月から聖杯戦争の勝者が来るそうですよ?(未完)   作:sahala

52 / 76
 どうも。エクステラの情報で明らかになるに連れて、楽しみと同時に用意してた構想とネタ被りしないかとヒヤヒヤしてるサハラです。かと言って今更プロットを練り直す時間もないし、このまま突っ走るしかねえ! と開き直っています。でも更新速度的に、エクステラの二番煎じになりそうなんだよな・・・・・・。

追記

礼装欲しさにガチャを回したら、三蔵法師が降臨なされた・・・・・・ちょっと頭丸めて経典買ってくる。


第9話「“アンダーウッド”防衛戦線 その2」

 少し時を遡る。

 “アンダーウッド”北地区の最前線で、サラは苦戦を強いられていた。民間人の避難を指揮する為に最前線に赴いたサラを待っていたのは、三人の巨人だった。彼等はサラの姿を見咎めるや否や、三人がかりでサラに襲いかかって来たのだ。

 

「ハアアアァァァァッ!!」

 

 裂帛の気合いと共に、サラの剣が振り下ろされる。

 対するは片手剣と盾を構えた巨人の剣士。上半身を隠す様に盾を構え、サラの斬撃を受けきった。

 渾身の一撃を防がれた事に舌打ちをする間もなく、長槍を持った巨人がサラに穂先を打ち込んで来た。身を捻り、槍を避けたサラは翼を出して空へと舞い上がろうとする。だが今度は頭上から雷撃が降ってきた。サラはサイドステップでそれを避けると、奥に控えていた巨人を睨みつけた。

 シャーマンの様な格好の巨人は、手にした杖から再度雷撃を撃ち出す。地面に落ちる雷撃を背にサラがシャーマンの巨人に向かって走り出すと、二人の間に割り込む様に剣士の巨人が盾を構えて仲間を守った。

 さっきからこの繰り返しだ。身に付けた精密な装飾品や他の雑兵達とは明らかに格が違う武器を見る限り、三人の巨人はそれぞれが地位の高い将なのだろう。彼等は自分から積極的にサラに攻撃しようとはせず、連携を組んでサラの動きを封じていた。

 

「くっ、卑怯者! 貴様等も一角の戦士であるならば、姑息な真似をせずかかって来い! 女相手に姑息に立ち回るならば、臆病者の誹りを免れんぞ!」

 

 サラが挑発するが、巨人達からの回答は無言。ジリジリとつかず離れずの距離でサラを取り囲んでいた。

 

(時間稼ぎのつもりか・・・・・・!)

 

 相手の思惑はサラにはハッキリと分かっていた。奇襲により浮き足立った“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”連盟に、さらに民間人を攻撃する事で避難に手を割かせる。そしてまんまと誘い出された自分を釘付けにする事で、指揮系統に混乱を生じさせる。そして烏合の衆と化した“龍角を持つ鷲獅子(ドラコ・グライフ)”連盟を混乱の内に刈り取っていく。まんまと敵の術中に陥っている事態に、サラは歯噛みするしかなかった。

 連携がまともに機能しておらず、同士達に次々と被害が出ているのはサラにも分かっていた。だが巨人達の守りは固く、突破するには時間がかかり過ぎる。背を向けて逃げるのは下策だ。そんな隙を見せれば、無防備な背中に雷撃や槍が打ち込まれるだろう。

 

「オオオオオオッ!!」

 

 足を止めたサラに休ませる気など無いと言わんばかりに、槍兵の巨人が槍を振るってくる。舌打ちをしながら、サラは槍を避け―――

 

花散る天幕(ロサ・イクトゥス)!」

 

 突如、彗星の様に現れた紅い剣閃が槍兵の巨人の首を切り落とした。

 剣閃の主―――セイバーは地面に着地するや否や、シャーマンの巨人へと走り出す。突然現れたセイバーに驚きながらも、シャーマンの巨人は手にした杖から雷撃を素早く撃ち出した。耳をつんざく様な轟音を響かせ、雷光がセイバーを射抜く。鉄をも溶かす熱量は人間一人を消し炭にするには十分すぎる。

 

「っ!?」

 

 だがシャーマンの巨人は驚愕に目を見開いた。雷撃を浴びながらもセイバーの疾走は止まらない。見れば雷撃はセイバーに当たる前にほとんど霧散され、彼女の肌を僅かに焼くのみに止まっていた。

 

「やあああああっ!!」

 

 セイバーが跳び上がり、愛剣『原初の火(アエストゥス・エストゥス)』を振り下ろす。受け止めようと上段に構えた杖ごと、シャーマンの巨人は脳天から唐竹割りにされた。あっという間に二人の巨人が屠られ、サラは目を見開いた。

 

「お前は、“ノーネーム”の・・・・・・!」

「ここは余に任せよ! 議長殿、そなたは指揮に専念するのだ!」

 

 残る剣士の巨人と対峙しながら、セイバーが怒鳴る。

 

「っ、すまん! 恩に着る!」

 

 短く礼を言うと、サラは背中から炎の翼を広げて大樹に設けられた司令部へと飛んで行った。

 

「ウオオオオッ!!」

「させぬわ!」

 

 サラを行かせまいと背中に斬り込もうとした剣士の巨人。セイバーはその剣を正面から受け止め、押し返した。

 

「っ!?」

「フン、自分より小さな相手に力比べで負けたのが意外だったか? ティーターンの末裔よ! 余の許しなくして、これより先を通る事は適わぬと知れ!」

 

 『原初の火(アエストゥス・エストゥス)』を振りかぶり、セイバーが巨人へと走り出す。今まで無人の野を行く様に容易に進軍していた巨人の軍勢。だが、ここに一騎当千の英雄が立ちふさがった。

 

 ※

 

 ―――“アンダーウッド”西地区。町外れの未開拓地。

 

 住民達の避難が終わり、無人となった市街地。これより先はまだ開拓されてない荒野が広がるのみで、事実上はここが西地区の防衛ラインであった。荒野の先から、巨大な軍勢がぞろぞろと大樹を目指して歩く。

 その数はおよそ十人。本来なら軍勢と呼ぶにはお粗末な人数だが、人間の十倍以上の背丈はある巨人となると話は別だ。一歩進む度に地面は揺れ、見上げる程に巨大な人間が歩く様は山が移動してる様な錯覚に陥る。戦車の一個中隊を用意しても、この軍勢の前では簡単に蹴散らされるだろう。

 

「ウオオオオッ!!」

 

 先頭の巨人が吼える。一際立派な角飾りがついた兜を被った巨人は、“アンダーウッド”の町に目掛けて突撃の号令を発した。後ろに続く部下達が、各々の武器を構えて走り出そうとした。

 

 ―――シャラン。

 

 涼やかな音を響かせて、その人物は姿を現した。

 町まであと500メートル。巨人達の足なら一分もかからない距離で、それに出くわした。

 

「こんばんわ、大きな殿方の皆様。こんな夜更けにお出掛けですか?」

 

 浅葱色の着物と白い袿を着た少女―――バーサーカーが、“アンダーウッド”の町を背に巨人達の前に立っていた。

 

「見たところ、かなりの遠出だった御様子。旅は良いですわね。目的地に思いを馳せる時間も退屈はしませんもの」

 

 一方的に話しながら鉄扇を口元に当て、クスクスとバーサーカーは上品に微笑む。一方の巨人達は、突撃しようとした最中に現れた少女に呆気を取られて立ちすくんでいた。今まで自分達の体格を見て怖じ気付かなかった者などいない。だというのに、目の前の少女は十倍近い体格差のある自分達を見て怖がるどころか優雅に笑っている。初めて見る反応をするバーサーカーに不気味さを感じ、警戒心が高まったのだ。

 

「ですが、ここでお引き取りを。これより先は我が“アンダーウッド”の領域。武器を持って進むと言うなら、あなた方を退治しなくてはなりません」

 

 あくまで笑顔を崩さずに撤退を促すバーサーカー。この言い様には巨人達もカチンと来た。自分達の足首程度の背丈も無い奴が何を言うか。見れば頭に角が生えているから何かの亜人なのだろうが、巨人からすれば人間も亜人も大差ない。どちらも小さく、踏み潰せば簡単に潰れる様な相手だった。

 

「グオオオオオッ!!」

 

 怒りの声を上げ、一人の巨人がバーサーカーに襲いかかる。愚かにも自分達の前に現れた亜人の娘へ、手にした鉄槌を振り下ろした。

 重い衝撃が地面に響く。バーサーカーが立っていた場所を中心に地面が陥没し、辺りには濛々と土煙が立ち込め―――

 

「ハァ・・・・・・・・・仕方ありませんわね」

 

 ギョッと巨人は目を剥いた。鉄槌で潰した筈の少女が、何故かその鉄槌の上に立っているではないか! 少女は鉄槌を足場にして跳び上がると自分の首元に向かって―――

 

「龍爪―――一閃!」

 

 バーサーカーの鉄扇が横凪に振るわれる。同時に鎌鼬の様な鋭い旋風が生じ、巨人の首が落とされた。

 

「っ!?」

 

 唐突に首なし死体になった同士に驚く巨人達。しかし、それは致命的な隙だった。バーサーカーは死体となった巨人の背を足場に、近くにいた巨人の肩に跳び移る。一閃。またも振るわれた鉄扇により、首なし死体が一つ増えた。更に次の巨人へと跳び移り、再度鉄扇を振るった。

 

「グ、グオオオオオオッ!!」

 

 あっという間に三人の同士を殺したバーサーカーに怒りの雄叫びを上げながら、二人の巨人が斧や鉈を振るった。仲間の死体ごと切り刻む事になるが、不遜にも自分達の同士を殺した虫けらを殺すのが先決だ。

 首なし死体の肩に乗ったバーサーカーを目掛けて振るわれる二つの凶刃。しかしバーサーカーは華奢な見た目のどこにそんな力があったのか、用済みとなった死体を蹴り出す様に上空へ跳び退く。蹴り出された死体に正面からぶつかり、二人の巨人は死体ともつれ合う様に地面へと倒れ込んだ。

 のしかかった死体を何とか退けようとする巨人。その時、二人の巨人の目に上空のバーサーカーが映った。彼女の見た目は先程とは大分異なっていた。鉄扇を持っていた両手は鉤爪の付いた爬虫類の様な前足に代わっており、角も先程の倍以上の長さになっていた。頬から首にかけてびっしりと白い鱗に覆われ、開いた口の奥から青白い光が―――

 

「シャアアアアアアッ!!」

 

 縦長の瞳孔になった金色の瞳を輝かせ、バーサーカーが吼える。口の奥から膨大な魔力(マナ)と共に青白い炎が吐き出された。炎は死体と二人の巨人を包み込み、盛大な火柱が上がった。火柱の中で、二人の巨人がのたうち回る。だが炎の勢いは衰えず、あまりの熱量に二人が身に付けていた武器や鎧が飴細工の様に溶けていく。やがて火柱の中の影が動かなくなり、炎が収まる。そこには真っ黒に炭化した巨人の死体が三つ転がっていた。

 ここに至って、ようやく巨人達はバーサーカーの危険性を認識した。目の前にいるのは、いつも虫けらの様に蹴散らしていた亜人などではない。人型サイズに押し込まれた怪物なのだと。あっという間に半数にまで減らされた巨人の集団は、警戒しながらジリジリと後退し出した。

 不意に、バーサーカーの後ろで旋風が巻き起こる。バーサーカーが振り返ると、そこには白いノースリーブとショートパンツを着た少女―――春日部耀が上空から降りて来た。

 

「貴女は確か・・・・・・・・・昼間にお会いした“のーねーむ”さん、でしたっけ?」

 

 元の姿に戻ったバーサーカーは、現れた耀へ声をかけた。一方、耀は目の前の惨状に言葉を無くしていた。巨人の襲撃に迎撃する為に飛鳥と共に戦線が崩れている東地区へ行ったものの、西地区ではバーサーカーが一人で戦っていると聞いて飛鳥と別れてこの場に来た。しかし駆けつけてみれば、バーサーカーが孤立無援になっているわけではなく、逆にたった一人で圧倒していたのだ。

 

「これ・・・・・・貴女が一人でやったの?」

「ええ。お話を聞いて貰えない雰囲気でしたので」

 

 戸惑いながら聞いてきた耀に、バーサーカーは返り血に塗れながらもクスクスと笑った。

 

「「「ウオオオオオオオオオオッ!!」」」

 

 突如、地平線の向こうから複数の雄叫び声が聞こえてくる。見れば、巨人の軍勢がバーサーカー達を目掛けて進軍していた。十、二十、と地平線の向こうから見える数が増えていく。

 援軍が来て活気づいた生き残りの巨人は、警戒しながらもバーサーカー達をジリジリと取り囲んだ。

 

「巨人が、あんなに―――!」

「これは・・・・・・・・・少し多過ぎですね」

 

 目を見開いて戦慄する耀に、バーサーカーは口元に扇子を当てて静かに巨人達を睨む。

 

「・・・・・・・・・ふぅ、仕方ありませんか」

「待って。戦う気なの?」

 

 溜め息をつきながら進み出るバーサーカーに、耀は袖を掴んで止める。

 

「一人じゃ無茶だ。すぐに応援を呼んで―――」

「要りません。私一人で十分です」

 

 掴んだ手を払い、バーサーカーは巨人達と向き合う。

 

「そもそも―――私は望んで他の同士を遠ざけたのですから」

「え? それってどういう―――」

「それよりも」

 

 耀の言葉を遮り、ビシッとバーサーカーは指で差す様に扇子を突きつけた。

 

「貴女こそ危ないから下がりなさい。これは私達のコミュニティの問題です。部外者は避難しなさい」

 

 にべもない宣告に、耀は少しムッとする。心配して来たのに、そんな言い方をしなくてもいいじゃないか。確かに目の前の少女が言う事はもっともだ。今回、耀達はゲストとして“アンダーウッド”に招かれた。ホストがゲストを矢面に立たせる様では、本末転倒だろう。しかし―――

 

「―――できない。私は避難するつもりなんてない」

 

 耀はバーサーカーを見据えて、しっかりと言い放った。

 

「私は、望んでこの場に来たんだ。私は―――守られなきゃいけない程、弱くない!」

 

 思い返すのは、一ヶ月前の火龍誕生祭。魔王と戦う事なく敗北し、手駒に落ちた苦い記憶。あんな事が二度と無い様に、幻獣の宝庫と謳われる南側まで来たのだ。ここで背を向ける真似はしたくない。

 

「それに、いくら強いと言っても君を一人で戦わせるのは心配だ。君一人を置いて、私だけ避難なんてできない」

 

 耀のまっすぐな目をバーサーカーはじっと見つめる。そして―――

 

「フンッ、まあいいですわ。そこを動く気が無いなら、勝手になさいな」

 

 耀に背を向けて、バーサーカーは耀から離れる様に歩き出した。

 

「けれど、少し離れてなさい。何せ―――」

 

 取り囲む巨人達を睥睨し、

 

「私の宝具は手加減なんて利きませんから」

 

 言い終わるや否や、バーサーカーの身体が燃え出した。幽鬼の様に青白い炎をバーサーカーを包み込み、辺りの温度が一気に上昇する。熱風の凄まじさに、耀も取り囲む巨人達も顔を手で被う。

 

「これは・・・・・・・・・!」

 

 眼を開けるのも辛い熱風の中、顔を庇いながらも耀は見た。種子から芽が出る植物の様に、炎の中でバーサーカーの身体が大きくなっていく。それだけではない。頭の角が伸び、手から出刃包丁の様に鋭い爪が伸びる。腰から下は細長い―――まるで蛇の様な形になって、どんどんと伸びていく。

 

「好き」

 

 炎の中からバーサーカーの声が響く。

 

「好き、嫌い、好き、嫌い、好き、好き、好き、好き好き好き好き好き好き好き好き好きスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキスキ安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様―――!」

 

 くもぐった声が炎の中から響く。壊れたビデオテープの様にバーサーカーは誰かの名前を繰り返し呼んでいた。その人間を愛しているという事は、詳しい事情を知らない耀にも理解できた。だが、声に込められた想いは尋常ではない。まるで呪う様に誰かの名前を呼び続けるバーサーカーに、耀は背筋が寒くなった。

 

「安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様安珍様、■■様―――」

「え・・・・・・?」

 

 唐突に、バーサーカーが別の名前を呼ぶ。盛大に燃える炎の中で、ポツリと呟かれた一言。耀はバーサーカーを見るが、彼女は何事もなかったかの様に炎の中で「安珍様」と繰り返し叫んでいた。恐らくバーサーカー本人も別の名前を呼んでいた事は覚えていないだろう。だが、人並み外れた耀の耳はしっかりと聞いていた。

 

(いま、あの子・・・・・・・・・聞き違いじゃなければ、白野様(・・・)って呼んでなかった?)

 

 何故、耀のよく知る青年の名前が出たのか? もう一度、よく聞こうと耀は耳をすませ―――

 

「ウ、ウオオオオッ!!」

 

 角飾りの付いた巨人が吼える。炎の中で邪悪な何かが生まれそうな気配を感じ取ったのだ。巨人族の戦士として生きた彼の本能が、しきりに警鐘を鳴らす。

 炎から生まれ出るのは人を喰らう化け物だ。あれを解き放ってはいけない! あれは今すぐに葬らないといけない!

 角飾りの付いた巨人は部下達に命じて、炎の中にいるバーサーカーに攻撃を加えた。弓矢、雷球、投石。次々と投げられるそれらの武器は、炎の壁に遮られてバーサーカーには届いていない。炎の中で、金色の眼がギラリと光る。そして―――!

 

『シャアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァッ!!』

 

 卵から孵る様に炎を突き破り、白く長大な巨体が炎を纏いながら飛び出した。全身が白く硬質な鱗で覆われ、鋭い鉤爪を振りかざしながらソレは吼えた。巨人すら丸呑みに出来そうな巨大な口には、太刀の様な牙がズラリと並ぶ。

 龍。御伽噺でしか聞いたことの無い存在が、耀の前に姿を現した。

 

『シャアアアアッ!!』

 

 龍と化したバーサーカーが、無造作に前足を振るう。それだけで鎌鼬が生じ、側にいた二人の巨人がバラバラに切り裂かれた。

 生き残った巨人達には、最早戦意など無かった。本当の化け物となったバーサーカーに背を向け、後続の味方達へ助けを求めようと走り出す。

 しかし、それは愚策だった。一番後ろを走る巨人の背に、バーサーカーは掴みかかる。グシャリ、と嫌な音を立てて巨人の上半身が握り潰された。シャーマン姿の巨人が逃げながらも杖から雷撃放った。ほぼ同時に、バーサーカーの口から炎が吐かれる。炎は雷撃を飲み込み、さらにはシャーマン姿の巨人までも飲み込んだ。辺りに肉と脂が焦げる臭いが漂う。炎が収まると、炎を浴びなかった足首だけ残してシャーマン姿の巨人は焼失していた。

 部下を全員殺された角飾りの付いた巨人は、そんな後ろの事など気にしてはいられなかった。恥も外聞もなく、武器を放り捨てながら必死に逃げる。

 必死で走るあまり、角飾りの付いた兜が脱げ落ちた。この兜は、彼が一族の中でも勇気ある者として認められた時に長老から贈られた物だった。いかなる敵にも恐れずに立ち向かう。それが、北欧の戦士達の血をひく巨人族の誇りだった。しかし、そんな誇りよりも今は命が惜しい。脇目も振らずに走る彼の姿は、ただの逃亡者だった。

 不意に身体が宙に浮き、巨人の身体が地面に叩きつけられた。起き上がろうとするも、胴体を鉤爪の付いた前足がガッチリと挟み込んで動けない。そして、彼は頭上に龍の顔があることに気づいた。

 

『――――――』

 

 金色の瞳が、巨人を静かに見つめる。口の奥から、ギロチンの刃の様な牙が見えた。恐怖のあまり、巨人の口からポツリと漏れた。

 化け物、と。

 龍の口が開かれる。断末魔の叫びを上げながら、巨人の身体は牙でズタズタに裂かれていった。

 その時。龍の眼から、キラリと光る涙が。

 

 ※

 

 一連の出来事を耀は見ていた。辺りには、無惨な巨人の死体が転がる。もはや戦闘とは呼べない有り様だった。バーサーカーが、一人で平気と言った理由がよく分かった。生半可な実力では、却って足手纏いになるだろう。

 

「・・・・・・・・・」

 

 だが耀は、そこから立ち去ろうとはしなかった。龍の姿となったバーサーカーは、今は援軍に来た巨人族を相手にしている。その巨人達も先程の様に為す術なく焼かれ、引き裂かれていく。

 

「・・・・・・・・・っ」

 

 ギュッと耀は木彫りのペンダントを握り締めた。耀の“生命の目録(ゲノム・ツリー)は、種族の壁を超えて対話を可能とするギフト。こうしている今も巨人達が命乞いや末期の祈りを口にしながら、断末魔の叫びを上げているのが聞こえていた。彼等が侵略者とはいえ、一方的に虐殺される様子を耳にするのは正直辛い。そして、何より―――

 

『嗚呼・・・・・・・・・安珍様』

 

 陶酔した様なバーサーカーの声が耀の耳に響く。普通の人間には唸り声や鳴き声にしか聞こえない龍の言葉すら、耀のギフトはしっかりと翻訳していた。

 

『愛しています・・・・・・愛しています・・・・・・愛しています・・・・・・・・・! 出会う前から、貴方が好きでした・・・・・・・・・出会ってからは、もっと好きになりました・・・・・・・・・!』

 

 龍の前足が近くの巨人族を握り潰す。戦いながらも、バーサーカーは熱に浮かされた様に愛の独白を囁いていた。

 

『貴方こそ私の理想の人・・・・・・・・・私が待ち望んでいた旦那様・・・・・・・・・私の全てを貴方に差し上げます。だから・・・・・・・・・貴方の全てを、私に下さい』

「バーサーカー、それは―――」

 

 それは違う。耀は思わずバーサーカーの独白に、否定の言葉を投げかけた。まだ恋もした事は無いけど、バーサーカーの囁く愛は何かを間違えていると耀の心が訴えていた。

 

『嘘偽り無い姿を貴方にさらけ出しましょう・・・・・・・・・貴方にだけ、生まれたままの姿を見せましょう・・・・・・・・・だから貴方も、生まれたままの姿で私を愛して下さい』

 

 耀の言葉を聞くことなく、バーサーカーの独白は続く。飛びかかった巨人を龍はとぐろを巻いて絞め殺した。

 

『そうして一つになりましょう・・・・・・・・・夫婦として、一生を誓い合って・・・・・・・・・違い、合って・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

 

 シャーマン姿の巨人達が力を合わせて、龍に雷撃を振り下ろす。天を衝く様な衝撃に、龍の動きが止まる。

 

『誓ったのに、来てくれなかった・・・・・・・・・・・・迎えに来てくれると言ったのに、来てくれなかった・・・・・・・・・』

 

 好機と見た巨人達が一斉に飛びかかる。地面へと引きずり下ろした龍に、巨人達が武器を次々と振り下ろした。

 

『ああ、あああ、ああああああああああああああああああっ!!』

 

 龍が吼える。身体から噴き出した炎が、武器を振り下ろしていた巨人達を包み、あっという間に炭化した死体に変える。

 

『嘘つき! 嘘つき! 嘘つき!! 迎えに来てくれると言ったのに! 愛してくれると言ったのに!!』

 

 金色の眼から涙を流しながら、龍は一層と暴れる。鞭の様に振るわれた尾が巨人の頭を粉砕し、爪が巨人の身体を真っ二つに裂く。

 

『逃げないで! 私の事が嫌いなら、そう言って! 私に嘘をつかないで!』

 

 龍の口から炎が吐き出される。もう一度、と杖を構えていたシャーマン姿の巨人達を焼き払った。

 

『貴方の事を愛してます・・・・・・! 貴方の事が大好きです・・・・・・! 嘘なんてつかないで・・・・・・! 嘘で私を傷つけないで・・・・・・!』

 

 もはや手には負えないと生き残った巨人達が逃げ出した。龍はその背中に炎を吐き、爪をつきたてて死体に変えていく。最後に残った一人に、龍はとぐろを巻いて巻きついた。

 

『嘘をつく貴方なんて嫌い・・・・・・・・・だから・・・・・・全部燃やして、無かった事にしましょう・・・・・・・・・?』

 

 龍の身体が燃え出した。とぐろを巻かれた巨人はもがきながら、炭化していく。その有り様に、耀は何故か燃え盛る釣鐘を幻視した。

 

『ああ―――』

 

 ボロリ、と炭化した巨人の身体が崩れ落ちる。しかし龍はそんな事を気にも留めず、地平線の彼方を見つめた。

 

『安珍様が・・・・・・あんなに遠く・・・・・・・・・』

 

 ※

 

 炎が収まり、龍の姿が消えていく。霞の様に龍の姿が消えると、そこに元の着物姿に戻ったバーサーカーが立っていた。バーサーカーの身体が、グラリと揺れる。崩れ落ちそうな身体を耀は受け止めた。

 

「貴女・・・・・・・・・結局、逃げなかったのですか」

「うん。言ったでしょう、君を置いて逃げる気なんてないって」

「そう・・・・・・・・・あの言葉、嘘では無かったのですね」

 

 立ち上がろうとするバーサーカー。しかし激しく咳き込み、また耀の腕に倒れ込んだ。

 

「大丈夫? なんていうか、その・・・・・・・・・」

「フフフ・・・・・・・・・誰かの前で変身するなんて、今日が初めてですわ。龍の姿になった私は醜かったでしょう? かつての逸話の通り、龍と化して全てを焼き払う。それが、私の宝具の力」

 

 自嘲する様にバーサーカーは力なく笑った。辺りを見渡せば、雑草がそこかしこに生えていた荒野は巨人達の死体以外はペンペン草も生えない様な更地と化していた。

 

「だからこそ、私は援軍など不要と言ったのです。宝具を解放している間、何を壊したのかも覚えていませんから。気付かない内に、味方ごと焼き払うなんて笑い話にならないでしょう?」

「そっか・・・・・・・・・覚えていないんだ」

「それが何か?」

 

 何でもない、と答えながら耀は先程のバーサーカーの独白を思い出す。安珍という人物に惚れ、全てを捧げようとしたのに嘘をつかれて逃げ出されたバーサーカーの独白。恐らく、あの龍の姿はバーサーカーの身を焦がす様な恋慕が形になったものだろう。独白を聞く限り、バーサーカーの愛も何かを履き違えている気はする。しかし―――

 

(龍に変身する度に・・・・・・・・・“アンダーウッド”を守る為に戦う度に、大好きだった人に逃げられた記憶を思い起こすなんて・・・・・・・・・そんなの、あんまりだ)

 

 バーサーカーの独白は、自分の心の中に閉まっておこう。耀は密かに誓った。

 

 突如、遠くから―――“アンダーウッド”の大樹から、鐘の音が鳴り響く。

 

「これは・・・・・・撤退の合図? すぐに、戻らないと―――!」

 

 バーサーカーは起き上がろうとし、数歩と歩かない内に崩れ落ちた。その身体を耀が再度支える。

 

「無理しないで。あれだけ戦ったのだから、身体も相当辛いんじゃない?」

「恥ずかしながら・・・・・・貴女の言う通りですね」

 

 グッタリとした様子で、バーサーカーは溜め息をつく。バーサーカーの身体は軽く、こんな華奢な身体のどこに先程の力があったのか、耀は不思議に思った。

 

「私が大樹まで送ろうか? 空を飛べるから早いし、君一人くらいなら運べる」

「それは・・・・・・・・・そうですわね。お言葉に甘えましょう」

 

 自分一人では歩く事もままならない程に、消耗していると自覚したバーサーカー。そんなバーサーカーをおんぶしながら、耀は思い出した様に話しかけた。

 

「それと、さっきの話だけど・・・・・・・・・龍の姿は醜くくなんてないよ」

 

 え? とバーサーカーは驚きの声を上げた。

 

「だって強いし、カッコよかったから」

 

 あっけらかんと言われ、バーサーカーは目をパチパチとさせた。そして、目の前の少女が嘘をついてないと分かると肩を震わせた。

 

「プ・・・・・・アハハハハ! あの姿を、カッコいいだなんて!」

「む、そんなに可笑しい?」

「ええ。だって、そんな事を言われたのは初めてですもの!」

 

 クスクスと耀の背に乗りながら、バーサーカーは笑う。

 

「それにしてもカッコいいって・・・・・・・・・せめて可愛らしいとか、綺麗とか言ってくれません? これでも私は乙女なのですよ?」

「あ、それは無理。どう見てもカッコいいの方が似合うし」

「もう・・・・・・・・・正直な方ですわね」

 

 割と失礼な事を言われているのに、バーサーカーはむしろ気を良くした様に微笑んだ。

 

「そういえば、まだ貴女の名前を聞いていませんでした。“のーねーむ”さん、というのは知ってますけど」

「春日部耀。よろしく」

「ええ。よろしく、春日部さん。私の名前は・・・・・・・・・訳あって本名を名乗れないので、バーサーカーとお呼び下さい」

「知ってるよ。昼間、エリザベートって子と喧嘩してたでしょう?」

「あんな音痴トカゲと一緒にしないで下さい・・・・・・・・・」

 

 エリザベートの名前が出た途端、バーサーカーは嫌そうな顔になる。そんな風に他愛ない事を話しながら、バーサーカーを背負った耀は大樹の元へ飛んで行った。

 




ちょっと補足説明。

『転身火生三昧』

バーサーカーの宝具『転身火生三昧』は、このSSでは龍に変身して安珍への恋慕を延々と呟きながら暴れるという設定にしています。某所でバーサーカーの戦闘開始&終了時の台詞から、宝具を解放した時に龍になった思い出―――即ち、一番辛かった記憶に囚われながら戦っているのではないか? という考察を見て、登用しました。宝具を解放している時の出来事をバーサーカー自身は覚えていません。ただ漠然と目の前の敵を殺した事を覚えている程度です。そして安珍への恋慕を延々と呟いていますが、翻訳のギフトでも持ってない限り鳴き声や唸り声にしか聞こえません。

『龍爪一閃』

 バーサーカーのオリジナルスキル。バーサーカーが持つ鉄扇は龍の爪が変化スキルで生じたものなので、下手な武器より鋭いです。ゲーム的に表記すると、「相手に筋力ダメージを与える。判定に成功すれば、鎌鼬による追加ダメージを加算」といった感じです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。