月から聖杯戦争の勝者が来るそうですよ?(未完) 作:sahala
ご迷惑をおかけした事を、ここでお詫び申し上げます。
2014/3/26 sahala
そこは夕日に照らされた広大な草原だった。
西の空から日光が射し込み、地平線から太陽が半分に欠けた姿を晒していた。少しばかり時間が経てば、辺りは完全な暗闇に包まれるだろう。翡翠色の瞳で洛陽を忌々しげに見つめながら、少女は呟く。
「まるで、血の色よな………」
少女はこの場にいるには場違いな服装をしていた。深紅の布をパレオの様に巻き、同じ様な深紅のビスチェの様な服で豊満な胸を隠している。さらには露出の多い彼女の身体を包む様に、深紅のマントを羽織っていた。いずれの布にも金糸で月桂樹が刺繍されており、それだけで彼女の身分の高さを示していた。少なくともこの様な誰もいない広野など、この少女には似つかわしくないだろう。
だが彼女はその場で立ち止まり、砂金の様な自身の金髪を掻き上げながら静かに嗤い始めた。
「かつて見た朝焼けとは対照的だな。本当に遠い所まで来てしまったぞ、師よ」
少女はかつての師に思いを馳せる。自分よりも背が高く、顔を見上げる度に首が痛くて仕方なかった。自分の作品に平気で酷評を下し、地雷となる発言も臆面なく言う様な男だった。しかし少女の才を伸ばし、見識を広める事に死力を尽くしてくれた。たとえそれが彼の仕事だったからとしても、少女は彼に肉親以上の親愛を抱いていた。
だがその男は、もういない。彼が少女を陥れる陰謀に関与していると聞き、彼を問い質そうとして出頭を命じた。だが彼は少女を恐れて自ら毒を呷り――――――。
「これ以上は逃げ切れぬな。ならば、最期は夕焼けを臨みながら自死するのが絵になるだろうな」
まるでどんなスケッチをするか、という風に少女は呟く。彼女は現在、国家の敵として国中から追われる身だった。もしも少女が生きたまま捕らえられれば、彼女を陥れた者達は嬉々として晒し者にして処刑を執り行うだろう。芸術家を自称する少女にとって、それは無様で許せるものではなかった。
少女は、懐に隠し持っていた短剣を取り出して切っ先を喉に当てた。
「さらばだ、愛しき市民達よ。余の様な至高の芸術家が失われるとは何と惜しいことか」
そう言い残して、少女は喉元に押し付けた短剣に力を込める。
力を込める。
力を込めて―――ようやく自分の手が震えている事に気付いた。
「は、はは………手が震えて、うまく狙いが定まらぬわ」
自嘲する様に嗤い、周囲を見回す。広々として、寂しい雰囲気を漂わせる草原。人影どころか鳥も獣の姿すら見かけられない。唯一、血の様な色をした落陽が少女を照らしていた。
「誰か………誰かおらぬのか? 余は、これから死ぬのだぞ? この国の、
狂乱した様に少女は辺りを見回す。だが周囲には彼女が斬り捨てた母親や彼女を殺そうとする政敵どころか、彼女の声を聞く人間など誰もいなかった。
「嫌だ………死にたくない、死にたくないっ! 余はっ……
大粒の涙が次々と少女の頬を濡らす。彼女は泣きながら自問した。
何が、何がいけなかったのだろうか? 自分は愛する国民の為に全力を尽くしたはずだ。
首都が大火災に陥った時は人命救助を第一とし、復興にも尽力を注いだ。誰よりも正しくあろうとして、公平な裁判を執り行った。運河の開削工事だって行った。
その為に権力を濫用していた実の母を公然で斬り捨てた。国家を腐敗させた元老院の役人や執政官を何人も粛清した。しかし、全ては国民を第一に思ってこそだ。
なのに、何故こうして惨めな最期になったのか? 何故、何故、何故!?
不意に馬の嘶きが聞こえ、少女はハッと顔を上げる。遠くには彼女が王
少女は意を決し、自らの喉に短剣を突き刺して――――――。
これが、後世に暴君として悪名を残した、とある皇帝の最期。少女の最期は作家によって、自死してから三日三晩は息があったと脚色される程に生き汚いものだった。
少女が潔く消えなかったのは何故か? 死にたくなかったし、自分の間違いを認めることは出来なかった。だから醜く足掻いたが、本当は。
―――本当は、誰にも愛されずに消える事が彼女にとって耐えきれない程に悲しい結末だっただけ。
どうも。いつもより短い話の投稿で、申し訳ありません。
本当ならこの話は次回の冒頭に据えるつもりでしたが、予想外に長くなったのでこの様な形で投稿させて貰います。どうしても、この話を削る気にはなれませんでした。
次回こそ、彼女が白野と再会する話を書き上げます。期待してて下さい。