艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

62 / 526
file16:長門ノ胸中

 

7月16日昼 提督の自室

 

伊勢から連絡を受けて数時間。日は高く上り、昼を告げていた。

しかし、この部屋の中では規則正しい時計の音と、提督の寝息だけが支配していた。

長門は目を瞑った。

あの日。

長門は目の前で、妹の陸奥を、大鳳を、そして蒼龍と飛龍を失った。

旗艦であった長門は己の未熟さを呪った。

戦法、航路、選択兵器、タイミング、全て自分の差配だったからだ。

自分は提督にこの惨敗を罵倒されても仕方ないが、日向はなんとか庇おう。

責任を取って第1艦隊旗艦を返上しよう。解体も覚悟しよう。

そう考えながら日向と寄り添い、鎮守府に帰港した。

しかし。

 

「長門。許してもらえない事は百も承知だ。全て手遅れだ。それでも心から詫びたい。本当にすまない」

提督はどしゃぶりの大雨の中、私の足元に土下座した。

一瞬、事態が理解出来なかった。

提督が艦娘に土下座するなどという話を聞いた事が無い。

そもそも、戦闘で弾を避けきれなかったのは己の未熟さで、鍛錬不足だ。

勝利を信じて送り出してくれた提督が、何故土下座をしている?

日向と伊勢は抱き合って再会を喜んでいた。

そうか。

私の帰りを一番喜んでくれた陸奥は、今、冷たい海の底に沈んでいる。

妹は、第1艦隊で一緒に鍛錬した蒼龍達戦友は、居なくなってしまった。

認識した途端、辛うじて長門を支えていた糸がぷつんと切れた。

支えを失った人形のように、長門は提督の傍らに座り込んだ。

「すまない、長門、すまない・・」

提督は謝り続けていた。

しかし、長門の中には提督を恨む気持ちは無かった。だから、

「提督、頭を上げて欲しい」

と言い、続けて、

「助けて・・くれ」

と、消え入りそうな声で呟いた。

提督は長門達を直ちにドックへ導くと、工廠長に最優先での修理を命じた。

十数時間の入渠の間、提督はドックで長門と日向の間で座り、誰が何を言っても石のように動かなかった。

目が覚めた後、長門は工廠長からこの話を聞かされた。その時、長門は決めた。

妹は深海棲艦と勇敢に戦って犠牲になった。蒼龍達もだ。

この上提督まで失ってはならない。失ったら私自身が折れてしまう。

だからずっと傍に居よう。自らを律し、鍛え、提督を支え、警護しよう。

この命が続く限り、最後まで。

「うぐ・・」

提督のうめき声で、長門は回想を止めた。提督の額にじわりと汗が滲んでいた。

 

穏やかな日差しの中、一面緑の草原で、陸奥が、大鳳が、蒼龍が、そして飛龍が遊んでいる。

手を振ると4人がこちらを向き、魔物でも見たかのような顔で驚く。

あっという間に景色が火の海に変わり、4人が沈んでいく。

「戦いで沈む・・・」

「私は・・」

「沈むのね」

「火が消えないね・・ごめんね・・」

4人の声が途切れ途切れに聞こえるのは、自分が出している叫び声のせいだ。

やめろ、行かないでくれ、私の大事な娘を奪わないでくれ。

その時、陸奥が沈みながら、恨めしげに言った。

「沈めたのは貴方よ。許さないわ」

やがて、陸奥は深海棲艦に姿を変えていく。

「許さない、許サナイ、ユルサナイ」

「うわああああ!」

提督は飛び起きた。

呼吸が浅く、速い。呼吸をするほどに胸が痛くなる。

また、この夢だ。

水差しの水をコップに注ぐと、長門は言った。

「起きたか?水を飲むと良いぞ」

提督は目を瞑り、頭をがくりと垂れた。

「長門、いたのか・・・」

「そうだ。私はここに居る。大丈夫だ」

「・・・・。」

提督はゆっくりとコップを受け取り、水を飲み干した。

 

長門は立ち上がると、部屋の窓を開けた。

潮騒の音が大きくなり、爽やかな風が入る。

日光が部屋の空間の埃に反射してキラキラと輝いた。

外は信じられないほどに綺麗で美しかった。

「長門」

長門は提督の隣に座った。

「なんだ?」

「今日の秘書艦は・・」

「伊勢だが、私に代えた」

「仕事は・・」

「文月に代行を頼んである」

「・・すまない」

長門は口を開いた。

「対策班の事で、悩んでいるのか?」

提督は力なく笑うと、

「長門は何でもお見通しなんだな」

と、答えた。

長門は呆れたように

「ほぼ毎日のように話して何年になると思ってるんだ?」

「私は未だに艦娘の事を解ってないとしょっちゅう言われるんでな」

「それは提督が遅すぎる」

「むう」

「提督」

「なんだ?」

「私はもう、信用出来ないか?」

「なんだって?」

「あの日、第1艦隊を沈めた私は信用出来ないか?」

「沈めたのは私だ」

「違う。私達、だ」

「・・・・。」

「提督が進撃を命じ、私の差配で妹達は沈んだのだ」

「長門が無理に背負うことは無い」

「そっくり返す。提督は勝算があって送り出したのに、その期待に応えられなかったのは我々だ」

「違う!私は応急修理女神が居ると慢心したのだ!」

「きちんと訓練をし、現場で適切な回避行動を取れていれば、応急修理女神なぞ用無しだ!」

「強い敵に対して備えているからこその進撃命令を発しておきながら、準備指示をミスったのは私だ!」

「現場で全ての戦闘行動を指揮したのは私だ!」

「私は提督室でぬくぬくと生き、今も死に損なってる人でなしだ!」

「それを言ったら、妹を死に追いやった私だって、生きてて良い訳が無かろう!」

「だから長門は命じられた作戦に赴いただけだと言ってる!責任は我々が取るもんなんだ!」

「ふざけるな!艦隊旗艦を馬鹿にしてるのか!現場の全権を握ってるんだぞ!」

「・・・・。」

「提督が今なお、あの日を悔いて自身を蝕んでいる事を皆知っているが、誰一人として望んでいない」

「・・・・。」

「提督の言うとおり、私達は兵器としての割り切りを捨て、繋がりを大事に支えあっている」

「・・・・。」

「私達は沢山の傷を抱えて、作っているが、支えあう事で今も活動出来ている」

「・・・・。」

「それならば元々提唱した提督も、私達にもたれかかって良いではないか」

「・・・・。」

「全艦娘に本音を晒すのが怖ければ私だけでも良い。沈めてしまった者同士、答えを探さないか?」

「見つかるかさえ解らんぞ」

「私には、支えていく覚悟がある」

「長門」

「なんだ?」

「それは、男の台詞のような気がする」

「なっ、だって提督が」

「でも、それで良い。それが長門らしさなんだ」

提督は長門の手を取ると、

「すまないが、助けてくれるか?前に進む為に」

と言った。

「馬鹿者・・私は年頃の女の子なんだぞ」

長門はキュッと、提督の手を握った。

 

 

7月16日午後 提督室

 

「一体どれだけ待たせんだクマー!」

「悪かった。悪かった」

「もう鉤爪研ぎ過ぎて爪じゃなくて刃になってるにゃ」

「何それ怖すぎる」

ふんすと鼻息荒くしている球磨多摩を含め、提督室に呼ばれた面々は強豪揃いだった。

長門は一通り喋り終わるのを待ってから、

「そろそろ良いか。腐敗対策班編成を発表するぞ」

と言った。

腐敗対策班、略して対策班は調査隊、工作隊、攻撃隊に分かれる。

調査隊は青葉達広報班と行動を共にし、訪ねてた鎮守府に異変が無いか確認する。

工作隊は疑いのある鎮守府に監視カメラを仕掛ける等の裏方役である。

攻撃隊は証拠の集まった対象に対し、攻撃を仕掛けるか、逮捕する。

 

長門が対策班の班長に就いた。

調査隊は鈴谷、熊野、陽炎、響の4名。

工作隊は山城、木曾、伊19、伊58の4名。

攻撃隊は金剛、比叡、榛名、霧島、利根、筑摩、球磨、多摩の8名となった。

早速調査隊の4人は指示の翌日から広報班について回る事になったのである。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。