艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file24:睦月ノ記憶

 

7月26日朝 鎮守府提督室

 

コン、コン。

「どうぞ、開いてますよ」

今日の秘書艦当番は赤城だったが、少し声が硬かった。

それは昨夜着いた艦娘のうち、睦月だけは眠ってしまっていたので、今朝連れてくる事にしたこと。

そして、鈴谷達の報告で、睦月が虐待を受けていた可能性があると聞いていたからだ。

ドアが開くと、響に連れられた睦月が、ビクビクと怯えた様子で入ってきた。

とりわけ提督の白い軍服を見るといっそう激しく動揺したようだった。

提督と赤城は顔を見合わせた。なにがあったというのだろう。

赤城はそっと、睦月の前でしゃがみこみ、目線を合わせた。

「私は赤城っていうの。あのおじさんの下で働いてるわ」

「お、おじさん?」

赤城は構わず続けた。

「自己紹介できるかな?」

睦月は響の手をぎゅっと握った。

すると、響もぎゅっと握り返した。まるで手で会話するように。

「む、睦月です・・」

「そうか、私はここの提督をやっているおじさんだ。歓迎するよ、睦月君」

「・・・・・。」

提督は精一杯穏やかな声で話しかけたが、見る間に萎縮して行くのが解った。

時折ちらりと顔を上げ、すぐに怯えたように俯いてしまう。

提督は赤城に会話をするよう目で合図すると、自分はそっと離れた。

 

それから1時間近く、赤城はゆっくり、ゆっくり話をしていった。

最初は黙りこくっていた睦月だが、響に励まされ、次第にぽつぽつと話し始めた。

建造された時から司令官に期待外れだと罵倒されたこと、

自分が秘書艦の時はうまく開発が出来ずに叱られてばかりだったこと、

戦況が悪くなり、資材が減ってくると何もしていなくてもぶたれるようになったこと、

碌に修理すらしてもらえず、兵装も剥ぎ取られたまま出撃を命じられ大破したこと、

島に移る前日、司令官から「お前のような役立たずは誰も買うまい、迷惑かける前に死ね」といわれたこと。

睦月は本当に、淡々と、淡々と喋っていった。

赤城は聞いた。

「奥に居るおじさんを見て、怖いと思ったのは何故かしら?」

睦月の顔に動揺の色が走った。

「あっ、ごっ、ごめんなさい」

「良いのよ。顎の形が気に入らないとか、あんなおじさんは嫌だとか、理由を教えてくれないかな」

提督は静かに泣いた。そ、そんなに顎の形変か?

「ち、違うの、あの、服・・が」

「服?」

「し、司令官も・・同じ・・・白い軍服を・・・」

はっとしたように、提督は部屋を出て行った。

睦月はびくっとしながら

「あ、あの、提督を怒らせてしまったでしょうか?」

と聞いたが、赤城は

「そんなことで怒る人じゃないわ。」

と、にっこり微笑み、響は

「そんな事でもし怒ったら、私が庇ってあげる」

と言った。

提督は自室で一式の軍服を引っ張り出した。またこれを着るのか?

しかし、これしかないか・・・

 

ガチャ。

開いたドアの方を、赤城と響は2度見し、睦月は呆気に取られた。

まだらの緑模様になった軍服を着た提督がそこに居たからだ。

赤城は思わず素の口調になってしまった。

「てっ!?提督っ!?何ですかその格好?!」

睦月はあまりの事に声が出ない。口をパクパクさせている。

「ああ、いや、以前響達に茶をかけられた軍服があったのを思い出してな」

響はジト目で見ながら

「まだ取ってたの?いい加減捨てたらどうだい?色が抜ける訳ないじゃないか」

と言った。提督はガリガリと頭をかきながら、

「その、これなら白い制服じゃないから、怖くないかな、とね」

と、顔を赤らめながら呟くように説明した。

赤城は

「何を考えてるんですか・・・睦月ちゃんがそんな事・・で・・」

と言いかけて、止めた。

「くすくすくす・・あはははははは!」

睦月が提督を指差して笑い出した。

「緑のオバケ~怖い~♪」

提督が両手を肩まで挙げると

「泣いてる子はいねが~」

と言いながら睦月をゆっくり追いかけた。

睦月は部屋の中をきゃあきゃあ言いながら駆け回って逃げ、赤城にぎゅっと抱きついた。

すかさず赤城は弓を構える仕草をすると、

「悪い提督は成敗します!ドーン!」

といい、提督は

「や、やられたああああああ」

といってバッタリ倒れるフリをした。

それを見てきゃっきゃと笑う睦月の頭を赤城はそっと撫でた。

「ね、あれがうちの一番偉い人なのよ。怖いかしら?」

睦月が生き生きとした目で

「ううん!全然!」

と言った。

提督はそっと起きると、膝をついて

「睦月、おいで」

といった。

睦月は一瞬響達を見たが、響も赤城もにっこりと頷いたので、そっと近寄っていった。

ぽん。

提督の大きな手が、睦月の頭に乗った。

「こんなちっちゃい体で、よく今まで頑張ってきたね」

提督は目を細め、ゆっくりと頭を撫でていった。

「話はよく解ったよ、睦月。私から幾つか言うから、忘れないで欲しい」

「う、うん」

「まず最初に、ここに来た以上は睦月は私の大事な娘だ。」

「娘・・・なの?」

「そうだ。睦月は赤城や響と同じく私の娘で、大事な宝物だ。役に立つか立たないかなんて関係ない。」

「・・・。」

「だから私は睦月に戦う事を強いたりはしない。まずは充分に寝て、美味しい物を食べ、遊びなさい」

「いいの・・?」

「良い。ここには甘くて美味しい羊羹や、とても美味しい料理を作ってくれる人達が居る」

「・・・・。」

「辛かった事を忘れる事は無理だ。無理はしなくて良い。悲しい気持ちは悲しいまま持っていて良い」

「・・・。」

「その代わりに、ここで楽しい思い出を沢山作りなさい。皆仲間だ。私も味方だ」

「・・・。」

「最初は信じられないかもしれない。少しずつ、自分のペースで、信じられる人に話しかけてごらん」

「・・・。」

提督は、睦月の額と自分の額をこつんと合わせた。

「私は睦月に約束する。決して叩いたり、寂しい思いをさせたりしない。」

「・・・。」

「もう1つ。睦月が望むなら、私達は睦月に上手な開発や建造のやり方を教えてあげられる」

「上手な・・やり方?」

「そう。やり方を覚えれば色々な物が作れるようになる。睦月は今まで知らなかっただけなんだ」

「わ、私でも・・役に・・立つ・・・の・・・?」

「もちろん」

提督は睦月の小さな小さな手が自分の服を掴んでいる事に気がついた。

そして、小さく、かすかに泣いている事も。

提督は睦月を両手でぎゅっと抱きしめると、

「睦月。私の可愛い娘よ。ようこそ我が鎮守府へ」

と言った。その言葉で堰を切ったように、睦月は大声で泣き出した。

提督は睦月の小さな背中をさすりながら誓った。こんなになるまで虐待した司令官を絶対に許すまいと。

響は自分がここに来た日を思い出していた。

提督はあの時も、司令官を思い出して泣いた私をずっと抱きしめてくれた。

温かくて、大きくて、優しい人が傍に居ると知るのはとても安心する。

あれからしばらくの間、私は提督の傍を離れず、随分我侭を言ったけど、提督は許してくれた。

そして集団生活に入るよう言った後も、そっと教室の廊下から手を振ってくれた。

見守ってくれてると実感出来たから、安心して溶け込めた。

今は皆と一緒に居れば寂しくは無い。

だからきっと、睦月も大丈夫。

赤城は提督と睦月の姿を微笑ましく見ていた。

では、提督が隠してるつもりの、奥の棚3段目にある羊羹を切り分けますかね。

 





1日5話って、ちょっと自分でもおかしいと思います。
でもこの辺りは書くのが本当に辛くて、一気に書ききらないと途中で止まっちゃう気がして、なかなか踏み込めずにいましたが、書けて良かったです。
さぁ、解決に向けて動き出しますよ!

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