艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file38:脱走ノ旋律(5)

 

8月28日午後 勝浦近海

 

海原を全速力で突き進む長門と付き従う不知火。

文月と扶桑はそれぞれ航続距離不足、最大速力不足を理由に出撃を見合わせた。

文月から聞かされた作戦は本当に上手く行くのだろうか?

だが、被害が出たら一大事だ!急がねば!

 

「提督、お待ちしておりました」

女将が提督を玄関で迎え入れた。提督は頭を掻きながら、

「あーその、誰か追っ手は来なかったかな?」

すると女将は苦笑し、

「また抜け出してこられたんですか?」

「その通りだ。だが、今回は追っ手が複数のようなのだ」

「ご心配なく。どなたかお通して良い方は居ますか?」

「長門という艦娘は通して良い。予約した2人目だ」

「解りました。お任せください」

女将は仲居の一人に囁いた。

仲居は表に出ると、提督の車を裏の車庫に回し、戻ってくると静かに水を打ち始めた。

いかつい塀に囲まれた、武家屋敷を思わせる純和風な2階建ての建物。

入口の傍らには「勝浦フォレストホテル本館」と書かれた看板があった。

 

「おかしいですね」

加賀は発信機の電波と地図を重ねていた。

いつまでも市内をぐるぐると走り続け、30分と止まり続ける気配がない。

「日向さん」

「ん?」

「発信機が動き続けているのです。私がここから位置を示しますので、捕縛してきてもらえませんか?」

「解った。私と赤城で行こう。伊勢と加賀で艤装を見張っておいてくれ」

「そうですね。探査機のみの空母だけで夜行動するのは問題がありますし」

「よろしく頼む」

それから1時間後。

「発信機の位置に間違いないな?」

「ええ、間違いありません。そこです」

日向がインカムに話しかけると加賀が答えたが、

「提督にしてやられたな」

「えっ?」

日向は路線バスに近づき、リアバンパーから発信機を外した。

「市内循環バスに発信機が付いていた」

「くっ!」

加賀は悔しそうな声を上げた。2段構えの策も見抜かれた。陸戦は圧倒的に提督が有利だ。

長門が毎回振り回されたのも頷ける。

「では我々の情報を使ってみよう」

「何をお持ちなのですか?」

「提督が予約しているであろう宿の情報だ」

「それは良いですね」

 

「ここか」

日向は「勝浦フォレストホテル新館」と書かれた入口に立っていた。

「勝浦フォレストホテル、間違いない」

「大きなビルですねえ」

「シティホテルのようだな。だが見かけによらず、温泉もあるそうだ」

「ずるいですよね」

「・・ん?」

「提督と長門さんだけでこんな立派な宿に泊まるなんて」

「興味の対象は、宿というより料理ではないのか?」

「うっ」

「それに、提督を連れて帰ればディナー券だぞ」

「そ、そうでした!」

「ただ、予約しているのなら今日連れ帰るのは宿側に迷惑となろう」

「じゃあ明日また来ます?」

「取り逃してはマズいし、提督も帰りの足が無くなってしまう」

「そうねえ」

「だから提督に明日迎えに来ると伝えて、我々は海上に引き上げよう」

「一緒にゴハン食べたいなあ」

「宿は予約が無いと無理だ」

「うー」

「とにかく、ここで提督が来るのを待とう」

「提督にお腹空いたって言ってみましょう」

 

「美味しかった!」

「榛名、感激です!」

中トロ丼に舌鼓を打った霧島と榛名は、漁港内の定食屋から出てきた。

この値段でこの量!この味!たまりません!さすが漁港ですね!

同じ頃。

「だいぶ寂しくなってきましたネー」

「町と言ってもあまり明るくないのですね」

夏なので寒くはないのだが、夜になると暗くなってくる。

その時ふと、海原を見た金剛が言った。

「あれ、加賀と伊勢デスカー?」

「え?・・あ!そうですね!向こうも手がかりがあったのでしょうか!」

そこに二人が帰ってくる。

「お待たせしました!」

「この先の定食屋さんの中トロ丼、美味しいです!」

金剛と比叡がギュンと榛名に向き直る。

「中トロ丼あるの?」

「美味しそうデース!」

「じゃあ私が案内してきますので、霧島、見張っててください」

「お任せください!」

艤装が揃ってる事を確認した後、霧島も海原に加賀と伊勢を見つけた。

「・・まぁ、お姉様も食事を取らないと可哀想ですしね」

艤装が見つからない事を願いながら、榛名達の帰りを待った。

ぽえんと反芻する。

久しぶりの中トロ丼、美味しかったなあ・・・

提督が何度も食べているアジフライ定食も美味しいのでしょうか。

 

「長門さん」

「ああ、あれは加賀と伊勢だな」

「1枚目を準備します」

「頼む」

長門と不知火はそのまま加賀達に向かっていった。

「加賀!伊勢!」

「あ、あれ?長門、どうしたの?」

「こんばんわ」

「他に一緒に行動してるものは?」

「日向と赤城だけど?」

「良かった。全員のインカムを開いてほしい」

「え、ええ。解りました」

「皆、聞いてくれ。依頼は中止しようと思う」

「えっ!?」

「ただ、勝手に約束を反故にするのは申し訳ないから、ディナー券は渡す」

「ええっ!?」

「そ、それはさすがに申し訳ないです。それなら」

加賀が言いかけたが、インカム越しに

「ありがたく頂きます!」

と、赤城が大声で答えたので、その場に居た4人と日向は頭を垂れて溜息を吐いた。

ディナー券を加賀に渡しながら(一番信用出来そうだったので)、長門は聞いた。

「金剛達の行方は解るか?」

「彗星の報告ではこの町に来たのは間違いありません。」

「同じ事を伝えたい。位置を知りたいのだが手はないか?」

日向がインカム越しに答えた。

「私達で回れるところは回ってみよう」

加賀が言った。

「ギリギリ1回彗星を飛ばせるかもしれません」

「市街地だからあまり高度を下げないように頼むぞ」

「解っています」

 

「失礼します」

女将が提督の部屋に入ってきた。

「表に居た仲居が聞いた所では、海に何人かの艦娘が来ているそうです」

「そうか。やはり複数か」

「それと、先程から飛行機のような音が」

提督はぞっとした。

先程帰ったのは単に燃料切れか?まさか空爆するつもりじゃあるまいな・・・

「御加減が悪そうですが、大丈夫ですか?」

「艦娘達に陸地から最も近い所はどこだろう?」

「そうですねえ、坊主の岬でしょうか」

「あの車で行けるかな?」

「大丈夫でしょう」

「よし、道を教えてくれ」

 

「むふー、榛名おススメの中トロ丼、最高デシター!」

「金目鯛の定食も美味しかったです!」

・・・フオン!

「あ、あれ?」

「比叡、どうしたのですカー?」

「今通り過ぎた赤い車、提督が乗ってました・・・」

「何ですトー!?」

比叡はハッとしたようにインカムをつまんだ。

「榛名!霧島!食堂前の表通りを東に進む提督を発見!至急追跡せよ!」

「す、すぐ向かいます!特徴を教えてください!」

「ナンバーは・・5963!赤のコンパクトカー!」

「解りました!」

金剛は車が進んだ方の道路標識を見ると、インカムをつまんだ。

「待って!霧島!榛名!海路を進んでくださいネー!」

「ど、どこへ?」

「坊主の岬デース!」

比叡も同じ看板を見た。なるほど。坊主の岬で行き止まりだ。

提督は気付いてない。海と陸で挟み撃ちだ!

ディナー券は私達が頂きます!

 


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