艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file50:赴任ノ心得

 

10月8日夜 鎮守府食堂

 

「それでは!霞ちゃん達の新たな門出を祝して!乾杯!」

「かんぱぁーい!」

おめでとうという声と共に、コップが、グラスが、ジョッキが、御猪口が触れ合う。

明日の出発を前に、送別会をしようという提案を採用し、食堂で送別会を開いたのである。

提案したのはもちろん赤城であるが、妙に一升瓶や酒のつまみが多い気がする。

「てっ、提督」

ふと見ると、霞が飲み物を持って隣に立っていた。

「か、カンパイ!

「おっ、カンパーイ」

ちん。

「本当に、ありがとう。ちゃんと御礼が言いたくて」

「今生の別れじゃあるまいし。またいつでもおいで」

「そうね、提督はきっとそう言うと思ったわ」

「霞はそれ、ウィスキーのロックか?」

「ウーロン茶に決まってるでしょ!」

「そっか。隙がないなあ」

「明日は最初の挨拶なんだから、い、色々考えないといけないのよ」

「霞って結構マメだよな」

「うっ、うるさいわね」

「まぁ座りなさい座りなさい」

「お邪魔するわ」

「明日行く鎮守府の司令官がどんな人かは聞いてるか?」

「あ、そういえば聞いてないわ。提督は知ってるの?」

「青葉達の報告だと、大柄で熱血って感じらしい」

「あら、気が合いそう」

「あと、情に厚いようだ。君達の経緯を聞いて前の司令官の行為にそれはそれは怒ったらしい」

「・・・そう」

「まぁ、上手く尻に敷くと良い」

「え?ここは普通、ちゃんと礼節を持って~とか言うんじゃないの?」

「そんな建前、今更聞きたいか?」

「建前も大事よ?」

「こんな酒席では本音で良いだろ?」

「提督はぶっちゃけすぎなのよ」

「そうか。だから艦娘達から叱られるのかな」

「要は隙だらけって事でしょ」

「そう!それ言われるんだ!なんでだ?」

「思い当たることは山ほどあるわ。そうね、本当に大事する女は一人に決めなさいって事かしら」

「皆可愛い娘達だ。絞るなんてありえんよ」

「それこそ建前よ。提督自身の気持ちってのがあるでしょ」

「こんなおじさんになって恋もあるまい」

「あのね・・・それじゃ艦娘達が可哀想よ。あんだけフラグ建てといて」

「フラグ?何の?」

「うわ!無意識の天然なの?最悪!」

「最悪とかいうな。一体何の事だ?」

「ひどいわね~、あんだけ艦娘達が解りやすいサイン出してるのに」

「何の?」

「・・・提督、つねられたりした事ない?」

「この前コブラツイストかけられたな」

「そ、それはまたダイナミックな表現ね・・・その時何があったのよ?」

「んー?ええと、深海棲艦と打ち合わせしてる時に人間に化けてもらったんだが」

「状況がまた凄いわね。提督が深海棲艦と会うって時点で相当非常識よ?」

「ここじゃ割と普通だよ。でな、化けた深海棲艦に相変わらず美人だねって言ったんだ。」

「・・・良く死なずに済んだわね」

「この説明だけで解るの!?」

「当たり前でしょ」

「なぁ霞!去る前に教えてくれ!皆に聞いても鈍感とか自業自得とか訳の解らない事ばかり言うんだよ!」

「皆、答えそのもの言ってるじゃない!」

「だからサッパリ解らんと!」

「そりゃ鈍感って言われるわね」

「どうしろというんだ・・・」

「とりあえず、私が言った事が答えと思って良いわよ」

「誰かに決めろっていう、あれ?」

「そう。ちゃんと、一人に決めなさい。それを皆に言うの」

「だって全員仲間じゃないか・・」

「女の子はその中でも特別扱いしてほしいし、それが誰かに決まるまでは不安なものよ」

「自分じゃなくても?」

「はあ?選ばれなければ勿論それなりの制裁をかますわよ?」

「例えば?」

「所構わず泣き続けるとか、一晩中ひっかくとか、何十年経っても蒸し返すとか、お茶にゴキ入れるとか」

「物凄く怖いんだけど」

「まっ、自業自得よね。コナかけたんだから」

「コナ?」

「コナ」

「例えば?」

「女の子泣かせるとか、何度も優しくするとか、心当たりない?私はあるわよ?」

「優しくするなんて毎日当たり前にしてるよ」

「だ・か・ら」

「はぁ!?それじゃ鎮守府で提督として仕事出来ないじゃないか!」

「公私きっちり分けて軍隊として厳しく行ってる司令官だって普通に居るわよ?」

「私には無理だ」

「ま、そうでしょうね」

「てことは・・」

「ずっとコナかけ続けるから、艦娘達からコブラツイストかけられて、鈍感と言われ続ける運命ね」

「・・・もうそれでいいよ」

「じゃあもう知らない。ところで、何でこのテーブル、刺身ばかりなの?」

「向こうには焼き鳥もあるよ?」

「なんというか・・・食事というより酒のツマミよね」

「絶対誰かが謀ったよな」

「・・提督?」

「私は下戸だ」

「じゃあ違うわね」

「霞は飲む?」

「いいえ、嫌いでは無いけど好きでも無いもの」

「じゃあ主賓の好みに合わせた訳でもないのか、なんだろうな」

「・・・あ」

「どうした?」

「あれ・・・」

提督が霞の指差した方を見ると、酒豪と呼ばれる面々が1テーブルを占領している。

前に並んでいた一升瓶がいつの間にかそのテーブルに移動し、全員で肩を組んで大声で歌っている。

「あー、あの辺りが震源地だな」

「うちの飛鷹も混じってるわね。いつの間にのんべぇ仲間になったのかしら」

「まぁ、別れを惜しんでくれる仲間ってのは良いものさ。一応、送別する人の好みに合わせたって事だな」

「12名中1名の、ね・・・」

「おっ、霞、見てみろ」

「なに?」

「ここは刺身だが、あのテーブルは凄いな」

「なによ・・!!!!!」

「ほら、ケーキとかタルトとかデザートばっかり。最初から全部デザートは無いよな・・・あれっ?」

ふと隣を見ると、こつ然と霞が消えていた。

向き直ると、霞が叢雲と壮絶なデザート分捕り合戦をやっていた。フォークで火花を散らしている。

改めて観察すると、電が果物コーナーで桃を貪ってるし、送られる艦娘はどこかで夢中になって食べている。

なるほど、もてなしてはいるのだな。私も刺身は好きだしなあ。

提督は苦笑しながら、炙りトロの刺身を口に入れた。

 

 

10月9日昼 第5151鎮守府

 

「いや、すまないすまない!」

霞達はドアを開けて出てきた人物にぎょっとした。

色黒の大男がTシャツにニッカポッカにゴム長靴、頭に手ぬぐい、首に長いタオルをかけていたからだ。

ツルハシでも持てばまんま道路工事の作業員である。

すぐ後から、マスクをかけ、手ぬぐいを被った艦娘が2人、ひょこっと姿を現すと、霞達に詫びた。

「すみません!新しい畳や布団を発注したら全部今朝届いてしまって!」

「何とか間に合わせようと3人で頑張ってたんだが間に合わなかったんだ!許せ!」

我に返った霞が、さっと敬礼すると

「司令官!只今を以って霞以下12名、着任致します!ご指導ご鞭撻の程よろしくお願いいたします!」

「さすがは教育を受けた艦娘だ!ありがとう!私が司令官だ!まだ日の浅い若輩者だがよろしく頼む!」

「ありがとうございますっ!」

「で!早速疲れてる所すまないんだが」

「はい!」

「畳の上げ方解るかな?古い畳と入れ替えたいのだが、どうしても上がらん」

「叩けば良いって聞いたんですけど、どれだけ叩いても埃が舞い上がるばかりなんです」

霞はがくっとよろめいた。これはかなり基本から私が教えないとダメみたい。

「解りました、案内してください!皆、手分けしてやるわよ!」

「はいっ!」

それからはテキパキと作業が準備が進んでいった。

霞達が凄い勢いで進めていくので、司令官は感心しつつも手持無沙汰でウロウロしていた。

「あ、司令官!」

その時、霞が司令官に向かって言った。

「なんだい?」

「軍服をお召しになってください!誰か来たら困ります!」

「しかし、手伝いをする時に軍服じゃ動き辛いしなあ」

「司令官は指令を発する人です!どんと座って指示してください!私達がやります!」

「お、おお・・」

「・・どうしました?」

「なんだか初めて、司令官になった実感が湧いてきた」

「良かったですね!じゃあ着替えて来てください!」

「あいよっ」

霞はくすっと笑った。ほんと、根の良さそうな人。良かった。

「あ、あの」

おずおずと吹雪が近づいて来た。

「何?」

「霞さん、秘書艦をお願いできませんか?」

「え?どうして?」

「わっ、私も艦娘として生まれたばかりで、手続きも何も良く解らなくて」

「・・・。」

「司令官さんに迷惑かけたくないんですけど、テキパキ出来なくて」

霞はニコッと笑うと

「解らない事はいつでも教えてあげるわ。でも、秘書艦は貴方がやりなさい。」

「で、でも」

「貴方が秘書艦。それが司令官の期待と指示よ。指示に従って期待に応える。良いわね?」

「そっか。そうですね!」

「大丈夫。ずっと一緒に居るし、手を貸してあげるから!」

「はい!」

霞は教育最終日の夕方、龍田に呼ばれた時の事を思い出していた。

 

「霞さん」

「はい!」

「貴方はきっと、今後鎮守府の中心で治める役になるわ」

「中心・・ですか」

「そう。だから、秘書艦は指示されない限りなっちゃダメ」

「え、ダメ、なん、ですか?」

「そうよ。中心で治めながら秘書艦なんて無理ですもの」

「・・・」

「だから秘書艦も、司令官も、艦娘も見える位置に居なさい」

「それは、どこなんでしょう?」

「そうね。第1艦隊以外、出来れば艦隊に入らない方が良いわ」

「えっ?艦隊に入っちゃいけないんですか?」

「ええ。特に第1艦隊は真っ先に戦いに出るし、秘書艦は司令官の補佐もする。そうすると鎮守府全体が見えなくなる」

「・・・。」

「だから秘書艦や第1艦隊所属といった華々しさは諦めなさい」

「・・・。」

「実際問題として、駆逐艦や軽巡では中盤以降も第1艦隊に居続けられる総合力は鍛えても得られないわ」

「そう、ですよね・・・」

「ただ、それはあくまで戦いに限った話。鎮守府を治めるのに艦種は関係ないわ」

「あ・・・」

「あなたは真面目で、気配りが出来て、裏表を理解し、頭もよく回る。鎮守府の中心で治める役に適してる」

「・・・」

「貴方が司令官、秘書艦、他の艦娘を見て、必要に応じて手を差し伸べ、育てながら鎮守府全体を治めるの」

「はい」

「私が今まで言ってきた事を忘れないで。表の栄光より貴方の力を発揮出来る立場と権力を掌握しなさい」

「龍田先生・・・解りました。頑張ります」

「はい、良く出来ました。じゃあ、これをあげるわね」

「カード、ですか?綺麗・・・」

「このカードを持ってる人は龍田会の一員よ。困っていたら、大本営を敵に回そうとも味方になってあげる」

「!」

「絶対、失くしちゃダメよ。それと、他の人達には内緒ね?」

「イエス、マム!」

「うふふふふ、物分りの良い子は大好きよ~」

 


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