月から聖杯戦争の勝者が来るそうですよ?(未完)   作:sahala

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 この小説は、作者の思いつきと気紛れで内容を決めています。
 そんな第3話。

追記:指摘を受けたため、一部の文章を差し替えました。


第3話「岸波白野はヘッドハンティングを受けたそうですよ?」

「レティシア様はお二人をお願いします! 黒ウサギは十六夜様を捕まえて来ますので!!」

 

 屋根へと跳び上がった十六夜を追い、黒ウサギが爆発的な跳躍力で目の前から消える。忍者の様に屋根を駆けて逃げる十六夜を追う黒ウサギ。やがて二人の姿は屋根の向こうへと消えて見えなくなった。

 

「ふふふ。というわけで、二人とも観念して貰うぞ」

「捕まったなんて………無念だわ」

「俺は最初から関係ないんだけどな」

 

 メイド服を着たレティシアに肩を掴まれながら嘆息する。

 商店街をうろついていた自分達は、先ほど黒ウサギに見つかった。後ろに仁王の姿が見えそうな黒ウサギの迫力に押され、足がすくんだ所を背後から迫っていたレティシアに飛鳥と一緒に捕まえられたのだ。

 というか飛鳥、いつの間にか鬼ごっこする事が目的になってないか?

 

「さて、十六夜は黒ウサギに任せて私達は帰るとしようか」

「仕方ないわね………あら?」

 

 不意に、飛鳥が何かに気付いた様に一点を見つめた。

 

「どうかしたのか?」

「ねえ、二人とも。あれは何かしら?」

 

 飛鳥が指差す先を見ると、ガラス細工の工芸品を売る出店の先にそれはいた。

 手の平サイズしかない身長に、黄色いトンガリ帽子。まるで絵本から飛び出したような小人の女の子がそこにいた。

 

「あれは、精霊かな? あのサイズが一人で居るのは珍しいな。“はぐれ”かな?」

「“はぐれ”?」

「ああ。あの類の小精霊は群体精霊だからな。単体で行動している事は滅多にないんだ」

 

 へえ、箱庭には精霊なんてのもいるのか。サーヴァントの様な超常的な存在は目の当たりにしたことはあっても、ああいう幻想的な相手は聖杯戦争にいなかったな。

 

 そんなはぐれ精霊に飛鳥は興味を持ったのか、後ろからゆっくりと近づいていく。売り物のガラス細工に見入って、はぐれ精霊はこちらに気付いてない様だ。真後ろに立たれて、ようやくこちらへと振り返る。

 

「「………………」」

 

 無言で見つめ合う二人。次の瞬間、「ひゃあ!」と可愛らしい声を上げながらはぐれ精霊は逃げ出した。

 

「あ、待ちなさい!」

「おい、飛鳥!?」

「ちょっと追いかけてくるわ! 先に戻ってて!」

 

 そう言うや否や、はぐれ精霊を追って人ごみへと消えて行く。参ったな、止める暇も無かったよ。

 

「やれやれ………仕方ないな、飛鳥は」

「悠長に言ってて大丈夫か? 見失ったみたいだけど」

「む、それはマズイ。白野、すまないが探すのを手伝ってくれないか?」

 

 そう言いながら、レティシアは黒い翼を背中から出して空へと舞う。

 

「一刻後に会おう。飛鳥を見つけてもそうでなくても、商店街の広場に来てくれ」

「分かった。また後でな」

 

 レティシアは一つ頷くと、そのまま飛んで通りの向こうへと見えなくなる。

 さて、こちらも迷子のお姫様を探すとしますか。

 

 

 

「おかしいな………こっちだと思ったんだけど」

 

 飛鳥が走り去った方向へと来てみたが、彼女の姿は見当たらない。予想以上に遠くへと走って行ったみたいだ。

 おまけに先程から道が混雑して、人垣をかき分けながら進まなくてはならなかった。なんとなしに通行人の会話に聞き耳を立てると、

 

「おい、聞いたか! 向こうに“月の兎”が来てるってよ!」

「下層で滅多にお目にかかれない兎が!? すげえ、見に行こうぜ!」

「人間を追いかけているらしいぞ。追ってる人間も尋常じゃないらしい!」

 

 ………思い切り知り合いでした。どうやら黒ウサギはまだ十六夜を捕まえられてないみたいだ。とにかく今は飛鳥の方を探さないと―――

 

「っと」

 

 不意に後ろから腰に軽い衝撃を受けた。振り向くと、女の子が尻餅をついていた。恐らくぶつかってしまったのだろう。

 

「ごめん、大丈夫?」

「平気よ。子供じゃないのだから一人で立てるわ」

 

 手を差し伸べると、少しムッとした顔をしながら女の子は自分で立ち上がった。

 

 歳はジンくんと同じか、少し上くらいだろうか。手が隠れるくらいに袖が長く、スカートや袖に白黒の斑模様が入った特徴的なワンピースを着た少女だった。まだ顔立ちに幼さは残るものの、凛とした赤紫の瞳は歳不相応の落ち着きがあった。

 

「………なに? 人のことをジロジロと見て」

「あ………ごめん。ちょっと、珍しい服だなと思って」

 

 ジト目になった女の子に指摘され、慌てて謝る。初対面の相手をマジマジと見るなんて失礼な事だった。

 

「ふーん。てっきり、私の様な子供に欲情する性癖だと思ったわ。いきなり見つめ出すんですもの」

「う………本当にごめん。気に障ったなら謝るよ」

「そういえば北側は人身売買も盛んだったわね。貴方、そういったコミュニティの人間? それなら私は今すぐ大声を上げて助けを求めるべきかしら?」

「悪かった、降参だ。頭を下げるから勘弁してくれ」

 

 ロリコン認定されては堪らないので、精一杯に頭を下げる。対して女の子はニヤニヤと嗜虐的な笑みを浮かべていた。どこぞの赤い悪魔も、自分をからかう時にこんな顔をしていたなあ。

 

「じゃあ、コミュニティの旗印を教えて下さる? それまで人攫いの可能性は捨てきれないわ」

「それは無理。俺のコミュニティは“ノーネーム”だし」

「“ノーネーム”?」

 

 正直に言うと、目の前の女の子は不審そうな顔になった。

 これは失敗したかな? 自分のコミュニティの名前が言えないなんて、私は不審者ですと公言してる様なものだ。北側がそれほど治安が悪いとは初耳だけど、今の自分はとてつもなく怪しいだろう。

 

 女の子はしばらく袖に隠れた手を口に当てて思案し、やがて自分にこう言った。

 

「面白そうね。詳しく聞かせて下さるかしら?」

 

 

 

「お待たせ」

 

 場所を移し、大通りから外れた公園に自分と女の子は来ていた。女の子をベンチに待たせていた自分は、買ってきた物を彼女に手渡す。

 

「……? これは何?」

「何って、アイスクリームだけど。もしかして、食べた事ない?」

「ないけど……そうじゃなくって、どうして買って来たのかしら?」

「いや、ただ座って話をするだけというのも退屈かな、と思って。それとぶつかったお詫びかな」

 

 はい、と女の子に片手のアイスを手渡して隣に腰かける。因みに味は二人ともバニラだ。バニラ以外は断固として認められないな。

 

「……貴方、やっぱりペドフィリアかしら? 初対面の相手にここまでするなんて、特殊な性癖でもないと説明つかないもの」

「自分は至って、ノーマルなつもりだよ。気に入らなかったかい?」

「まあ、いいわ。せっかくだから頂くわ」

 

 そう言って、女の子はペロリと一口。その顔が歳相応に綻んでいく。良かった、気に入って貰えた様だ。

 自分の視線に気付いたのか、女の子は顔を赤らめながら咳払いした。

 

「そ、それで、貴方の話を聞かせて貰おうかしら?」

「はいはい。さて、何から話したものか………」

 

 自分が箱庭へ来た経緯、“ノーネーム”の同士に呼ばれた所から話し出した。魔王に奪われた旗と名前を取り戻す為に戦っていること、その為に今は日銭を稼ぐ様な生活をしていること。

そして、ここには東側の階級支配者の招待を受けて来たこと。黒ウサギや“ノーネーム”の詳しい内情は伏せておいた。会ったばかりの相手に話す内容でも無いだろう。

 

「じゃあ、貴方は最近になって箱庭に来たってこと?」

「そうなるね。ちょうど一ヶ月くらいかな」

 

 時折アイスクリームを口に運びながら自分の話を聞いていた女の子は、唐突に自分に聞いてきた。

 

「それにしても、貴方と呼ばれた三人は変わってるわね。箱庭において“ノーネーム”に所属するなんて一銭の特にもならないでしょうに」

「損得勘定で動いているわけじゃないさ。強いて言うなら、俺がそうしたかったからだよ」

「そのお陰でここの所、歯ごたえのあるゲームを受けられないのでしょう。それなら、もっと上のコミュニティに所属するのが賢明と思うけど?」

 

 女の子の言う事はもっともだ。自分はまだいい。ジンくん達の力になると決めたから、日銭を稼ぐ様な今の生活に不満はない。でもセイバーはどうだろうか? 

 

 あの夜、“ノーネーム”に協力すると言ってくれた。しかし、今のセイバーは力を持て余している。もっと強い相手と戦いたいというのがセイバーの本音だろう。

 

 女の子に見えない様に、チラリと自分のギフトカードを見る。そこには自分のギフトネーム・“月の支配者”と共に、“薔薇の皇帝”と書かれていた。どうやらセイバーは自分のギフトという形で、箱庭世界に召喚された様だ。

 

 セイバーは自分と共にいる事を選んでくれた。その事を疑うつもりはない。でも力を持て余しているセイバーを見ると、マスターとして十全な戦場へ連れて行けない事を歯痒く感じる。もっとセイバーに相応しい場所はあるんじゃないか? でも、“ノーネーム”から立ち去る事は出来ない。そんな堂々巡りだ。

 

「ねえ、貴方」

「え、な、何?」

 

 ずっと黙っている自分を不審に思ったのか、女の子はアイスクリームの残りを口に頬張りながら話しかけてきた。慌ててギフトカードを上着の内ポケットへと仕舞う。

 女の子は自分の前に立つと、袖に隠れた腕を真っ直ぐと自分へ差し伸べた。

 

「私のコミュニティに所属する気は無いかしら?」 

「それは………ひょっとして勧誘かい?」

「それ以外にどう聞こえるのかしら」

 

 とぼける自分に、女の子はあくまでも余裕の笑みを崩さない。それにしても私のコミュニティって、彼女がリーダーなのだろうか?

 

「貴方と貴方の従者は現状が不満なのでしょう? 現状に満足できないなら、その場所を離れて新天地を目指す。当然の事じゃない」

 

 沈黙を是と受け取ったのか、女の子は畳み掛ける様に言葉を重ねる。

 

「無論、タダとは言わないわ。私のコミュニティに加盟してくれるなら、望み通りの地位を与えてあげる。貴方の従者も一緒にね。力ある者には相応しき待遇を与えるなんて、当然でしょう?」

「それはありがたいな。しかし、どんな心境の変化だい? さっきまで人攫い扱いしていた男を勧誘するなんて」

「気が変わったわ。階級支配者に目をかけられるくらいなら実力は十分でしょうし、貴方は面白そうだもの。それと………アイスクリームのお礼かしら?」

 

 クスクス、とこちらをからかう様に妖艶に笑う女の子。その様は少女のそれではない。まるで人を誑かす妖魔の笑みが、そこにあった。

 

「どうかしら。断る理由は無いと思うけど?」

 

 悪魔の囁きの様に、少女の声が耳をくすぐる。情を捨てろ。“ノーネーム”を捨てて、自分に全てを奉げよと。答えはもちろん―――

 

「悪い、その話は受けられない」

「………理由を聞かせて貰えるかしら?」

 

 一切の表情を消した無表情で―――しかし、声は凍てつく様に冷たい―――少女は自分に問う。

 

「簡単さ。“ノーネーム”に入る時に、約束したからだよ。彼等の力になるって」

「その“ノーネーム”に属したからこそ、貴方はいま不遇な目に遭っているのではなくて? プレイヤーに対して正当な報酬を用意できないコミュニティに、所属する価値なんてあるのかしら?」

「まあ、普通は無いだろうね。でも俺は弱くても小さくても、戦おうとする人間の味方をするって決めているんだ。かつて、自分がそうだったから」

 

 参加した中で、最弱のマスターと周りから蔑まれていた。自分でも、最後まで生き残れたのは奇跡だったと思う。もし、その奇跡に理由をつけるとするなら―――それはセイバーや遠坂達が自分を見捨てないでいてくれたからだろう。だから自分も、諦める事はしなかった。

 

「少なくとも、“ノーネーム”の皆が諦めない内は俺も諦めないよ。それまでは極貧生活でも我慢するさ」

「………貴方は良くても、貴方の従者はどうなのかしら? 力を十全に振るえなくて、不満なのではないかしら?」

「セイバーには誠心誠意で謝るしかないだろうね。それでも見捨てられた時が来たら………自分はそこまでのマスターだった、というだけさ」

 

 そう、と詰まらなそうに少女は差し伸べていた腕を下ろした。そして、そのまま自分に背を向けて歩き出す。

 

「帰るわ。ありがとう、暇つぶしにはなったわね」

「そっか。気をつけてね」

「子供じゃないと言ってるでしょう、私に歯向かう様な相手がいたら病死させてやるわよ」

 

 さらりと怖い事を言ってるな。聖杯戦争のキャスターもそうだったけど、箱庭世界は見た目が少女だからと思ってかかると痛い目に遭いそうだな。

 

「それと、さっきの話は諦めたわけではないから。いずれ貴方を私の下に跪かせてあげる」

「おいおい。そこまで買ってくれるのは嬉しいけど、何度来ても“ノーネーム”を抜けるつもりはないよ」

「それなら、その“ノーネーム”ごと従わせるわ。私達………ハーメルンの笛吹の旗の下にね」

 

 不意に、強い風が吹いて目をつむる。目を開くと、そこには先程までいた少女の姿は影も形も無かった。

 

「消えた? あの子は一体………?」

 

 普通の人間には到底不可能な方法で立ち去った少女の事を考えていると、不意に鐘の音がした。見ると、公園の時計はレティシアを別れてから二時間経ったことを示していた。

 

「いけない、広場に戻らないと」

 

 すっかり溶けていたアイスクリームを慌てて口の中に入れながら、小走りに商店街の広場を目指す。

 その最中。先程の少女の言った事が気になっていた。

 

(ハーメルンの笛吹の旗、か。どこのコミュニティだろう? まさか、ジンくんや“サラマンドラ”以外にも年端もいかない子がリーダーをやるコミュニティがあるなんてな)

 

 とりあえず、さっきまでのことは頭の片隅に追いやっておこう。結局、あの女の子と話をするだけで時間を潰してしまった。レティシアが飛鳥を見つけてくれてると良いのだけれど。

 

 

 

―――Interlude

 

 それはどことも知れない空間。周囲は闇に包まれ、周りの景色を窺う事が出来ない。唯一、空間の中央に浮かぶ球体が水面に浮かぶ月の様に周辺を照らし出していた。

 

 そこへ、一人の少女がどこからか現れた。先程まで岸波白野と一緒にいた少女だ。

 

「あ、マスター。おっそーい。どこ行ってたんですか?」

 

 闇の中から、艶やかな声と共に布地が少ない白装束の女が少女の元へ進み出た。

 

「唯の散歩よ。ギフトゲームを始める前に、街中を見たかっただけ」

「もう! 明日は大一番の舞台だって言うのに、マスターってば、呑気なんだから!」

「―――全くだぜ。下手したら“サラマンドラ”の連中に気取られる可能性もあった」

 

 白装束の女に続く様に、闇の中から野太い声と共に軍服姿の男が姿を現した。

 

「ゲームを始める前に、大将が討ち取られたら世話ねえぜ。マスター、軽率な行動は慎んでくれや」

「心配ないわ。馬脚を出すなんて、愚かな真似はしないもの」

 

 苦言を呈する軍服の男に、少女はさらりと答える。自分の主を信頼しているのか、軍服の男は肩をすくめてそれ以上は何も言わなかった。

 

「それよりも明日のギフトゲーム、絶対に成功させるわよ」

「あらら。出かける前よりやる気に満ちてますけど、どうしたんですか?」

「街で面白い男に会ったのよ。あれを手駒にするのは楽しみね」

 

 少女は先程まで会話していた岸波白野の事を回想する。魅力的な提案をしたというのに、自分のコミュニティを見捨てないと言い切った義理堅い男。もしも、あの男を隷属させられたらどんな気持ちがするだろうか? 

 

あの男が大事に思っていたコミュニティを踏みにじり、味方になるといった弱い人間達を蹂躙した時、彼はどんな顔をしながら自分に跪くだろうか? それを考えるだけで、背筋がゾクゾクと心地よく震える。

 

「へえ~、マスターにそこまで言わせるなんて余程の人材なんでしょうね」

「あの“白夜叉”のお墨付きだそうよ。仮に実力が無くても、愛玩動物(ペット)として飼ってもいいわね」

「趣味悪いな、おい」

 

 どこか陶酔した様な表情を浮かべる主に対して、軍服の男は目をつけられた何某に心の中でご愁傷さま、と手を合わせた。

 

「さあ、明日は大一番の勝負よ。あの“愚かな太陽”に復讐する為に、貴方達の力を存分に振るって貰うわよ」

「「イエス、マイマスター」」

 

 みなぎる程の覇気を振りまく主に、白装束の女と軍服の男は膝を折って敬礼する。

 

「貴方にも期待しているわ………プレイグ」

 

 視線を従者二人の背後に向けて、少女は声をかける。

 ―――闇の中。小さな羽虫が集まった様な黒い人影は、少女に応える様にギチギチと耳障りな音を鳴らした。

 

―――Interlude out

 

 




白野はやっかいな相手に目をつけられたそうです。むしろやっかいな女の子に好かれなければ、岸波白野では無い(断言)。

最後に出てきたキャラは名前を変えていますが、Fateシリーズの作品に出てきたあるキャラです。まさか、あの作品を正式に始めるとは思わなかった………。
これからTYPE-MOONで出る設定と違うキャラになると思いますが、この小説のオリジナルだと思って見過ごして下さい。

それでは、また。

追記:感想で初対面の相手に“ノーネーム”の事をペラペラ話すのはおかしいと指摘があったため、一部の文章を差し替えました。

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