落ちついていった。今頃頑張っているだろう息子の嫁はどんな気持ちなのだろう。昔妻に聞いたところによれば人生で一番複雑な時間とのことだが、魔法使いだと言っていた彼女にとっては案外気楽なものなのかもしれない。

 そう息子の嫁は魔法使いである。当時それを聞いた自分は大層驚いたものだった。なにせ魔法使いだ、絵本とかのお伽噺の住人である。といっても別に彼女が絵本の中から飛び出てきたというわけでもない。

 この世の中には魔法使いという人種がいて、こっそりと魔法使いでない人にはばれないように生きている。彼女が言うところによれば意外と身近な所に住んでいる魔法使いもいっぱいいるらしい。いずれにしても知らない自分からすれば変人の種類で、息子がへんな女にひっかかってしまったかと心配したがいざあってみれば意外にも彼女は常識的で肩すかしを食らった気分になったのを覚えている。

 彼女が魔法使いらしいと思ったところはフクロウを飼っているところと常に変わった棒のようなものを持ち歩いているといった点か。案外魔法使いも普通の人と大して変わらないものだ、彼女が特別なだけかもしれないが自分にとってはそんな程度の認識だ。

 

 

 あれこれ考えるうちに病院に着くとすでに孫は生まれていたのか病室で喜びの声をあげている息子の声が聞こえてきた。いつまでたっても子供っぽいその様子に呆れもするが同時に無事に生まれた孫の誕生を知り、安堵と喜びが胸の内から湧いてくる。

「やあ、無事に生まれたみたいだね。おめでとう」

とりあえず病室に入って声をかけた。

「そうなんだよ、父さん!今生まれたんだ!僕の息子がっ!」

息子が今にも踊りだしそうな雰囲気で返事をしてきた、相変わらず自分から生まれたとは思えないほど元気な息子だ。

「お義父さんありがとうございます。それとあなた、落ち着いてここは病院よ」

そして礼を言いつつ夫を嗜める彼女、息子も中々しっかりした嫁さんをもらったものだと思いつつその胸に抱いている赤子をみつめる。

「その子が私の孫か」

「はい」

彼女の胸の中にいる赤子は生まれたばかりで目もろくに開いておらず猿のように皺くちゃな顔をしているが、とてもかわいらしく知らず目を細めてわらった。しかしなんとなく気恥ずかしさがあるものだ。

「抱いてみてもいいかな」

彼女は快く承諾しゆっくりと孫を渡してきた。

「父さん、気を付けてくれよ」

息子はどうやら壊れ物を扱うようなものだ、所々昔の自分に重なる物があってどこかおかしかった。

「この子の名前は?」

それを聞くと息子夫婦は顔を見合わせて照れ臭そうに言った。

「ああ、それなんだけどさ。父さん、そのさ」

「お義父さんにこの子の名前を付けて欲しいのです」

深く考えるよりも先に声が出る。

「いいのか?お前たちの子供だぞ」

否定する言葉を口に出しておきながら内心非常にうれしい気持ちでいっぱいだった。

「前から二人で決めてたんだよ、そのさ子供の名前は父さんに決めて貰おうって」

「私たちの今があるのはお義父さんのおかげですから」

特に変わったことをしてやった記憶もないのだが彼らもそのつもりなら喜んで付けてやろう、そしてこの赤子がいい子に育ってくれるよういい名前を付けよう、そう心に誓った。

 

 

翌日になって、彼の孫の名前が決まった。

イアン。

イアン・オーティス。

後にこの名が魔法界に知らぬものはいないとまで言われる存在になるとはこの時点では誰も知る由は無かった。




とりあえず書いてみたって感じで投稿。
まあ、ただの導入なんで飛ばしてもいいかもです。

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