月から聖杯戦争の勝者が来るそうですよ?(未完)   作:sahala

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 ここまで書くのに時間がかかったなあ………。時間かけている間にEXTRAシリーズは最新作の発表があるとは。無双ゲーはゼルダ無双しかやった事は無いですが、今から楽しみで仕方ない。ワダアルコ版のアルテラとかすごく見てみたい。


第4話「いざ、〝アンダーウッド”へ」

 翌朝。白野は年少組に混じって、本拠内を歩き回っていた。

 脱衣場から始まり、図書室、食堂、談話室、地下倉庫、念の為に自分の部屋etcetc・・・・・・。だが、どんなに探しても、目的の物は見つからなかった。

 

「台所、食糧庫にはありませんでした!」

「五階の部屋を全部見てきたけど、ありませんでした!」

「お腹がすきました!」

「ご苦労様、ミミ、ケリィ。十六夜には俺が報告するから、アルトと一緒に御飯を食べてきなよ」

 

 黒髪の少年と少女が、彼等よりも幼い金髪の少女を連れて食堂に行くのを見届けた後、白野は玄関前のホールへと足を運ぶ。そこには丁度外から戻ってきた十六夜がいた。

 

「十六夜、ヘッドホンだけど―――」

「無かった、だろ。悪いな、朝から手を煩わせて」

 

 ヒラヒラと十六夜は手を振った。

 昨夜、十六夜が入浴している間に彼のトレードマークとも言えるヘッドホンが無くなっていたのだ。

 十六夜自身も夜通し探したが、結局見つからなかった様だ。

 頭に何か無いと落ち着かないのか、今は無造作に伸びた金髪をヘアバンドで纏めていた。

 

「チビ共には、もう探さなくていいと伝えておいてくれや。これ以上、あいつらの仕事の邪魔をするのも悪いしな」

「その……良かったのか? せっかく一番の戦績を取ったのに」

「仕方ねえさ。あれがないとどうにも髪の収まりが悪くていけない。壊れたスクラップだが、無いと困るんだよ」

 

 髪を掻きあげながら飄々と笑う十六夜。

 本来なら、十六夜は収穫祭で一番長く滞在するつもりだった。しかしヘッドホンを探すために、今朝になって急に順番を耀に譲った。これには白野を含め“ノーネーム”の全員が驚いた。快楽主義を自称する彼が、目先の楽しみを譲るというのは尋常の事ではない。逆を言えば、それくらいヘッドホンは大事な物だったのだろうか。

 

「そういう意味なら、岸波も良かったのか? お前が一番、期間が短くなっただろうに」

「ああ、そのこと? 別に良いさ。俺達だけ三人がかりで挙げた戦果だし、一番頑張ってくれたのはセイバーやキャスターだから」

 

 白野は自分がサーヴァントを含めての戦力という事もあり、今回の戦績争いの成果をサーヴァント達がもっとも長く滞在できる様に調整したのだ。

 前夜祭の期間をセイバー。

 開幕式から一週間をセイバー、白野、キャスター。

 残りの日数はキャスター。

 戦力の分割も考えてこの様に調整した為、白野自身が南側に滞在する期間は一週間しかない。

 結局は他人に譲るお人好しぶりに、十六夜はやれやれと首を振る。

 

「ま、お前が納得してるなら俺から言う事は無いが・・・・・・」

「それよりも、本当に良かったのか? ヘッドホンなら俺達が探せば―――」

「出ねえよ。これだけ探しても見つからないんだ。となると、隠した奴にしか分からない場所にあるんだろ。それとも何か? 俺が風呂に入っている間に付喪神になって足でも生えたのか? それなら儲け物だけどな」

 

 カラカラと笑う十六夜。言い方を変えれば、誰が盗んだのかもしれないのに目の前の少年はあくまで気軽な様子だ。それは、つまり―――

 

「・・・・・・本当は誰がやったのか、分かっているだろ」

「うん? まあな」

 

 白野の指摘に、十六夜はあっさりと頷いた。

 

「何せ現場に分かりやすい証拠まで残されてたからな。この程度の事件ならワトソンでも解けるぜ。ま、犯人が自供(ゲロ)るまで待ってはやるさ」

「いや、でも………」

「いいからほっとけって。たかが素人の作ったヘッドホンだ。一銭の価値もない」

「………素人が作った? まさか、知人が作ったものなのか?」

 

 むっ、と十六夜の眉根が寄る。話し過ぎた、と思っているのだろう。

 面倒だから話題を変えようとし―――そういえば、と思い直した。

 

「………そうだな、丁度いいか。岸波、この後暇か?」

「え? まあ、納入する礼装も一段落ついてるけど………」

「レティシアにも同じ事を聞かれたからな。何度も話すのも億劫だし、ついでに俺の昔話でも聞いていけよ」

「十六夜の昔話だって?」

 

 白野は少し驚く。まさか、こんな所で十六夜の過去に触れる事になるとは。

 逆廻十六夜は、召喚された問題児の中でもかなり異質だ。着ている学ランや言葉の端々から察せられる時代背景。それらの情報から、十六夜が二十世紀くらいの高校生だろうとアタリをつけていた。

 だが、神話や歴史、科学に対する知識の深さ。その知識を基にゲームの攻略法を瞬時に見抜く観察力と知恵。そして並みいる神仏悪鬼羅刹をねじ伏せる腕力。その全ては、ただの学生が身につけられるものではない。

 そんな十六夜の過去が、気にならないわけがない。

 

「それより先にメシだ、メシ。腹が減ってテンションが上がらねえ」

 

 あくびを噛み殺しながら、十六夜は食堂へ向かう。白野も、いったいどんな話が聞けるのか、と考えながらその後に続いた。

 

 ※

 

 ――――――2105380外門。噴水広場前。

 〝境界門(アストラルゲート)”の起動を待つ間、飛鳥達は門柱に刻まれた虎の彫像を眺めていた。

 かつて卑劣な手段とはいえ権威を誇っていた〝フォレス・ガロ”。その忘れ形見となった彫像に飛鳥は盛大な溜息をつく。

 

「この収穫祭から帰ってきたら、いの一番に取り除かないと」

「ま、まあまあ、それはコミュニティの備蓄が充分になってからでも」

「なに言ってるの黒ウサギ。この門はこれからジン君を売り出す重要な拠点になるのよ。まずは彼の全身をモチーフにした彫像と肖像画を」

「お願いですからやめてください!」

 

 ジンが青くなって叫ぶ。幾ら何でもそれは恥ずかしすぎる。

 

「大丈夫よ。その時はセイバーに制作してもらって………セイバー?」

 

 先ほどから話に入らず、本拠の方向をじっと見つめるセイバーに、飛鳥は小首を傾げる。

 

「む? 済まぬ、聞いていなかった」

「何か忘れ物? って、そうか」

 

 飛鳥は得心がいった様に微笑んだ。

 

「岸波くんと一瞬に行けなくて残念だったわね」

「な、何を言うか! 別に、そんな事は関係ないわ!」

「本当に?」

 

 目に見えて挙動不審なセイバーに、耀も悪戯っぽい笑みを浮かべた。そんな二人に気付かず、セイバーは早口でまくしたてる。

 

「確かに奏者がいないと筆が乗らんというか彫刻にノミを一本入れ忘れた様な気になるが、余は完璧なる皇帝であるが故にそんな過失など全くもって気にならぬ! そもそも余が一足早く南側の景観を見たいと言ったのであって、奏者がついて来ぬのは残念至極ではあるが仕方あるまい! けっして、隣りとか後ろをついて来る者がいないとか、あるべき形を損なっているとか、そんな事は一切! 微塵も! 考えてなどいないからな!!」

「・・・・・・ここはつっこむのが優しさかしら?」

「うん。爆発しろ、と言うべきだと思う」

 

 甘ったるい空気に砂糖を吐きそうになる飛鳥と耀。今ならブラック珈琲でもがぶ飲み出来そうだ。

 

 

「ま、まあ白野様も開催式が始まってから来ますから。それに、南側の景観はセイバーさんを飽きさせないくらい壮大ですよ」

「うむ。それは楽しみであるな」

 

 黒ウサギの取りなしに、セイバーは一人頷く。風光明媚な街と聞いたからこそ、芸術家として血が抑えられずに前夜祭から参加すると決めたのだ。

 

「これで期待外れなら、箱庭の貴族(笑)ね」

「何ですか! そのお馬鹿っぽいネーミング!?」

「じゃあ、箱庭の貴族(恥)」

「黒ウサギを弄る鉄板ネタですか、そうですか!!」

「安心せよ、黒ウサギ」

 

 問題児に振り回される黒ウサギに、セイバーは蠱惑的な笑みを浮かべながら肩に手を置く。

 

「その時は、そなたを愛でて退屈を紛らわせよう」

「“ノーネーム”は公衆良俗遵守です、お馬鹿皇帝!!」

 

 スパーン、とハリセンの音が噴水広場に響き渡った。

 

 ※

 

「まもなく境界門が起動します! 皆さん、外門のナンバープレートは持っていますか?」

「大丈夫よ」

 

 飛鳥が鈍色の小さなプレートをジンに見せる。このナンバープレートに書かれた数字が境界門の出口となる外門に繋がっているのだ。

 耀は手の平にあるナンバープレートをじっと見つめ、本拠のある方向へ視線を向けた。

 

「・・・・・・・・・」

「どうしたの、春日部さん。あなたも何か気になるの?」

「うん・・・・・・十六夜のヘッドホン、見つかったのかな?」

 

 心配そうに呟く耀。

 飛鳥と黒ウサギ、セイバーも気になっていたらしく、二人も同じ様に本拠の方向へと目を向ける。

 

「そうね・・・・・・・・・まさか十六夜くんが、ヘッドホン一つで辞退するとは思わなかったわ」

「YES。あれほど楽しみにしていましたのに」

「昨夜に侵入者の気配など無かったから、まだ本拠にあるとは思うが・・・・・・・・・」

 

 あの自称・快楽主義の少年が、目の前の楽しみを放り出してまで捜そうとしているのだ。あのヘッドホンは、自分達が思う以上に大事な思い出の詰まった代物だったのだろう。

 

「・・・・・・・・・見つかるといいね」

 

 皆が同意して頷く。直後、準備の整った境界門から光が溢れ出した。

 耀は名残惜しそうに本拠を一度だけ振り返り、境界門をくぐった。セイバー達も耀に続く。

 次の瞬間、奇妙な浮遊感が耀達を襲った。五感は意味を失くし、猛烈な勢いで景色が後ろへと流れていく感覚だけが全てとなった。まるで身体が無数の粒子に分解し、時間と空間がスパゲティの様に引き伸ばされていく。そんな奇妙な感覚を数秒だけ味わい―――

再び、視界に光が戻る。

 

「お・・・・・・おお! これは何と絶景か・・・・・・!」

 

 いち早く視力が回復したセイバーが、眼前の光景に歓声を上げた。

 外門の先は丘陵地だった。丘の上から、樹の根が網目模様に張り巡らされた地下都市と、その上に天をも突き抜ける様な巨大な水樹が直立していた。巨躯の水樹からは、数多に枝分かれした太い幹から滝の様な水を放出している。

 水を生む大樹。“ノーネーム”の水樹は此処で生まれた苗木なのだ。

 

「素晴らしい・・・・・・・・・素晴らしいではないか!! 北欧のユグドラシルを思わせる大樹! 伝え聞くナイアガラの瀑布の様な滝! まるで大自然にそびえ立つ宮殿の様ではないか!!」

「セイバー、下! 水樹から流れた滝の先に、水晶の水路がある!」

「まことか!」

 

 今まで出した事が無いような歓声を上げ、耀はセイバーと共に落下防止の手摺から下を覗き込む。

 まるで初めて遊園地に来た子供の様にはしゃぐ二人に苦笑しながら、飛鳥も下を覗き込んだ。

 翡翠の様な翠色で彩られた水路は、水樹の滝を受け止めて地下都市の間を縫う様にして流れている。大樹の根と重ならない様に配置された水路は、制作者が余程の腕と美的センスを持った人間である事を容易に思わせた。

 

(………あら、あの水晶の水路って、確か北側にも)

 

 記憶を掘り返そうとした飛鳥に、上空から一陣の風が吹いた。

 上空を見上げると、そこには巨大な翼で雄々しく羽ばたく一頭のグリフォンがいた。

 

『友よ、久しいな。ようこそ、我が故郷へ』

「グリー!」

 

 耀が名前を呼ぶと、グリーと呼ばれたグリフォンは耀の元へ舞い降りた。

 

「久しぶり。此処が貴方の故郷だったの?」

『ああ。収穫祭で行われるバザーには、〝サウザンドアイズ”も参加するらしい。私も護衛のチャリオットを引いてやってきたのだ』

 

 耀にすり寄って頭を撫でられるグリーの背には、立派な鞍と手綱が付けられていた。契約している騎手と共に来たのだろう。

 

「ヨウ。そのグリフォンと知り合いなのか?」

「あ………そっか、セイバーはグリーと初めて会うよね」

 

 興味深そうにマジマジと見つめるセイバーに、グリーは翼を畳み前足を折る。

 

『お初に御目にかかる。我が名はグリー。〝サウザンドアイズ"に所属し、かつては耀とギフトゲームで競い合った仲だ』

「ほう………丁寧な挨拶、痛み入る。余はセイバーという。ユピテルの戦車を引く幻獣と相見えるとは、思いがけない光栄である」

『こちらこそ。いずこかの英霊かは知らぬが、貴方の魂は高貴に満ちている。貴方ほどの傑物と出会えるとは、私にとって最上級の喜びだ』

 

 耀を通訳にして、互いに礼を交わすセイバーとグリー。高潔な魂を持つ者同士、一目見て互いに礼を尽くすべき相手だと認識されていた。

 ジン、飛鳥、黒ウサギと一通り挨拶を済ませると、グリーは自分の背に乗る様に促した。

 

『此処から街までは距離がある。南側は野生区画というものが設けられているからな。もし良ければ、私の背に乗せていこう』

「本当でございますか!?」

 

 黒ウサギが喜びの声を上げる。言葉が通じない飛鳥達に耀が事情を説明し、自力で空を飛べる耀以外がグリーの背に跨った。

 

「あら? セイバー、貴女も自分で飛べなかった?」

 

 手綱を握り、鞍に跨るセイバーに飛鳥は小首を傾げる。

 正確にはセイバーのスキル、皇帝特権で耀が持つグリフォンの恩恵(ギフト)を短時間だけ再現できるのだが………。

 

「ああ、アレか。アレは飽きた」

「あ、飽きたって………」

「道無き空を駆けるのも悪くは無いが、やはり余は戦車に乗っている方が性に合う」

 

 それに、とセイバーは言葉を切る。

 

「せっかくグリフォンに乗れるチャンスなのだ。余もグリフォンに乗ってみたい!」

「………うん、うん! そうだよね!」

 

 少年の様なワクワクした笑顔を見せるセイバーに、耀は何度も頷いた。

 かつて、元の世界では大勢の人間に笑われた夢。その夢を共感する同士に、耀は嬉しくなった。

 

『ふ………では振り落とされぬ様、気を付けるが良い!』

 

 翼を羽ばたかせて旋風を巻き起こすと、グリーは巨大な鉤爪を振り上げて獅子の足で大地を蹴った。

 

「わ、わわ、」

 

 〝空を踏みしめて走る”と称されたグリフォンの四肢は、瞬く間に外門から遠のいていく。耀は慌ててグリーの毛皮を掴んで並列飛行する。その速度は、耀をもってしてもついて行くのに一苦労だ。

 

『やるな。僅かな期間で、我が全力疾走の半分ほどの速度を出せるとは』

「う、うん。黒ウサギに飛行を手助けするギフトをもらったから」

「YES! 耀さんのブーツには補助のため、風天のサンスクリットが刻まれているのですよ!」

 

 背後で声を上げる黒ウサギ。

 しかし、ジンと飛鳥にはそんな余裕など無かった。

 吹き付ける風圧の煽りで振り落とされたジンは命綱で宙吊り状態、飛鳥はそんな失態を見せたくない為に歯を食い縛って前に座るセイバーの腰に抱き着いていた。

 そして、セイバーはというと………。

 

「ハハハ! これは凄い! 本当に風を踏みしめて疾走するのだな! 良い、良いぞ! 今まで乗ってきたどんな名馬よりも面白い!」

 

 手綱を握りしめ、歓声を上げるセイバー。

 初めて乗馬をする子供の様に喜んでいる彼女に、グリーは声を出さずに舌を巻いた。

 

(ほう………振り落とそうとしているわけではないが、初めてでここまで私を乗りこなせるとは)

 

 セイバーには、クラススキルとして騎乗スキルが備わっている。とはいえ、セイバー自身の騎乗スキルはBランク。本来なら、幻獣を乗りこなす事は不可能だ。

 では得意の皇帝特権によるものか?

 否。乗せているグリーには、騎手の状態が余さず感じ取れていた。吹き付ける風圧が最小限になる様に、グリーから伝わる振動が最小限に抑えられる様に。グリーに合わせて、セイバーは体勢や手綱の握り方を変えているのだ。

 剣術、馬術、政治、学問、建築、芸術などのよろずに通じたローマ皇帝ネロ。その名はけっして、伊達ではない。

 ………まあ、頭痛のせいで大半が損なわれるのだが。

 

「ねえ、グリー。あの鳥は何?」

 

 耀が並走しながら、大瀑布の反対側を指差す。

 そこには、耀が見たことの無い鳥が群れをなして飛んでいた。

 グリーが指差した先に首を向ける。鷹の眼光で、その鳥達が鹿の角を持っている事に気付いた。

 

『あれは………ペリュドンの奴らか? 彼奴らめ、収穫祭の時は外門に近づくなと………いや、待て。ペリュドンが近くに来ているという事は、っ!?』

 

 鳥の幻獣の群れに獰猛な唸り声を上げていたグリー。しかし、途中で何かに気付いて焦った声を上げた。

 羽毛に覆われているというのに、顔色が信号機よりも早く青くなった。

 

『い、いかん! 耀、捕まっていろ! 一刻も早く此処を離れるぞ!』

「え、え? どうしたの? あの鳥って、そんなに危険なの?」

『奴等は殺人種だが、そんな事が問題ではない! 問題は奴等を追い払っている娘が―――』

 

 グリーが詳しく説明しようとした、その時だった。

 辺りに、大音響が響き渡る。

 

「~~~~~!!??」

 

 突然の爆音に、耀は慌てて耳を塞いだ。

 

『ぐ、う………と、とにかく〝アンダーウッド”に急ぐぞ! そこならば遮音結界がある、しっかり捕まっていろ!』

 

 爆音にふらつきかけたグリーだが、すぐに持ち直して耀へ爆音に負けないくらいの大声をかけた。

 耀がしっかりと手綱を握ったのを確認すると、グリーは先ほどとは比べ物にならない速度で飛翔しだした。

 その間にも爆音は雷鳴の様に周囲一帯に響き渡る。ただの爆音ならばまだ良い。問題は―――。

 

「な、なに、この音………!」

 

 飛鳥が眉間に皺を寄せた。耳を塞ぎたいが、それではセイバーの腰から手を離してしまうから振り落とされる。しかし、そんな無様な姿を晒す事になってもこの爆音は耐え難い。

 鼓膜を突き破りかねない巨大な音量もさることながら、耳から入って脳がグシャグシャに掻き回される様な不快な音。まるで耳元で千の虫が這いずり回っている様だ。

 

 ~~~♪! ~~~♪! ~~~♪!!

 

 よくよく聞くと、何か音程らしきものはあるのだが………これが酷い。

 旋律も音程も何もかもが狂った様な音の配列。泥酔したピアニストが無茶苦茶に鍵盤を叩いている方が万倍はマシに思える。いっそノイズ音に塗れたラジオの方がまだ聞きごたえがあるか。

 

「み、耳が腐りそうデスヨ………」

 

 人一倍聴覚が鋭い黒ウサギは涙目になりながら、ウサギ耳を押さえる。宙吊りになっているジンにいたっては、白目を剥いて泡を吹いている。どうオブラートに包んでも、毒音波以外の何物でもない。

 遠くで、ペリュドン達の群れがバタバタと地面に落ちていく。この爆音はペリュドンを撃墜する為に流されているのだろう。そうだとしても、巻き込まれた耀達にとっては冗談ではない。

 遠のきそうになる意識と戦いながら、耀とグリーはどうにか〝アンダーウッド”を目指した。

 

「これは………なんと素晴らしい。天使の歌声か―――!」

 

 ………一人だけ、この爆音をうっとりと聞き入っていた者がいたが。

 

 ※

 

「~~~♪ ふう、スッキリした。それにしても変な命令よね。ペリュドン達を私の歌で魅了しろ、だなんて。サラも何を考えているのかしら? 私の歌が鳥頭達に理解できる筈ないじゃない」

 

 〝アンダーウッド”の外側。ひとしきり歌い終わった竜の少女は、自分が所属するコミュニティのリーダーの命令に首を傾げた。

 

「私の歌を本当に理解してくれるのは、あの子豚くらいなのに………ハッ! べ、別に私はあんな子豚の事なんてどうとも思ってないけど!!」

 

 ブンブン、と首を降る竜の少女。傍目から見て挙動不審だが、幸いなことに人目は無かった。

 

「ま、まあこんな場所で会う事もないけど、もし今度会ったら………」

 

 パタパタ、とスカートから伸びる竜の尾(ドラゴンテイル)が揺れる。少しだけ悩まし気な表情になる竜の少女―――エリザベート・バートリー。

 

「その時は………私のライブの特等席を用意してあげてもいいかしら………?」

 

 

 

 

 

 




飛鳥「ところでセイバー、岸波くんとキャスターを二人きりにしておいて大丈夫なの?」
セイバー「はて? どういう意味だ?」
飛鳥「いえ………セイバーがいない間に、あの二人が、その……」
セイバー「ああ、それならば問題はあるまい」
飛鳥「問題ないって、どうして?」
セイバー「奏者の奥深しさでは数日で落とす事など出来ぬよ。それに………」
飛鳥「それに?」
セイバー「万が一そうなれば、キャス狐ごと余が愛してやるとも。じっくり、とな」

キャス狐「クシュン! うう、なんか寒気が………」

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