10月5日夕方 鎮守府提督室
「んー!」
提督は席から立ち上がると、窓辺で大きく伸びをした。
もう少しで夕方だが、今日の作業は終わりだ。
「書類が出来てるのは助かるけど、中身を読んで、ハンコと署名というのも大変だなあ」
秘書艦当番である加賀は、トントンと書類を整えながら言った。
「夕張さんに何か作ってもらいますか?」
「壮絶な物が出てきそうだから止めとくよ」
「賢明なご判断です」
ふと見ると、中庭を歩く大隅が居た。
「そうか、そろそろ2週間、か」
「何がです?」
「大隅がここに来て、2週間ちょっとだなと」
「毎日研究室に通ってるようですよ」
「あまり根を詰めても上手く行かんと思うけどなあ」
「何か理由があるのかもしれませんね」
「ふむ・・ちょっと聞いてこようか」
はぁ~
大隅は提督棟の前にある大木の下で、芝生にちょこんと腰を下ろした。
もう2週間が過ぎたけど、全然上手く行かない。
研究室の人達は毎日試行錯誤してくれるけど、どれも失敗。
日に日に選択肢が減って、ふと無くなってしまうのではないかと怖くなり、今日は早く切り上げてしまった。
このまま上手く行かなかったらどうしよう。
「大隅さん」
「・・あ、て、提督さん!」
「良いよ良いよ座ってて。話しても大丈夫かな?」
「はっ、はい!」
「そっか、色々頑張ってるけど、ダメなんだね」
「このまま化けてる方が確実なのかなとか思っちゃって」
「それで良いなら良いんだけど、安心出来ないんじゃない?」
「そうですね。地上に行くのは結構怖かったです」
「地上に行ってたのかい?」
「ええ。あの、提督さんには怒られそうですけど。補給隊の活動でしたから」
「補給隊?んー、どっかで聞いた名前だな」
「簡単に言うと、艦娘を買ってきて深海棲艦にしてた隊です」
「おおう」
「でも、そこでの仕事が本当に嫌になっちゃって。隊も解散になりましたし」
「そうか。どうして、嫌になったんだい?」
「深海棲艦にするのは、艦娘さんが寝てる間に行うんです」
「大隅さんが変化させるの?」
「いえ。あの時は隊長だったチ級がやってました」
「そっか」
「艦娘さん達は目が覚めたら深海棲艦になってるわけで、とても悲しそうに泣くんです」
「まぁ、そうだろうな」
「私も元々は艦娘で、気付いたら深海棲艦だったんで、その気持ちが良く解る」
「うん」
「何でこんな悲しい思いを艦娘達にさせてるんだろうって、それが嫌で嫌で」
「そっか」
「だから補給隊が解散になって、本当に良かったと思います」
「なるほどね。ところで大隅さんはどうして、人間になりたいんだい?」
「えっ?」
「最初から、凄く強く人間になりたいって感じが出てたし」
「は、はい」
「何か訳があるのなら、良かったら教えてくれないかな」
「え、ええと。補給隊では、人間の方にも手伝ってもらってたんです」
「例えば、鎮守府調査隊とか、かな?」
「は、はい。凄くいやらしいおじさんで困りましたけど」
「あのおじさんに復讐しようにも、もうこの世には居ないよ。」
「えっ!?いえ、復讐する気は無いですし、居なくなったのは知ってましたが、亡くなったんですか」
「推測だけど、深海棲艦に狙撃されたと考えられる」
「深海棲艦も色々居るので、多分他の隊なんでしょうね・・・」
「あ、すまん、話の腰を折っちゃったな」
「いえ。調査隊の人が居なくなった後、凄く真面目に働いてくれる人と出会ったんです」
「ほう」
「その人と仕事してると楽しくて、でも深海棲艦て事を秘密にしてたから心苦しくて」
「ふむ」
「最後の方で本当の事を打ち明けて、ここに来る事も言ったんです」
「それで?」
「そしたら人間になれると良いね、阿武隈として帰って来たら親代わりに面倒見てやるよ・・って」
「そっか・・」
「だっ、だから、どうしても、阿武隈の姿で人間になって帰りたいんです!」
「その人の子供として、やり直したいって事か」
「はい。どうしても、どうしても、行きたいんです」
「うーん、何とかしてあげたいねえ。もどかしいねえ」
「提督・・さん」
「良い話じゃないか。普通の人は深海棲艦なんて見た事も無いだろうから、きっと驚いただろうに」
「姿を見ても信じられないなあって言ってました。あと、人を食べるんじゃないのって」
「デマが際限なく飛び交ってるからね。司令官でも誤解してる人も多い」
「でも、それでも戻って来てほしい、仲間だから、って」
「何とかしてあげたいな~」
「・・・。」
「その人とは連絡は取れてるのかい?」
「ここに来てからは1度も連絡してないです」
「ふむ。ちょっと一緒においで」
「はい?」
「・・・一般の方を迎賓棟に、ですか?」
「ファールかな?ヒットかな?アウトかな?」
「なぜ3塁線のライン上で止まったボールの判定みたいな難問を持ってくるのです?セウトって言いますよ」
加賀が腕を組んでふむと息を吐いた。
「あ、あの、無理して頂かなくても」
「だって人間になるまで連絡も出来ない会えないじゃ寂しいだろう?」
「だ、だから、頑張って短い期間で・・と」
「加賀ぁ~」
「そっ、そんな私が意地悪してるかのような声をあげないでください」
「頼むよ~」
「ん~、あまりにも特殊なので・・・ちょっと大本営に確認を取ってみます」
「確認というか」
「許可を取ってくれば良いのですね。全く無茶な・・・」
そして、20分程して戻ってきた加賀は、
「やりました」
「さすが加賀さん。ボーキサイトおやつと羊羹どっちが良い?」
「栗最中」
「なっ!!!!どうして今持ってる事を知ってる!!」
「4個」
「び、備蓄数まで知ってるのか・・・難しい交渉を成し遂げてくれたから致し方あるまい」
戸棚の奥からしぶしぶ4個の栗最中を出して手渡すと、
「頂きます。また補充しておいてくださいね」
「そうそうこんな難しい注文は無いよ」
「そうですか?」
「・・・すいません、補充しておきます」
「よろしくお願いします」
大隅は二人を見てて思った。こんなやり取りを虎沼さんと出来たら楽しいだろうなあ。
「そうだ、大隅さんも折角だから1つ食べてみるかい?限定物だから滅多に食えないよ」
「い、良いんですか?」
「じゃあお茶を淹れてきますね」
「・・・てことは」
「私はこれと別に頂きますが、提督も召し上がりますか?」
「食べますから3人分淹れて来てください」
「解りました」
計5つ・・だと・・
なんか最近加賀の交渉術がやたら上手くなってる気がする。
加賀は急須に湯を注ぎながら思った。
少し高い出費でしたが、おかげで大本営とも提督とも円滑に交渉出来ました。
文月さんが添削する短期集中講座はさすがに一味違います。
栗最中、赤城さんは喜んでくれるかしら。2個なんて一口でしょうけど。
「んほぉぉぉぉぉぉ~」
「やはり、この栗最中は絶品だなあ」
「上品な味ですね」
「こんな美味しいお菓子、始めて頂きました!」
「期間限定の上、1つ500コインもするんだぞ」
「たかっ!」
「味わって食べてください」
「はいっ!」
「・・・やっぱり、2つお返ししましょうか?」
「いいよ、赤城は1つじゃあっという間に飲み込んじまうだろ」
「御見通しですか」
「御見通しですよ」
「ごちそうさまでした。では、迎賓棟の1軒を通年で押さえておきますね」
「お、加賀さん優しい」
「5つ目の、お礼です」
「そっか。」
「あ、ありがとうございます!」
「方法が見つかると良いですね」
「お二人のおかげで、元気が出てきました!」
「焦らず、色々やってみればいい。会いたければ会えば良い。願いを諦めるなよ」
「はいっ!それじゃ、そろそろ失礼します!」
「呼びたくなったら私か秘書艦に相談すると良い」
「はいっ、ありがとうございます!」