月から聖杯戦争の勝者が来るそうですよ?(未完)   作:sahala

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おかしい、予定ならガルドに決闘を挑む所まできてた筈なのに。
そんな第2話です。

*白野のセリフも「」で区切った方が良いと指摘があったので、この話から「」で区切っていきます。


第2話「ようこそ、箱庭の世界へ!」

「あ、あり得ないのですよ。まさか話を聞いて貰うだけで小一時間も費やすとは。学級崩壊とはきっとこのような状態に違いないのデス」

 

 あの後―――自分達に散々揉みくちゃにされた黒ウサギは、疲れた様に呟いた。

 

「大変、堪能させていただきました。またモフらせて下さいね」

「いたしません!」

「いいからさっさと始めろ」

 

 ようやく黒ウサギを弄るのに飽きた十六夜にツッコまれ、黒ウサギは気を取り直した様に咳払いをした。

 

「それではいいですか、皆様方?

 ようこそ、"箱庭の世界"へ! 我々は皆様にギフトを与えれた者達だけが参加できる『ギフトゲーム』への参加資格をプレゼントさせて頂こうかと召喚いたしました!」

 

 その後の黒ウサギの説明を要約すると、次の様な内容だった。

 

・ここは"箱庭"と呼ばれる世界で、様々な修羅神仏や悪魔、精霊といった存在が跋扈している。

・箱庭ではギフトと呼ばれる特殊な能力を競い合うギフトゲームと呼ばれるゲームが存在する。

・ギフトゲームは金品、土地、利権、名誉、人材など様々な物をチップに行われ、勝者は賭けられたチップを全て手に入れられる。

・箱庭にも法はあるが、ギフトゲームを介して行われた取引は適用外となる。なお、ギフトゲームは参加する以上は全て自己責任となる。

・ギフトゲームに参加するには、特定の集団「コミュニティ」に加入しなくてはならない。

 

「さて。箱庭世界の説明をするにはもう少しお時間を頂きますが、いつまでも皆様を野外に出しておくのは忍びない。残りの説明は我々のコミュニティでさせていただきますが……よろしいですか?」

 

 説明に一段落ついたのか、黒ウサギは封書を取り出していた。

 

「その前に一つ、質問していいかな?」

「はい? 何でございましょう?」

「十六夜達は黒ウサギの招待状を受け取ったと聞いたけど、俺にも招待状が送られたのか?

 自分の記憶が無いから、そこのところをハッキリさせたいんだ」

「……へ? 記憶が、ない……?」

 

 黒ウサギが茫然とした様に呟く。でも残念ながら事実だ。

 何かを思い出そうするが、地球の一般常識や自分の名前といったものは思い出せても、箱庭に来るまで自分が何処で何をしていたか、といった事が思い出せない。

 例えるなら自転車の運転が出来るのに、いつ自転車に乗れるようになったか、どこで運転の仕方を習ったのか覚えていない状態だ。

 

「そ、それは一大事ですね。ですがご安心を! 

 ギフトの中には記憶喪失を治療するものもございます! 

 それを使えば白野様の記憶も元通りになるでしょう。

 ですから、是非とも我々のコミュニティに……」

「待てよ。俺からも質問があるぜ」

 

 黒ウサギを遮るように、十六夜が口を開いた。

 

「この世界は―――面白いか?」

 

 それはいかなる思いが込めらていたのだろう。飛鳥と春日部も静かに黒ウサギの返事を待っていた。彼等から聞いた話では、黒ウサギの招待状にはこんな事が書かれていたそうだ。

 

『悩み多し異才を持つ少年少女に告げる。

 その才能を試すことを望むならば、

 己の家族を、友人を、財産を、世界の全ての捨て、

 我らの"箱庭"に来られたし』

 

 十六夜達が何を考えて元の世界を捨てたのかは知らない。

 だが彼等は、この箱庭世界に何かを求めて来たのだ。

 その問いは当然の疑問だろう。

 

「―――YES。『ギフトゲーム』は人智を超えた神魔の遊戯。

 箱庭の世界は外界よりも格段に面白いと黒ウサギが保証します♪」

 

 そう言って、黒ウサギは茶目っ気たっぷりに微笑んだ。

 

 

 

 その後、黒ウサギが彼女達のコミュニティに案内してくれるとのことなので、自分達4人は黒ウサギについていく事にした。

巨大な天幕に覆われた建物を目指して歩きながら、今後の事を考える。現状、他に宛てが無いから黒ウサギ達と行動を共にするのが最善だろう。

 ただ―――一つ気になる事がある。先程の説明で十六夜がコミュニティに入る気が無いと言った時に、黒ウサギは少しムキになっていた。自分に対しても記憶喪失を治すならコミュニティに加入する事を薦めた事を考えると、黒ウサギにはどうしても自分達に来て貰いたい理由があるんじゃないか?

 何か、裏があるのかもな。それも自分達に話せない、不都合な事が。

 

「なあ、記憶が無いって本当か?」

 

 考え事を一時中断して、十六夜の質問に答える。。

 

「どうやらそうらしい。こうしてる今も思い出せないでいる」

「その割には不安とか無さそうに見えるぜ。むしろ今の状況を楽しんでるんじゃねえの?」

「楽しそう? そう見えるのか?」

「おう、見える見える。遠足の日の小学生みたいにハシャいだ顔をしてるぜ」

 

 そ、そんなに子供っぽく見られていたのか。おそらくは十六夜と同世代と思うのに。

 

「でも……楽しみというのは確かだな」

「ほう? そりゃ何でだ?」

「確かに自分の記憶が無いというのは不安だな」

 

 なにせ自分が善人なのか悪人だったか、自分が何を指針として生きていたのか、それすらも分からない。しかし―――。

 

「なに、世界が滅んでいるわけでもない。

 それなら前に進んでいればどうにかなるさ」

 

 それに―――どういうわけか、こうして日の光を浴びて大地を歩ける事を自分は嬉しく思っているらしい。

 

「……は、お前は本当に変な奴だな。変人大賞があったら漏れなく入賞できるぜ」

 

 そう言って十六夜は笑った。

言葉とは裏腹に、それはどこか励ましの言葉を含んでいる様で―――。

 

「つうわけで俺も世界の果てを見てくるわ!」

 

 ……はい?

 

「あ、止めてくれるなよ♪」

 

 いや、せめて黒ウサギに声をかけてから、と言うよりも前に十六夜は黒ウサギとは別方向に走り去って行った。それにしても速いな。いつから人間は突風を巻き上げる様な速度で走れる様になったのだろうか?

 

「まったく、協調性が無いわね」

「……団体行動は大事」

 

 二人とも……お前が言うな、と言われると思うよ。

 

 

 

―――Interlude

 

 (まさか記憶喪失とは予想外でした)

 

 外門への道を歩きながら、黒ウサギは岸波白野の事を考えていた。

強力なギフトを持つ人間を召喚したはずなのに、その内の一人が記憶喪失になるなど夢にも思っていなかった。

 

(聞いたところ御自身に関する記憶だけが無いようですね。これだと白野様が持っているギフトも覚えているかどうか……)

 

 いや、そもそも。岸波白野は本当にギフト所持者なのだろうか? 黒ウサギはチラリと後ろを盗み見すると、そこには遠くの景色を眺めている白野の姿があった。一見すると、ボーっと景色を見ているだけだ。口の悪い人なら昼行灯と彼を指して言うだろう。

 もっとも―――その評価を撤回できる様な雰囲気を彼は持ち合わせていなかった。

 

(やっぱり、気のせいだったのでしょうか?)

 

 視線を前に戻しながら、黒ウサギは考え込んだ。初めて岸波白野を目にした時に脳裏に飛来したのは郷愁だった。まるで黒ウサギの故郷である月の都と同じ雰囲気をこの少年から感じたのだ。

 黒ウサギは元々「月の兎」の末裔だ。空腹の老人を救うために我が身を差し出し、その献身を帝釈天に認められて月に住む事を許された「月の兎」。その「月の兎」としての本能が、岸波白野は月に等しい存在であると告げていたのだ。しかし、こうして改めて見ると特別な力を持たないただの少年にしか見えない。

 

(本当に、白野様は何者なんでしょうか?)

 

 やがて見えてきた外門に、幼いリーダーを見付けて黒ウサギは一度思考を打ち切った。

 無意識の内に、岸波白野を敬称で呼んでいる事にも気付かずに。

 

―――Interlude out

 

「ジン坊ちゃーん! 新しい方を連れて来ましたよー!」

 

 黒ウサギが声をかけた先を見ると虎の彫像が両脇に置かれた門の前に、だぼだぼのローブを着た少年が立っていた。歳の頃は十歳といった処だろう。黒ウサギのコミュニティの関係者なのか?

 

「お帰り、黒ウサギ。そちらの三名が?」

「はいな、こちらの四名様が―――」

 

 そう言って黒ウサギはくるりと振り返り……そのまま硬直した。

 

「あ、あれ? 十六夜さんはどちらに?」

「ああ、彼なら"世界の果てを見てくる"とか言って駆け出して行ったわよ」

 

 あっちの方に、と飛鳥が十六夜が走り去った方向を指差す。上空から落ちる最中にチラっと見たけど、そっちには断崖絶壁があったはずだ。

 

「な、なんで止めてくれてなかったんですか!」

「"止めてくれるなよ"と言われたもの」

 

 それに止める前にさっさと行っちゃったし。

 

「どうして黒ウサギに教えてくれなかったんですか!」

「"黒ウサギには言うなよ"と言われたから」

「嘘です! 実は面倒だっただけでしょう!」

「「うん」」

 

 息ピッタリに頷く春日部達。このままでは埒が明かないから、そろそろ助け舟を出すとしよう。

 

「何度か黒ウサギには声をかけたよ。でも考え事してたみたいで聞いてなかったみたいだったから……」

 

 はうあ! という感じに黒ウサギは頭を抱えていた。今さらだけど、黒ウサギって苦労性じゃないんだろうか? やがて、溜息をつきながら十六夜が走っていった方向を向いた。

 

「仕方ありません。十六夜さんは黒ウサギが捕まえに参りますので、ジン坊ちゃんは御三人様のご案内をお願いします」

「分かった、気を付けてね」

 

 すると黒ウサギの髪が艶やかな黒から淡い緋色に変わり、弾丸の様に跳び去って行った。

 舞い上がった風から髪の毛を庇いながら、飛鳥が呟いた。

 

「箱庭の兎はずいぶん速く跳べるのね」

「ウサギ達は箱庭の創始者の眷属。力もそうですが、様々なギフトや特殊な権限を持ち合わせています。

 余程の相手に会わなければ大丈夫ですが……もう一人の方は大丈夫でしょうか? 世界の果てには強力な幻獣が跋扈していますけど」

「とすると、彼はもうゲームオーバー?」

「ゲーム参加前にゲームオーバー……斬新?」

 

 心配そうにしているジンくんとは対照的に、あまり気にしてない様な飛鳥達。

 それにしても参加前にゲームオーバー、ね。

 ふと脳裏にマネキンの様な人形にボコボコにされたり、追い詰められて屋上から飛び降りる自分の姿が浮かんだ。なんだこのヴィジョン?

 

「それで、貴方が代わりにエスコートして下さるのかしら?」

「あ、はい。コミュニティのリーダーをしているジン=ラッセルと申します。齢十一になったばかりの若輩ですが、よろしくお願いします」

「久遠飛鳥よ。そこの猫を抱えているのが」

「春日部耀」

「俺は岸波白野。よろしくジンくん」

 

 礼儀正しく自己紹介をしてくれたジンくんに、三人で一礼する。

 

 門に入って石造りの通路を渡ると、ぱっと頭上に日光が降り注いだ。

遠くに聳える巨大な建造物と空を覆う天幕。確か外から見た時には都市の天幕は透明ではなかったはずだ。なのに、都市の空には青空と太陽が広がっていた。

 

「箱庭を覆う天幕は中に入ると不可視になるんですよ。もともと日光を直接浴びれない種族の為に作られましたから」

「それはなんとも気になる話ね。この都市には吸血鬼でも住んでるのかしら」

「はい、いますよ」

「……。そう」

「さあ、立ち話も難ですからこちらへどうぞ」

 

 ジンくんと飛鳥のそんなやり取りを聞きながら、六本傷の看板が掲げられたオープンテラスカフェへと入る。

 それにしても吸血鬼か。自分の知識では、太陽や十字架を弱点とした血を吸う化け物だと記憶している。自分が元いた(はずの)地球でも有名だったドラキュラを思い浮かべた。

 

(いや……それは違うか)

 

 すぐに自分の想像を打ち消す。確かに吸血鬼ドラキュラの伝説は有名だけど、それは後世の人間による創作が大半だ。

 確かに彼は流血をものともしない苛烈な性格だったけど、化け物と呼べないくらい高潔な精神の持ち主だった。だからこそマスターである彼女に最期まで―――。

 

「―――くん。岸波くん」

「え?」

「え、じゃないわよ。注文、どうするの?」

 

 気付くと、飛鳥が怒った顔でメニューを差し出していた。いつの間にか、自分達はテラスの席に座っていた。

 

「ああ、ごめん。そうだな……コンソメしるこを一つ」

「ずいぶんと微妙な物を頼むわね……」

 

 飛鳥の呆れ顔に曖昧に笑いながら、さっきまで考えていた事を思い返していた。

さっきは気に留めなかったけど、自分はどうしてドラキュラを知り合いの様に感じたのだろう? それに、彼女っていったい誰の事だ?

 

(ひょっとして、これが忘れてる自分の記憶なのかな)

 

「じゃあ貴女は猫と会話ができるの?」

 

 飛鳥の動揺した声に意識を呼び戻された。また考え事をしてる間に話が進んでいたらしい。少し気を付けないと。

 

「うん。生きているなら誰とでも会話できる。水族館のペンギンもいけたから他の動物でも大丈夫」

「それは……すごいな」

 

 春日部の言葉に素直に感心する。そういえば最初に会った時も、一緒にいる三毛猫と会話していたな。最初は人間の言葉が分かる賢い猫だな、と思っていたけど春日部の方が猫の言葉を理解していたのか。

 

「ええ、全ての種と会話できるなら心強いギフトです。この箱庭において幻獣との言語の壁は大きいですから」

「そうなのか、ジンくん?」

「はい。一部の猫族や黒ウサギの様に神仏の眷属として言語中枢を与えられていれば会話は可能ですが、他の幻獣達は独立した種族なので意思疎通も儘ならないんです。黒ウサギでも、全ての幻獣と会話することは不可能なんですよ」

「そう、春日部さんには素敵な力があるのね。羨ましいわ」

 

 自分のギフトが褒められたのが嬉しいのか、照れ笑いする春日部とは対照的に飛鳥は憂鬱そうな表情で呟いた。会って数時間程度の付き合いだけど、それは彼女らしくないものだった。

 

「なあ、飛鳥のギフトは」

「おんやあ、誰かと思えば東区画で最弱の名無しコミュのリーダー、ジン=ラッセルくんじゃありませんか」

 

 上品ぶった野次声に言葉を遮られ、声の方向を見る。そこにはニヤニヤと親愛を感じさせない笑みを浮かべた、タキシードを着た男が立っていた。

 

 

 




前回の投稿からはや二日。既に12件も感想をいただき、恐悦至極です!

自分の書いた小説を評価してくれる人がいるって、嬉しいですね。次回は出来るなら、三日以内に上げてみます。期待しててください!

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