月から聖杯戦争の勝者が来るそうですよ?(未完)   作:sahala

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書いては消し、書いては消しの繰り返し。
辛うじて納得のいく出来にはしたつもり。
そんな14話。


第14話「魔王決戦前」

 ハーメルンの街から少し離れた丘で、二人の決着はついた。

 辺り一面は爆心地の様に焦土と化し、二人以外に原形を留めているものなど存在していない。

 それだけでも、この二人がいかに強大な力でぶつかり合ったかを物語るには十分だ。

 その内の一人―――ヴェーザーは、自身の武器である魔笛を見上げながら静かに呟く。

 

「………おい坊主」

「なんだ?」

「お前、本当に人間か?」

 

 この場にいるもう一人の人間―――十六夜は肩をすくめながら苦笑した。

 

「あいにくと立派なヒト科ヒト属ホモサピエンスだぜ。血統書を提出してやろうか?」

「ハ、冗談じゃねえ。お前みたいな人間がホイホイいてたまるか」

「いや案外いるもんだぜ? 例えば、ボコボコにされても気力だけで立ち上がってくる奴とか」

「どこのゾンビだよ、それ」

「うちのゾンビ(岸波)だよ、それ」

「ああ、そうかい。やっぱりお前ら人間じゃねえ」

 

 ヤハハと快活に笑う十六夜に対して、ヴェーザーは溜息をつきながら頭を振る。一見して和やかさを感じる空気は、この二人が先程まで全力で殺し合っていたという事実も嘘の様に思えた。

 不意に、乾いた音が響いた。

 音の発信源はヴェーザーの魔笛からだ。鈍器の様に巨大な魔笛は、至る所から罅が生じ始めていた。

 そして―――魔笛と運命を共にする様に、ヴェーザーの身体が解れる様に光の粒子となっていく。

 

「あー、クソ。俺の負けか。そりゃ、お前の一撃を真正面から受ければこうなるか」

「………消えるのか?」

「まあな。召喚の触媒を砕かれたら、存在を維持出来ないしな」

 

 軽口を叩きながら、ヴェーザーは先程の決着を思い返す。

 “黒死班の魔王(ブラック・パーチャー)”から与えられた神格で、ヴェーザーはその力を地災神の域まで高められた。だが、それでも十六夜を圧倒するとまではいかずに互角の戦いを強いられたのだ。

 タイムアップを狙う魔王側からすれば、千日手の様な状況は望む所だ。このまま戦い続ければ、それだけでヴェーザーの勝利と言える状況だった。

 

『ここぞという一撃を出すときのお前の目。“この一撃さえ当てれば勝てる!”と思ってるのが―――ああ、気に食わない!』

 

 しかし、それを良しとしない十六夜はヴェーザーを挑発した。

 お前の全力を打ち込んでみろ。お前の勝算が見込み違いだと思い知らせてやる、と。

 

『なあ、ヴェーザー。俺はな。そんなお前の驕りを砕きたい(・・・・・・・・・・・・・)

『―――ハ、OK。死ねクソガキ』

 

 かくして。互いに全力で二人は打ち合い―――ヴェーザーは、十六夜に敗北したのだ。

 

「下らねえ挑発に乗るんじゃなかったな」

「つれねえ事を言うなよ。全力で打ち合える相手なんて久々で、楽しかったぜ」

 

 ホレ、と十六夜が差し出した右腕は酷い重傷を負っていた。

 手の骨が砕け、内側から爆発した様に筋肉が皮膚を突き破っていた。

 この場に医者がいれば、二度と手は使い物にならないと告げるだろう。

 だが―――

 

「チッ、やっぱり治りやがる。」

 

 それはこの場―――水天日光天照八野鎮石の効果範囲内であれば話は別だ。

 キャスターの宝具は、合戦の様な集団戦で絶大な効果を示す対軍宝具。

 味方である十六夜の生命力も活性化され、今の十六夜は傷も疲労も即座に癒されていた。

 そんな絶対的なアドバンテージを―――十六夜は面白くないと顔を顰めた。

 

「何処の誰か知らねえが、とんだヌルゲーにしやがって………」

「お前らの仲間の仕業だろ。まさかこんな隠し玉がいるとは思わなかったがな」

「知らねえよ。こんな事が出来る奴がいたら、白夜叉が封印される前に手を打ってたぜ」

「ガハハ、違いねえ」

 

 ヴェーザーは消え逝く体でひとしきり笑い、空を見上げる。

 ペストの力を最大限に高めるために用意された曇天のハーメルンの街。そこには今や、太陽の光が燦々と輝いていた。

 敗北したのは悔しいし、雇い主である“黒死班の魔王(ブラック・パーチャー)”や他の同士達に申し訳ないが………こんなに暖かい日光の下で死ねるなら、それも悪くない。

 やがてヴェーザーの魔笛に生じた罅が全体に生じ始め、それに伴ってヴェーザーの体もガラス細工の様に罅割れ始めていた。

 

「まあ、この結界がなくても結果は変わらなかっただろうよ。手前は本当に強え。それはこの俺が―――“真実のハーメルンの笛吹”が保証してやるよ」

「ありがとうよ。じゃあな、ヴェーザー。次があったら、俺自身の手だけで打倒してやるよ」

「ハ、お前みたいなデタラメ人間は二度とゴメンだ」

 

 言い終えると同時に、ヴェーザーの魔笛が音を立てて崩壊した。そして、ヴェーザー自身も魔笛と同じように砕け散る。

 光の粒子となって消えたヴェーザーを見届けた後、十六夜は大きく跳躍してその場を後にした。

 

 ――――――終焉は、近い。

 

 ※ 

 

 勝負はついた。

 影のサーヴァント―――プレイグは跡形も無く燃え尽き、地面には焼け焦げた灰だけが残された。

 不意に、強い風が吹く。風はプレイグの残骸である灰を容赦なく吹き飛ばし、何処かへと散らせていった。

 春日部耀や他の参加者達を操り、白野達を苦しめた魔王の手下はもういない。これにて、一件落着と言えるだろう。

 

「………………」

 

 しかし白野は浮かない表情だった。彼の耳には、燃え尽きる瞬間のプレイグの断末魔がリフレインしていた。

 全人類への復讐。

 その願いに、白野は賛同も共感もできない。プレイグの願いが叶えられれば、かつて黒死病で全人口の三割が犠牲になった様に、外の世界でも大量の病死者を出した事だろう。

 それでも―――プレイグは自らの願いの為、そしてマスターである“黒死班の魔王(ブラック・パーチャー)”の為に命を懸けて戦った。方法が余人から見て邪悪であっても、そこに譲れない程の決意があった事には変わらない。

 その果てが無惨な死というのは、少し憐れではないだろうか。

 

「はい、賢者タイムはそこまでです!」

 

 白野の陰鬱な空気を払拭させる様に、キャスターはパンパンッと手を叩く。

 

「下手に考えるなら休め、狐耳の女房は労れと偉い人は言いました! この手の問題は深く考えても良い事はありません! というわけで、撫で撫でプリーズ♪ ご主人様♡」

 

 

 耳をピコピコと動かしながらすり寄るキャスターに苦笑しながら、白野はキャスターの狐耳を優しく撫でた。

 ふんわりとした体毛の感触が白野の手に伝わり、疲れた心が癒される。

 気持ちが良いのか、目を細めながら狐耳を寝かせるキャスター。狐の一尾もパタパタと振られ、傍目から見ても嬉しい事が良く分かった。

 

「んん~~~~~、ご主人様の手………大きくて暖かくて、素敵です~」

「ンン、ゴホンゴホン!!」

 

 わざとらしいくらいに大きな咳払いが聞こえ、白野は後ろを振り向いた。

 そこには昏睡状態の耀を抱えたセイバーが、半眼で睨んでいた。

 

「奏者よ。余というサーヴァントが………最・優・の! サーヴァントがいながら、ずいぶんとそのサーヴァントと親しくしているな」

「ええ、何て言っても私はご主人様の正妻ですから」

「ん? 余の耳が遠くなったのか? 何やら面白くもない戯言が聞こえた気がするが」

「いえいえ。気のせいでは無いので、是非とも! これを機に引退して下さいまし♪ 率直に言うと私一人で十分だから帰れ、脳筋」

「の、脳筋!? いま余の事を脳筋呼ばわりしたか!?」

「ええ、言いましたが何か?」

 

 顔を真っ赤にしてプルプルと震えるセイバーに、キャスターは挑発的な笑みを浮かべる。

 バチバチと火花を散らす二人を尻目に、飛鳥は白野に近づいて話しかける。

 

「岸波くん、この狐耳の人はどなた? 貴方の知り合い?」

「えっと、多分………」

「おっと、申し遅れました」

 

 セイバーとの睨み合いから一転して、愛想笑いを浮かべるキャスター。

 

「初めまして、皆々様。魔術師の英霊………あれ? 英霊? ま、いっか適当で。サーヴァント、キャスターでございます。以後お見知りおきを」

 

 そう言って一礼するキャスターに飛鳥は感嘆の溜息を漏らす。

 名家の娘として厳しい教育を受けてきた飛鳥から見ても、立ち振る舞いに欠点が見当たらない。付け焼刃では身に付かない気品をキャスターは完璧に身につけていた。

 セイバーが見るもの全てが目を見張る大輪の薔薇だとすると、キャスターは山野に静かに咲き誇る桔梗の花。

 出で立ちこそノースリーブの着物という奇妙な物だが、キチンと正装をすれば宮廷の貴婦人と言われても通用するのではないか。

 

「そして………ご主人様とは将来を誓い合った仲です♪」

 

 ビシッ!! と場の空気が音を立てて軋みを上げる。

 道の端に耀を下したセイバーが青筋を浮かべながらキャスターに剣を突き付けた。

 

「ほ、ほほ~う。魔術師というのは冗談が苦手らしいな。貴様、余の………余! の! 奏者の何だと申したか?」

「おや? こんな至近距離なのに聞こえなかったんですかあ? これだから脳筋英霊は………」

「脳筋? 余を脳筋と申したか?」

 

 あ、これはキレてる。その事を素早く理解した白野は、二人からこっそりと距離を取る。

 

「貴様………余がローマ帝国第五代皇帝と知っての非礼であろうな?」

「はあ? 知るわけないでしょう。ローマ帝国? 何それ美味しいの? Yの字ポーズなの?」

「いいだろう………ならば、物理的に余の偉大さを刻み込んでやろう! 覚悟するがいい、淫乱狐!!」

「誰が淫乱だ、ゴルァァァァッ!! そっちこそスキルでスタンさせまくって差し上げましょう!」

 

 先程までの清楚さを放り捨て、呪符を構えるキャスター。

 バチバチと火花をあげる二人に、白野が慌てて止めに入る。

 

「ふ、二人ともストップ! 今は喧嘩してる場合じゃないって!!」

「ひどいわ岸波くん! 私とは遊びだったのね、クスン」

「はい、そこ! 棒読みで事態をかき混ぜない!」

「な!? そなた、いつの間にアスカに手を出したのだ!? おのれ、先を越されたか!」

「ご主人様ー♪ 鍛え上げた一撃、一発かましていいですか?」

「そして君たちも鵜呑みにしない! ていうかいい加減、話を進めさせてくれっ!」

 

 ゼイゼイと息を荒げる岸波白野(ツッコミ担当)

 いったん深呼吸をして心を落ち着かせると、まずはセイバーに向き直る。

 

「セイバー、君はここで耀達と“真実の伝承”の防備にあたって欲しい。出来るよな?」

「任せておけ、ヨウもステンドグラスも余が守り抜こう」

 

 鷹揚に頷くセイバーを見て、白野は手元にコード:view_map()を起動させる。

 偽りのハーメルンの街を示したマップの中では、敵対勢力を示すマーカーは殆どなくなっていた。

 

「残る相手は二人。ここから遠くない位置に、一人いるな。一緒にいる相手は………レティシア? ということは、相手はラッテンか?」

「それなら私が行くわ。彼女(ラッテン)には借りがあるもの。」

 

 飛鳥が毅然と宣言した。その背後には紅い鋼の巨人―――ディーンの姿があった。

 

「一人で大丈夫なのか?」

「一人ではないわ。本当の(・・・)ハーメルンの笛吹達がくれたディーンも一緒よ」

 

 自信に満ち溢れた表情の飛鳥を見て、白野は短く頷いた。

 詳しい事情は分からないが、この巨人は飛鳥の新しい恩恵(ギフト)なのだろう。

 一見しただけでも相当の力強さと魔力を秘めている事が分かる。

 

(飛鳥は言葉で恩恵(ギフト)の強化が出来たはず。この巨人がいれば、飛鳥の戦術の幅は大きく広がるな。何より、本人がやる気になってる。それならラッテンは飛鳥に任せた方がいいな。となると俺は―――)

 

 素早く頭を回転させて、今後の方針を決める。やがて白野は真剣な表情でキャスターに向き直る。

 

「キャスターは―――」

「そやつは奏者と共に魔王の元へ向かうのが良かろう」

 

 白野が言わんとした事をセイバーが先に告げた。

 

「奏者を任せるのは、非常に………ひっじょ~~~~~に、面白くないが! そやつは此度の魔王の天敵であろう」

 

 セイバーの指摘に白野は頷く。

 “黒死班の魔王(ブラック・パーチャー)”ことペストは、14世紀半ばから19世紀半ばにかけて続いた太陽の氷河期と共に流行した病気だ。太陽の氷河期―――つまり、太陽の力が弱まった年代を再現する事で、太陽神である白夜叉を封印出来たのだ。太陽の恩恵を司る者にとっては、致命的な相手と言えるだろう。

 だが、そのペストにも弱点はある。ペストは奇しくも太陽の氷河期が終わる19世紀を境に、ほとんどの国で根絶されている。一説では太陽の氷河期がペストの流行の原因と言われている。つまり―――ペストもまた、太陽の力を弱点としているのだ。

 そして、ここに太陽の恩恵を持ちながらも封印されない例外―――キャスターがいる。彼女が封印されない理由は、太陽の恩恵を宿すのはあくまでも宝具であってキャスター自身では無いからだろう。

 いま、その宝具の力で疑似的な太陽がハーメルンの街の上空に浮かんでいる。ペストを打倒するならば、この好機を逃すわけにいかない。

 

「そやつとは会ったばかりだが、今までの様子からしてそなたに危害を加える事はあるまい。ゲームを一刻も早く終わらせる為にも、キャス狐を連れていくべきであろう」

「ちょい待ち。キャス狐とは、もしかして私の事ですか?」

「キャスター・クラスの狐だからキャス狐。そなたにぴったりであろう」

「しっくりくるのが嫌なんですけど………」

 

 苦々しい顔でセイバーに答えた後、キャスターは白野へと向き直った。

 

「いまだ状況は読み込めていませんが、ご主人様が私を必要となさるのであれば、このキャスター。地の果てまでお供しましょう」

「ありがとう、キャスター。この戦いが終わったら、必ず君のことを思い出して―――ムガッ!?」

「ストッ~プ!! なんかフラグっぽいので言ってはダメです! もう何も怖くない的な!」

「ええい、同行を許可するとは言ったが必要以上にくっつくな! 淫乱駄狐!」

「誰が淫乱駄狐だ、ゴルァァァァッ!!」

 

 白野の口を手で塞ぎながら、再びワーワーギャーギャーと騒ぎ出すセイバーとキャスター。

 もはやシリアスのシの字も無い光景に飛鳥は、

 

「さて、私達はラッテンに借りを返しに行くとしましょうか」

「DeN」

 

 放っておくことにした。

 

 *

 

 ハーメルンの街に、一陣の風が吹く。

 風は砂埃の様な粒子と共に、白野達から離れる様に流れていった。

 もはやそよ風程度の風速であったが、風は途切れることなく流れる。

 風と共に砂埃が―――かつて、プレイグと呼ばれたモノの残骸が飛んでいく。

 意思を持つかの様に、流れていく風は―――ギチギチ、と耳障りな音を響かせた。

 

 

 




「キャスターと白野で、ペストの元へ向かう」

プロット時はこの一行だったのに、どうしてここまで長くなったのさ………。

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