艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file12:鳩ノ嘴

 

5月6日夕方 某海域の無人島

 

「ソロソロ、日ガ沈ミマスヨ」

「・・・エエ」

重巡リ級は小さな浜辺の木陰で眠っていた。日中お決まりの、お気に入りの場所だった。

いつも通り夕方に迎えに来た部下が声をかけると、むくりと起き上がる。

「今日モ、来タ?」

「・・・2体ホド」

「ソウ・・」

リ級は報告を聞いて悲しげな顔になった。

いつかあの装置を安定停止出来る日が来るのだろうか。

 

このリ級は深海棲艦の中でも最古の一人であり、整備隊を率いる大幹部である。

整備隊という名の通り、リ級が率いる部隊は深海棲艦を生み出す装置の整備を担っている。

といっても、整備はこのリ級しか出来ない。

装置は繊細で、深海棲艦が生まれるたびに活動を強めていき、放っておくと暴走してしまう。

暴走した時に生まれた深海棲艦は非常に好戦的で規格外の強い力を有している。

更に厄介な事に規格外の深海棲艦は既存部隊の言う事を聞かず、深海棲艦にも無差別に攻撃してくる。

深海棲艦達は大殺戮から逃れる為に当該海域を捨て、安全な海域に避難する事になる。

鎮守府は海域を守らざるを得ないので大攻勢をかけ、甚大な被害と引き換えに事態を収拾する事になる。

ゆえに、装置の調整は実は双方にとって重要事項なのだが、その事実は深海棲艦だけが知っている。

深海棲艦達は暴走の怖さを心底良く解っていた。

 

一方で、このリ級は徹底的に厭戦派であった。

戦っても深海棲艦が増えるだけで、何の意味も無い。深海棲艦なんて寂しい。

一刻も早く装置を止めて一人残らず成仏しよう。

そういう信念を持っていた。

だから他の幹部とは違い、部下が必要なければ兵装を持たない事を推奨し、戦闘すら命じなかった。

他部隊で戦いに疲れた深海棲艦や、最初から厭戦的な深海棲艦も積極的に迎え、成仏する事を祝った。

厭戦的になる深海棲艦は歴戦の強者という場合も多く、結果として、昔から戦闘力は高かった。

実際、迎えに来た部下はflagshipの戦艦タ級であり、リ級の警護の為に強力な武装をしている。

リ級が寝ている島の周りにも重武装の部下がずっと見張っていた。

大幹部でも重武装で歴戦の強者を相手にするのは骨が折れるし、そもそもリ級を殺したら装置が暴走する。

よって、他の勢力はどう思おうとも整備隊の活動に一切口出しする事は出来なかった。

 

「体ノ具合デモ、悪イノデスカ?」

タ級が気遣うように言うと、リ級は軽く手を振り、

「イイエ、眠イダケヨ」

と、答えた。

程なくリ級とタ級は音も無く潜航していった。

 

 

5月6日夜 深海棲艦の拠点

 

「アー、マタ、強クナッテルワネ」

リ級は溜息を吐いた。装置の状態を見ただけでどんな深海棲艦が生まれたのかも解る。

「随分、悲シミヲ持ッタママ、来チャッタノネ」

傍らに居たタ級が頷く。

「駆逐隊ガ、連レテ行キマシタ」

「ソウデショウネ」

リ級は溜息を吐いた。怒りに任せて戦闘しても、また深海棲艦になる子が増えるだけなのだが。

「ジャア、チョット、彼女ト話ヲ、シテクルネ」

そういうとリ級は装置に向かって歩いていった。

どうやって装置を調整するかというと、リ級が穏やかに装置に語りかけるのである。

装置から答えが返る訳ではないが、リ級がしばらく話しかけると活動が落ち着くのだ。

しかし、落ち着くだけであり、停止するほど低下する訳ではなかった。

装置の性別が女性か、そもそも性別があるのかも本当は解ってないが、彼女と呼ばれていた。

 

タ級はリ級の後ろ姿を心配そうに見ていた。

リ級が最近、日増しに弱っている気がする。

最古の部類だから、ある意味成仏してもおかしくは無い。

しかし、万一リ級が居なくなってしまったら、彼女をどうやって抑えれば良いのだろう。

伝承で、装置を止めるべく戦艦級の深海棲艦数隻で装置を攻撃した記録があった。

しかし結果は全く効かないどころか、彼女は暴れまくって大量の規格外深海棲艦を放った。

それらの討伐は熾烈を極め、深海棲艦も艦娘も1/10位に激減してしまったという。

従って現時点で唯一の妥協点が、リ級の「整備」による安定状態なのである。

 

20分ほど彼女に話しかけ、「整備」したリ級は、

「ジャア、マタネ」

といってタ級の元にゆっくりした足取りで帰ってきた。

「彼女ハ、落チ着キマシタカ?」

「エエ、今日ハ大丈夫」

「アノ」

「何?」

「彼女ヲ、落チ着カセルニハ、ドンナ話ヲスレバ、イイノデショウ?」

リ級は困った顔をすると、

「天気ノ事トカ、外ノ事ヲ話シテルケド、私以外ガ話シテモ、落チ着カナイノヨ」

と、肩をすくめた。

タ級は事の重大性に気付いた。

一刻も早くリ級に頼らない抑止方法を見つけなければ、いずれ大変な事になる。

そしてそのリミットはそんなに遠くないと、タ級の勘が告げていた。

「アノ」

聞きなれない声がしたので、タ級はリ級を庇い、攻撃態勢で振り向いた。

そこには2体のイ級が居た。

「ワ、私達、報告シタイ事ガ、アルンデス」

リ級がタ級をそっと押さえると、タ級は攻撃態勢を解除した。

「良イワ、何ガアッタノ?」

イ級達は話し出した。

「私達ニ、カレーヲ、御馳走シテクレル、小屋ガアルノ」

リ級が不思議そうに聞き返した。

「小屋?相手ハ人間?」

「人間ガ居ル事モアルシ、艦娘ダケノ事モアル」

「艦娘ガ、カレーヲ、私達ニ、御馳走シテクレルノ?」

「ソウ。トッテモ美味シイ」

「甘口、辛口、カレーラーメン!」

リ級とタ級が顔を見合わせた。なんだそれは?

「アト、小屋ニハ噂ガアル」

「噂?」

「ソウ。相談ニ乗ッテクレルッテ、噂!」

「元ノ鎮守府ヲ、探シテクレタリ、悩ミヲ聞イテクレル。成仏シタ子モ、居ルラシイ!」

リ級は考え始めた。

艦娘という事は鎮守府や大本営が関与している。

そもそも艦娘は我々を見たら即攻撃してくる者しか知らない。

だからこそ浜で寝てる時に間違って見つかったら大変だと、タ級が警護してくれているのだ。

それが攻撃しないどころかカレーを振舞う?相談に乗る?何故?

深海棲艦の数を減らしたいのなら、艦娘に攻撃させる方がはるかに手っ取り早い筈だ。

一方、タ級は報告そのものが信じられなかった。

「オ前達ナ、モウ少シ、マシナ嘘ヲ、考エロ」

イ級が必死になって反論した。

「違ウ!本当!」

「金曜日!オ昼!カレー曜日!」

「アノナ、シマイニハ、怒ルゾ」

リ級はタ級を制しながら言った。

「カレー曜日?」

「毎週金曜日ノ、オ昼ダケ、ソノ小屋ガ開クノ!」

「ソレガ、カレー曜日!」

「沢山ノ子達ガ食ベニ行ッテル!」

タ級は別の懸念を示した。

「毒デモ入ッテルンジャナイカ?」

「私達常連!1年位毎週行ッテ食ベテル!」

「何トモナイ!美味シイ!」

リ級は興味を持った。

「フウン。1度見テミタイナ」

タ級はぎょっとした顔でリ級を見た。

「モ、モシ攻撃サレタラ大変!」

イ級が言った。

「DMZ指定サレテル!安全!」

タ級が聞き返した。

「DMZ指定ダッテ?」

リ級は話を整理した。

カレーを振舞うのは深海棲艦に敵意が無い事を示し、定期的に場を持つ為だろう。

カレーを食べられる日として宣伝すれば覚えてもらいやすい。

イ級達が常連で健康も害していないという事は、噂になってる「相談」が相手の目的だ。

DMZ指定という事は、既に向こう側を相当信用している上級の深海棲艦が居る。

カレーだけでDMZ指定する程の信頼形成は難しいから、恐らく相談で良い結果が出たのだろう。

「イ級達」

「ハイ!」

「ドウヤッテ、相談ニ、乗ッテモラウカ、知ッテル?」

「カレー皿ヲ、返ス時、赤イ、ボタンヲ、押ス!」

「黄色イ札、クレル。札ニ書カレタ時間ニ、行ク」

「行ッタ事ハ、アル?」

「私達ハ、ナイ」

この情報だけで飛び込むのは確かにリスクがある。

油断させて幹部級を呼びだし、小屋の中で抹殺する作戦かもしれない。

しかし、本当に窓口なら。

リ級はしばらく考えたが、結論は出なかった。

虎穴に入らずんば虎児を得ず、か。

「タ級」

「ハイ」

「DMZ解除方法ハ解ルワネ」

「問題ナイデス。全LV解除デキマス。今カラ解除シテキマスカ?」

「イイエ、カレー曜日ニ、行ッテミマショウ」

「ナ、何デスッテ?」

「本当ナラ美味シク食ベ、相談モ、シテミマショウ」

「デ、デモ」

「モシ、罠ナラ」

「罠ナラ?」

「DMZヲ解除シ、小屋ヲ吹キ飛バシテクダサイ。深海棲艦ヲ騙スノハ許サナイ。攻撃開始権限ハ一任シマス」

タ級は目を見開いた。リ級が攻撃を示唆するなんてこの部隊に所属してから初めてだ。

 


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