月から聖杯戦争の勝者が来るそうですよ?(未完)   作:sahala

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随分とお待たせしました。

筆者が新しい環境に馴染めず、精神的に少し参っていました。実質休止中にも関わらずに送られた次回の投稿を望んでくれた感想。胸が温かくなりました。

諸事情により、パソコンが使えないのでスマホからの投稿ですが、14話目をお楽しみ下さい。


第14話「そして、決着」

―――Interlude

 

 ローマ帝国第五代皇帝、ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクス。あらゆる快楽、あらゆる芸術を湯水の様に楽しんだ皇帝の名。宗教を弾圧し、帝政ローマの根幹にあたる元老院制度を解体しようとし、皇帝である前に芸術家として放蕩し―――その報いとして、反乱によって皇帝の座を追われ、逃亡の途中で命を絶った史実の人物。

 だが、その名は死して二千年近い時を超えて尚も語り継がれている。人々曰く―――暴君ネロ、と。

 

「よもや、かの暴君を従えるとはな………」

 

 “サウザンドアイズ”二一〇五三八〇外門支店内の私室で、白夜叉はテレビを見ながら感嘆の溜息を漏らした。

 一見すると古めかしいブラウン管のテレビだが、その画面には黄金の劇場へと様変わりした闘技場が映っていた。白夜叉はギフトゲームが始まった時から、このテレビで“ノーネーム”の戦いぶりを観察していたのだった。

 

「彼、本当に人間ですか? ただの人間が英霊を従えるなんて、出来る筈が………」

 

 隣で一緒に観戦していた女性店員は、画面の中の岸波白野を指差しながら驚愕していた。

 英霊。神話や伝説、史実を問わず偉大な功績を残すなどして信仰を集めた最高位の人間霊。

 箱庭の最強種である星霊・神霊・龍種には一歩及ばないものの、文字通り人類史を一変させた彼等が持つギフトは時に最強種すら屠る。中には、神霊や龍の恩恵を受けた者もいる。コミュニティ“ペルセウス”の発祥である英雄ペルセウスが良い例だ。彼は人間と神霊のハーフでありながら、自身より格上であるメデューサこと星霊アルゴールを見事に殺してみせた。人間の歴史を、そして生物の強弱すら覆してしまうバランスブレイカー。それが英霊だ。

 

「箱庭へギフトを回収する際に、ギフトの持ち主である英雄が一緒に召喚されるケースはあります。でも、あのネロ帝は………」

「うむ。岸波白野が召喚したものだ。それも存命していた時代からではなく、死後に信仰を受けて霊格が最大となった姿でな。しかも、あやつは岸波白野に隷属しておる」

 

 恩恵(ギフト)は本来、歴史の転換期において人類史が正しい方向に進む為に神々が与えるバランサーシステムだ。後世に悪影響を与えない為にギフトを箱庭へ回収するのだが、ギフトと共に持ち主が召喚されるケースがある。“ノーネーム”が、強力なギフトを求めて問題児達を呼びだした様に。しかし、この召喚は並みの神仏には出来ない。なにせ歴史の転換期の中心にいた人物を呼び出すのだ。幾層も重なる並行世界から、歴史の転換期にいた目当ての人物を呼び出すというのは容易な事ではない。

加えて、岸波白野の場合は人々の信仰を受けて超常的な存在となった英霊での召喚だ。見方によっては死者の蘇生と、格上の存在に対する隷属化の両方をやったのだ。これで神格を持たないという方が可笑しい。

 

「自身との縁が強い英霊を使役する………これが月の支配者(ムーン・ルーラー)の力だというのか?」

 

 同じ様な真似を出来るギフトを、白夜叉は知っていた。

 精霊使役者(ジーニアー)。霊体の種族と隷属関係を結び、その力を十全に扱うギフト。精霊使役者(ジーニアー)は箱庭でもレアリティの高いギフトだ。この力なら英霊を使役できるのは可笑しくないが、自身で召喚を行うなど聞いたことが無かった。

 

(加えて、岸波白野が行っている補助系のギフト。あれは戦闘のサポートに打って付けのギフトだ。そう、最初から英霊を使役することが前提だったかの様に)

 

 神格を持った相手を難なく倒す逆廻十六夜には驚かされるが、岸波白野も異質さという意味では劣っていない。果たして、月の支配者(ムーン・ルーラー)とは一体何なのか? 白夜叉は頭の中で思考を回転させながら、再び画面の中の戦いに視線を向けた。

 

―――Interlude out

 

 

 

「やあぁぁっ!!」

 

 セイバーの大剣が唸りを上げながら、アルゴールへと振り下ろされる。迫りくる一撃に、アルゴールはガードしようと腕を交差させ―――受け止めきれずに、片腕を斬り落された。

 

「GEYAAAAAAaaahhhh!!」

「これで終りではないぞ、そらそらぁっ!!」

 

 勢いをそのままに薙ぎ払い、突き、神速の三連撃が加わる。先程までの様に耐える事すら出来ず、アルゴールの身体に次々と深い裂傷が刻まれた。

 

「ア、アルゴール! もう一度だ! もう一度、宮殿を悪魔化させろっ!!」

 

 上空からルイオスの焦った声が聞こえる。しかしルイオスの命令に対して、アルゴールは弱弱しく痙攣するだけだった。

 

「何故だ!? アルゴールは星霊だぞ! なのに、どうしてこんな一方的にやられるんだよっ!!?」

「愚か者め。ここは我が絶対皇帝圏。余の許し無くして、力を振る舞う事は儘ならぬと知れ!!」

 

 ルイオスの疑問に答える様に、セイバーの声が力強く響き渡った。

 セイバーの宝具、招き蕩う黄金劇場(アエストゥス・ドムス・アウレア)

 生前、彼女がローマに建設した劇場を魔力で再現させた固有結界とは似て非なる大魔術。

 この劇場が展開されている限り、全てがセイバーにとって有利に働く。まさに、彼女の願望を実現化させる絶対皇帝圏だ。

 それは、たとえ星の精霊といえども例外ではない。事実、アルゴールの動きは先程よりも目に見えて鈍い。悪魔化のギフトを使えないのも、セイバーの支配下にいる為に十全に力を振るう事が出来ないからだ。

 

「嘘だ………嘘だ嘘だ嘘だっ!! “ノーネーム”だぞ!? 最底辺の名無し風情に、英霊がついてる筈なんてない!! こんなの、全然(シナリオ)が違うだろ!!?」

「だが事実として余はここにいる。認めよ、蛇退治(ペルセウス)の末裔。そなたの見通しと、なにより戦いの気構えが為っていなかったのだ」

「黙れよ、名無し風情がぁぁぁぁっ!! そ、そうだ。お前らには“月の兎”がいるじゃないか! そいつと結託して、ゲームに不正をしたんだろ!? そうでないと“ノーネーム”ごときに、あの暴君がいるはずが」

「黙れ」

 

 見苦しく喚くルイオスに、絶対零度の声が響いた。飛鳥の“威光”とは違う、しかし聞く者に平伏せる圧力を伴ったセイバーにルイオスは口をつぐんだ。

 

「暴君………。結構、それが余に対する評価なら甘んじて受けよう」

 

 だがな、とセイバーは一端言葉を切る。

 

「貴様の様なボンクラに、気軽に暴君呼ばわりされるほど余は落ちぶれておらぬ。どうやら、アカイア(ギリシャ)の英雄が美しかったのは見た目だけの様だな」

 

 底冷えする様なセイバーの声に、ルイオスは傍目から見ても分かるくらいに震えていた。それは自分も同様だ。こちらに怒気を向けられていないのに、口の中がカラカラに乾いていた。

 

「そなたの敗因は三つある。一つ、恩恵(ギフト)に頼って自身を磨く事を怠ったこと。二つ、ろくに剣を交えたわけでもない相手に隙を見せたこと。そして三つ目」

 

 セイバーは一度、言葉を切ってルイオスから真正面に向き直った。

 

「余の奏者達を………ここにいる無名の闘士達を侮った。奏者を始め、この者達ほどの猛者は余のローマ帝国にもおらぬわ」

「セイバーさん………」

 

 感嘆極まったように呟くジンくん。セイバーは岸波白野(自分)のサーヴァントとしてではなく、“ノーネーム”の一員としてジンくんや黒ウサギ達を認めていた。

 

「………ふざけるな」

 

 温かい空気になりかけた自分達に水を差す様に、ルイオスの怒気を押し殺した声が響く。

 

「フザケルナフザケルナフザケルナアァァァッ!! この僕が、“ペルセウス”が名無し共に劣るだと!? そんなこと、あっていいはずが無いぃぃぃッ!!」

 

 ルイオスは血走った眼で、アルゴールを見据えた。

 

「アルゴール! 石化のギフトだ!! 奴等に永遠の苦痛を味わわせろ!!」

 

 ルイオスの命令を受けて、アルゴールが謳う様な不協和音を奏でながら褐色の光を放つ。これこそアルゴールを魔王に至らしめた根幹。森羅万象を石化させる星霊の力。

 セイバーの宝具でも封印出来なかったソレは、光線となってまっすぐとこちらへ伸び―――

 

「―――カッ。ゲームマスターが、今さら狡い事してんじゃねえ!!」

 

 十六夜によって踏みつぶされていた。

 

「・・・・・・・・・は?」

 

 目の前で行われた事に、思わず間抜けた声が出る。見れば、ルイオスはポカンとした顔をしていた。恐らく自分も

同じ様な顔をしているだろう。

 

「あ、あり得ません! あれほどの身体能力を持ちながら、ギフトを無効化するなんて!!」

 

 黒ウサギの叫びが自分達の心情を代弁していた。十六夜には超人的な身体能力がある。湖の蛇神をねじ伏せたり、吸血鬼と真っ向勝負をして勝つ様な常人離れしたものだ。だからこそ、肉体そのものが宝具の様なものと解釈していた。

 しかし相手のギフトを無効化したという事は、十六夜の肉体はギフトを受け付けない筈だ。当然、超人的な肉体のギフトも弾くはず。

 

(でも十六夜は現に、超人的な肉体のギフトと相手のギフトの無効化をやってみせた。そんなの、矛盾しているじゃないか・・・・・・・・・)

 

 十六夜のギフト、正体不明(コード・アンノウン)。ラプラスの紙片ですら解析不可能と銘打ったギフトの真価は、今の時点では誰にも計れない。

 

「つゆ払いはしたぜ。盛大に決めてくれよ、第五皇帝様」

「---ハハハッ! 本当に面白い輩だな、そなた達は!!」

 

 十六夜に声をかけられ、セイバーは豪快に笑いながら剣を下段に構えてアルゴールへと駆け寄る。音速の壁すら突破したセイバーに呼応する様に、剣が煌めく炎と化していく。其の名は---

 

童女謳う(ラウス・セント)---華の帝政(クラウディウス)!!」

 

 一筋の流星と化したセイバーの斬撃が、アルゴールにはしる。アルゴールは為す術なく胸を一文字に斬り裂かれた。

 

「a、aa・・・・・・La・・・・・・・・・」

 

 最後に。断末魔と呼ぶには余りにか細い謳声だけ残して---アルゴールは地に伏した。

 

 

 

 セイバーの魔力が解かれ、黄金劇場(ドムス・アウレア)が音もなく霧散していく。あっという間に、アルゴールと戦った舞台は元の闘技場へと戻っていた。

 

「此度も余の独壇場であったな。そして、奏者に十六夜よ。助力を感謝する。そなた達に拍手を」

「おう。大喝采で讃えてくれ」

 

 パチパチと手を叩くセイバーに、十六夜は鷹揚に、自分は照れくささを隠しながら頷いた。

 

「何でだよ・・・・・・・・・」

 

 ポツリと、ルイオスが声を漏らす。

 

「何で・・・・・・・・・何で僕が負けてるんだよぉぉぉっ!? ノーネームへの制裁だった筈だろ!? 星霊のアルゴールまで出したんだぞ!? そ、そうだアルゴール! お前が手を抜いたんだろ!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 ルイオスの叱責に、アルゴールは沈黙で返した。口を利きたくない---という訳では無いだろう。痙攣しているから死んでないだろうが、あの傷ではしばらくは動けない筈だ。

 

「おい、なんとか言えよ! クソ、とんだハズレ魔王だ!!  つまらない! こんなゲームつまらないぃぃっ!!」

 

 年甲斐もなく喚き散らすルイオスに、呆れて溜め息が出る。他の皆も同感の様だ。ジンくんと黒ウサギは冷めた目で見ているし、十六夜はニヤニヤと莫迦にした笑みを浮かべていた。

 

「あの男、誰かに似ていると思ったが・・・・・・・・・」

 

 尚もアルゴールを罵倒しているルイオスを見ながら、セイバーは得心がいったと云わんばかりに頷いた。

 

「月での戦いで、一戦目の相手マスターに似ておる。ほれ、キーキーと煩いネズミがいたであろう」

「ああ、慎二の事ね」

 

 仮初めの友人であり、聖杯戦争の初戦の相手だった間桐慎二。今のルイオスの言動は、確かに自分達に敗北した時の慎二にそっくりだ。

 でも、そんな慎二でも月の裏側では自分の為に捨て身で助けてくれた。自身が表側の聖杯戦争で敗れて死ぬ定めだと知って、尚も仮初めでしかない友人の自分に命を賭けてくれた。

 

 聖杯戦争は、敗北=死だから勝つしかなかった。しかし慎二の様に、敗北を通して人は変わる事が出来る。今はみっともなく喚くルイオスも、今回の敗北から何かを学んでくれれば良いな。

 

「ともあれ、此度の決闘は余達の勝ちだ。黒ウサギよ、審判として勝者の宣言をせよ!」

「Yes! このギフトゲームはノーネーム側、」

「待った」

 

 黒ウサギの宣言に水を差すように、十六夜が黒ウサギの耳を引っ張った

 

「アイタタタタ!? いきなり何をするんですか十六夜様!!」

「その前に確認したい事があるからな」

 

 そう言うと、十六夜は未だにアルゴールを罵倒するルイオスへと歩み寄った。

 

「おい、ボンボン」

「な、何だ! まだ何か用か!?」

「そいつ、まさかこれで終わりじゃねえだろうな?」

 

 顎をしゃくって、十六夜はアルゴールを示す。だがルイオスより先に、黒ウサギがその問いに答えた。

 

「残念ながら、それ以上は無いと思います。拘束具をつけられていた時点で気付くべきでした・・・・・・・・・ルイオス様は星霊を制御するには未熟なのでしょう」

 

 途端、ルイオスの瞳に憤怒の炎が燃え上がる。黒ウサギを射殺さんばかりに睨んでいるが・・・・・・・・・否定の声は上がらなかった。

 

「何だ、そやつは万全ではなかったのか?」

 

 ここに来て判明した事実に、セイバーは頬を膨らませた。

 

「詰まらぬ。余と奏者の勝利にケチがついたではないか」

「同感だ。所詮は七光りのボンボン。長所が破られたら、呆気ないな」

 

 心底から失望したと十六夜は溜め息をつき---すぐに凶悪な笑みを浮かべた。

 

「ああ、そうだ。ここで負けたら、お前達の旗印がどうなるだろうな?」

「な、何?」

 

 ルイオスが驚愕の声を上げる。自分も同感だ。目的はレティシアを取り戻す事ではなかったのか?

 

「そんなのは後でも出来るだろ。そんな事より旗印を盾に、即・もう一度ゲームを申し込む。そうだな・・・・・・・・・次は名前を貰おうか」

 

 サァッと音を立てて、ルイオスの顔から血の気が引いた。しかし十六夜は容赦なく先を続ける。

 

「その二つを手に入れた後、“ペルセウス”を徹底的に貶めてやる。お前達が泣こうが喚こうが、どうしようも無いくらいに徹底的に、だ。どうなるか分かるよな?」

 

 そうなれば、“ペルセウス”は壊滅だ。それどころか、自分達と同じく“ノーネーム”まで堕ちていくだろう。その事に思い当たったのか、ルイオスは震えた声を上げた。

 

「や、やめろ・・・・・・・・・!」

「そうか、嫌か。なら---方法は一つしかないよな?」

 

 十六夜は拳を構えて、挑発する様に手招きした。

 

「命を賭けろよ。ひょっとしたら、俺に届くかもしれないぜ?」

「クックック・・・・・・・・・ハーハッハッハッ!!」

「セ、セイバー?」

 

 突然笑い声を上げたセイバーを見ると、彼女は心底おかしいと云わんばかりにお腹を抱えていた。

 

「敗北を味わわせるだけに飽きたらず・・・・・・・・・誇りも名も奪いにかかると言うか! ハハハ、良いぞ! 余も欲望に際限ないが、そなた程の強欲さは見たことが無いぞ、サカマキイザヨイ!」

 

 まるで気の合う友人を見つけたと笑うセイバーに、十六夜もまた犬歯を剥き出しにした笑みを返す。

 

「言っとくが、ここから先は俺のステージだ皇帝様。元・魔王を気前よく譲ったんだから、俺にやらせろよな」

「良い。既に余は満足している」

 

 鷹揚に頷くと、セイバーはそのままコロシアムの観客席に座った。

 

「さて---始めようか。ペルセウス!」

 

 従う部下は全て石と化し、頼りの星霊は虫の息。そんな絶望的な状況に立たされ、ルイオスは覚悟を決めて叫ぶ。

 

「負けられない---お前達なんかに、負けてたまるかあぁぁぁっ!!」

 

 かくしてペルセウスの末裔は敗北を覚悟しながら、星霊殺しの鎌・ハルペーを振りかぶって、十六夜へと駆け出した---。

 




本当は1巻目の終わりまで書くつもりでした・・・・・・。

まあ、また次回に。次回こそは!

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