艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file35:脱走ノ旋律(2)

 

8月28日昼過ぎ 提督室

 

「今回、ヒントは無し・・だと・・・」

伊勢は提督室にたどり着いたが、メモらしきものは見つからなかった。

望み薄と思ったが、伊勢は一応提督の机の周囲を見た。

ふと、伊勢はくずかごに入った丸められた紙をつまみ上げ、広げた。

「んー?」

伊勢はそれを懐に忍ばせると、提督室を後にした。

 

「あの港で良いんだよね?」

「うん。ありがとうな島風。あの辺りに寄せてくれれば良いよ」

その時、島風に通信が入った。

「島風だよ!・・・うん、そうだよ・・・へ!?う・・うん・・・」

提督は島風を見ていた。ちらりとこちらを見るし、様子が何か変だ。

素早く担いでいたリュックからシュノーケルを取り出し、リュックのふたをきっちり閉めた。

島風は通信を終えた途端、急加速しつつ回頭した。

「提督ごめんね!ディナー券がかかってるの!」

といって再び振り向くと、目を丸くした。

「あれっ?!て、提督!?」

そこには提督も荷物も無く、ただ提督の乗っていたボートのみが曳航されていた。

 

「そうか、気づかれたな」

日向は島風からの通信を聞いて溜息を吐いた。やはり一筋縄ではいかないな。

加賀同様に昼食に居なかった島風を疑ったが、日向は通信所に向かった。

そして制止する任務娘を羊羹1本で買収し、島風へ遠距離通信を仕掛けたが僅かに遅かった。

しかし、提督がどこの港に居るかは分かった。

「これじゃディナー券はナシだよね・・・」

「島風、捕縛出来たらディナー券、そうでなくても間宮羊羹をやろう」

「本当!?」

「本当だ。私が行くまで港近くの駅で捜索してくれ。見つからない間は提督の情報を集めてほしい」

「解った!」

日向は考えた。伊勢と手を組むか。どうせ最初から一緒に食べるつもりなのだし。

 

「いきなりダイビングとは参った参った」

港から少し離れた、空き地に砂利を敷いたような民間の駐車場に提督は現れた。

島風から緊急脱出したので軍服はずぶ濡れになったが、浜の岩陰で予備の服に着替えた。

浜まで近い場所で良かった。

しかし、島風の共犯を見抜き、なおかつ通信棟を使ってくるとは長門も手ごわくなったな。

気を付けよう。

駐車場の奥にある背の高い雑草をかき分けると、やがて1台の小さな自動車が姿を現した。

リアタイヤとボディの間に手を突っ込むと、果たしてキーがあった。連絡通りだ。

バタン!

助手席にリュックを置き、エンジンをかける。

車の運転なんて超久しぶりだが大丈夫だろう。シートベルトして取舵一杯!

 

「テートクの行動はワンパターンネー」

金剛はニコッと笑った。金剛、霧島、榛名は秘書艦当番ではないが、比叡が協力を要請したのである。

これで姉妹揃ってディナーです!提督には負けません!

提督が逃亡する度に仔細な顛末書を書いていたのは霧島だった。

その霧島が、ある店の名を上げた。

「提督は最近の脱走で六回ほどこの店に立ち寄ってアジフライ定食を食べてます。」

金剛達であれば余裕を持って往復出来る半島にある店。

「気合い!入れて!行きます!」

金剛、比叡、榛名、霧島は最大速力で向かっていた。

 

島風と合流した日向は残念な報告を聞いた。

「今までの電車は全部探したけど、提督らしい人は来なかったよ~?」

田舎の路線で1両編成、しかも始発駅なので、島風は居れば解るという。

「そうか、白い軍服だから解りやすいと思ったのだがな・・」

改札口で日向は腕を組んだ。

「さて、どうしたものか」

その時、伊勢が到着した。

「日向~!」

「伊勢、来たか。」

「ねぇねぇ、提督室にこんなのがあったんだけど」

日向が受け取った紙片には、数字が並んでいた。

「これは、電話番号じゃないか?」

「あそこに公衆電話があるよ!」

島風が言った。

トゥルルルル・・・トゥルルルル・・・

「はい、勝浦フォレストホテル・・」

「へっ?!あ、ええと」

日向は予想外の回答に慌て、受話器に向かって一瞬何を言うか迷ったが、

「あの、そちらに露天風呂か大浴場はありますか?」

「はい、檜の浴槽の天然温泉がございますが、何か?」

「解りました。ありがとうございます」

電話を切ると、ふふっと笑った。

「提督の宿泊場所が解ったぞ」

「え?どうして?」

「提督は木の浴槽の温泉が大好物だからな」

「なるほど」

「この港から勝浦は陸路だと回りこむ事になるが、海路なら直線だから追いつけるかもしれない。行くぞ」

「あ、日向」

「どうした、島風」

「ごめんなさい、もう島への帰港分しか燃料が残ってないの」

「解った。ここまでだと羊羹になるが、それで良いか?」

「うん、充分!最後まで協力出来なくてごめんね」

「いや、いい。協力ありがとう。ご苦労だったな」

「頑張ってね!」

 

フオン!

提督は高速道路を降り、細い山道をシフトダウンして飛ばしていた。

燃料は充分入ってるが、日が暮れると暗すぎて速度が出せなくなる。出来るだけ急がねば。

海沿いルートは見つかる恐れがあるから中央の山を突破する道しかない。

もう少しトルクに余裕のある車を選ぶべきだったか?

万一、長門が先に着いてたら悔しいじゃないか!

 

提督室の秘書席に座っていた長門はしきりに机を指でコンコンと叩いていた。

今回は意地でも探しに行ってやらんと決めたのだが、どうにも心配でならない。

その時ふと、自分が何かを握っていた事に気づいた。

そうか、提督のメモだな。

丸めたまま開くことなく、ぽいと机の上に投げる。

ほんと、困ったものだ。

ま、今回は私ではなく、血眼になった秘書艦達が提督を包囲する。

辛味大根も7本買ってきた。1週間座敷牢に入ってもらう。

カチャ。

「あら、長門さん」

「不知火か、どうした?」

「提督への報告書・・・ですが・・・」

と言いながら、不知火は長門を見て首を傾げた。

「ん?なんだ?」

「・・・・・提督を、追わないんですか?」

「もう聞こえてるのか。まぁ、休暇届で解るか。くれぐれも内密に頼むぞ」

「ええ、それは文月からも言われておりますので。」

「よろしく頼む」

「あ・・・し、失礼します」

不知火が何か言いたそうにしながら部屋を出ようとする。長門は気になった。

「待て不知火、なんだ?」

「・・・。」

不知火は困った。文月の指示と異なるが、このままでは提督が可哀想だ。

精一杯考えた挙句、

「・・・伊勢海老はどこで一番取れると思いますか?」

「一番か・・伊勢湾ではないのか?」

「千葉の南端、勝浦という所です」

「ええと、それがどうしたのだ?」

「すみません、これ以上は文月の指示に反しますので言えません」

不知火は頭を下げると部屋を出て行った。

 

「さて、島風の代わりをどうしたものか」

日向は悩んでいた。伊勢と二人では機動力が低すぎる。

「ねぇ日向、あれはどう?」

上空から、艦載機らしき音がする。

「そうか、あの2人ならちょうど4人だな。」

「でしょ?信号を送ろう!」

「昼間だから上手く見えると良いのだが」

 

「そうですか、解りました。現在位置を知らせてください」

加賀は彗星と連絡を取っていたが、赤城に向かって

「そちらの艦載機の出撃準備をしてください。今から言う座標に向かわせ、任務交代と継続を」

「解ったわ。島風が見つかったの?」

「島風は鎮守府に帰ったようです。代わりに、伊勢と日向から協力要請がありました」

「そっか。秘書艦同士で手を組むのは禁止されてないものね。夜間戦力としても頼もしいわ」

「それから」

「なに?」

「別の彗星からの報告で、金剛達も同じ方向に向かっている可能性があるとの情報が」

「当たりみたいね。私達も行きましょうか」

「そうね、あとは現地での勝負ね」

加賀と赤城は航行速度を上げた。

 

 


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