その身に咲くは剣の花   作:ヤマダ・Y・モエ

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第五話

 ……暖かい。森での生活ではこの様な何かに包まれるような優しい暖かさは感じる事が出来なかった。森での暖かさと言えば、太陽の光と、焚火だけだった。寒い日は体を毛皮にくるんで眠ったものだが、それも無いよりはマシと言ったものでこのような優しい暖かさは感じられない。

 そういえば、何故この様な暖かさを感じられるのだろう? まさか動物にのしかかられているのか? それにしては重さを感じない。駄目だ、訳が分からない。ん? 待て。『訳が分からない』? そういえば、最近何度も心の内で連呼したような気がする。確か、森から動物たちが居なくなり、黒い着物を着た男たちに追われ、白い化物に襲われ……!!

 ハッと目が覚めた。そうだ、俺はあの化物に襲われ、腹を貫かれ左腕を噛み砕かれたではないか。てっきり死んだものだとばかり思っていたが、どうやら生きていたようだ。いや、決めつけるのはまだ早い。俺の知っている言葉の中に、地獄の二番底という言葉がある。意味は良く分からぬが、死んで尚あの世のような世界があるのだろう。つまり、ここはそういうところかもしれないのだ。

 鬼が出るか蛇が出るか、意を決して眼を開けた。ぼやけた視界に初めに移ったのは見慣れぬ天井だった。いや、見慣れぬのは当たり前か。流魂街に来てから即座に森での狩猟暮らしだ。そもそもどのような天井にも馴染みが無い。あるのは生い茂る木々から漏れる太陽の光だ。お蔭で毎日眼が覚めたら眩しくて仕方が無かった。

 それは良いとして、ここは何処なのだろうか。とりあえず体を起こそうとしてふと違和感を感じた。なんとなく、左側が軽いのだ。左腕を挙げてみようとするも、その左腕が上がることは無かった。何故なら、俺の左腕は肩からバッサリと無くなっていたからだ。

 

「あ、目が覚めましたか?」

 

 声のした方を見てみると、そこには黒い着物を着た男……ではなく女がいた。黒い着物ということであの男たちが思い出された。追われていたとはいえ、俺の生死を分けたあの歩法を教えてくれたのはあの男たちだ。やはりどうも悲しくなってしまう。

 男たちへの哀悼もそこそこ、次はこの女の事だ。あの男たちと同じ服を着ているが、彼らと同じような存在なのだろうか。なら俺はこの後この女に追われるのだろうか。

 

「喋らない方がいいですよ。まだ喉を痛めてますから」

 

 この言動からして追われることはなさそうだ。

 腹を見ると赤い染みが出来た包帯が巻かれていた。どうやらここは病院のようなところらしい。女は喉を痛めていると言ったが、大方煙を大量に吸ってしまったからだろう。死ぬ気で一矢報いたつもりだったが、こうして生を繋いでくれたことに一言お礼を言いたかったのだが、言えないのなら仕方ない、せめて頭を下げよう。

 

「あ、それとあまり動かない方がいいですよ。傷が開きます」

 

 どうやら頭を下げることも出来ないらしい。なんという無情。俺は自分の恩人に何も返す事が出来ないのか。

 

「酷い怪我だったんですよ? ここに運び込まれた時なんかはいつ死んでもおかしくない状況で、隊長まで出てきたんですから」

 

 やはり俺は死にかけていたのか。というか、棺桶に肩まで浸かっていたのではないだろうか。なにせ、三本の尻尾により体内から焼かれ、片腕を再起不能なまでに噛み砕かれたのだ。これで死なないなど奇跡であろう。

 

「……その、左腕に件ですが、残していても壊死して腐敗菌や感染症に罹ってしまうので切り落とす事になってしまいました。……すみません」

 

 どこか辛そうな表情で左腕切断の経緯を説明してくれた。

 何故彼女が辛そうにするのかが分からない。左腕が使えなくなること前提での行為だったのだ。そうなってしまったのは単に俺があの化物よりも弱かったからであり、彼女に責任は一切ない。むしろ、死ぬ筈だった俺を助けてくれたのだ。称賛こそすれ非難を浴びる謂われはない。……それとも、俺を助けた事自体が非難を浴びる事だったのだろうか? だとしたら申し訳ないが、俺にはどうする事も出来ない。精々残った利き腕で腹を斬ることぐらいしかできないだろう。

 彼女に自分を責める必要が無い事を伝えなければならない。だが、意思を交える為に使われる筈の喉は現在使えぬときた。使えない口である。

 とりあえず、右手をヒラヒラと振ることで気にしなくても良いという事を伝える。

 

「……ありがとうございます」

 

 どう伝わったかは分からないが、彼女はそう述べると歪な笑みを浮かべた。なんだ? ちゃんと伝わらなかったのか?

 

「でも、いくらアセビさんが気にしなくても駄目なんです。私の腕がせめて席官並みにあったらあなたの腕は……」

 

 つまりは己の実力不足を嘆いているのか。だったら俺も同じだ。あの化物に手も足も出ず、己の体に穴を三つ開け、更に腕を一本犠牲にしなければ太刀傷さえ負わせられなかった。今まで食してきた動物たちに面目が立たない。だというのに、何故か俺は彼女ほど自分が許せないという気分ではない。そんな気分にならないほどズタボロにやられたのか、あるいはそもそも負けたとすら思っていないのか……おそらく前者だろう。

 だが彼女は違うだろう。俺の腕を切断したのは間違いなく正しい判断だと思うが、それでも自分に実力があればと思ってしまうのは仕方が無い。なら俺に出来ることは彼女が今以上の実力を身につけれる事を願うしかない。そういう意味を込めて、俺に手近にあった紙に『精進』と書いて彼女に見せた。

 

「……はい!」

 

 俺の意図を全て汲んだかどうかは知らぬが、彼女は元気よく返事をした。彼女への恩は後々形にして返すとして、次は己の事だ。これからどうすべきだろう。おそらくあの森は火事で生物は殆ど別のところへ避難しているだろう。つまり、俺が再びあそこへ戻ったとしても、生きる術が無いということだ。なら、場所を移すか? いや、元よりそれぐらいしか無いだろう。……ところで、ずっと気になっていたのだが俺の名前をどこで知ったのだろうか。俺は流魂街に来てから一度も人には教えた事もないのだが。例外があるとすればカロール・コンブスティーブレ……長いな、コンブでいいか。それに教えただけなのだが、まさかその時に書いたあれだろうか。だがあれだと、まるで殺された被害者が最後の抵抗に犯人の情報を残すみたいな感じになるわけだが、特定される犯人がいなかったから俺の名前になったのだろうか。結局、その疑問は口がきけない今は解くことができないだろう。別段急いで解明すべき事でもない。口がきけるようになったら聞くことにしようか。

 

「あの、それでですね、アセビさんが持っていた【浅打(あさうち)】なんですが、あれは……?」

 

 【浅打】? 何のことだ? いや待て、俺の持ち物と言ったら肉か刀しかないだろう。肉の事は単純に肉と呼べばいいのだから、ここはあの刀の事を指しているのか。成程、あの刀にはちゃんと銘があったのか。知れて良かった。

 

「【浅打】は死神しか持っていない筈なんですけど、あれは何処で手に入れたんですか?」

 

 この問いに答える事は簡単だ。森で拾った。それだけなのだから。だが、今は口がきけず、こんな簡単な問いにもすんなり答える事が叶わない。沈黙している俺に疑わしげな視線が突き刺さる。ええい、そんな眼で見ても何も怪しい事などない。ああそうだ、そこに紙があるじゃないか。さっきも紙で俺の意図を表したのだから初めからそうしていればよかった。早速、再び紙に筆を走らせる。うむ、何処から見ても『森で拾った』だ。問題ない。俺は紙を彼女に見せた。

 

「……? えっと、森で拾った?」

 

 肯定。別に何処からか盗んだわけでもなく、他人から強奪したわけでもない。あくまで拾ったのだ。落とし物は落とし主に、という常識は知っているが、その落とし主もおそらく死んでいるのだから構わないだろう。死体漁りとは何事か、と言われればそれまでだが。

 

「それの持ち主の人は?」

 

 既に死んでいた。おそらくなんとなく勘付いてはいたのだろう。俺が首を横に振ると、彼女は「そうですか……」と呟いた。何か思う所でもあるのだろうか? 何にせよ、俺にはそう関係の無い事であろう。

 

「分かりました。最後の質問ですが、森に四人死神が派遣されたと思うのですが、それは虚にやられたということで間違いないですか?」

 

 虚とは、おそらくあの白い化物の事だろう。あの男たちも虚と言っていたから間違いない筈だ。

 勿論肯定だ。俺が木に頭をぶつけて気絶しているうちにあの男たちはやられたのだから。

 

「分かりました。協力ありがとうございます。……ここからは、私事なんですけど、その、構いませんか?」

 

 実力が無い事を嘆いていたのも私事ではないのか。いや、あくまで仕事に関する事だから私事じゃないのか。何にせよ、こんな喋れない無口男が相手でよければいくらでも喋ってもらって構わない。

 

「アセビさんは……死神になる気はありますか?」

 

 先ほどからちょくちょく出てくる『死神』というのはこの黒い着物を着た者たちの事を指しているのか? だとすると、俺は計三回も死神にあったことになるな。俺の中の死神の形は鎌を持って全身骨だけのボロボロのローブを着た感じだったのだが、また俺の中の常識が木っ端微塵に粉砕されたな。

 で、彼女は俺に死神になる気があるのかと聞いてきたな。どういう意味だ? 死神というものはなろうとおもってなれるものなのか?

 

「あ、死神が何なのか分からないですか? そうですね……じゃあ、掻い摘んで説明します」

 

 俺の表情から察してか、彼女は死神について説明してきた。

 曰く、「虚から人々を守り、迷える霊を成仏させる存在」らしい。今の内容だと俺が終われていた理由が小指の甘皮ほども理解できないが、俺が何かしたのだろうな。よく考えれば、森に住む不審者そのものじゃないか、俺は。

 

「そして、その死神になる為に一般的には真央霊術院を卒業する必要があるのです」

 

 ここで彼女の話は終わった。つまり俺はこれから真央霊術院なる寺子屋のようなところに通う必要があるのだろうか。森での生活に別段未練を感じないので別に構わないのだが、良いのだろうか。こんな森で生きた野蛮人がそんな所に通って。

 

「入院する為の入試はあるのですが、アセビさんの霊圧なら問題なく合格できると思います」

 

 霊圧とは一体。いや、そういえば俺も一度それらしきものを使ったではないか。俺命名の【霊力】というものを。まさかあれは死神達の常識の中にある名前だったのか?

 いや、それよりも、彼女は俺の霊圧なら問題ないと言ったな。霊圧が何かは未だに分からんが、まあ、圧力みたいなものだろう。霊圧と圧力、名前が被っているだけで同じようなものだと決めつける俺の頭の程度が知れた瞬間だな。俺の頭の具合は霊圧とは関係ないだろうが、ついこの前まで森で狩猟生活をしていた俺がそう容易く合格するものだろうか? 合格の基準が分からないから何とも言えんな。

 とりあえず、彼女の提案を無碍に扱うことも出来ない。森で暮らすよりかは生活水準が上がるであろうし、合格するにしても不合格するにしても行ってみることにしようか。

 

 

 

 

 

本日の収穫

・人脈

・死神への第一歩

 

本日の喪失

・森での狩猟生活

・左腕


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