艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file11:日常ノ戦争(後編)

7月20日午後10時 鎮守府校庭

 

興奮する会場を割って進むように、トラック内側に鳳翔と数名の艦娘が現れた。

その周囲から別のざわめきが広がる。

艦娘達がテキパキと長机を組み立て、鳳翔は机の上に食器と小鍋を幾つか置いた。

青葉がマイクを握った。

「さぁ!第1種目は引き分けでした。気になる第2種目の発表です!」

4人の選手が全員青葉を見る。会場がしんと静まる。

「第2種目は倍々ヒーヒーカレー、最後まで生き残るのは誰!です!」

観客の大歓声と引き換えに4人はすーっと青ざめていった。

タイトルからして嫌な予感しかしない。

「ルールは単純。鳳翔さんが小皿一杯分のカレーを盛りますから食べてください。」

「4人同時に同じ辛さを食べ、ギブアップした方から負けです!」

「最後まで残った方が2点、2番目まで残った方が1点です!」

4人はほっとした。小皿一杯なら2~3口だ。一気に流し込めばいい。

そりゃそうだよな、長門が監修してる競技ならあまり外道な事は・・・

「なお、これは青葉のオリジナル企画です!」

訂正。命の危険がある。

「提督!本当に食べて大丈夫な物なのかにゃ!?」

「勝負はしてぇが死にたくねぇぞ!」

「ここまで救急車来てくれるのかしら~?」

「もし死んだら提督室に化けて出てやるクマー!!!」

提督が叫び返した。

「化けて出るなら青葉の部屋にしなさい!ていうかその前に降参しろ!命は保証しない!」

「えー!?」

「さぁ準備が出来ました!こちらへどうぞっ!」

爽やかな笑顔で青葉が4人をステージに導く。

4人は思った。青葉、明日そのカレー食わす。

 

ステージに並んだ4つの皿。

天龍はつばを飲み込んだ。悩んだら負けだ。雰囲気に呑まれるな!

球磨は目を瞑った。後ろを向いてるが、あれは鳳翔。命までは取られない筈だクマ!

龍田はじっと観察した。緑のカレーってほうれん草かしら?

多摩は揺らしてみた。水みたいにサラッとしてる。記憶に無い。嫌な予感がするにゃ。

「では1皿目です。制限時間は1分!ではどうぞっ!」

ガッと一気に飲んだのは天龍と球磨がほぼ同時だった。そして。

「大丈・・・ぐひぇぇぇぇ!」

「うげっ!焼ける!喉があああ!!」

垂直に飛び上る球磨、喉を押さえて椅子ごと転がり出す天龍。

最初からあまりの反応に、観客まで静まり返ってしまった。

多摩は辛さ抑止用の牛乳を飲む姉を見た。涙目だ。一体何が入ってる?

「さぁ30秒経過!グリーンカレー突破出来るか!」

グリーンカレー。

タイカレーとも言われるが、見た目の穏やかな緑とは裏腹に一瞬遅れて激烈な辛さが襲う。

れっきとした料理だが、食べられる人は限られる品である。

ふと思い出し、多摩は龍田を見た。

龍田は一口目のスプーンを咥えたまま静かに気絶していた。

多摩は提督の最後の言葉を思い出した。命の保証はない。

「後20秒!」

「にゃっ!?」

多摩は目を瞑った。走馬灯のように思い出の光景が駆け巡る。

姉ちゃんは突撃したにゃ。多摩も一緒に行くにゃ。

多摩はぐっと口に入れた。

 

「超展開になってきました!」

青葉が言うのも無理はない。覚悟して口にした多摩は、あっさり気に入ってしまったのだ。

「・・・おいしいにゃ」

観客全員が、提督が、牛乳を飲み干した天龍と球磨が、一斉に多摩を見た。

「辛いけど美味しいにゃ。御代わり欲しいにゃ」

全員が思った。英雄だ。すぐにわああっと歓声が沸きあがった。

青葉がマイクを取った。

「では2回戦に進んだのは龍田さんを除く3人の方です!どんどん行きますよ!」

「楽しみにゃ」

「え・う、お・・・」

天龍は席について冷汗を流していた。これに挑戦しないと球磨多摩ワンツーで敗北確定だ。

球磨は席に着くのを躊躇した。自分がリタイアしても1位は確実。でも天龍が2位では1点差だ。

そういう心境のまま、結局天龍も球磨も席に着いた。

多摩は早くもスプーンを握りしめて目を輝かせている。

「では2皿目です!倍々ドーン!」

天龍は今気づいた。タイトルに倍って付いてたって事は倍辛いのか!?

次の鍋から見えるカレーの色は一見普通に見えたが、あの1回戦の後だ、普通な訳が無い。

鳳翔が振り返った。よく見るとガスマスクをつけている。

目が合った。鳳翔は何度も首を振った。天龍はごくりと唾を飲んだ。何故ガスマスク?

小皿を持ってきた艦娘達が指で「×」と示し、「食べちゃダメ」という鳳翔の小さなメモを見せる。

小皿に盛られたカレーは1回目に比べて明らかに量が減っている。

一体どういう事だ?皿に乗ってるこれは何だ!?カレーですらないのか!?

「では準備完了ですね!いっきますよー!制限時間は1分です!ではどうぞっ!」

天龍は皿を顔に近づけた時点で異変を感じた。なんか湯気で目が痛い。そんな事あるのか?

球磨は先程の悪夢を思い出し、牛乳のコップに視線を向けた。大丈夫。私はまだ生きている。

覚悟を決めて一気に口に運んだのだが、

「クマああああああああ!!!!」

と、叫んだかと思うと、白目を剥き、がくりと椅子にもたれてしまった。

ぴくぴくと痙攣している。

会場は再び静まり返った。食べて気絶ってどういうレベル?

提督は考えた。鳳翔はどこからこんな魑魅魍魎のレシピを持ってきた?

長門が立ち上がった。

「ふ、二人とも止めろ!リタイアしても・・・誰も・・・」

長門が呆然としてるのを見て、天龍はそっと多摩の方を見た。

多摩は小皿のカレーを綺麗に舐めつくし、まだ食べ足りないといった表情だった。

会場がどよめいた。もはや勇者というより魔王。魔王様じゃ!

「リタイアします」

天龍は諦めた。多摩とは絶対激辛勝負しねぇ。

 

青葉はマイクを取ると、ちょっと寂しそうに言った。

「たった2回戦で終わっちゃいましたねえ」

天龍はぞっとしながら青葉を見た。何回戦まで用意していた!?

「1位が多摩さん、2位が球磨さんのワンツー!この時点で・・」

青葉の説明に耳を傾け、静まった会場の中で1人の声がした。

「青葉さぁん」

青葉が声の方を向くと、5回戦用のカレーがよそわれた大皿を手にした龍田が居た。

なんだか紫に近い赤のような、何とも言えない禍々しい色をしていた。

しかし、持っている龍田もカレーに負けない程の禍々しい気配をまとっていた。

「召し上がれ~」

会場にどよめきが起きた。いよいよ死者が出るのか?

「へ?青葉、参加してないですよ?」

「いいから召し上がりやがれ~」

かつてない迫力で青葉に迫る龍田。しかし、青葉はスプーンを取ると、

「えー、なんですかーもー」

と、平然と食べ始めたのである。

目を剥いて硬直する観客や龍田を置き去りにし、青葉はきっちり食べ終えると、

「おいしいですよ?」

と、言った。

「青葉ずるいにゃ!鳳翔さん!多摩も大皿で欲しいにゃ!」

青葉はさらにスプーンを戻すと、軽く1つ咳払いをし、

「では、改めまして!この勝負、球磨・多摩チームの勝利です!」

ぱちぱちと小さく始まった拍手は、やがて盛大な拍手と歓声に変わった。

龍田は地面にがくりと手をついて

「初めての敗北・・・完敗よ・・・」

と言っていた。

一方、人込みを縫って木曾が球磨に駆け寄って抱き上げたのだが、球磨の呼気を浴び、

「ぐはっ!匂いが目に!目にしみるうううう!」

と叫びながらそこらじゅうを転がる事になった。

結局ガスマスクをつけた艦娘達がタンカで球磨を工廠に運んだのである。

その後、今夜の件について鳳翔の口から事情が明らかになった。

鳳翔は元々極端に辛い味付けをしないので、加減が解らなかった。

1回戦用にはレシピ通りにグリーンカレーを作ったが、鳳翔には既に辛すぎた。

しかし青葉は平然と「甘めですよ?」と言ったので、自分の味覚を疑ってそのままとした。

そして2回戦用は鳳翔が普通に作ったカレーに青葉が持参したデスソースを注ぐ事を提案。

鳳翔は青葉に味見してもらい、「2回目だからこんなもんですかね」といった所で止めた。

しかし、決戦用の5回戦分を用意した頃から湯気で目が痛くなってきた。

やむを得ずガスマスクを装備したが、そのせいで喋れない状況になってしまった。

1回戦を見て自分の味覚が正しいと思い直し、合図を送ったが誰も気付いてくれなかった。

せめて被害を減らすべく少量にし、慌ててメモも書いたが、こういう結果になってしまった。

協議の結果鳳翔はお咎めなし、ただし激辛物を作る時は長門が危険度を見る事になった。

青葉は「納得出来ません!デスソース美味しいです!」と抗議した。

しかし、長門が有無を言わさず座敷牢に連行。

そして提督承認の元、3日間、食事は大根おろしのみという刑に処せられた。

今度は醤油も無かったそうである。

競技の翌朝、洗面所で出会った球磨と天龍と龍田は涙ながらに互いの生存を讃えあった。

当然売店の件は水に流したのである。

なお、多摩は密かに座敷牢を訪ね、「ですそーす」と書いたメモを手に立ち去った。

この後日談もあるが、それはまた別の機会に。

 




ブレアーズのデスソースを、間違って指に1滴つけてしまった事があります。
そこに運悪く小さな逆剥けがありまして、半日経っても染みてヒリヒリしてました。
うっかり舐めると本当に死に掛けます。
フラグじゃないからね!試さないでね!

1箇所時間軸表記が間違えてました。ご指摘ありがとうございます。

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