艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file36:脱走ノ旋律(3)

 

8月28日昼過ぎ 勝浦の浜辺

 

「着きましたネー!」

金剛は陸に上がると、もと来た海を見ながらうーんと伸びをした。

「距離的には余裕ありますが、連続高速航行だと少ししんどいです」

「霧島は本ばかり読みすぎです。もっと運動しないと!」

「私は金剛姉様が居ればどこまででも全速力でいけます!」

「Oh!比叡は嬉しいことを言ってくれマスネー!」

そして、くるりと陸に向き直ると、

「後はアノ店にテートクが来るのを待つだけですネー!」

金剛が指差したその先には

「お食事 勝浦食堂」

という看板を掲げた、小さな定食屋があった。

「私達の姿があると来ないかもしれません」

「裏に神社の茂みがありますよ」

「Good!ソコで待ちましょう!」

「あ、営業時間聞いてきます!」

 

「扶桑姉様」

「山城、なにかしら?」

「なぜ姉様は探しに行かないのですか?」

「あらあら、山城は気づいてないの?」

扶桑は山城を見てくすっと笑った。ここは戦艦寮、扶桑達の自室である。

「えと・・何に気づいてないんでしょうか・・・」

「今日は8月28日よ」

「それがどうかしましたか?」

「長門さんの起工日よ」

「あ、そうか」

山城は提督の変わった持論を思い出した。

提督は、私達艦娘に誕生日を割り当てると言い出した。

軍艦である我々は、造船計画承認日、起工日、進水日、竣工日、改装日など幾つかの節目の日がある。

提督はその中で、起工日を誕生日と定義すると言ったのだ。

「それぞれ持論があると思うが、私はドックに最初に置かれる日を誕生日と呼びたいと思う」

そんな事を言っていた気がする。

以来、提督は起工式の日に合わせて艦娘達に贈り物を渡している。

そして、秘書艦や班長といった重鎮達には特に趣向を凝らした贈り物をしている。

「それなら、今日中に長門が行かないと台無しじゃないですか」

「そうなるわね」

「だから姉様は提督の気持ちを察して出かけなかったのですね」

「それもあるけど」

「けど?」

「長門さんがいつまでも気づかないなら、教えてあげなきゃ。ね?」

「なるほど」

扶桑は太陽を見た。まだ傾いてはいないが、提督の脱走からはそれなりに時間が経っている。

「そろそろ気づいてもらいましょうか」

 

「そんな大ヒントを出してしまったのですか~?」

「す、すみません。つい」

不知火は長門に伊勢海老の件を教えた事を文月に報告していた。

「あたしは、お父さんの脱走癖はそろそろ止めて欲しいと思ってるのです」

「はい」

「お父さんが一番反省するのは何をする事だと思いますか?」

「長門さん達が全員で捕まえに行く事でしょうか」

「違います。誰も行かない事です」

「だ、だれ・・も?」

「お父さんは計画して長門さんが追えるように準備してるわけです」

「はい。」

「それなのに待てど暮らせど誰も来なかったら寂しくないですか?」

「寂しいですね」

「一人で宿に泊まり、充分寂しい思いをして帰ってくれば、もう脱走しないと思うのです」

「・・・・。」

「お祝いをするのは良い事ですが、それを口実に心配をかけるような事はして欲しくないのです」

「・・・・。」

「・・・そ、そんな目で見ないで下さい、不知火さん」

「すみません。ただ」

「ただ?」

「今回は既に、秘書艦の方々が血眼になって追ってます」

「えっ?どういう事ですか?」

「実は、長門さんが・・」

不知火は食堂で聞いた顛末を話すと、文月は唖然とした表情になった。

「ディ、ディナー券とは長門さんも思い切りましたね」

「はい」

「秘書艦の方々は追跡に乗らないだろうから、長門さんを抑えれば良いと思ったのですが・・・」

文月は考えた。

秘書艦はこの鎮守府の古参であり、提督とのつながりも濃い。

傷つけるような真似はしないと思うが、何せディナー券4枚だ。目の色が変わっている。

もしやり方を間違えて民間の人や建物に被害が出れば大本営から追及され、反省どころかクビになってしまう。

どう収拾したら良いものか。

その時、外を提督棟に向かって歩く扶桑を見つけた。

「仕方ありません。不知火さん、大火事になる前に食い止めますよ」

「はい!」

 

コン、コン。

長門はぼうっと考えていた。伊勢の海老なのに千葉が一番とはこれいかに。

「ん、入って良いぞ」

「お邪魔するわね」

「扶桑・・・協力してくれないのか?」

「今回は中立を保ちます」

「まぁ、考えあっての事だろう。それで、何か用か?」

「今日が何の日か、思い出して欲しいと思って」

「思い出す?私が、という事か?」

「そうよ」

カレンダーを見る。別に予定が入っている日でもない。大吉でもない。

「んー?」

「今日は、8月28日ですよっ!」

長門と扶桑が声のする方を向くと、文月と不知火が立っていた。

「さっきは不知火が伊勢海老がどうだと言っていたのだが、どちらも解らんぞ・・」

「お父さんは何か書き残していませんか?」

「ん?あ、ああ、このメモはあったが・・・」

机の上で丸めていたメモを広げる。

 

「伊勢海老が一番取れる所にある、和風な林の温泉で待ってます。 提督」

 

「あ」

文月が続ける。

「思い出してください!8月28日ですよ!」

「だから、なんだというのだ・・・」

「長門さんの起工日じゃないですかっ!」

「・・・・・・・・・・え」

「本当にすっかり忘れてたんですね・・・」

「そ、そんなことを言ってもだな、急に起工日を誕生日だとか言わ・・・・あ」

扶桑は溜息を吐いた。

「これじゃ提督は浮かばれないわね・・・」

「なっ・・わっ・・私の誕生日祝いだというのか?」

長門を除く全員がこっくりと頷く。

「そ・・それなら・・そう言えば良いじゃないか・・・」

不知火が口を開く。

「率直に誕生日を祝いたいから外泊したいと言われたらなんて返します?」

「うっ」

「提督と二人で外泊など断じてなら~んとか、言いそうですよね」

「ぐっ」

文月が口を開く。

「でも、だからといって脱走を企てるのは良くないのです」

「そっ、そうだよな文月!だから私は」

「しかし、血眼になった皆さんが民間に被害を与える可能性を考えると、長門さんも悪いです」

「ぐう」

「ディナー券なんて大盤振る舞い過ぎです」

「・・・・はい」

「とにかく、民間人や施設に被害が出る前に終わらせますよ」

「どうするんだ?」

「皆さんの狙いはディナー券です。それを出来るだけ早く提督に知らせて帰って頂きます!」

「で、でも」

「何ですか不知火さん」

「提督は、その、長門さんの為に特注の料理を発注されてます」

「ええっ!?」

「伊勢海老のフルコース料理と、菓子職人特製のケーキを・・・」

「どうして不知火さんが知ってるんですか?」

「数週間前に、提督に注文するよう頼まれたんです。」

「そんなに前から逃亡を企てていたのか!」

「ポイントそこじゃないです長門さん」

「すまん・・・ん?そうなのか?」

「とにかく!」

「はい」

「事態は大変悪いです。そんなのを用意してるのにお父さんが帰ってくる筈がありません」

「そうね。そうでしょうね・・」

「一方で秘書艦さん達も勝負を中断したところでディナー券を諦める訳がありません」

「私も、もし貰えるならちょっと位なら悪い事に手を染めても良いです」

「おいおい不知火」

「それくらい危ない代物なんです」

「むう」

文月は溜息を吐いた。

「長門さん、自ら撒いた種は自ら刈り取ってください」

「・・・つまり?」

「ディナー券を考えられる参加人数全員分買ってきてください」

「ひい、ふう・・・じゅ、16枚!?」

扶桑は溜息を吐くと

「私は動いてないのですから、12枚ですよ」

長門はくらくらした。

12枚でも36万コイン。給料まるまる吹き飛ばしても全然足りない。

「さぁ早く!急いでください!」

伝家の宝刀を抜いた事の責任を長門は痛感しながら、よろよろと鳳翔の店に向かった。

 


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