その身に咲くは剣の花   作:ヤマダ・Y・モエ

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第七話

 分かり切っていたことだが、俺は人との交流に慣れていない。一年間人と交流していなかったことが災いした。百合子殿とは普通に接する事が出来たからここでも大丈夫だと油断したのが不味かったか……。

 真央霊術院に入院した初日、俺は浮いていた。物理的に浮いている訳ではない。ただ、ここの雰囲気にどうも馴染めないのだ。俺自身が何かした訳ではない。周りが俺の事を避けているような気がする。いや、避けられている。なにせ俺の周りにだけ綺麗に空間が空いているのだから。俺は何かしたか? 教室に入る際に挨拶も無しにいきなり自分の席に座ったのが不味かったのか? いや、それ以前に俺が入った瞬間、教室の空気が死んだような気がする。……ああ、つまり、これはあれか。分かったぞ。考えても見て欲しい。俺は森で生活していた、言わば野生児だ。そんなのが人に囲まれて過ごしていた人達に適応できると? 否、そんな訳が無い。今まで兎や狼、猪と熊に囲まれて生活していた男が人に混じって生活が出来るわけがない。ここの生徒たちはそれを目聡く感じ取ったのだろう。『こいつは俺達とは違う』と。つまり、この空気は怯えに近いものということだ。成程、皆が俺に怯えているというのなら、俺は何もしない方が良さそうだな。怯えた兎に刺激を与えると更に畏縮してしまう。ここは俺もこれまで以上に大人しくしている必要がありそうだ。そう、さながら冬眠中の亀の如く、敵を前に息を潜める蛇の様に……。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 霊術院の授業内容は斬拳走鬼と僅かながらの座学だ。どちらかというと斬拳走鬼は評価の対象となる。斬拳走鬼九割、座学一割ぐらいだ。斬拳走鬼の斬とは斬術、つまり斬魄刀を扱う技術を表すもので、拳は体術や素手での戦闘の技術を表すもの、走は歩法、俺が使った瞬歩などの技術を表すもので、鬼とは鬼道という死神が使う術の扱いを能力を表すものである。霊術院ではこれらの技術を学び、死神として十分な実力が備わったら卒業、ということになっている。その為、各個人の技術に合わせて一回生から六回生まである。俺は入院したばかりの為一回生だ。普通なら一回生は一年後に二回生へという形で段階を経て上がっていくのだが、何事にも例外があり、その実力が一回生や二回生以上であると判断された場合は、一年と待たず進級出来ることもある。また、逆に実力が進級するに及ばないと判断されたものは留年という形を取られることもある。因みに、全六回生だ。

 この様な説明を受け、早速『斬』の授業に入った。といっても、最初は皆の素質が見たいからと、二人一組に分かれて自由に打ち合ってみろ、という指示だったが。そして、運の悪い事に俺と組むことになってしまった者は……怯えていた。

 

「あ、あの……」

 

 呼ばれたので視線を目の前の男に向けると男は「ひっ……」と後ずさる。さっきからこれの繰り返しだ。いくら俺が周りの人々と雰囲気が違うからといって、目があった瞬間悲鳴を上げて後ずさるのはあんまりではないか。俺が一体何をした。

 

「コラそこ! 何をしている!」

 

 ほら見ろ。教師に怒られたではないか。俺が怒られる謂われは無いというのになんということだ。

 本来、俺に構えという構えは無い。野生の世界ではいつどこからどんな相手が襲いかかってくるか分からない。そんな状況で敵と遭遇する度に構えを取るということは、はっきり言って無駄である。最初の一匹二匹なら良いだろう。だが、それが十匹目、二十匹目となったらどうだ? 構える事が馬鹿らしくなってくる。それならどんな体制でも常に迎撃出来るようにした方が楽だ。しかし、この場合ではこれは適さない。周りを見ていて気付いたのだが、皆打ち合う時は構えてから始めている。つまり、ここでの構えとはこちらの準備が完了したという合図でもあるのだ。故に、俺は普段はやらない正眼の構えを取った。無論、片腕での不格好な構えだが。

 俺が構えた事により男は更に怯えるが、流石に教師に怒られる方が嫌なのか、渋々と木刀を構えた。

 【浅打】は霊術院に入院すれば支給されるのだが、それは三回生からだ。流石に一回生に持たせるのは危ないということ。予め持っていた俺はくれぐれも授業で使用しないようにと朝に注意を受けた。安心しろ、あの刀を使うのは狩りの時だけだ。

 閑話休題。

 さて、お互いに構えたが、一向に相手が攻めてくる気配が無い。ガクガクと震え、腰が引けて、俗にいう『へっぴり腰』という姿勢になっている。この様な状態の男に斬りかかって良いものだろうか? いや、良くないだろう。今斬りかかったところで相手を吹き飛ばして終わりだ。そんなもの、誰の為にもならない。故に、構えて待つ。相手が覚悟を決めるまで。

 

「そこ! 早く始めないか!」

 

 ……待っている暇はなさそうだ。

 仕方ないので、本来なら自殺行為だが俺は男から視線を逸らした。野生の世界で睨み合いとは一種の上下関係を作るものである。先に眼を逸らした者が下、最後まで睨んでいた者が上だ。睨み合っても勝負がつかないときに初めて刃を交える。睨み合いの末、負けた者はどうなるのか。そんなもの決まっている。弱肉強食は野生の常識、負けた者は肉になる以外に道は無い。故に、本来なら俺のしたことは自殺行為なのだが……ここは野生の世界ではなく人間の世界。相手に合わせて行動する必要もあるだろう。俺の視線がそんなにこの男を畏縮させるのなら、俺が視線を逸らすべきなのだろう。

 

「う、うわああああああ!!」

 

 気合いの入った声なのか、ただ恐怖によっての声なのか分からぬが、男が俺に斬りかかってきた。両手に持った木刀を唐竹に一閃。がむしゃらに振ったのだろう、後先考えないそれを、木刀で受けた。男は錯乱したようにそのまま何度も俺の木刀に打ち付けた。両手で持って振るわれている筈のそれは、俺の予想以上に軽かった。何度か木刀と木刀が打ち付けられたとき、俺は頃合いを図って木刀を男の手首目掛けて振った。反応できなかった男は木刀を取り落とした。何が起きたか分からない様子の男の首筋にそっと木刀を添えた。

 こんなものだろうか。初めからこの男が、俺よりも弱いということは分かっていた。木刀を持って俺と対面しただけで震えていたのだ。分からない筈が無い。問題は、この打ち合いをどの頃合いで収めるかということだ。結局、男が木刀を打ち付けるだけという悶着状態になった為、あの様に始末をつけた。……男が怯えるのは分かる。だが、なぜこうも周りから注目されているのだ。俺が何かしたか、訳が分からん。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 斬術の授業は訳が分からないまま終わった。結局、俺は何故注目されていたのだ。

 まあいい。次は拳、体術の授業だ。これも初めは皆の素質が知りたいと、自由に組み手をしてみろという指示だった。またか、また俺はあの何とも言えない空気を味わうのか。いや、俺は構わないのだが、問題はその被害者となる哀れな相手が心配だ。

 

「ねえ、ちょっと良い?」

 

 どちらかというと、俺は拳の方が得意だ。なにしろ、刀が手に入るまではずっと素手で狩りをしてきたのだからな。特に相手を組み伏せるのが得意『だった』。今はもう無理だ。片腕しかないのだから、相手を、特に人型を組み伏せることはできない。とはいっても、素手で殴ったり蹴ったりが苦手ではない。むしろ得意分野だ。だから、斬術の授業の時に比べれば加減は効く筈だ。

 

「ねえ、ちょっと?」

 

 斬術の時は駄目だった。手首を叩いたが、威力が強過ぎた様で手首を痛めてしまったのだ。その所為でこの授業をその男は休んだ。なんだかとても申し訳ない。

 

「聞いてんの!?」

 

 む、なんだ? 下から大きな声が聞こえた。見下ろすと、そこには勝ち気な眼をしてこちらを睨んでくる女がいた。というか、小さいな。俺の胸ぐらいに頭があるとは。

 

「やっと反応したわね。アンタ、あたしと組みなさいよ」

 

 なんでだ。この女は何故俺と組もうとする。恐れていたのではないか? 斬術の授業以来、俺は一層周りから避けられているというのに、何故この女は……。

 

「あたしは別に避けちゃいないわよ。ただ、あんたが強いって分かったからこうして組もうとしてんのよ。理解した?」

 

 ……こいつ、今俺の考えを読んだのか? だとしたらかなり便利な女だな。俺は喋る事が苦手だから喋らずに会話が成立するならどんなに便利な事かと……四番隊に入院していた頃に思った。

 

「アンタの目は口ほどに物を言うのよ。分かりやすいったらないわ」

 

 ああ、成程。そういうことか。どっちにしろ、便利な事には変わりないな。俺の事を恐れていない稀有な存在だ。今後もうまく交流していきたいものだ。……そういえば、まともに交流を持とうとした人間は百合子殿を含めて二人目だな。もしかして、俺は交流関係狭過ぎなのだろうか? いや、森を抜けてまだ二週間も経っていない。こんなものか。

 

「とりあえず、早速始めるわよ」

 

 といって構える彼女。俺は構えない。彼女はどうやら人間観察が得意なようで、俺が構えなくても雰囲気で準備が出来ていると察する事が出来ると判断した。だから、構えず。いや、構えていないのが俺の構えか。

 

「やあっ!」

 

 彼女は俺の鳩尾に正拳突きを放つ。それを身を捩る事で回避し、そのまま回転する事で裏拳を放った。彼女はそれを腕で受け止め、空いている手を俺の顎目掛けて振り抜いた。

 俺は純粋に彼女の技量に驚いていた。俺がここにきて戦った事がある人達は、皆、一撃や二撃でやられていったからだ。二撃にしても、初めの一撃目で既に勝負がついたようなものだった。が、彼女はこうして攻撃を放ったのにも関わらずそれを防ぎ、更に反撃を加えてきたのだ。反撃をされることは森での生活で良くあったが、人間相手では初めてだった。だが、驚いたからといってこの攻撃がかわせない訳ではない。

 俺は身を逸らしつつも地を蹴り、彼女の顎目掛けて蹴りを放った。バク転の要領だ。森での狩りならこの時点で勝負がつく。だが、彼女はそれを手の平で防ぐことにより直撃は免れた。なんという技量。

 

「あんた、やっぱり強いわね。ここにきてからというもの、あまりの程度の低さに呆れたけど、あんたみたいなのもいて安心したわ」

 

 どうやら彼女はかなりの自信家の様だ。実力も伴っているので当たり前のことか。しかし、惜しむらくはその身長が足りない事か。身長があれば射程も伸び、体術は今よりももっと強力な物になったであろうに。

 ふと、反射的に右手を頭を守るように上げてみると、丁度そこに彼女の蹴りが入った。綺麗な延髄蹴りである。当たったら多分死んでいた。

 

「……アンタ、今あたしの事見て溜息ついたでしょう? そこは何処見てついた? 胸か? 身長か? どっちにしろ、覚悟しないさい!」

 

 この後、彼女の満足が行くまで組み手に付き合わされた。こっちは片腕だけだというのに、彼女は両腕で乱打してくるものだから防ぐのに苦労したが、これはこれで良い修行になったと思う。「何で当たらないのよー!!」と彼女を更に怒らしてしまったようなので、今度は掠るぐらいはしてみようか。当たりはしない。痛いからな。

 

 

 

 

 

本日の収穫

・自覚すること

・クラスメイトの恐怖

・友人(?)

 


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