艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file28:提督ノ粋

 

8月9日昼 鎮守府提督室

 

「だから、物理的に無理だと・・・」

「断る!この長門に豆玉を持てというか?」

「どうしようもないでしょ?」

「しかし!しかし!」

「お姉ちゃんなんだから聞き分けなさい」

「断るったら断る!」

提督は溜息を吐き、工廠長は

「見せなきゃ良かったか・・すまん」

と、提督に詫びた。

 

事の発端は少し前にさかのぼる。

昨日から滞在している中将達御一行は、到着時は嵐のようで先が思いやられた。

しかし、浜に案内し、工廠長作のパラソル付寝椅子を渡した後は海水浴に夢中の様子だった。

連絡役として不知火がついたが、帰ってきた時の報告では飲み物を頼まれる程度だったと聞いた。

その後夕食として「世界のカレーフルコース」に舌鼓を打つと、酒席も辞退して寝てしまったのである。

用意していた酒は鳳翔の制止も虚しく隼鷹・足柄・高雄・榛名の胃袋に納まったのは言うまでもない。

そして今日は朝食もそこそこに、いそいそと浜に向かってしまった。

「手がかからなくて良いが・・もてなさなくて良いのか?」

本日の秘書艦当番である長門が提督に聞いたが、提督も

「んー」

と答えるのみであった。

その時、ノックする音が聞こえた。返事をすると、工廠長がにゅっと顔を出し、

「寝椅子は問題ないか?」

と聞いて来たのである。

「いや、非常に気に入って使ってると聞いてるよ。不具合も勿論ない」

「即席で作る事になったんでな、迎賓棟の部屋も大丈夫か?」

「あの職人芸の設備に文句言う人は居ないでしょう」

「おだてても何も出んぞ」

「私が使う寝椅子も欲しいですね」

「座る暇があるのならな」

「ここでの仮眠用に」

「過労死するから渡さん」

工廠長はふと思いついたように、

「問題といえば、もてなしの方は問題無いのか?」

「昨夜は酒席も辞退されて早々に休まれてしまいましたよ」

「船旅の後に丸一日海水浴すれば眠いのも仕方ないだろうな」

「今日も朝早くから浜に向かわれましたし、酒席ではない物を用意した方が良さそうですね」

「あまり夜遅いのも厳しいだろう」

長門が口を開いた

「食事は鳳翔が計画して仕入れてるから、今からの変更は難しいぞ」

「すると、食事会は難しいな」

「そうなる」

「ここならではで、何か楽しい思い出になるような・・」

「そうだ、花火大会はどうだ?」

「お?花火大会ですか」

「艦娘が主砲で打ち上げれば面白いのではないか?」

「なるほど、うちらしい趣向ですね」

「確か花火の規格書類があったはずだ。作り方が解れば作れるじゃろ。ちと持ってくる」

 

そして、打ち上げ花火の製法や種類の書かれた書類を見ていた時、長門が言った。

「花火の世界一は4尺玉か。胸が熱いな」

「長門は本当に一番が好きだな」

「憧れる。大きい事は良い事だ」

「小さくて可愛いも大好きだろ?」

「し、静かに。どこで青葉が聞いてるか解らないのだぞ」

「既に皆知ってるだろうに」

「な・・なんだと?提督喋ったのか?」

「長門さんダダ漏れですと青葉が言ってたぞ」

「うぅ・・長門型のイメージが・・」

「ちゃんと仕事してるんだし、普段格好良いからそれも良しだと私は思うぞ」

「ま、まぁ・・提督が言うなら良しとしよう」

「夫婦漫才は二人の時にやってほしいのだが?」

「漫才じゃないんですが」

「例えば長門だと、主砲は46cmを積んでるな?」

「先日開発成功しましたからね」

「そうすると、打てるのはおよそ1.3尺という所か」

長門がぴくりと反応した。

「・・・この世に4尺玉があるのに、その半分にもならぬ豆玉を打てというのか?」

「豆じゃない。1尺玉は普通の花火大会のメインだ。それに単純に46cmは1.38尺だしな」

「4尺玉を打つ」

「砲筒に入らないでしょ・・・」

「い・や・だ。4尺玉を打ちあげる!」

「聞き分けのない事を言わないの」

「い・や・だ!」

そして、冒頭の会話に続くのである。

ついに長門は腕を組んで視線を逸らしてしまった。一旦拗ねてしまうと長門は梃子でも動かない。

工廠長は無理な物は無理だと肩をすくめたが、提督は考えていた。

普段から実弾を撃っている長門の装甲なら4尺玉の打ち上げには耐えられるだろう。

問題が主砲の口径だけなら、何とかしてやれないか、と。

提督と工廠長が黙り込んでしまったので、長門は一瞬ちらっと提督を見て、視線を戻した。

まずい。矛を納めにくい。4尺玉は・・・無理か・・だけど。

「工廠長」

「なんだ提督?夫婦喧嘩は犬も食わんし、わしも要らんよ」

「違います。打ち上げ装置自体は作れますか?」

「大丈夫だ。調整機構付きの筒、火薬庫、遠隔発火装置だからな。主砲開発と似たような物だ」

「長門」

「4尺玉・・・」

「主砲は真上に向けられんだろ。2番砲塔の代わりに打ち上げ装置を積みなさい」

「!」

「主砲と違って真下に強い衝撃が来るはずだ。だから今日一日練習しておいで」

「じゃ、じゃあ!」

「ちゃんと練習したら4尺玉を打っていいぞ」

「本当か!本当なんだな!」

「あと、希望者を10人程集めなさい。長門一人で全部打つのは無茶だ。」

「うむ!うむ!」

「工廠長」

「なんだ」

「打ち上げ装置と対衝撃練習用の火薬を作るのはどれくらいかかりますか?」

「あっという間じゃよ。打ち上げ花火の大きさと台数さえ解ればな」

「長門、希望者は戦艦に限るな。そして希望者をここに連れてきなさい。発注内容を決めるから」

「解った!すぐ行ってくるぞ!」

疾風の如く提督室を出て行く長門を見て、工廠長は言った。

「女房のもてなしは心得てるな。感心感心」

「秘書艦です。まぁ、普段頑張ってくれてますから、これぐらいはね」

「女房に折を見て褒美を渡すのは良い夫の条件だからな。精進を怠るな」

「だから秘書艦ですってば」

 

「テートクー!花火大会なんてステキなイベントを良く思い付きましたネー!」

「気合い!入れて!打ちます!」

「魚雷と花火って似てるよねー」

「北上さんが行くところ大井ありですよ」

「毎日データ整理ばっかで運動不足だったんだ。たまにはドーンとな!」

「教育だと仮想演習がメインだからよ、火薬の香りに包まれるのが楽しみだなあ」

「打ち上げ装置って見た事ないのよね!ぜひデータに取りたいわ!」

「花火の祭りに参加しなきゃアタイの名折れってもんだ!」

「涼風ちゃん!一緒にやろうね!」

「と、いうことで丁度10名集まったんだが」

「・・・あのな長門、部屋を出て行ってから10分と経ってないぞ」

「インカムで非常事態扱いとして連絡したからな」

「完全に職権乱用じゃないか。金剛、比叡、対策班の仕事は大丈夫なのか?」

「明日まで整備以外特にありませんネー!」

「整備は霧島と榛名に全部任せてきました!」

「・・まぁ良いか。摩耶、夕張。調査班の仕事は?」

「こんな時の為に高雄・愛宕・鳥海が居るってもんだ!」

「せめてちゃんと頼んできたんだろうな?」

「はい!インカム聞いた後、溜息ついて送り出してくれました!」

「高雄、諦めたんだな・・・北上、大井、魚雷管から発射するなよ。水中爆発は洒落にならんからな」

「おうちでナデナデしたいんで1発貰って帰って良いですか?」

「ダメです。ちゃんと打ってください。」

「えー」

「涼風、五月雨、ちゃんと装置で打てよ。手で投げるなよ?」

「任っせときなー!喧嘩と花火は江戸の華だよっ!」

「喧嘩するな。そんで天龍、授業は?」

「今は夏休みだぜ?あと、補習なんて明日まで自習に決まってんだろ。」

「・・・まぁ、良いか。許可したのは私だからな」

提督は一通り見回すと、咳払いをして、

「君達に火薬の怖さを今更言う必要はないが、打ち上げ花火は実弾より扱いに不慣れであると思う」

「お祭りだからこそきちんと手順を踏み、皆で楽しもう」

「もし1人でも怪我をすれば花火大会はその場で中止する。忘れるな」

「これより工廠長と打ち上げサイズを調整していくが、無茶な要求をして困らせないように」

10人はキリッとした表情で

「はい!」

と、元気よく答えた。

 





春に夏の花火大会ってイメージ沸きにくいです。
時間軸を春に戻して良いでしょうか?

五十鈴「バカね、ちゃんと計画しなさいよ」

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