艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file08:事務方ノ布石

3月31日朝、鎮守府

 

朝食を取っていた涼風は、脇腹を指でつつかれた。

脇を触られるのが弱い涼風は、飲んでいた味噌汁を噴き出しそうになる。

「誰だい悪戯するのは?」

「しっ、堪忍な」

突いた黒潮は予想以上の効果に詫びた。弱点としてしっかり記憶したが。

「これや、これ」

「あーん?」

机の下で小さなメモをかざしている。

 

 「朝食後、7時から緊急会議。提督にバレぬよう参集せよ」

 

そう書かれていた。なるほど。

「あんたんとこの姉さん達にも伝えてや」

「合点だ」

こうしちゃいられねぇ。急いで食うぜ。

涼風は朝食を流しこむように胃の中に収めると、駆逐艦寮に向けて走り出した。

 

7時きっかりに全艦娘が揃った。

先日は赤城と長門がこちらを向いていたが、今日は長門、球磨、古鷹、加賀、そして響がいる。

響ちゃん開発成功したんだねぇという囁きが聞こえる。昨晩まで居なかったからだ。

「皆、朝の休息時間にすまない」

長門が口火を切ると、場が静まる。

「これより皆に知恵を借りたい。対処する時間が限られているが実施可能な案を出して欲しい」

うつむき加減だった加賀が顔を上げると、

「皆、本当にごめんなさい」

と、言った。そして、

「昨晩獲得出来るはずだった資材のうち、弾薬全数と鋼材の半数を失ってしまいました」

と、続けた。

場がざわめいた。昨晩の「取引」で得る量は、一昨日の艦娘開発用に比べれば少ない量だった。

しかし、それは新鎮守府に備蓄する「当面の在庫」すなわち生命線と聞いていたからだ。

「時間が短いのは解るけど、何があったか教えてもらえる?」

山城が促すと、古鷹が

「申し訳ありません!私達護衛班の失態です!」

と、うつむいたまま叫んだ。

「いいえ、私の落ち度です。説明します」

加賀はちらりと古鷹を見た。静かに泣き出す古鷹の肩を優しくさすりながら続けた。

「今から5時間ほど前、最後の相手と取引をする事になった時、深海棲艦反応がありました」

艦娘達はピクリと反応した。

「ただ、出現反応はあるのに位置が特定出来ないという異常なパターンでした」

「出現は誤報ではないと判断し、位置特定の為、私が警護班全員に広域探査を指示したのです」

艦娘達はうなずいた。敵の特定は基本中の基本だ。位置と艦種が解って初めて対応出来るのだから。

「ところが敵は、取引相手の司令官を殺害し、その司令官に化けていたのです」

艦娘達はざわめいた。そんな事は噂話程度で実例など体験していなかったからだ。

「私は響さんと交渉を進めていましたが、響さんがいち早く敵に気づき、知らせてくれました」

大きくなってきたざわめきを、長門が片手を上げて制した。

「警護班は島を背にして索敵中、私は直接攻撃の武器を装備しておらず、敵は通信を妨害しました。敵が完全に優位でした」

眉をひそめ、唇を噛む加賀。フォローすべきかと赤城は口を開きかけたが閉じた。今は聞くべきだ。

「しかし、敵は取引した弾薬コンテナを背にした位置にいました」

まさかという表情で艦娘達が加賀を見つめ、次の言葉を待った。

「響さんは12cm砲を装備していました。私は誘爆による攻撃を選択し、響さんの的確な砲撃により成功したのです」

「ですから響さんは加賀の命の恩人です。そして響さんの鎮守府は壊滅したので、ここにお越し頂いたのです」

響が加賀の方を向いた。

「か、加賀、私はただ加賀の言うままに撃っただけだ。それに加賀は爆発から私を庇ってくれた。本当の命の恩人は」

ぽん、と加賀は響の帽子越しに、響の頭に手を置いた。

響は口をつぐみ、泣きそうになったが、加賀が目で今はダメと合図した。

響はむぐっと力をこめて口を結んだ。良い子ですね。大丈夫。私は傍にいます。

「今説明があった通り、響さんの砲撃で誘爆は成功しました。しかし敵を含むコンテナ周囲100m圏内にあった物が吹き飛びました」

「警護班ならびに輸送班が周囲2kmに渡って捜してくださいましたが、全弾薬と鋼材の半数は海の藻屑と消えました」

加賀は頭を下げた。

「申し訳ありません。全ては加賀の慢心によるミスです」

艦娘達は沈黙した。今、加賀が生きてる事自体が奇跡に近い状況だ。

「球磨たち輸送班は島の丘の反対側に居たクマ。もっと見える位置で居れば加賀を助けられたクマ。本当にごめんクマ」

球磨が加賀の方を向いた。

「いえ、取引相手を刺激しないよう、全取引が終わるまで隠れて待機と指示したのは私です。輸送班の方に責任はありません」

長門が口を開いた。

「敵はeliteクラスの雷巡一隻で、この攻撃手法は今後追検証する必要があるが、喫緊の課題は不足資源の確保だ」

ささやきが再び止んだ。

「最初に言った通り、事は急を要する。加賀と響は修復バケツにより高速修復したが、メンバー全員を休ませてやりたい」

艦娘達はうなずいた。

「警護班は第2班を編成するとしても、資源の確保手段が見えない。」

「今から任務表を大増刷しようにも間に合うか解りませんし、提督もさすがに3日目となると押し切れるかどうか」

任務娘がおずおずと言った。長門がうなずく。

「そうだ。遠征1日ではとても間に合わない。新鎮守府移行後、大本営からの物資補給や遠征指令は当面アテに出来ない」

「アタシが資源輸送に行ってくるよ、新型タービンなら一番早く行けるよ!」

島風が言ったが、長門が首を振った。

「申し出はありがたいが、最速を誇る島風でも刻限までに3往復するのが限界だ。それでは1桁足りないんだ」

島風のリボンがへなへなと下がる。10倍速く動くのは幾らなんでも無理だ。

艦娘達の絶望的な静寂を破ったのは、不知火だった。

「それでは、ここは事務方にお任せください」

長門が驚いたように問いただす。

「何か策があるのか?」

不知火がちらりと、そしてすまなさそうに文月を見る。

「文月、これは緊急事態と判断します。よろしいですか?」

提督から実の娘のように寵愛を受ける文月だが、事務方の長として活躍するキレ者だ。夜9時に寝てしまうのが玉に瑕だが。

文月は短い腕を組んで首を傾げていたが、目を開けてにっこり笑う。

「簿外在庫放出です。本領発揮するよー」

長門が口を開く。

「よ、よく解らないが、どういうことだ?」

文月が口を開く。

「工廠では今まで相当な量の装備開発をしてるのだけど、失敗ペンギンと在庫装備は皆知ってるでしょ?」

艦娘がうなずく。

「でもね、在庫にも出来ない装備がたまに出て来るのです」

「えっと、弾が撃てない主砲とかって事かしら?」

陽炎が質問するが、文月は立てた人指しをちっちっちと動かす。大人ぶってるようで可愛いが本人は素だ。

「そうではなくて、えっと、例えば狙撃銃とか、歩兵用ロケット砲とかです」

「陸軍装備よねそれ。でも、ロケット砲は開発成功してないんじゃ・・・」

「元々海軍兵装を呼び出してるのに出てくる陸軍兵装ですから、時空ずれも起きるようです」

不知火と文月が交互に言葉を継ぐ。

「そこで、そういった物が出ると陸軍の開発部さんに連絡して、引き取ってもらうんですよ~」

「陸軍開発部は新装備をいち早く手に入れられる。私達は場所が片付き、珍しいお菓子・・おほん、資源を手に出来ます」

「互恵関係にあるのですっ」

「そして最近は特に、開発ペースを上げた為か、陸軍用の重火器や戦車等の兵器級装備も数多く出ました」

「これらを陸軍開発部さんに引き取ってもらうのです~」

長門が納得したというようにうなずいた。

「なるほど。しかし、相手は今日の今日で応じてくれるのか?陸軍だろう?」

文月はくすりと笑った。

「開発部さんはすぐ引取りに来てくれますし、値段も決めようが無いので私達の言い値です。レートをちょっと上げれば良いのです~」

長門は一瞬、文月がニヤリと笑うのを見逃さなかった。これからは脳内で越後屋と呼ぼう。

「では、不足資源の確保は事務方に一任して良いか?」

不知火はうなずいたが、文月は長門を見ながら言った。

「ちょっと、お願いがあるのです~」

「なんだ?」

「今日、妖精さんに新鎮守府の図面を渡すのですけど、簿外在庫置き場と、開発部さんとお話しする部屋を入れても良いかなあ?」

こっ、こやつ・・裏取引を正当化し、なおかつ場所を確保するつもりか・・・

「新しい鎮守府で当面の間、この取引で資源をちょっと補えると思うのです」

どうせ表に出してしまったのなら恩を売り業務として認めろという事か。

確かに提督に承諾させる絶好のタイミングだ。だが、狙いはそれだけか?そんな単純なことか?

頭を働かせようとする長門に文月がダメ押しの一言を加える。

「毒は皿まで、です」

くっ、越後屋っ、越後屋何を考えている?

だが、時間が無い。今は他に手がない。無条件で飲まざるを得ない。何が起きるんだ?

「わ、解った。よろしく頼む」

がっくりと頭を垂れる長門、おろおろする不知火を横目に文月は満足気にうなずく。

当面、新鎮守府では緊縮予算による財政削減策を取るしかありません。

簿外在庫取引で得られた資材を合わせた総資材を見せつつ、収入が減り、総資産がこれしかないと説得する事を考えてました。

そして最も資源消費の激しい戦艦の方々には特に厳しい節約令を飲んで頂かねばなりません。

戦艦の長で、艦娘の長である長門さんに恩を売れば良い布石になります。

事務方のおやつ代なんて、また考えれば良いことです。隠し事をするのは好きではありません。

なにより、提督、ううん、お父さんにはこれから楽をさせてあげるのです。

事務方の長は、既に来年度は誰を説得すれば計画内にバランスシートが納まるかについて頭を巡らせていた。

 




文月可愛いよ文月。

文月「ねぇ、こいつ、やっちゃっていい?」
北上「あぁ、もうやっちゃいましょー」

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