艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

95 / 526
file49:霞ノ涙

10月1日午前 鎮守府提督室

 

「うーん、朝からだいぶお疲れだね」

「す、すいません。ちょっと残業が続いてます」

「ふむ、ちょっと心配だね。どこかで休息を取れないのかな?」

「んー、中間試験の補習が終われば何とか」

「試験休みを設けたらどうだ?この時期だと夏バテも出るだろう」

「夏休み後すぐだからと思っていたのですが、良いかもしれませんね」

受講生が少しずつ増えていく中、講師陣は6名のままだった。

普段の授業は十分回せるが、試験や成績考察の時期はかなり忙しくなっていた。

「教育の事務方を設けようか?」

「教育の事務方、ですか?」

「採点とか、出欠台帳の編集とか、教材のコピーとか、連絡とか、事務作業はあるだろ?」

「あ、それ、代わってくれると凄く助かります」

「ちょっと考えてみるよ。他に何かあるかな。龍田は何か提案はあるかい?」

「私も丁度事務方を提案しようとしていたのよねぇ。後は受講者の将来かなぁ」

「ああ、それについてもこの後提案があるんだ」

「じゃあ、まずは聞きましょうか~」

 

「ちゃんと相手先が酷かった場合の手段も考えてあって、良いわねえ」

「おっ、龍田もOKか。そりゃ心強いな。」

「いつもこれくらいの提案なら安心なんだけど~」

「うっ・・精進するよ」

「それはともかく、あとは誰を最初にするかしらね~」

妙高が口を開いた。

「それなら、霞さん達が良いんじゃないかしら?」

足柄が答えた。

「ええと、元5122、集団脱出を決めた子達ね」

「そう。あの子達は自らの意志で鎮守府を出て、最初から異動を希望していた」

「確かに心のダメージも少なかったし、最初から意欲的に教育プログラムに取り組んでたわ」

「先頭に立ってる霞さんを中心に、統率も良く取れてるし」

「教育自体はどれくらい残ってるんだい?」

「応用課程が今週末までよ。習熟度も申し分ないからリピートは要らない」

「他の子達はまだ来たばかりとか、トラウマに悩んでたりとか、色々ね」

「そうだ、トラウマと言えば、なんだが」

「はい?」

「文月から聞いたのだが、通常の異動手続きではLV1に戻すらしい」

「はい」

「LV1になると、艦娘になってからの記憶を忘れられるそうなんだ」

「えっ」

「艦娘になる前の船としての記憶は残るそうだ。もし、あまりにもトラウマに苦しんでる子が居るなら」

「安易には使いたくないですけど、ね」

「そうだね。楽しかった記憶も、仲間の記憶も、忘れてしまうからね」

「はい」

「まぁ、そういう手段もあるという事を覚えていてほしい」

「解りました」

「じゃあ霞達を呼んでくれるかな?」

「はい」

 

「えっ?このまま異動するの?」

霞はきょとんとした表情で答えた。

「このままって、どういう事かな?」

「いえ、私はてっきり、LV1に戻る前の手続きなのかと思ってたから」

「そっか、移転手続きを知ってたんだね」

「秘書艦もやってたから、手続きは一通り知ってるわ」

「なるほど」

「だからここは静養先みたいなもので、この先は全員バラバラでLV1からやり直すんだと思ってたわ」

「えっ、知らなかったよ?私はこの先も皆で行けると思ってた」

「だって移転先の鎮守府、つまりここには全員で来れたでしょ。だから山田さんは嘘をついてないわ」

「・・そうだね」

「で、これ言ったら絶対アンタ泣くでしょ?」

「う」

提督は口を開いた。

「私はLV1からやり直すのも良いと思う。どちらの強制もしないし、個人毎に希望を取っても良いよ」

「んー、皆はLV1からやり直したい?私は選べるなら嫌だけど」

霞と提督は同席する他の艦娘達を見たが、皆首を振っていた。

「だって霞ちゃん、なんだかんだで優しいし」

「なっ!何言ってるのよ!ビシバシ鍛えて来たでしょ!」

「うん。とっても頼りになるし、皆でここまでやってきたんだもん」

「私も、皆と一緒が良いです!」

「しょ、しょうがないわね・・・」

「良いチームだな、ここは」

「からかうなら砲撃するわよ?」

「からかってない。じゃあ全員で受け入れ可能か、問い合わせてみるよ」

「戦艦とか正規空母とか居たらすんなり歓迎されたかもしれないわね」

「どの艦種だって大事なんだぞ。自分を卑下するのは止めなさい」

「ま、皆にこの際言っておくけど、バラバラになったからってヘタレるんじゃないわよ?」

「!」

「鎮守府にはそれぞれ事情があるんだし、グダグダ言ってもしょうがないでしょ?」

「うー」

「ほら、言った傍からグズグズ泣くな!まだ決まってないし、そうなってもって事よ」

「う、うん・・・」

「私達も出来るだけ希望に添えるようにするよ」

「いつごろ解るのかしら?」

「土曜の午前中には解ると思うよ」

「手ぇ抜いたら砲撃するわよ」

「解ってる」

 

 

10月2日午後 第5151鎮守府

 

「ええっ!?駆逐艦と軽巡と軽空母の12隻、このリストの子達がまとめて来るんですか!?」

青葉と衣笠はしまったと思った。もう少し段階を踏んで説明しないとショックが大きかったか・・・

「吹雪!あ、空き部屋足りるか?貸布団の業者にも手配しないといかんな!後なんだ?」

「か、歓迎会はお寿司ですかね?ピザですかね?お酒はどうしましょう?おつまみって何が良いんですか?」

「倉庫も余計な物捨てておかんと入らんな!いっそ増築するか?」

「どうやって増築するんですか?手順知らないです!」

「大本営に連絡したら教えてくれるんじゃないか?」

「か、確認しておきます!」

「ええと、あの」

「なんだ?」

「い、いいん、です、かね?」

「勿論だ!一気に14隻体制になって、しかも経験を積んだ艦娘達だろ?大助かりだ!」

「あ、その前に、一応経緯をご説明します。その上で決めて欲しいんです」

「経緯?」

「来る事になる子達の、今までの事です」

 

ズシン!

「ひっ!」

衣笠がのけぞる位、鬼のように真っ赤になった司令官は、拳で力一杯机を叩いた。

「放置・・・それも何の言伝も無く1年以上・・だと・・・そんなのは辞職するのが当り前だっ!」

吹雪も拳を震わせながら

「可哀想です!あんまりです!」

「吹雪!寿司もピザも用意しなさい!布団は羽根布団で行こう!」

「畳も全部入れ替えます!」

「おうさ!精一杯気持ちよく迎えてやろうじゃねぇか!」

「じゃあ、よろしいという事で伝えますけど・・」

「おう!よろしく頼む!で、いつ来るんだ?」

「え、ええと、教育が今日終わるんですが、手続きに1週間かかりますので、来週末の予定です」

「そりゃ丁度良い!その間に鎮守府掃除して待ってるからな!」

「来週の出撃は中止ですね!」

「そうだな!那珂ちゃんも呼んで来い!3人で大掃除するぞ!」

「はいっ!」

衣笠と青葉は互いを見てにっこりと笑った。

提督とは毛色の違う司令官だが、大丈夫だろう。

 

 

10月3日朝 鎮守府提督室

 

「皆!良かったな!全員受け入れてくれる事になって!」

「い、良いけど・・・土曜のこんな朝早くから大声出さないでよね!耳に響くじゃないのっ!」

「あ、そりゃ、すまん」

「提督さん、違うんです」

「え?」

「霞ちゃんは希望通りになったから喜びのあまり照れてるんです」

「ばっ!バカな事言ってんじゃないわよ!誰がそんな!」

「霞ちゃんのテレ隠しは皆良く知ってるもん」

「ちっ、違っ!」

「昨日ずーっと寝てなくて寝不足だから、目の下にクマが出来てるのです」

「こっ、これは、朝早くて眩しくて、その、あの」

「へー」

「うるさいうるさいうるさいっ!あーもう、バカばっかり!心配で当然でしょ!悪い?悪かったわねっ!」

「あーあー、泣いちゃった」

提督が口を開いた。

「異動を決め、束ねてきた者として、責任を感じていたんだね」

「うー」

「最後までしっかり頑張ったな。霞は立派に旗艦を務めたよ。よくやった。」

「!!!」

堰を切ったようにボロボロ泣きだした霞を、他の艦娘達が抱きしめた。

「ごめんね、全部負わせちゃったね」

「今から私達も、一緒に頑張るからね」

「一人にしないのです」

提督と秘書艦当番だった赤城、それに青葉達は優しい目で見ていた。良い仲間達だ。

そして、ごしごしと目を擦ったあと、真っ赤な目のまま、霞は皆に整列を命じると、

「提督っ!元、第5122鎮守府全艦娘を代表して!こっ、この度の差配に厚く御礼申しあげますっ!」

と、ピシリと敬礼して言ったのである。

「うん。ここでの課程を立派に修めた君達ならどこででも通用する。」

「忘れないで欲しいのは、まずは1年間の派遣契約で赴くという事だ」

「・・・派遣?」

「そうだ。派遣期間で様子を見て、1年後に、君達が異動先として良いかどうか決めるんだ」

「・・・・。」

「今度の鎮守府では可能性は低いと思うが、万が一派遣先の鎮守府で酷い目に遭ったら」

「・・・・。」

「まず派遣期間の間なら、残りの期間なんて無視してその日の内にうちへ帰ってこい!連絡は要らん!」

「えっ・・・」

「次に、異動した後に状況が悪化したら、通信棟からうちにSOSを出せ。逃げてきても良い」

「・・・・。」

「鎮守府自体に問題が無くても、困ったら訪ねて来るなり通信してきなさい。必ず相談に乗る」

「・・・・。」

「それが、私達が出来る君達への保障であり、約束だ」

「・・・。」

提督は霞の肩に手を置き、

「だから安心して、しっかりやって来なさい。この事、決して忘れちゃいけないよ。解ったね?」

「さっ・・・」

「?」

「サイテー!サイテーよ!ほっ、本っ当に迷惑だわ!何回女を泣かせれば気が済むのよ!」

霞は泣きじゃくりながら、提督にぽむぽむと拳を叩きつけた。

「そっか。サイテーか」

「そうよ!サイテーよ!うえええええん!」

提督はぎゅっとしがみ付く霞の頭を撫でながら、幸せな未来である事を願わずにはいられなかった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。