艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file52:大隅ノ告白

10月5日夕方 鎮守府提督室

 

「んー!」

提督は席から立ち上がると、窓辺で大きく伸びをした。

もう少しで夕方だが、今日の作業は終わりだ。

「書類が出来てるのは助かるけど、中身を読んで、ハンコと署名というのも大変だなあ」

秘書艦当番である加賀は、トントンと書類を整えながら言った。

「夕張さんに何か作ってもらいますか?」

「壮絶な物が出てきそうだから止めとくよ」

「賢明なご判断です」

ふと見ると、中庭を歩く大隅が居た。

「そうか、そろそろ2週間、か」

「何がです?」

「大隅がここに来て、2週間ちょっとだなと」

「毎日研究室に通ってるようですよ」

「あまり根を詰めても上手く行かんと思うけどなあ」

「何か理由があるのかもしれませんね」

「ふむ・・ちょっと聞いてこようか」

 

はぁ~

大隅は提督棟の前にある大木の下で、芝生にちょこんと腰を下ろした。

もう2週間が過ぎたけど、全然上手く行かない。

研究室の人達は毎日試行錯誤してくれるけど、どれも失敗。

日に日に選択肢が減って、ふと無くなってしまうのではないかと怖くなり、今日は早く切り上げてしまった。

このまま上手く行かなかったらどうしよう。

「大隅さん」

「・・あ、て、提督さん!」

「良いよ良いよ座ってて。話しても大丈夫かな?」

「はっ、はい!」

 

「そっか、色々頑張ってるけど、ダメなんだね」

「このまま化けてる方が確実なのかなとか思っちゃって」

「それで良いなら良いんだけど、安心出来ないんじゃない?」

「そうですね。地上に行くのは結構怖かったです」

「地上に行ってたのかい?」

「ええ。あの、提督さんには怒られそうですけど。補給隊の活動でしたから」

「補給隊?んー、どっかで聞いた名前だな」

「簡単に言うと、艦娘を買ってきて深海棲艦にしてた隊です」

「おおう」

「でも、そこでの仕事が本当に嫌になっちゃって。隊も解散になりましたし」

「そうか。どうして、嫌になったんだい?」

「深海棲艦にするのは、艦娘さんが寝てる間に行うんです」

「大隅さんが変化させるの?」

「いえ。あの時は隊長だったチ級がやってました」

「そっか」

「艦娘さん達は目が覚めたら深海棲艦になってるわけで、とても悲しそうに泣くんです」

「まぁ、そうだろうな」

「私も元々は艦娘で、気付いたら深海棲艦だったんで、その気持ちが良く解る」

「うん」

「何でこんな悲しい思いを艦娘達にさせてるんだろうって、それが嫌で嫌で」

「そっか」

「だから補給隊が解散になって、本当に良かったと思います」

「なるほどね。ところで大隅さんはどうして、人間になりたいんだい?」

「えっ?」

「最初から、凄く強く人間になりたいって感じが出てたし」

「は、はい」

「何か訳があるのなら、良かったら教えてくれないかな」

「え、ええと。補給隊では、人間の方にも手伝ってもらってたんです」

「例えば、鎮守府調査隊とか、かな?」

「は、はい。凄くいやらしいおじさんで困りましたけど」

「あのおじさんに復讐しようにも、もうこの世には居ないよ。」

「えっ!?いえ、復讐する気は無いですし、居なくなったのは知ってましたが、亡くなったんですか」

「推測だけど、深海棲艦に狙撃されたと考えられる」

「深海棲艦も色々居るので、多分他の隊なんでしょうね・・・」

「あ、すまん、話の腰を折っちゃったな」

「いえ。調査隊の人が居なくなった後、凄く真面目に働いてくれる人と出会ったんです」

「ほう」

「その人と仕事してると楽しくて、でも深海棲艦て事を秘密にしてたから心苦しくて」

「ふむ」

「最後の方で本当の事を打ち明けて、ここに来る事も言ったんです」

「それで?」

「そしたら人間になれると良いね、阿武隈として帰って来たら親代わりに面倒見てやるよ・・って」

「そっか・・」

「だっ、だから、どうしても、阿武隈の姿で人間になって帰りたいんです!」

「その人の子供として、やり直したいって事か」

「はい。どうしても、どうしても、行きたいんです」

「うーん、何とかしてあげたいねえ。もどかしいねえ」

「提督・・さん」

「良い話じゃないか。普通の人は深海棲艦なんて見た事も無いだろうから、きっと驚いただろうに」

「姿を見ても信じられないなあって言ってました。あと、人を食べるんじゃないのって」

「デマが際限なく飛び交ってるからね。司令官でも誤解してる人も多い」

「でも、それでも戻って来てほしい、仲間だから、って」

「何とかしてあげたいな~」

「・・・。」

「その人とは連絡は取れてるのかい?」

「ここに来てからは1度も連絡してないです」

「ふむ。ちょっと一緒においで」

「はい?」

 

「・・・一般の方を迎賓棟に、ですか?」

「ファールかな?ヒットかな?アウトかな?」

「なぜ3塁線のライン上で止まったボールの判定みたいな難問を持ってくるのです?セウトって言いますよ」

加賀が腕を組んでふむと息を吐いた。

「あ、あの、無理して頂かなくても」

「だって人間になるまで連絡も出来ない会えないじゃ寂しいだろう?」

「だ、だから、頑張って短い期間で・・と」

「加賀ぁ~」

「そっ、そんな私が意地悪してるかのような声をあげないでください」

「頼むよ~」

「ん~、あまりにも特殊なので・・・ちょっと大本営に確認を取ってみます」

「確認というか」

「許可を取ってくれば良いのですね。全く無茶な・・・」

そして、20分程して戻ってきた加賀は、

「やりました」

「さすが加賀さん。ボーキサイトおやつと羊羹どっちが良い?」

「栗最中」

「なっ!!!!どうして今持ってる事を知ってる!!」

「4個」

「び、備蓄数まで知ってるのか・・・難しい交渉を成し遂げてくれたから致し方あるまい」

戸棚の奥からしぶしぶ4個の栗最中を出して手渡すと、

「頂きます。また補充しておいてくださいね」

「そうそうこんな難しい注文は無いよ」

「そうですか?」

「・・・すいません、補充しておきます」

「よろしくお願いします」

大隅は二人を見てて思った。こんなやり取りを虎沼さんと出来たら楽しいだろうなあ。

「そうだ、大隅さんも折角だから1つ食べてみるかい?限定物だから滅多に食えないよ」

「い、良いんですか?」

「じゃあお茶を淹れてきますね」

「・・・てことは」

「私はこれと別に頂きますが、提督も召し上がりますか?」

「食べますから3人分淹れて来てください」

「解りました」

計5つ・・だと・・

なんか最近加賀の交渉術がやたら上手くなってる気がする。

加賀は急須に湯を注ぎながら思った。

少し高い出費でしたが、おかげで大本営とも提督とも円滑に交渉出来ました。

文月さんが添削する短期集中講座はさすがに一味違います。

栗最中、赤城さんは喜んでくれるかしら。2個なんて一口でしょうけど。

 

「んほぉぉぉぉぉぉ~」

「やはり、この栗最中は絶品だなあ」

「上品な味ですね」

「こんな美味しいお菓子、始めて頂きました!」

「期間限定の上、1つ500コインもするんだぞ」

「たかっ!」

「味わって食べてください」

「はいっ!」

「・・・やっぱり、2つお返ししましょうか?」

「いいよ、赤城は1つじゃあっという間に飲み込んじまうだろ」

「御見通しですか」

「御見通しですよ」

「ごちそうさまでした。では、迎賓棟の1軒を通年で押さえておきますね」

「お、加賀さん優しい」

「5つ目の、お礼です」

「そっか。」

「あ、ありがとうございます!」

「方法が見つかると良いですね」

「お二人のおかげで、元気が出てきました!」

「焦らず、色々やってみればいい。会いたければ会えば良い。願いを諦めるなよ」

「はいっ!それじゃ、そろそろ失礼します!」

「呼びたくなったら私か秘書艦に相談すると良い」

「はいっ、ありがとうございます!」

 


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