5月8日昼 岩礁
「あっれ?提督か?」
摩耶がすっとんきょんな声を上げた。
そろそろ掃除も終わり、テーブルを出そうかという時に、本島から来る提督が見えたのである。
しかも飛龍と蒼龍を連れている。
「皆頑張ってるか?」
「提督ひさしぶり~」
「おぉ島風、良い子にしてるか~?」
「うん!」
「ちゃんと片付け出来るようになったか?」
「うっ」
「・・・ま、まぁ、頑張れ。きっと島風なら大丈夫。やれば出来る子だから。」
「うん!頑張るっ!」
「提督さん、島風の片付け具合を確かめに来たんじゃないんですよね?」
「そりゃそうだ鳥海、そろそろ蒼龍と飛龍にも参加してもらおうと思ってね」
そういうと二人がぺこりと頭を下げた。
「学生達と1年生活し、島にも十分馴染んだと思うんだよ」
「基礎教育も一通り、応用も幾つか学ばせてもらいました」
「凄く納得出来る内容で、勉強になりました」
摩耶がニコッと笑う。
「良いんじゃねぇの?うちらも手が足りなくて困ってたんだよ」
提督が応じた。
「消費量から見て毎週100食は出てるものな」
蒼龍と飛龍がぎょっとしたように提督の方を向く。
「ひゃ、100食!?」
夕張が頷く。
「もうね、店仕舞する時にはゴム手袋してても手がふやけてるのよ・・・」
「洗い物で?」
「そうよ。洗っても洗っても追いつかないんだもん」
二人が笑った。
「じゃあまず、皿洗いから手伝います!」
「交代要員が出来るのはほんと助かるわあ。ちょっとお昼寝できる」
摩耶がじろっと睨む。
「交代中は配る方を手伝えよ。アタシ一人でやってるんだから」
「えー」
「・・・4時半から走るか?」
「喜んで配るのをお手伝いします!」
「よし」
提督は思った。摩耶はしっかり夕張を支配下に置いてるな、と。
「じゃあ折角だからカレー食べていこうかな」
「あ、まだご飯が炊けてないんです」
「大丈夫大丈夫。仕事は赤城に頼んできたから」
「や・・やられた・・・」
赤城は承認待ちの書類を持って提督室に帰ってきたが、部屋はもぬけの空だった。
しかも
「カレー食べてきます。夕方に帰ります。ハンコ押しといて。提督」
という小さなメモが置いてあったのだ。
朝から一緒に居たが、おかしなそぶりは無かったので油断していた。
「まったく、しょうがないですね」
メモの下に置かれていた羊羹を頬張りながら、赤城はポンポンと承認印を押していった。
御駄賃と見るか、買収と見るか。赤城は考えていた。
大本営に見つかれば懲戒モノだが、こういう事はしょっちゅうなので押し方も慣れている。
提督は右上が少し掠れるように押す。左にやや傾けるのがコツだ。
加賀や長門は代わりに押すと凄く怒るので、内鍵をかけて見つからないようにしよう。
提督、用事はお早めに。
ハンコ押しが終わったら夕方まで何しよう。羊羹探してみるか。
「アー、カレー提督ダー!」
「久シブリダネー!」
「また来てくれたのか~、ありがとうな~」
摩耶と鳥海は呆気に取られていた。
なんで提督、深海棲艦に懐かれてるの?それにカレー提督って何?
正午きっかりに現れたのはいつものイ級2隻だった。
それは摩耶達にも解った。何となくではあるが。
「今日ハ、私達ノ友達モ、連レテ来タノ」
「友達?」
イ級達は前の日の夜、リ級とタ級に言われていた。
幹部と言っちゃダメ、友達として紹介しなさいね、と。
「アッチ!」
摩耶達が見ると、丁度タ級達が海面に浮上してくるところだった。
提督はイ級達の頭を撫でながらタ級を見上げると、
「おー!これは凄い!さぞ良い船だったんだろうな君は!」
と言った。
そして、タ級の影からリ級がそっと顔を出すと、
「お!もう一人か!摩耶!イ級達にカレー大盛り4つ!」
と、言ったのである。
「・・・・。」
リ級もタ級もイ級の友達を装う為、警戒しつつも敵意を見せないよう気を配った。
しかし、提督のあまりに無警戒な口調に毒気を抜かれてしまった。
「ア、エエト、コンニチハ」
「オ世話ニ、ナリマス」
「はいこんにちは。さぁ上がって上がって。」
その時、摩耶が声をかけた。
「二人とも、カレーは辛口か?甘口か?カレーラーメンもあるぞ!」
「ア、辛口2ツデ」
リ級とタ級は顔を見合わせた。全く驚いてない?
「兵装のある戦艦だと椅子が割れちゃうから、悪いけどここで良いかしら?」
と、平らな岩の上に大きなクッションを置いた所に案内された。
「私達ヲ見テモ、驚カナイノカ?」
夕張が答えた。
「珍しいけど戦艦も来るもの。浮砲台が来た時はさすがに海面に浮いたまま食べてもらったわ」
「ナ、ナニ!?浮砲台マデ来タノカ?」
「そうよ?あの時は波が小屋まで入ってきたから皆で水を掻きだしたわ。ねっ、イ級ちゃん」
「ネー」
リ級は呆気に取られていた。予想以上だ。何だここは。
「イタダキマース!」
「イ・・イタダキマス・・」
相変わらず器用に食べるイ級を横目に、恐る恐る食べ始めるリ級とタ級だったが、
「アレ、美味シイ」
「丁度良イ辛サデ、食ベヤスイ」
と言い、2口目からは普通に食べ始めた。
その頃から他の深海棲艦達もぞろぞろと集まってきた。
中にはリ級が整備隊の大幹部である事に気付いて敬礼しようとした者も居たが、タ級が
「ダメ!」
と、目で制したので慌てて平静を装った。
リ級はゆっくりカレーを食べながら思った。このカレーは美味しい。常連化するのも解る。
大盛りと聞いた時は躊躇したが、今となるとこれで良かった。
予想以上なのは食べにくる深海棲艦の数だ。
小屋が開いてから20分も経ってないのに、既に全てのテーブルが埋まって行列が出来ている。
イ級やト級どころかワ級やヨ級まで居る。所属部隊も様々だ。
しかし、美味しい食事にありついたからか、皆楽しそうにくつろいでいる。
少なくともこれだけの深海棲艦達が演技している気配はない。演技する理由も無い。
この光景は大本営側にとっても我々にとっても異様でしかないが、目の前にある事実だ。
「タ級」
「ハイ」
「ユックリ食ベテ欲シイ。モウ少シ様子ヲ見タイ」
「ゴメンナサイ」
「ナニ?」
「食ベ終ワッチャッタ」
リ級はがくっとなった。手遅れだったか。
「食器ヲ、下ゲテキマス」
「赤イ、ボタン、ダゾ」
「解ッテマス」
タ級が返却所に行くと、果たして小さな箱に赤いボタンが置いてあった。
そっと押すと、島風が
「あ、カレーついてるよ~」
と、布巾を持って走ってきた。
「ゴメン、ドコ?」
タ級が屈むと、島風が素早く手に小片を握らせた。
「大丈夫、取れたよっ!」
タ級は納得した。なるほど、そういう事か。上手い仕組みだ。
「アリガトウ」
タ級はそっと、リ級の所に戻った。
「ドウダッタ?」
「モラエタ」
「ソウカ」
タ級が見せた小片には、
「15:30」
と、書かれていた。