艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

80 / 526
file34:脱走ノ旋律(1)

8月28日朝 提督室

 

「ほうほう、なるほど」

提督が届いた手紙の1つを見てフフッと頷くのを見て、本日の秘書艦当番である長門はちりっと予感がした。

あのニヤケ顔は脱走を企てる時の顔だ。油断してはいけない。

 

提督は基本的に決まった休みの曜日は無いが、届け出れば休暇を取る事は出来る。

その為、事前から計画して休暇を取るのは良いのだが、うちの提督は突然脱走する癖がある。

長門はその度に提督を追跡して遥かな道を辿る事になる。

その為、脱走を察知しようとしているのだが、過去1度も止められたことがない。

まんまとしてやられた脱走劇を思い出すだけで腹が立つ。

演習中に目の前をパワーボートで脱走された時は神田の駅前で蕎麦を食べてる所を捕縛した。

ハンコを押す音がすると油断してたら赤城に代わらせて脱走しており、箱根の宿で捕縛した。

昼寝すると言って布団にカカシを入れて脱走された時は、富士急の流れるプールで浮き輪ごと捕縛した。

他にも枚挙にいとまがない。年に1回、いや3回は必ず脱走する。

対策を幾ら打ってもどんどん巧妙化していく。

郵便局員の格好に伊達メガネをかけ、目の前を堂々と脱走された事もある。

赤城のように共犯者がいるケースもあった。

さらに、私が四苦八苦して捕まえに行くと、

「やぁ、待ってたぞ!」

と、縛に着くも、まあまあと宿に案内され、予約しているのだからと丸め込まれてしまう。

そして翌日、コインロッカーに入っている大量の土産を二人で持って帰る事になる。

だから鎮守府に帰っても今一つ他の艦娘に脱走した事を信用してもらえない。

「夫婦で待ち合わせて息抜きしてきたんでしょ?」

「今更照れなくていいのに」

「前から言っといてくれればお土産頼んだのに・・・あ、これよこれ!ありがとー!」

そんな風に軽く流されてしまう。

実際、提督が脱走する時は閑散期であり、提督が居なくて困った事は1度も無い。

しかし!

脱走はよろしくない!非常によろしくない!組織の長が規律を乱していてはダメだ!

解るな諸君!

今年こそ逃亡開始時点で押さえるのだ!

悔し涙にくれながら座敷牢で大根おろしを食べて反省してもらう!醤油も御飯もゴマも抜きだ!

 

「・・え?」

「だから、休暇を取りたいんだけどさ・・」

長門は拍子抜けした。あの不敵な笑いを提督が浮かべてから3時間。まもなく昼になろうかという時。

提督が休暇届の入ったバインダーを手に、長門に手続きを頼むといってきた。

ぽかんとする長門に、提督は訝しげな顔をした。

「私が休暇を取るのはそんなにおかしな事かい?」

「うぅ・・」

「おっおい、なにも泣かなくても良いじゃないか。あれ?何か用事あったっけ?」

「違う・・何度言っても学習しなかった提督が、ついに休暇は脱走ではないと学んだか。猿が人になった」

「そこはかとなく馬鹿にしてるよね」

「うっうっ、解った。この長門、ちゃんと休暇手続きをしてくるぞ」

「じゃあこれ、よろしくね」

「うむ、うむ。すぐ事務方に出してくる」

提督はメモを書き、長門が出た事を確認すると窓を開けた。リュックは草むらの中だ。

 

「あ・・えっと・・長門さん」

事務方の敷波は困惑した表情を浮かべた。

長門はきょとんとした。

「どうした?書類が間違っているのか?」

「いや、書類は確かに休暇届なんだけど・・」

「提督が休暇届を事前に出すなんて槍が降りそうだが、制度上認められているのでな・・」

「そうじゃなくて、休暇が今日から明後日となってるけど良いの?」

「!!!!!」

その時、昼休みを告げるベルが鳴った。

「しっ、しまった!」

長門は慌てて外に出るが、そこには大勢の艦娘達が食堂や売店に向かって右往左往していた。

人ごみを掻き分けて提督室に戻ったが、案の定もぬけのカラだった。

窓にはロープが垂れ下がり、小さなメモ1枚が机の上に残っていた。

「伊勢海老が一番取れる所にある、和風な林の温泉宿で待ってます。 提督」

長門はくしゃりとメモを握り締めた。拳が震えだした。

「猿が悪知恵を働かせただけ・・・だと・・・今度という今度は許さん・・・許さんぞ・・・」

 

「島風良いぞ!さすが一番速い船だな!」

「へっへ~ん!でも長門ちゃん怒るんじゃないの~?」

「ちゃあんと休暇届は出してきたさ!」

「じゃあ何でこんなに慌てて出航したの~?」

「今から10分前に出したからな!」

「・・それって事前申請っていうの?」

「事の前じゃないか!」

「あ~あ、島風は知らないよ~」

大きなリュックを担いだ提督をボートで曳航しながら、島風は全速力で海原を疾走していった。

 

ドン!

 

長門に叩かれた食堂のテーブルがミシミシと音を立てた。

「諸君!聞いてくれ!また提督が脱走した!昼前の事だ!」

秘書艦達は緊急招集に何事かといった面持ちで集まったが、長門の言葉でやれやれという顔になり、

「どうせまた行き先メモがあるんでしょ?迎えに行ってくれば良いじゃない」

「妻は夫を支配しつつ、趣味に付き合ってやるのも大切だぞ」

「この前は提督室に旅行プランがぽろっと落ちてましたね」

「長門さん頑張ってください!そろそろお姉様のマフィンが焼けますから帰りたいです!」

「行く前からお土産リサーチしてたり、提督も我々に気を配ってますよね」

「今度のお土産は何でしょう、久しぶりですから楽しみです」

と、口々に言った。

長門は目を瞑った。度重なる脱走劇とお土産に秘書艦まで麻痺している!

「きっ!貴様達!提督の脱走を許すというか!」

そこに通りがかった龍田はくすくす笑いながら、

「提督は長門さんと夫婦旅行したいってのを言い出せないだけのような気がするな~」

「ド、ドサクサに紛れて変な事を言うな龍田!そういえばさっき誰かも言っただろ!」

「あら~、大体あってると思うのだけど~」

と言いながら、スタスタと歩き去っていった。

うんうんと頷きながら、伊勢が継いだ。

「脱走する日は決まって長門が秘書艦の時だよね」

「なっ!」

「御指名の意図満々じゃない?」

にやにやする秘書艦達。

長門は思った。今度こそケリをつける。もう脱走しませんとしっかり反省してもらう。

ふうと一呼吸置き、とっておきの切り札を提案した。

「・・・提督を座敷牢まで連れてきたら、鳳翔のディナー券と交換しようじゃないか」

ふっと、和やかだった空気が変わる。

「・・・本気?長門」

「ああ」

「報酬は何枚かしら?」

「最初の成功者に4枚渡す」

「秘書艦以外は協力を求めちゃダメ?」

「ダメではないがあまり大々的にしたくない。出来るだけ最小限で頼む」

「姉妹は良いですか?」

「金剛4姉妹か。良いだろう」

ガタッ!

秘書艦達は一斉に立ち上がると、すすすっと食堂を出て行った。

長門はニッと笑った。

提督よ、鎮守府最強クラスの秘書艦娘が追っ手となったぞ。逃れられるかな?

そしてふと我に返った。

鳳翔のディナー券は1枚3万コインと、おいそれと手が出せないが極上の美味揃いで有名だ。

夏休みに中将が来た時にさえこの券の発動は見送られ、普通のコース料理になった程だ。

4枚で12万コイン。滅茶苦茶痛い出費だが仕方ない。

あと、まだ青くて細い辛味大根を何本か買ってこなくては。提督のしばらくの食料として。

食堂の玄関脇で一部始終を聞いていた不知火は表情を曇らせると、そっとその場を離れた。

 

「艦載機、発進してください」

加賀の一声で一斉に飛び立つ。加賀が積めるだけ積んだ彗星だ。

加賀は昼食時に島風が居ない事に気づいていたので、真っ先に共謀を疑った。

その為、島風が無給油で往復出来る港をリストアップ。艦載機に島風の捜索を命じたのである。

「こちらの彗星は待機させておくわ。日が暮れるまでに見つかるかしら?」

パートナーとなった赤城が問うと、加賀は頷いた。

「日没までには十分な時間があります」

 

 




タイトルで嫌な予感がした読者の皆様は鋭いです。
通算80話記念長編の始まりです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。