艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file40:タ級ノ1時間

 

9月1日昼 某鎮守府脇のバス停

 

「うそ、行った後・・じゃない・・」

タ級はバス停の時刻表を見て力なくうなだれた。

リ級の指示で人間に化けて鎮守府を巡回(詐欺)しているが、タ級は車もバイクも運転出来ない。

そこでバスや電車を乗り継いで移動しているが、大抵の鎮守府は海沿いの田舎にある。

公共交通機関がある事自体が軍の威力だが、関係者の出入り時刻を除けば極端に便が無くなる。

タ級がうなだれたのは、1時間に1本しかないバスが7分前に出た後だったからだ。

次のバスが来るまで、あと53分。

 

ミーンミンミンミンミンミー

ジワジワジワジワ・・・ジー

 

タ級は力なくバス停のベンチに座った。

うっ。日陰なのにベンチが熱い。体温を上げないで。

このバスに乗って、駅に着いたら電車に乗って2つ乗り換え・・・か。

体温は上がるがテンションはどんどん下がる。汗と共に理性まで溶けそうだ。

 

ウ・・ミーンミンミンミンミンミィィィ!ミ!

ジーワジワジワジワ・・・ジワジワジー・・・ジワジワジワジワジワジワジワジワ

 

自己主張し過ぎのセミを砲撃したい。砲撃させろ。砲撃させてください!

なんで人間はこんな暑い陸上で生活するんでしょう?

場所によっては夏は50度を超え、冬は氷点下50度以下になるというのに。

さっき話した司令官によれば、ここは38度らしい。もう充分過ぎるほど暑いわ。

海なら少し潜れば夏でも涼しいし、冬でも氷点下50度なんて事はない。

確かに水中は会話には苦労するけれど、年中喋れる事の引き換えにこんな暑さを受け入れたくはないわ。

しかもこの体中にまとわり着くようなじとりとした湿度が堪らなく嫌!

 

うー、スーツが汗で塩まみれになって真っ白になってしまうわ・・・

あと何分耐えなきゃいけないの・・・

時計を見る。あと50分。

くらくらと眩暈がした。

こ、これだけ待ってるのに3分しか経ってないの?

うっ、汗が目に入った!凄く痛い!

 

バス停でタ級が辛うじて我慢出来ているのは、僅かな木陰と海から吹く風のおかげだった。

タ級はシャツのボタンを一番上だけ外した。もう気にしていられない。

いっそ海に飛び込んでしまいたい。元の姿に戻って泳いで帰りたい。

鎮守府が間近じゃなく、艦娘がうようよ居なければすぐにでも。

そうだ。ここは入り江だが、バスの来る方と反対にずっと行けば外洋の筈。

いっそ歩いて行こうかしら?

しかし、道の先を見るとゆらゆらと歪んでいる。ダメだ。ド炎天下だ。卵くらい焼けそう。

風が涼しいような生温かいような・・・

あと48分。

 

ちりーん・・ちりりーん

 

うぅ・・止めて・・私を煮込んでも美味しくないよ、ダシも出ないってば・・・・・・

 

タ級は土鍋で昆布と間違われて茹でられる夢から鈴の音で呼び戻された。

音のする方を見ると、鎮守府の入り口からリヤカーが出てくる。

 

「アイスキャンデイ」

 

太い筆の文字が遠くからでも良く見える。

タ級はぼうっと見ていた。なんか思考が止まっているけど、鈴の音が心地良い。

 

「お嬢ちゃん、大丈夫かね?」

 

はっと気づくと、先程のリヤカーがすぐ近くに来ていた。

リヤカーを引いていたおじいさんがタ級の目の前で手を左右に振っている。

 

「あ、えっと、大丈夫・・です」

「バスを待ってるのかね?」

「はい・・・行ったばかりで」

「この時間はバスがなかなか来んからの」

「アイスキャンデー、売ってください」

「すまん。全て売り切れてしもうたよ」

「あ、じゃあ・・いい・・です・・・」

タ級は急速に力が抜け、視界がぐわりと歪むのを感じた。

アイスキャンデー売り自体幻覚かもしれないと思い始めた。

「だいぶ参ってるようだの。アイスキャンデーは売り切れてしもうたが・・・」

そういうと、リヤカーに蓋をしていた藁をがさがさと開くと、

「これをやろう」

ぼーっとしていたタ級は、手にヒヤっとした触感がして、びくっとなった。

見るとベンチに藁が敷かれ、その上に大きな氷の塊が乗っていた。

「キャンデイを冷やしてた氷の残りじゃ。まだ3貫目はあろう。バスが来る頃には溶けてしまうじゃろうが」

そういうとおじいさんはリヤカーを引き、そのまま去ろうとする。

タ級はハッとして、バッグの中から財布を取り出すと、

「あ、あの!お金・・・」

「いらんよ。お仕事ご苦労さん。気をつけてな」

おじいさんは軽く手を振ると、そのまま歩き去ってしまった。

タ級は頭を下げ、傍らの氷を改めて見た。

凄い。凄いわ氷!

隣にあるだけでひえひえゆらゆらとした冷気が来る!

まるで仏の慈悲のようだ!おじいさんありがとう!

ぺたりと手を着けるとあまりの冷たさに手を放してしまう。

そっと手をかざす。やってる事が冬場のストーブみたいよね。期待してる事は逆だけど。

この後何も無いなら抱き付いてしまいたい。いや、いっそ抱き付いてしまおうかしら。

いやいや待て待て私。ずぶ濡れじゃバスに乗れなくなってしまう。理性をふっ飛ばしてはいけないわ。

時計を見る。

あと40分。

13分経過・・・ゴールは遠いわね・・・

 

ベンチにちょこんと座るタ級は、傍らの氷塊のおかげで少しだけ生気を取り戻していた。

気を失って、万一深海棲艦に戻ってしまったら討伐されかねない。危ない危ない。

出来るだけ動かず、体力を使わないようにしないと。

氷は藁の上に置いてるだけなのにぽたぽた水が滴っている。あまり触らないようにしないと。

冷気!冷気で我慢するのよ私!

姿勢も変えず!出来るだけ!じっとしてよう!

 

ニチャ。

なんだろう。この足の感覚。何か踏んだかしら?

足を持ち上げ、その衝撃的な事実を知る。

靴の底が溶けかけている。

ちょっと!幾らゴム底だからって溶けるの?というかそんなにこのアスファルト熱いの!?

タ級は屈み、靴の避難所を探す。

ふと、氷から滴り続ける水が目に入る。

そっと手ですくってみる。

 

冷たい!冷たいわ水!まさに氷水!最高だわ!

 

そして自分の足元にすくった水をそっと放つと、じゅっという音と共に蒸発した。

タ級の目が丸くなった。

そ・・・即蒸発するってどういうこと?

 

もう1回すくう。

冷たい!

素敵!まさにオアシスよ氷水!もっと冷ますのよ!

もう1回かける。

じゅっ。

ひどい!酷すぎるよアスファルト!私の靴溶かさないで!

 

冷たい!

じゅっ!

冷たい!

じゅっ!

冷たい!

じゅっ!

タ級はいつの間にか、足元に氷水をかける事に夢中になっていた。

 

・・・はっ!?

いけないいけない、つい一心不乱に手ですくって足元に水をかけてたわ。変な人に見られてしまう。

あと何分かな。実はもうすぐだったりしないかしら。

 

・・・・・・ま、まだ15分もあるのね。

 

でも足元が涼しくなったからか、ベンチの周りが快適・・ちょっと楽・・少しだけマシ。

い、いや!氷も無くあのまま待ってたら大変な事になった気がするわ!

それよりは現状は良い筈!

そう思いながら顔をあげたタ級は、ベンチの上の氷を見て目が点になった。

 

なっ!?明らかに小さくなってる!減り過ぎじゃない?誰か削ったの?

こ、この氷が解けてしまったら私のオアシスが、理性が、終わってしまう、気がする。

氷様!無くならないで!

 

・・・・・・ぷはぁ!

氷を凝視しすぎて息をするの忘れてたわ。

落ち着け私、落ち着くの。

私が息を止めても氷が解ける速度は変わらないわ。

 

氷は小さくなるとますます勢い良く溶けるものである。

タ級は氷に手を合わせながら凝視した。

お願い!お願いです氷様!触りませんから、せめてバスが道路の向こうに見えるまで!

そういえば、さっきからあのおじいさん以外誰も通ってない気がする。

まるで世界に私だけ残されたようね。

 

ミーンミンミンミンミンミー

ジワジワジワジワ・・・ジー

 

うん、お前達は居たわね。

ナパーム弾撃ち込まれたいのかしら?火炎放射器で火の海にしてあげましょうか?

火・・あ・・・暑いもの想像しちゃった・・・もう攻撃する気力も無い・・・

後何分か見る気力も無いなあ・・・・

その時。

 

プシュー。バタン!

「お待たせ致しました。急行、蛇の目台駅行きです。運賃は前払いです」

タ級は電子アナウンスを全部聞いて、ようやく、目の前にある塊が待っていたバスだと気づいた。

「あ、あの、乗ります」

「終点までですか?」

「はい」

「350円になります」

支払いを済ませ、車内に入る。

外とまるで違う、涼しくてカラッと乾いた空気。んー!生き返る!

誰も居ない車内をとことこと歩き、窓辺の2人がけの席に座る。

傍らにバッグを置く。

シートがふかふかで気持ち良い。

 

「発車します、ご注意ください」

という電子アナウンスとバスのエンジン音を子守唄に、あっという間に眠りに落ちていった。

 

 

 





100%ピュアな日常編です。
少しだけ書き方を変えてます。
こういうのはアリでしょうか?ナシでしょうか?

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