月から聖杯戦争の勝者が来るそうですよ?(未完) 作:sahala
そんな17話。
東北の境界壁。・“サウザンドアイズ”旧支店・白夜叉の私室。
粗方の用事を済ませた白夜叉は、白野達と向かい合っていた。
慣れない正座だからか、膝をしきりに動かすセイバー。
その隣で普通に正座をする白野。
そして、
「やっぱ和室が一番ですよねえ。石や鉄で出来た洋風な建物より身近に自然を感じられると言いますか………。あ、ご主人様がお望みならば丘の上の教会もウェディングドレスもばっちこーい! なので♪」
白野を挟んでセイバーの反対側。狐の尻尾をフリフリと動かしながら白野と腕を組む
「さっさと離れんか、キャス狐。あと花嫁の装束は余の特権である。毛皮を剥いで叩き売られたくなければ即座に奏者から離れよ」
ギリギリッと音が聞こえるくらいに歯軋りをするセイバー。手には愛剣・
「つーか貴女まだいたんですかぁ? ご主人様は私が! 責任を持って幸せにするのでお帰り下さい」
「だ・れ・が! そなたのご主人様だ! 奏者のサーヴァントは後にも先にも余に決まっているであろう!」
「いーえ! 私こそが! 良妻賢母にしてお嫁さんにしたいサーヴァントNo.1(セラフ調べ)のタマモちゃんこそが、ご主人様のサーヴァントに決まっています! セイバー顔などもうノーサンキュー!」
「余が知った話ではない! タケウチに言え!」
「誰ですかタケウチって!」
ガルルル! とお互いに牙を剥きながら対峙する英霊二人。
最高位の人間霊としての威厳もへったくれもない姿に、ゴホン! と強めの咳払いが響いた。
「そろそろ良いかの? 話を進めたいのだが」
白夜叉の冷ややかな視線を受け、二人はしぶしぶと座る。
そんな中、白野だけが難しい顔で考え込んでいた。
「どうした? さっきからずっと押し黙っているが」
「え? あ、ごめん。何か用?」
白夜叉に声をかけられ、ようやく気付いた様に白野は顔を上げる。
そんな様子を白夜叉は内心で訝しむ。
思えば、ここに来るまで白野はセイバー達にされるがままだった。
いかに温厚な彼と言えど、喧嘩する二人に対して一言くらいは言うはずだ。
しかしこの様子では、今までの事を把握していたかも疑わしい。
そんな考えを表面には出さず、白夜叉は先に要件を済ませる事にした。
「さて、此度は黒ウサギやおんし達に助けられる形になったな。改めて礼を言わせて貰おう」
ペコリと頭を下げる白夜叉。いつもの威厳を感じない姿は、外見相応の歳に見えて可愛らしい印象を与えていた。
そんな白夜叉に白野は首を横に振る。
「いいよ、そんな照れくさい。白夜叉にはいつも助けて貰っているし、キャスターだって白夜叉がくれた八咫鏡のお陰で出てきたみたいだから」
「ふむ。それで、そやつが例の―――」
白夜叉はキャスターへと視線を向ける。
我関せずと出された緑茶を飲んでいたキャスターは、怪訝な顔で白夜叉を見つめ返した。
「………? 私の顔に何かついてます?」
「いや………。おんし、私に見覚えは無いか?」
「はぁ。ええと、白夜叉さん………でしたっけ? なーんか御同業っぽい臭いはしますけど、生憎と鬼に知り合いはいないので」
「むう………」
首をかしげるキャスターに白夜叉は難しそうに唸る。
キャスターの容姿は、白夜叉がよく知る太陽神に酷似していた。
性格は別人だと思うくらいに異なるが、その神の分霊とでも言われた方がまだ納得はいく。
しかし、と白夜叉はその可能性を肯定できない。
白夜叉がよく知る太陽神は人間が好きではない。本音がどうあれ、人間を見下してた彼女が使い魔に成り下がるなど考えられなかった。
「ってか、またロリですか! やっぱご主人様は『まったく駆逐幼女は最高だぜ!』とか言っちゃう人なんですか!? いえ、決して引いたりはしないので心配御無用! このタマモ、今こそ封印された妹モードで、アイタッ!?」
「落ち着かんか、キャス狐! 奏者の好みは、余の様なワガママボディーに決まっておろう!」
「ぶっ、ぶちましたね?
「それが甘ったれなのだ。殴られもせずに1人前になった奴がどこにいるものか!」
「おんしら………実は仲が良いだろう?」
「「こやつ(こんなの)と一緒にするな(しないで下さい)!」」
息ぴったりに反論するセイバー達に、白夜叉は溜め息をつく。
とはいえ、いつまでもこの調子では埒があかない。白夜叉は本題に切り込む事にした。
「さて、キシナミハクノ。おんしは八咫鏡からキャスターを召喚した。それに相違ないか?」
「正確には俺が呼んだわけじゃないけど・・・・・・・・・それが何か?」
「つまり、意図して召喚したのでは無いのだな?」
いつになく真剣な顔をした白夜叉に、白野は緊張しながら先を促す。
「前にも話したが、あの鏡は本来は別の神の持ち物でな。名を天照大神と言う」
「・・・・・・・・やっぱりか」
白夜叉から告げられた名を白野は驚く事無く受け止める。
予想はしていた。修羅神仏が集う箱庭において、白夜叉と同じ太陽神。
そして八咫鏡の正式な持ち主と言われれば、思いつく名は一つしかない。
「あ、それ私の大元です」
「あっさりとした反応だな。仮にも貴様の真名に関わる事だろうに」
「別に良いんですよ、私の場合。バレた所で致命的なワケじゃありませんし、このお子様は気付いていらっしゃるみたいですから」
セイバーの指摘に、キャスターはぞんざいに答える。
しかし、白夜叉は一層と顔が険しくなった。
「天照大神の事は私もよく知っている。あやつは恩恵を与える善神というより、思い上がった者に罰を与える荒御霊に近い。主催者権限を悪用する事はしなかったが、気質や性格は魔王のソレよ」
それ故に、と白夜叉は言葉を切る。
「キャスター。いや、玉藻の前よ」
キャスターの真名を言い当て、白夜叉は居住まいを正した。
その姿はいつものおちゃらけた駄神などではなく、下層の秩序を守るフロアマスターとして白野達に対峙していた。
「本来ならば神霊として顕現してもおかしくないそなたが、何故格が落ちる英霊に身をやつす? 何が目的でハクノの下につく? 返答次第では―――相応の対処をせねばならん」
「なっ―――!」
「待て、シロヤシャ。キャス狐が悪事を働いたわけでもないのに、それは横暴であろう」
言葉に詰まる白野に代わって、セイバーは片膝を立てながら抗議する。
ジロリ、と白夜叉は白野達を睨んだ。
「セイバー殿。私は東側のフロアマスターである」
静かに、そして威厳を込めた言葉だった。
その威圧はジリジリと地表を焼く太陽そのものだ。
「下層に対して様々な権力を振るえる代わりに、私には皆の安全を保証する義務がある。此度の襲撃では不覚を取ったが、
そう言われると、セイバーは強く出れない。
白夜叉の言うことは一理ある。
セイバーもかつては皇帝として、国を治めた身。
災厄の火種を見過ごせば、やがて大地を焼き払う大火となって人々に牙を剥く。
その様な事態は統治者として絶対に避けねばならない。
しかし、当事者であるキャスターはどこ吹く風と言わんばかりに悠然とした態度は崩さなかった。
口元に袖を当てて挑発的に微笑むキャスター。
その姿に、白夜叉は何度となく殺し合った宿敵の姿を重ねた。
場の空気が熱を帯び始め、緊張感が限界にまで高められ――ー
「違う。キャスターは危険な奴じゃない」
唐突に、白野が断言した。
威圧感をそのままに、白夜叉は白野を見る。
「何故そう断言できる? 玉藻の前は、おんしが意図して呼び出した英霊ではあるまい。おんしはそやつの素性を知っているというのか?」
「それは・・・・・・・・・何とも言えない」
でも、と白野は続ける。
「白夜叉が警戒しているのは、キャスターが天照大神かどうかだよな?」
「まあ、そうだな」
「それなら違う。だって、
「むっ」
もっともな指摘に、白夜叉は一瞬言葉が詰まった。
「天照大神が・・・・・・・・・キャスターの大元や過去がどうあれ、今回の襲撃で大勢の人間を救った。その事は確かな事実だ」
もしも仮にキャスターがいなければ。
プレイグにとり憑かれた参加者達は、ボロ雑巾の様になるまで酷使されただろう。
そして命を落とした参加者は新たな
そうなれば、ゲームの結末が変わった可能性はある。
「キャスターがいなければ、俺も耀も無事にゲームを終えられなかった。俺を信じて戦ってくれたキャスターを、俺は信じたい」
そして、何よりもーーー
「大事なのは過去に何をしたかじゃなくて、これから何をするか。だろ?」
簡素で、何の飾りも無い言葉を伝え、白野は白夜叉の反応を待つ。
かつて暴君の烙印を受けて国を追われたセイバーは、誇らしげに笑い。
かつて帝を誑かした大妖怪として討伐されたキャスターは、柔らかく微笑む。
二人は自分のマスターへ絶大な信頼を寄せ、控えていた。
白夜叉は、そんな三人をしばらく見つめ―――やがて、胸の空気を押し出す様な深い溜め息をついた。
「大事なのは、過去ではなく未来か・・・・・・・・・。おんしの様な若造に教えられるとは思わなんだ。私も歳を取りすぎたかのう」
「そりゃあ年齢七桁じゃききませんからねえ。年金があったら国を買えるんじゃありません?」
「おんしには言われたくない。というか、やっぱ私の事を知ってるだろ。よくて私とトントンだろーに」
「え~? タマモ、永遠のティーンエイジャーだから分かりませ~ん♪」
体をクネクネと動かすキャスターを鬱陶しそうに見ながらも、白夜叉は襟元を正す。
そして―――キャスターに向かって頭を下げる。
「キャスター殿。魔王撃退の折、ご助力を感謝する。本来ならば先に礼を述べねばならなかったのに、私怨で蔑ろにしていた事を許して欲しい」
「いえいえ。白夜叉さんは下々の方を大事にされてる事が分かりましたから♪」
口に出さず、胸の中でキャスターはそう付け加える。
「それに、私が御主人の下へ来た目的は初めから一つ」
キャスターはスッと立ち上がり、握り拳を天へと向ける。
「素敵な良妻狐になる事です!!」
「待て待てぇい! そうは問屋が卸さん!!」
クワッと目を見開き、セイバーも立ち上がる。
「奏者は余とラブラブなのだっ! キャス狐が入る隙など、神が許してもローマ皇帝の余が許さん!」
「だからローマとか知らねえと言ってるでしょうが。来たの? 見たの? そんでもってDEBUなの?」
「ええい、次から次へとワケの分からん事を! 奏者からも何か言って・・・・・・・・・奏者?」
セイバーが意見を求めようとすると、白野は顎に手を当てて考え込んでいた。
セイバーの声が耳に入らず、白野は独り思考する。
(聖杯戦争で、マスターが契約できるサーヴァントは一人だけ。これは間違いない。だから俺はセイバー以外と契約できる筈がない。・・・・・・・・・なのに、どうしてキャスターの事を知っていたんだろう?)
例えばキャスターの戦闘スタイル。まるで熟知していかの様に完璧に指示を出せた。
例えばキャスターの真名。玉藻の前―――日本の三大妖怪の一角と聞かされ、驚く事もなく受け入れられた。
セイバーとの聖杯戦争では自分はおろか、対戦相手の中にも
それなのに、白野はキャスターを受け入れはじめ、むしろ懐かしいとすら思っていた。
その記憶の混乱が、喉に引っかかった魚の骨の様にスッキリとせず、白野は先ほどから延々と考え込んでいた。
「あ、そうだ」
ロダンの石像の様に悩む白野を見て、キャスターは手を叩く。
「ね、ね。御主人様」
「え? ああ、ごめん! 何?」
「御主人様って、Sですか? Mですか?」
「は、はあ? いきなり何さ?」
「Sだったら・・・・・・・・・ごめんなさいね?」
ワケが分からず疑問符を浮かべる白野に、キャスターは正面に立った。お互いの距離は手を伸ばせば届くくらい近い。
キャスターは右手を指から真っ直ぐに揃えて、振り上げ―――
「タマモ式四十八手・五番! 斜め45度!!」
「ゴバッ!?」
白野の頭へ思い切り、振り下ろした。
糸の切れた人形の様に、白野は崩れ落ちる。
床に突っ伏してピクピクと痙攣する白野を見て、キャスターの額から冷や汗が流れた。
「あ、あれー? やり過ぎちゃいました?」
「何を・・・・・・・・・考えておるかこの駄狐はあああああああっ!!」
空気を叩きつける様な怒声と共に、セイバーはキャスターの襟元を掴む。
「阿呆か貴様は!? 何で奏者の脳天にチョップを喰らわせているのだ!?」
「い、いやー。何か私の事でお悩みみたいだったので、緊張を和らげようかと・・・・・・・・・ついでに、私の事を思い出してくれるのを期待してみたり?」
「阿呆だ貴様は!! 奏者は壊れかけのテレビか!? 叩いて直るなら修理屋は要らぬわっ!!」
「ちょ、ガクガク揺らさないで下さいまし! バター、バターになっちゃうから!! 虎じゃないけど!!」
事の成り行きを見守っていた白夜叉は、どこからか出した煎餅をかじりながら静かに茶を啜る。
(あー、そういえば天照大神もこんな奴だった。空気を読まない、いや読んだ上でぶち壊していくというか・・・・・・・・・)
などと、現実逃避染みた回想にふけた直後だった。
「お、思い出した・・・・・・・・・」
へ? と全員が白野を見る。
白野は頭を押さえながら、フラフラと立ち上がる。
その眼には確信を得た輝きが灯っていた。
「思い出した・・・・・・・・・。キャスター・・・・・・タマモ・・・・・・君は、キャスター。俺の・・・・・・俺と一緒に戦った、サーヴァント!」
「うっそ!? 今ので思い出したんですか!?」
「いや、むちゃくちゃであろう・・・・・・・・・」
尻尾を跳ね上げてビックリするキャスターとは対照的に、セイバーは頭痛を抑える様にこめかみに手を当てる。
そんな二人を放って、白野はブツブツと独り言を繰り返していた。
「キャスターは、俺のサーヴァント。うん、違いない。じゃあセイバーは? セイバーも俺のサーヴァントだ。でも聖杯戦争で従えるサーヴァントは一人。じゃあセイバーは? キャスターは? いや、でも―――」
エラー。エラー。エラー。
壊れたレコーダーの様に、白野は同じ内容を繰り返す。
直ちに
「しっかりせよ、マスターッ!!」
ハッと白野は顔を上げる。
そこにはセイバーが、白野の肩を掴んで顔を覗き込んでいた。
そこでようやく、白野は自分が尋常でない量の汗をかいていた事に気付いた。呼吸も荒く、鏡があれば酷い顔色になった自分を確認出来ただろう。
「セイ、バー・・・・・・・・・?」
「案ずるな。そなたは岸波白野。そなたが何者であっても、余が―――私が認めたマスターだ」
翡翠の様な瞳が真っ直ぐと白野の眼に入る。
その瞳を見ている内に、白野の心に平常心が戻ってきた。
「白夜叉さん、御主人様はお疲れの御様子。ここで失礼させて貰いますね?」
キャスターが白夜叉に退室の許可を求める。
口調こそ丁寧だが、有無を言わさない迫力がそこにあった。
「―――構うまいよ。長々と引き留めてすまなかったのう」
白野達の様子を知ってか知らずか、白夜叉はあっさりと引き下がった。
柏手を一つ打つと、部屋の障子が開く。
「礼は改めてするとしよう。黒ウサギによろしくな」
ごめん、事後処理回はもう少し続くのじゃよ。
多分、次で二章が終わるはず。