月から聖杯戦争の勝者が来るそうですよ?(未完)   作:sahala

70 / 76
 作者泣かせの意味が、よーく分かった。
 二度と・・・・・・・・・二度とコイツの事を、書くものか・・・・・・・・・!


幕間「ここに万雷の喝采を!」

 それは地獄の様な光景だった。

 城下町の大通り。商店街や住宅街など全ての道に繋がるそこは、連日活気に溢れていた。しかし、それも昨日までの話だ。仕事に行く男も、子供を連れた母親も、散歩に来る老人も。皆が等しく苦悶の表情を浮かべ、皮膚から焦げた臭いをさせながら地面をのた打ち回っていた。

 

「はあ、はあっ・・・・・・・・・!」

 

 そんな大通りをレティシアは城を目指して一心不乱に歩く。槍を杖代わりにし、足を引きずる様に進む様は純血の吸血鬼とは思えない程に弱々しい姿だった。よく見ればレティシアの肌は日焼けでは済まないレベルで真っ赤に焼け、左足に至っては炭の様に黒く変色していた。

 どうしてこんな事に。レティシアの胸を占める思いはその一つだった。自分達は魔王を倒し、箱庭の秩序を取り戻した筈だ。なのに待っていたのは同士達の祝福や賛歌の声ではなく、断末魔の叫びだった。何が起こったのか、さっぱり分からない。こんな・・・・・・・・・こんな地獄の様な光景、理解したくもない!

 

「父上! 母上! ラミア! カーラ! 護国卿! 誰か・・・・・・・・・誰かいないのか!?」

 

 大声でコミュニティに残してきた大切な人達の名を呼ぶ。だが聞こえて来るのは、同士達の弱々しい断末魔の呻き声だけだった。それでもレティシアは視線を彷徨せながら、悲痛な声で辺りを見回す。

 

「誰か教えてくれ・・・・・・・・・どうしてこんな最悪な状況になったんだ!?」

 

「これが最悪? いえいえ、The worst is not, So long as we can say,This is the worst.(最悪だ、と嘆ける内はまだマシな方ですぞ)!」

 

 不意に、場にそぐわない明るさのバリトンの利いた声が響く。はたとレティシアが見ると、そこには城下町で見たことの無い男がいた。まるで舞台役者の様な派手な貴族服を着た男は、頭に被っていた羽付きの帽子を脱ぐと大仰に一礼した。

 

「はじめまして、龍の騎士殿。お会いになられて光栄です」

「貴様は・・・・・・!」

「ああ、私の事はお気になさらず。What`s in a name(名前に意味なんて無いでしょう)?」

 

 敵意もなく、流暢に話すだけの男にレティシアの頭の熱が一端冷める。持ち前の冷徹さで男を値踏みする様に見つめ、少なくとも敵ではないと結論づけた。

 

「・・・・・・・・・疾く要件を言え。その為に現れたのだろう?」

「ご静聴感謝します。ならばこの私めから二万人の吸血鬼達に起きた出来事を喜劇、悲劇を織り交ぜてじっくりと、」

「余計な話はいいと言っている!」

 

 男の弁舌を遮り、レティシアは空を睨んだ。

 

「どうして大天幕が開放されている! 答えろ!!」

 

 そう。これこそが、レティシアのコミュニティを襲った悲劇。レティシア達の様な吸血鬼を箱庭で暮らしていける様に、日光を遮断する不可視の大天幕が箱庭の都市には張られていた。それが今は開放され、レティシアを含めた吸血鬼達に直接日光が差していた。だが、箱庭の大天幕の開放には太陽の主権が必要だ。いったい、誰がやったのかと猛るレティシア。

 

「それ、やったのは貴方のお仲間ですぞ」

「・・・・・・・・・え?」

Most subject is the fattest soil to weeds(土壌が肥えると雑草もよく生える)と言う様に、貴方の活躍を快く思わない勢力が王族を根絶やしにする為に天幕を開放しました。ぶっちゃけるとクーデターですな」

「いや・・・・・・・・・え?」

「そして王族を裏切った者達が使ったのは十三番目の黄道宮・・・・・・・・・十三! まさしく裏切りの数字! はは、何という巡り合わせか!」

 

 舞台役者の様に一人で熱の入った弁舌をする男について行けず、レティシアは呆然と首を振った。十三番目の黄道宮自体、いま初めて聞いた話だ。何より、今の話がとても信じられない。

 表立ってはいなかったが、若くしてコミュニティの長となった自分に不満がある者がいるのは知っていた。即刻粛正すべきだ、と護国卿は進言したが、レティシアは承諾しなかった。彼等とて同じコミュニティの一員。今は無理でも対話を重ねれば、いずれは自分を認めてくれる筈だと判断したからだ。それなのに、そんな彼等がクーデターを起こす程にレティシアを憎んでいたなんて・・・・・・・・・。何より、大天幕を開ける必要性が分からない。そんな事をしたら、自分達まで危なくなるのに・・・・・・・・・。

 

「必要? もちろんありましたとも!」

 

 男は城の尖塔を指差した。

 瞬間―――レティシアの意識は凍りついた。

 

「あ・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 レティシアの口から間の抜けた声が上がる。だが、そんな声自体がレティシアの耳に入っていなかった。

 

(違う)

 

 何をもって違うのか分からぬまま、レティシアの意識が拒絶する。

 

(だって、あの尖塔に貼り付けられたのは服だけで、でもあれは自分のよく知る人達の服で、でもあれは本物の筈がなくて、でもあの赤いマントは自分が護国卿に送った物で、)

 

「古来より吸血鬼を殺すには銀の杭で心臓を貫いて、日光を浴びせろと言いますが、いやはやこれは酷い! 磔刑、串刺し、最後に火葬とは全くもって芸がない!」

「あ、ああ、あああっ・・・・・・・・・!!」

 

 現実を認識したレティシアの口から絶望の嗚咽が漏れる。既に革命は済まされていたのだ。レティシアが必死に魔王と戦っている間に、反逆者達はレティシアの親族や知人を皆壁の染みに変えていた。その事実に、レティシアは膝から崩れ落ちた。

 

「おっと、ここで一つ忠告しましょう! もうじき日暮れですが、そうなれば反逆者達は貴方の首を取ると息巻いていましたぞ! ここは一度逃げた方が賢明でしょうなあ! そこで提案なのですが、是非とも我がマスターのコミュニティへ―――」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 ユラリ、とレティシアが立ち上がる。男を無視してレティシアは足を引きずりながら、ゆっくりと歩き出した。

 

「おや? どちらへ?」

「まだ・・・・・・・・・まだ生き残っている者がいるはずだ。彼等を救わなくては・・・・・・・・・」

 

 喜怒哀楽を削ぎ落とされた能面の様な顔で、レティシアは自分に言い聞かせる様に呟いた。

 

「そうだ、救わなくちゃいけないんだ・・・・・・・・・私は、コミュニティの長だから、最期まで全うしなくちゃ・・・・・・・・・」

 

 焦点の合わない虚ろな目で、レティシアは夢遊病者の様な足取りで歩き始める。目的地など定まっていない。この短時間で親族も友人も国民も全てを失ったレティシアは、王としての責務だけを心の依り代にして歩き出そうとしていた。

 

Sweet are the uses of adversity(逆境が人に与える物は美しい),Which like the toad(それはガマガエルの様に醜く),ugly and venomous(毒があるが),Wears yet a precious jewel in his head(その頭の中には宝石をはらんでいる)・・・・・・・・・この状況においても王としての責務を全うしようとする姿に、観客は拍手喝采でしょうなあ」

 

 ふうむ、と男は顎髭を撫でながらレティシアの後ろ姿を見送り―――

 

「しかしそれでは全くもってつまらない! ここは一つ、貴方の愛する人達がどのように最期を迎えたか、お教えしましょう!」

「貴様・・・・・・・・・!!」

 

 不意にレティシアの背後から爆発的な魔力の高まりを感じた。すぐさまレティシアは振り向くものの、太陽に侵された体では全てが遅すぎた。風がなくてもひとりでにページが捲れていく本を片手に、男は魔力を放つ。

 

「灯りを消せ! 煙草も消せ! 上演中はお静かに! 録画、撮影お断り! さあさあ、皆様ご覧下さい! 

“開演の刻は来たれり、此処に万雷の喝采を”!!」

 

 瞬間、レティシアの視界は白く塗りつぶされた―――――――――――――。

 

 ※

 

『貴様等! これはどういうつもりだ!!』

 

 かつての部下達に槍を突きつけられながら、ヴラドは吼えた。

 

『口を慎みたまえ、護国卿。君はいま、王となる男の前にいるのだよ』

 

 ヴラドを取り囲む騎士達の後ろで、どことなくレティシアに似た顔付きの男がニヤニヤとした笑みを浮かべていた。

 

『君の新しい主となるのだ。身の振り方を考えてはどうかね?』

『薄汚い裏切り者に振るう槍など無い! どういうつもりだ、ブラム卿! 先王の弟である貴方が、何故王家に牙を剥く! 先王や姪である姫殿下から受けた恩義を忘れたか!』

 

 ヴラドの容赦なく突き刺す様な糾弾に、初めて男―――ブラムの顔が歪んだ。

 

『恩義? 恩義だと? 先に生まれたというだけで王となった兄や、王の娘というだけで何の苦労もなく玉座に座った小娘に恩義だと!? 馬鹿な、奴等こそ私の恩に報いるべきだ!』

 

 憤怒に歪んだ顔で、ブラムは長年鬱屈した感情を吐き出す様に口角泡を飛ばした。

 

『文字通り日陰者だった吸血鬼が“箱庭の騎士”として認められる様に働きかけたのは誰だ!? 私だ! “階層支配者”制度を“サウザンドアイズ”に認めさせる様に交渉したのは誰だ!? それも私だ! “全権階層支配者”となった暁に太陽の主権が贈られる様に取引を行ったのは誰だ!? やっぱり私だ!』

 

 目を血走らせながら自分の業績を羅列していくブラム。しかしヴラドは、そんなブラムを冷めた目つきで見ていた。

 

『そうだ! 今のコミュニティの繁栄は私が築き上げた! 私こそがコミュニティの最大功労者だ! 私こそがコミュニティの長として相応しいはずだ! だというのに・・・・・・・・・父上も兄君も、何故私を認めない!!』

『コミュニティの繁栄は、全てが貴殿の行いによるものではない。我らコミュニティ・・・・・・・・・戦場で戦う騎士から、貴殿の様に舌とペンで戦う文官。果ては我らに快適な食事や寝床を用意する使用人に至るまで、全ての人員がコミュニティの為に尽くしたからこそ、今日の繁栄があるのだ』

『いいや、民草共の生活を保証したのは我ら王家だ! そして王族の中で一番コミュニティの為に働いた私がいたから、コミュニティが繁栄したのだ!』

 

 何を言っても無駄か、とヴラドは内心で舌打ちする。

 レティシアの父親の代から騎士として仕えているが、王弟であるブラムがここまで独善的な吸血鬼だとは思わなかった。ある意味、ヴラドもまたブラムを正しく評価していなかったと言える。

 

『ここまでコミュニティの為に尽くしたと言うのに、兄上は自分の娘に王位を譲った! 私を評価しない王家など不要だ! 私は革命を為し、私に対する正当な評価を取り戻す!』

『愚かな・・・・・・・・・武力革命を為した所で国民は認めまい。反逆者である貴様等をすぐに縛り首に上げようと、反旗を翻すであろうよ』

 

 冷たく切って捨てるヴラド。しかし、ここでブラムが傲慢な笑みを浮かべた。

 

『さて、それはどうかな? それ以前に・・・・・・・・・民草共は私に反旗を翻せるかな?』

『・・・・・・・・・なに?』

『仮にも兄上達は純血の吸血鬼。完全に殺し尽くす手段など限られている。だが―――吸血鬼だからこそ、決定的な弱点がある。そう―――太陽の光を浴びせる、とかな』

 

 何を馬鹿な、と言おうとしてヴラドは気付く。先程、ブラムは自分がコミュニティに太陽の主権を譲り受けられる様に取引した、と言っていた。では・・・・・・・・・その太陽の主権は、いま何処に?

 

『貴様・・・・・・・・・まさか!!』

『ははは、そうだ! “サウザンドアイズ”から譲り受けた太陽の主権は、いま私の手にある! 王族ではあるが、コミュニティの王ではない私では大天幕を開放するくらいの権利しか与えられないだろうが十分だ! 日没までの時間、兄上や他の王族共も灰にするのに長過ぎるくらいだ!』

『そんな事をすれば、城下町の吸血鬼まで焼け死ぬ! 貴様の革命の為に、コミュニティの民をも犠牲にする気か!!』

『革命の為に少々の犠牲は付き物だよ、護国卿』

 

 激昂するヴラドに、ブラムは独善に歪んだ笑顔を浮かべた。

 

『民など雨後に生える草の様な物だ。いくら殺そうが、すぐにまた数は増えるさ。第一、“全権階層支配者”の地位は太陽の主権の他に暫定四桁の地位が贈られる。下層とはいえトップクラスとなったコミュニティならば、むしろ庇護下に置いて下さいと他のコミュニティからも人が集まるさ』

『貴様はっ・・・・・・・・・!!』

 

 今度はヴラドの顔が憤怒に染まった。ブラムは自分の玉座と引き換えに、今のコミュニティの国民を切り捨てる気なのだ。それも吸血鬼にとって、もっとも苦しむ方法で・・・・・・・・・!

 

『貴様は狂っている!』

『何を言う、私は正確だとも。正確に、これが私が王位に就く最適解だと判断しただけのこと』

 

 さて、とブラムは片手を上げる。それに伴い、ヴラドを取り囲んでいた騎士達が一斉に槍を構え直した。

 

『無駄話が過ぎたねえ、護国卿。知らぬ仲では無いし、君さえ良ければ私の新しいコミュニティに席を用意しても良かったのだが・・・・・・・・・その様子では、どうやら不要かな?』

『当然だ。我が槍は先王に、そして姫殿下に捧げた。貴様の様な圧制者には、槍を心臓にくれてやる!!』

『そうか、残念だ。君の大好きな姪娘もすぐに君達の元へ送り届けよう。―――やれ』

 

 ブラムの号令の下、騎士達が一斉にヴラドへと槍を突き出した。

 グシャリ、と肉が潰れる音がヴラドの身体から響いた。

 

『―――貴様等、我を・・・・・・・・・いや、余を誰と心得ている?』

 

 不意に。騎士達に声がかけられた。騎士達が瞠目する中、ヴラドの口から―――身体中を槍に穿たれて死に体となったはずのヴラドの口から、地獄から響いてくる様な恐ろしげな声音が出てきた。

 

『余は串刺し公、オスマントルコを鏖殺せし悪魔・・・・・・・・・余を殺したければ、あと二万以上は用意して来い―――!』

 

 グシャリ、と再び肉が潰れる音が響いた。ヴラドの身体から槍が突き出され、それはヴラドへと殺到していた騎士達を容赦なく串刺しにしていた。

 

『ひ、ひいぃぃっ!? ば、化け物!!』

 

 配下の兵が一瞬で殺され、ブラムは腰を抜かしながらもヴラドは罵倒する。

 

『そうとも。我が字は悪魔の息子(ドラグル)・・・・・・・・・いかに騎士として振る舞おうが、我が身体に流れる残虐な血までは抑えつけられぬ』

 

 ギラリ、と目を紅く染め上げてヴラドが睨んだ。その姿は、まさしく悪魔の息子―――!

 

『されど、そんな余にも守るべき物はある。それを侵すというならば・・・・・・・・・悪魔の裁きを受けるがいい!!』

 

 体内から生やした槍を手に取り、ヴラドはブラムへと突き出す。ブラムは怯えた顔のまま、心臓に目掛けて走る槍の切っ先を見つめ―――

 

『ぐっ、ぬ・・・・・・・・・!』

 

 途端、ヴラドが苦悶の声を上げて槍を取りこぼした。その腕には、銀色に輝く矢が突き刺さっていた。

 

『ブラム様! ご無事ですか!?』

 

 先王達の確保に向かわせていた近衛兵が続々と集まってくる。全員を捕らえた報告の為にブラムの元へと駆けていた近衛兵は、今にも殺されそうだった主の為に即座に矢を放った。その手には、この日の為にブラムが秘密裏に用意した退魔銀の弓矢が―――!

 

『や、やれっ! この化け物を殺せ! 殺せ! 今すぐに!!』

 

 余裕のないブラムの声に、忠実な近衛兵達はすぐに応えた。退魔銀の矢が装填されたクロスボウが一斉に放たれる!

 

『ぐっ、おおお、おおおおおおっ!!』

 

 矢が突き刺さる度に、全身が焼け爛れる様な痛みを感じながらもヴラドはもがく。純血ではないとはいえ、吸血鬼の属性が強いヴラドにとって退魔銀の矢は致命的な毒となった。

 

『な、め、る、なあっ・・・・・・・・・!』

 

 血反吐を吐きながら、ヴラドはブラムへと歩を進める。しかし、ブラムは近衛兵達の影に隠れながらキンキンと耳障りな声で騒いでいた。

 

『何をしている! 奴はまだ生きているぞ! 殺せ! 殺すんだ!!』

『お、のれ・・・・・・・・・!!』

 

 そして。万感の呪詛を孕んだ声を絞り出し―――とうとうヴラドは地面へと倒れた―――。

 

 ※

 

『斧を持て! まずは四肢を切り落とせ!』

 

「やめろ・・・・・・・・・」

 

『舌を切り落とせ! 悲鳴が醜くて、聞くに耐えんからな!』

 

「やめてくれ・・・・・・・・・」

 

『磔だ! 塔に磔にして民共への見せしめにしろ!』

 

「もう、やめてくれ・・・・・・・・・」

 

『これより大天幕を開放する! 総員、速やかに屋内へと入れ! 奴等が焼け死ぬ様をじっくりと見物しようじゃないか・・・・・・・・・!』

 

「やめろおおおおおおっ!! もうやめてくれええええええっ!!」

 

 髪の毛を振り乱しながら、レティシアは耳と目を塞いだ。

 

A little more than kin(親族に違いないが),and less than kind(馴れ馴れしくするな)! いや、まったく父や兄に認めて欲しかった事が発端で彼等を皆殺しとは・・・・・・・・・一周回って喜劇ですな!」

 

 カラカラと男は笑うが、レティシアの耳には入らなかった。滝の様な涙が目から零れ落ちたが、拭う事もせず地面に手を付いて呆然としていた。

 男が魔力を放った瞬間。レティシアの目の前で、自分の大切な人達の最期の瞬間が目に映った。幻術? 違う、そんなチャチな物じゃない。まるで舞台の特等席で見ているかの様に、彼等の感情、精神、魂。その全てが織りなされた悲劇がレティシアの前に現れたのだ。

 

「さて、感想をお聞きしたい所ですがTime is very bankrupt(時は破産する)と言う様に貴方には時間がない。ですので、これをお渡ししましょう!」

 

 男が差し出したのは黒い封書。それをレティシアは呆然とした心のまま、受け取った。

 

「その契約書類には貴方の主催者権限を最大限に利用したゲームルールが組み込まれています。それを使って―――貴方は魔王へと変貌できる」

「魔王・・・・・・・・・?」

「貴方の家族、友人が受けた仕打ちを反逆者達に! それも半永久的に! それで貴方の怒りも少しは晴れるでしょう!」

 

 普段のレティシアなら、ふざけるなと怒鳴っているだろう。箱庭の騎士の誇りを死ぬまで守ると、目の前の無礼な男に言ったはずだ。しかし、親しい人達がどうやって殺されていったか。それを目の当たりにしたレティシアは、男の言葉を呆然と聞いてしまっていた。

 

「最後の忠告ですけど・・・・・・・・・反逆者達は、貴方が築き上げた秩序や平和を守りませんよ」

 

 涙も枯れ果てたレティシアの顔を見ながら、男は囁く。

 

「彼等が欲しいのは地位と太陽の主権だけ。肥大化した自己は、すぐに次の獲物を求めて箱庭を荒らすでしょう。ここで貴方が死ねば、間違いなくそうなる」

 

 しかし、と男は笑顔を浮かべながら契約書類を指差す。

 

「ここで貴方が魔王となって、反逆者達を皆殺しにすれば・・・・・・・・・魔王の汚名の代わりに、階層支配者の制度だけは残りましょう。まさにTo be or not to be, that is question(生か死か、それが問題なのです)

 

 そう言い残して、男は立ち去って行った。レティシアはボンヤリと、その後ろ姿を見つめていた。

 やがて太陽が沈み、反逆者達は城下町に火を放って呻き苦しむ同士達ごと焼き払った。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 その様子をレティシアは契約書類を握りながら、呆けた顔で見つめていた。ふと、城の尖塔へと目を移す。そこには、無残な姿となった大切な人達の焦げついた跡が刻まれていた。

 

「いたぞ! レティシアだ! 奴を殺せ!」

 

 不意にキンキンと耳障りな叫び声が聞こえた。そこにどことなくレティシアに似た顔つきの男が、こちらへ指差していた。

 

「――――――!」

 

 瞬間、レティシアの思考は真っ赤に染まった。

 そうだ。奴等は反逆者だ。箱庭の騎士として、コミュニティの長として、反逆者を討つ義務が自分にはある。

 何より・・・・・・・・・自分の大切な人達を壁の染みに変えた奴等には、それ以上の苦しむを受けさせないと気が済まない―――!

 

「貴様は・・・・・・・・・」

 

 黒い契約書類を握り締めながら、レティシアは立ち上がる。地獄の使者の様に、ドロリとした殺気を放つ姿にもはや箱庭の騎士の面影はなかった。

 

「貴様等はっ! 荼毘に付す事も許さない・・・・・・・・・!!」

 

 万感の怨嗟を込めて、レティシアが叫ぶ。

 そして―――レティシアは、魔王となった。

 

 




ブラム「コミュニティはワシが育てた」
ヴラド「ねーよ」

ブラムという名前に、これといった意味は無いのであしからず。
あと言い忘れましたが、レティシアのコミュニティが滅んだ理由も独自設定という事でお願いします

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。