艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file15:提督ノ悪夢

 

 

7月16日朝 食堂

 

「今日も焼き鮭と厚焼き玉子が美味しいね~」

伊勢が機嫌良く最後の卵焼きを口に入れた時、日向が食堂に入ってきた。

日向は伊勢を見つけると、おやっという顔をした。

「伊勢」

「む!ひゅうとん、おそひよ~♪」

「その呼び方は止めてくれ。飲み込んでから話せ。ところで、なぜここで食べている?」

「やだなあ、ここは食堂だからに決まってるじゃない。騙されないよ~」

「違うぞ」

「へ?」

「今日、秘書艦じゃなかったか?」

伊勢は箸を持ったまま数秒間ほど目をパチパチさせていたが、ハッと気づいたように

「ぎゃああああ!今日16日じゃん!しまったああああ!」

というと、猪の如く食堂を出て行った。

日向は飛んできた箸を掴み、溜息を吐いた。

良い姉なのだが、少しだけうっかりさんなのだ。

そして伊勢が残していった食器と盆を返却口に返しに行った。

さて、自分の分の朝食を頂くとしよう。

今朝は焼き鮭と厚焼き玉子か。私の好物だ。

 

秘書艦当番になった艦娘は、提督と一緒に食事を取る。

すなわち提督はまだ朝ご飯を食べていない。

伊勢は提督の分の朝食を持って提督室に向かった。

さすがに2回は食べられない。

 

提督室のドアの前はいつも通り静かだった。

言い訳しても仕方ない、謝ろうと覚悟を決め、伊勢はドアを2回ノックした。

いつもなら提督はすぐに返事を返してくれるのだが、返事が無い。

余程怒ってるのかな・・いつもはそんな事ないのだけどと思いながら、そっとドアを開けた。

 

「おはようござ・・・どうしたんですか!?」

提督はいつもの執務机ではなく、応接セットの椅子に座っていた。

テーブルにうつ伏せになり、グラスを握っている。

「て、提督!提督!」

引き起こすと強い酒の匂いがした。

顔色は青く呼びかけにも応じず、ぐったりとしている。

グラスにはウィスキーがかすかに残っていた。

提督がウィスキー?

下戸で付き合い酒以外飲まないのに。

「提督!提督!しっかりしてください!」

だめだ。長門に連絡しよう。

 

「とりあえず、これで様子を見よう」

長門がそう言うと、伊勢は溜息を一つ吐いた。

事態を連絡したところ、長門はすぐに提督を寝室に移して寝かせるよう指示。

その後長門が来て、提督の上着を脱がすと布団をかけたのである。

提督は幾分顔色が戻り、静かな寝息を立て始めた。

「提督、どうしちゃったんだろう」

伊勢は心配を隠せなかったが、長門が、

「心当たりがある。今日は当番を代ろう。」

という声に、長門を見た。

長門はいつになく悲しげな眼をして、静かに提督の手を握っていた。

「仕事は、今日は事務方に代わってもらった方が良いよね?」

「そうだな。すまないが頼めるか?」

「まかせて!」

 

「そうですか・・・」

文月は伊勢から状況を聞いても驚かず、淡々と業務代行の指示を部下に発した。

ただ、明らかに悲しそうな表情になった。

伊勢は聞いてみる事にした。

「提督があんな風に具合悪くなるのは、前もあったのかな?」

文月は目を合わせず、

「お父さんは、まだ苦しんでるんです」

と、短く答えた。

それ以上は憚られる雰囲気だったので、伊勢は事務所を出ると、自室に帰った。

 

「ただいま・・」

がっくりした表情で帰ってきた伊勢を見て、日向は再びおやっと思った。

「どうしたんだ?提督に御役御免とでも言われたのか?」

「違うのよ・・聞いてよ日向」

そして、伊勢はすっかり日向に話して聞かせた。すると日向も表情が暗くなり、

「まだ、引きずってるのだな」

と言った。

「ねぇ!長門も文月もアンタも何を知ってるの!?提督は何に苦しんでるのよ!」

日向は横を向いて口を閉じてしまったが、そこは姉妹だった。

日向の肩を掴んで揺さぶる。

「お姉ちゃんにも言えない事なの!?アタシだって心配なんだよ!」

日向の目に困惑の色が浮かび、やがて、日向はぽつりと言った。

「伊勢、提督を責めないと約束出来る?」

伊勢は聞き間違えたかと思った。私が提督を責める?

「私が責める?何でさ?」

「約束出来るかどうか聞いている!」

日向がいつになく大声を上げたので、伊勢は理解した。

これは重い話なのだ、と。

「・・・解った。約束する」

日向は溜息を吐くと、口を開いた。

「北方海域の、悪夢よ」

北方海域。

提督が当時の第1戦隊の4隻を沈めた海域。提督がソロルに来る事になった原因。

「北方海域って・・あの事?」

「そう。あの事よ」

「・・・あ」

伊勢は記憶の彼方から思い出した。

その第1艦隊には長門と日向も居た事を。

二人は大破しながら、辛うじて鎮守府に帰って来た事を。

ボロボロになった日向を、伊勢は抱きしめて迎えた事を。

そして。

凍えるような土砂降りの港で、土下座して二人に詫びていた提督の姿を。

 

「ご、5年も前の事でしょう?」

たっぷり時間が経ってから、伊勢はやっと口を開いた。

「そうだ。5年も前の事だ」

日向は応じ、続けた。

「私達が兵器である以上、戦闘が仕事だし、互いに攻撃してるのだから破壊されるのも当然だ」

「轟沈か破損かは被弾の程度にしか過ぎないし、戦闘中の行動は我々の裁量だ」

「失った艦娘は作り直し、より強く鍛え上げて討ち滅ぼすまで繰り返せば良い」

「それが兵器と、操作する人間の関係であるはずだ」

「しかし、提督は我々第1艦隊の失態を、轟沈を、全て自分の責任として負った」

「提督はあの時、確かに応急修理女神を間違って第2艦隊に装備し、我々に進撃命令を出した」

「しかし、提督は自らを、まるで我が子をなぶり殺しにした親であるかのように責め続けている」

「あの事の直後は酷いものだった。死霊が取り憑いたかのように痩せこけていった」

「夜中に悪夢を見て、自らを責める思いに耐え切れず、酒に手を出す事が何回かあった」

「最近は随分落ち着いていたと思ったのだが、な」

 

伊勢はただ黙って聞いていた。

妹が大破したという意味で、強く印象に残っている筈の自分でさえ忘れていた事。

それを、提督は未だに昨日の事のようにもがき苦しんでいるというのか?

「提督が、この鎮守府の完成式の時に言った事を覚えているか?」

日向の言葉に、伊勢は思考を止めた。

「え、えと、なんだっけ?」

「事務方、教育方、深海棲艦の帰還支援、そして中将から言われた腐敗の調査撲滅」

「ああ、そうだね、言ってたね」

「でも提督は、未だに腐敗撲滅の調査隊を作ってない」

「あ・・」

「球磨達はやる気満々で日々鍛えているのに、肝心の提督から創設命令が無い」

「・・・」

「提督は腐敗撲滅の任務を受ける前、立ち聞きしていた艦娘に問うたそうだ」

「何を?」

「危険な目に遭うぞ、それでも良いのか、と」

「皆は何て答えたの?」

「艦娘を売り飛ばすような輩には天誅を与えたいとか、賛成の声ばかりだったそうだ」

「まぁ、そうだよね」

「長門もその時は高揚していて、あまり気にしなかったのだそうだ」

「何を?」

「提督が中将に拝命の為に頭を下げた時、苦しそうにしていたのを」

「えっ」

「つまり、提督はあの事と重ね、恐れている」

「で、でも、引き受けたからには」

「やらなければいけない。1年以上経ったのだから、進捗を確認される筈だ」

「それで・・・」

「また、悪夢が目覚めたんだろう」

日向はそこまで言うと、目を伏せて黙ってしまった。

 

 





お菓子を買い溜めしたら一気に食べてしまいました。
増税太りと名づけて良いでしょうか?

日向「意思弱すぎだ」

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