艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file30:艦娘ノ花火(後編)

8月10日夜 鎮守府の浜辺

 

観客の艦娘達がわいわいと興奮気味に話しながら3つの列を作っていく。

1つは事務方の焼きそば屋台、1つは鳳翔の粉物屋台、最後の1つは間宮の甘味屋台である。

当然最後の列が一番長いが、そこは間宮。あっという間に捌いていく。

 

「夕食食べた後なのだけど・・・ソースの匂いを嗅ぐとね・・・耐えられないのよね・・」

五十鈴の声に大和と夕雲がうんうんと頷く。

3人とも焼きそばを啜っていた。

「でも紅ショウガと青海苔が誘うのです・・・」

夕雲の気弱な声に五十鈴と大和がうんうんと頷く。

「夏の夜の屋台はダイエットの天敵ですよね・・・」

「粉物も美味しそう・・ううっ・・」

「あら、でも大和も夕雲もプロポーション良いじゃない」

「五十鈴さんだって・・私は維持するの大変なんです・・・頑張ってるんですから・・・」

「昨日今日と相当運動してると思うわよ?」

「ご飯美味しいから頑張って動いてるんです。筋肉痛だけど明日も油断しません!」

「でも・・・」

五十鈴と夕雲は大和の傍らにある綿飴の袋をちらっと見た。他の二人は寸前でぐっと我慢したからだ。

大和が真っ赤になって

「あ、甘い物は・・・その・・あの・・別腹・・です・・」

というと、顔を伏せてしまった。しかし焼きそばは最後の1本までしっかり啜った。

「ちょ、ちょっとなら平気です。大丈夫です!」

と夕雲がフォローすると、大和は食べ終わった焼きそばの器を傍らに置き、綿飴の袋を開けた。

「じゃあお二人にも共犯になって頂きます」

「えっ!?」

「お、お砂糖・・・」

大和が幽霊のような顔で夕雲の間近に迫る。

「ちょっとなら大丈夫なんでしょ?」

「ひぃ!」

五十鈴が溜息を吐くと

「・・仕方ない、皆で頑張りますか」

「こっ、これくらいなら、すぐですよ、すぐ!」

と夕雲が返したのだが、そこに中将が

「おおい、たこ焼きと焼きもろこしとチョコバナナと鈴カステラ買ってきたぞ!祭りと言えばこれだろう!」

と登場したので、涙目になった3人から

「鬼!悪魔あぁぁぁぁ!」

と、言われてしまった。

中将は首を傾げた。なぜ3人は涙を流しながらムシャムシャ食べている?泣く程旨いのか?

というかそのリンゴ飴は私のモノだ!返せ五十鈴!

 

却って体力を消費する休憩時間が終わると、青葉は口元の青海苔を拭いながらマイクを取った。

焼きそばは飲み物です!デスソースに漬けた2人前なんて余裕です!エネルギー満タンです!

「さぁ後半です!最初は摩耶さん、天龍さん、涼風さん、五月雨さんの競演!」

「続いて長門さん、金剛さん、比叡さん、北上さん、大井さん、夕張さんの競演です!」

 

浜から届く割れんばかりの拍手を受け、摩耶と天龍が互いを見て頷いた。

摩耶と涼風、天龍と五月雨を頷きあうと、4人はゴーグルをかけた。

 

シュッ!

 

涼風と五月雨が同時に打ち上げる。数秒待って摩耶と天龍が同時に

 

ドシュッ!

 

と打ち上げる。同じだけ待って再び涼風と五月雨が打つ。これを4人は繰り返した。

観客席では菊物、型物、ポカ物が一糸乱れず2発ずつ上がっていくのが見えた。

歓声が次第に大きくなる。

最後の1組を涼風と五月雨が打ち上げると、4人はハイタッチした。

緊張で4人とも汗だくになっていた。

 

長門は成功を見届けると、金剛達に合図し、目元のゴーグルを確かめると身構えた。

何度やっても大暴れした40号を諦め、30号に切り替え、練習もした。

しかし、30号と言えど間違って客席に落ちれば榴弾並みだ。大惨事になってしまう。

火薬の怖さを知っている3人は自然と緊張した。

波が行って戻る、僅かな瞬間。

「行くぞっ!」

「はいっ!」

 

ドッフ・・・ヒュルルルルッ・・・

 

凄い圧力だが、これなら大丈夫だ。

そう思った直後。

 

ズ・・・ドーーーーン!

 

ほぼ真上から巨大な破裂音が3つ重なった。

これは艦隊決戦並みの音だな!油断せんぞ!

 

「・・さすがの3尺玉・・としか言いようがありません!」

先程の1尺玉でも大きさに感動した観客達は、3尺玉の桁違いの音と大きさの迫力に圧倒され、固まった。

しかし、さざめきのように、地鳴りのように、うおおおおっという大歓声に繋がっていった。

 

歓声を耳に2発目を装填する長門達。

その様子を見つつ、北上と大井は打ち上げ機器を構えた。

夕張は制御スイッチの安全蓋を外した。

今度は先程より複雑だが、失敗は許されない。

北上達と頷きあった夕張は、長門と合図を交わした。

 

「行くぞっ!」

「やあっ!」

 

 

ドッフ・・・ヒュルルルルッ・・・

パシュッ!パシュッ!パシュッ!パシュッ!パシュッ!

 

ズ・・・ドーーーーン!

パパパパパパーン!

 

 

3尺玉の下で小さな幾つもの花火が乱れ咲く。スターマインと呼ばれる複合花火だ。

風に流された火の粉が滝のように長門達にかかる。が、しかし。

 

「次!」

「はいっ!」

 

そこは歴戦の強者である。

キリッとした表情を崩さず、降り注ぐ火の粉の中一糸乱れず打ち上げる様は格好良いものだった。

この場に青葉が居たら、きっと写真に撮るのだろうが・・・

 

「さすが長門さん!皆さんも良い表情!火の粉が大迫力です!エンタメ欄ぶち抜きますよっ!」

 

放送席に据えられた頑丈な三脚と電動の雲台。

雲台の上には長さ2m、直径25cm程の巨大な超望遠レンズと一眼レフカメラが装備されていた。

青葉はカメラに繋がれた液晶を見ながら、ジョイスティックで雲台とシャッターを操作していた。

雲台は小気味良いモーター音を立てながらジョイスティックの操作にコンマミリ単位で正確に追従した。

カメラは青葉が軽くトリガーを引けば機関銃も真っ青の勢いでシャッターを切っていく。

夜の闇、海上、降り注ぐ火の粉という酷い状況にも拘らず、長門の表情を鋭いピントで逃さず捉えていく。

青葉はこんな重装備を持っていない。しかし、昼過ぎに放送席を設営していると夕張が現れ、

「お願い!浜から打ち上げる様子をこれで撮っておいて!構図は任せるから!」

と、この一式を設営していったのである。

おかげで自分のカメラと2台体制となったのだが、青葉はこのカメラに興奮しすぎて変な笑いが出てきた。

なんですかこのカメラ!どんだけ凄いんですか!幾らするんですか!ローン組んでも買いたいです!

 

パパパパパパーン!

 

最後のスターマイン一式まできっちり上がったのを見届けると、長門は満足げに姿勢を戻した。

服のあちこちが炭まみれなのに気づき、さっさっと払うと、

「皆、素晴らしい!良くやった!無事成功だっ!」

「はい!」

そして、打ち上げに携わった10人は自然と高々と腕を掲げ、

 

「えい!えい!おー!」

 

と、気勢を上げた。この声は浜にも届き、観客席の艦娘達も

 

「えい!えい!おー!」

 

と、答えたのである!

提督は長い息を吐いた。実際に最後まで終わるまで心配で、心臓は早鐘を打つかのようだった。

ぽんと、提督の肩を掴む者が居た。

ふり返ると、日向が居た。

「無事、終わったな」

「そうだな」

「心配だったか?」

「勿論だ。弘法も筆の誤りというしな」

「だが、無事成功した」

「あぁ、見事だった」

「今回、長門は尺を小さくしただろう?」

「そうだな」

「前なら何が何でもと40号を打った筈だ。長門も成長している。我々もだ」

「ああ、眩しい位にな」

「これからも、我々は提督の期待に応えるべく成長していく」

「・・・。」

「だから提督、我々を信じて欲しい」

「信じているさ。だが、愛する娘達の心配をするのは許してくれ」

「心配し過ぎて倒れるな。それでは本末転倒だぞ」

「・・・解った。ありがとう、日向」

「礼は長門に言うと良い」

そういうと、日向はそっと去っていった。

提督は1ヶ月前、悪夢を見た日の事を思い出していた。

そういえばあの時は伊勢が当番だったか。日向も聞いたのだろう。

長門があの時、静かに伝えた事。

 

「提督が自身を蝕んでまであの日を悔いてるのは皆知ってるが、誰も望んでいない」

 

私も、成長していかねばならないな。

提督はふっと息を吐くと、海原の長門達を見つめた。

 

 




夕張が渡したカメラシステムは完全に私の妄想です。
夕張さんが公式絵で持ってるジョイスティックって何に使うのかしらという所から膨らませてみました。
現代ならありそうな気はします。持ち運ぶの大変でしょうけど・・・


この話を書いた後、バシー島ボスA勝利で浜風さんをお迎えしました。
ちょっと嬉しい。

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