艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file26:鎮守府ノ制圧

7月31日日没 第9610鎮守府 提督室

 

「大破したから帰って来た?馬鹿じゃないのかお前!」

「で、でも、大本営からの指導で、旗艦大破の場合は帰れと・・」

「適当に中破とか言っておけよ使えねぇなあ。じゃあ鬼怒呼んで来い」

「あ、あの、修理は」

「資源もバケツもネェよ。倉庫入って寝てろ。その前にさっさと鬼怒呼んで来い!」

「は、はい・・」

ちっ。

第1艦隊はほぼ1日中出撃と入渠を繰り返した。

入渠の度にバケツも資源も山のように突っ込んでるってのに羅針盤が逸れるか大破帰還だ。

おまけに第2、第3、第4艦隊は資源集め失敗するわバケツ拾い忘れて帰ってくるわ。

面白くねぇ!ほんと面白くねぇ!

 

コン、コン。

小さくノックする音がした。

「き、鬼怒、入ります」

「おう鬼怒、お前と夕張はさっき無傷で帰って来ただろ?」

「は、はい」

「爆雷補給したらもう1回行ってこい」

「え?に、2隻で行くんですか?」

「潜水艦攻撃出来て無傷なのは誰だよ?とぼけてんじゃねぇぞ」

「え、ええ、ええと、でも、4隻居ないと陣形が」

「どこにあと2隻居るんだよ!大破してる由良と五十鈴に出撃しろってか?可哀想だなあおい!」

「そ、そんな、修理してから・・」

「資源庫見てこいバーカ!お前らの補給分しか残ってネーヨ!」

「う、ううっ、そんな・・あんまりです・・・」

「ぐずぐず泣いてんじゃネーヨ人間でもネーくせに!さっさと行ってこい!」

「い、いってきます・・・」

ちっ、しみったれた雰囲気にしやがって。

どいつもこいつもあーだこーだ言いやがって面白くねえ。

睦月が居たら蹴り飛ばしてやるのに。

艦娘リストを開く。

建造してもロクなのが来ない。使えネェのは近代化改修に突っ込んでるから予備も無ぇ。

それにしても、売却屋待たせすぎだろ。あのアマ、詐欺かと思ったじぇねえか。

 

 

「こちら霧島。憲兵隊殿、準備はよろしいでしょうか?」

「あぁ、いつでも大丈夫だ。こういうのもワクワクするな。手筈通り頼むぞ!」

「お任せください」

インカムを切り替え、霧島は問うた。

「伊19、準備はどう?」

「もう少し待って。扉が開かなくて木曾が苦戦してるのね」

「大丈夫。時間までにはまだ余裕があるわ」

 

木曾は鎮守府と地面の隙間で、配線ボックスの錆びた裏蓋を相手に四苦八苦していた。

取り付けネジを外す筈が、電動ドライバーがあまりの錆びつきに耐えきれず壊れてしまった。

大型電動ドリルが使えれば簡単だが、大きな音を立てれば見つかってしまう。

やむなく蓋の溝に貫通ドライバーを立てて目一杯力をかけているが、ピクリとも動かない。

汗をぬぐう。時間が迫ってくる。開かないと配線が解らない!

「木曾、お姉ちゃんに任せるクマ」

ふっと振り向くと、哨戒任務中の筈の姉が立っていた。

「しょ、哨戒任務は?」

「多摩がやってるクマ。ちゃっちゃと終わらせれば大丈夫だクマ」

そういうと、球磨はネジの頭を鉤爪の刃で切り落とし、溝に爪を突き立てて押し込んだ。

すると、バキッという鈍い音と共に裏蓋が外れた。

「さ、早く作業するクマ」

「ありがと、お、お姉ちゃん」

「クマー」

手を振って戻っていく姉に感謝しつつ、木曾は配線をライトで照らしながら工具を取り出した。

ここだ。1カ所分岐線とスイッチをつければ終わりだ。ゴム手袋は蒸れるが感電防止には必需品だ。

 

 

7月30日夜 第9610鎮守府近海

 

「伊19から霧島へ。準備終わったのね」

「了解、始めましょうか」

霧島は隣にいるタ級に合図した。

タ級は携帯電話を取り出した。あの司令官と話すのは不愉快だが、これで終いだ。

 

「あぁ、散々待たされたから資材庫の準備はちゃーんと出来てるよ」

「では後30分ほどでお持ちしますので」

「さっさと来いや」

司令官はガチャンと電話を切った。もう少し早く来れば鬼怒達を行かせなかったのによ。

面白くねぇ!ほんと面白くねぇ!

 

鎮守府に錆びた輸送船が来たのは、それから25分後の事だった。

司令官は船を睨みつけながら岸壁の照明の下に立っている。

「早く接岸しろウスノロが!」

やがて輸送船からフォークリフトで、資材名の書かれたコンテナが船から運び出された。

コンテナ2つと補給用バケツが司令官の脇にきちんと並べられた。

睦月達を売り払った分の対価は後払いと言われていたが、連絡は途絶え、今やっと届いた。

ちっ、由良と五十鈴修理して第1艦隊に全補給したら無くなっちまう。

まぁバケツが6つあるから良いか。

 

伊19はスコープ越しにコンテナと司令官を捉えた。倍率を上げる。

木曾が振り向く。

「そろそろか?」

「もうちょっと待つの。合図するのね」

 

「お待たせしました」

人間の姿に変化したタ級が書類を持って船から降りてきた。

司令官は上から下まで無遠慮にじろじろ眺めながら言った。

「姉ちゃんよ、どれだけ待たせんだよ」

タ級は気持ち悪さにぞっとしたが、気迫で押し切った。

「睦月様ご売却の時に約束した資材はこの通りご用意しましたし、後日お支払いと申しました」

「1カ月以上も待つなんて聞いてねーぞ」

「揃い次第と申し上げた筈です。受け取り書類にサインを」

「ちっ。もう頼まねーよ」

司令官が書類にサインし、タ級に放り投げた。

「木曾、今ね」

伊19の合図で、木曾は取り付けたスイッチを回した。

 

ドン。

 

鎮守府全館の電源が落ち、明かりが消えた。

「なっ!何だ畜生!おい!誰か出てこい!」

言いながら司令官は顔を歪めた。

今居るのは大破した由良と五十鈴だけ、あとは遠征か戦闘中だ。倉庫まで声は届かない。

 

ドン。

 

目の前から強い光に照らされた。

「ぐおっ!」

眩しさに手をかざすも、動けなくなる司令官。

海の方から灯光器が幾つも点き、司令官を闇に浮かび上がらせていた。

それを合図に資源コンテナの扉が内側から開いた。

 

ドン。

 

司令官の立っている辺りの照明だけ再び点き、灯光器の光が消えた。

眩しさに苛立ち、まだ目を開けられないまま司令官は怒鳴った。

「何のつもりだ転売屋!喧嘩売ってんのか!」

「売ってるのは貴様の方だ」

静かな男の声に司令官は薄目を開け、ぎょっとした。

いつのまにか周囲を憲兵が取り囲んでいたのだ。

海の方を見ると武装した見知らぬ艦娘達まで居る。

「ゲッ!憲兵だと?!」

憲兵の一人がさっきサインしたばかりの書類を右手に掲げている。

「司令官。艦娘には出撃、遠征、演習、近代化改修、解体、改造しか命令出来ない規則である」

「ぐっ」

「この転売契約書にある通り、貴様が所属艦娘を民間業者に転売した容疑がかけられている」

「・・・。」

「言っておくが、転売した所属艦娘も我々が保護している」

「!!!」

「貴様の逮捕命令が出ている。軍事法廷にかける為捕縛の上移送する。連行しろ」

「ち・・・畜生!畜生!あの女!憲兵の犬だったのか!」

「口を慎め。抵抗は許さん」

「うるせぇ!こちとら攻撃任務に必要な資材を調達しただけだ!大本営の命令じゃねえか!」

「それなら軍事法廷で同じ事を言いたまえ」

「放せ!放せ!ちくしょおおおおおお!」

輸送船から出てきた護送車両に司令官を放り込むと、霧島が近寄ってきた。

そして憲兵に小さな封筒を手渡した。

「ん?何だこれは?」

「転売屋と司令官が先ほど港で会話した際の音声付動画です」

「ほう、証拠が増えるのは助かるな。」

「それでは、これで失礼させて頂きます」

「うむ。後は我々でやっておく。協力に感謝すると共に、面白かったと提督に伝えてくれ」

霧島はにこりと笑うと、

「全艦娘に告ぐ。任務完了!直ちに撤収せよ!」

と、宣言したのである。

タ級は輸送船の中から一部始終を見届けていた。

ふと目が合った霧島と頷きあうと、輸送船に出航を命じた。

 


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