艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

56 / 526
file10:日常ノ戦争(前編)

7月20日昼 鎮守府仮想演習棟

 

「そろそろ昼クマ!片付けは終わりかクマ?」

「抜かりなしよっ!」

球磨は正午の鐘が鳴ると共に、班のメンバーと演習室から飛び出した。

装置は既に文句なく元通り片付けてある。

ドアを破壊する勢いで開けると、全速力で角を曲がる。

今日は仮想演習棟。演習相手はまだ片付け中。絶対的有利と確信した。

日替わり定食も人気デザートも頂くクマ!

しかし。

 

「せ、先客が居るクマ!?」

 

売店入口には既に列が出来ている。構成メンバーは後輩達のようだ。

「ど、どうしてクマ・・教室棟は遠い筈だクマ」

売店は球磨の言うとおり仮想演習棟の裏にあり、球磨達は一番近い所に居た。

昼の鐘が鳴った直後に全速力で走れば、理屈から言えば負けない筈である。

実際、まだこちらに向かって各棟から歩いてくる艦娘が見えるのだ。

その理由を、後輩の一人が教えてくれた。

「天龍先生が「今日はここでキリが良いから10分早く切り上げる」って・・・」

「それはチートだクマー!」

ズシャアッと地面に四つん這いになる球磨。10分は致命的な差異だ。

「球磨?どうしたんだ?」

そこに、丁度後輩達に囲まれた天龍が売店から出てきた。

球磨がゆらっと立ち上がる。

「・・・今夜、接近戦で勝負クマ」

「おっ、おい、いきなり何だよ?」

「午後9時、トラックで待ってるクマ」

「だから何の事なん・・」

「あ!列に割り込むなクマ!並んでるクマー!」

売店に突進していく球磨に首を傾げていると、先ほどの後輩が事情を説明した。

「・・んー、そう言われてもなぁ・・・まぁ良いか」

天龍はニヤっと笑った。丁度鈍ってたところだ。

 

「やっぱり敗戦だクマー!」

売店に入った球磨は絶望の叫びをあげた。

特大プリン、ダブルベリーチーズケーキ、栗蒸し羊羹、日替わり定食。

全滅である。

球磨の横を戦利品を手に後輩達がうきうきと通り過ぎていく。

勝利を確信していただけに反動は大きい。頬を一筋の涙が流れた。

球磨はやっとの思いで食堂へ移動した。

 

「あれ?どうしたんだにゃ?」

多摩は食堂に居た姉の落胆ぶりに驚いた。縦線が濃すぎて黒背景のようだ。

「多摩ぁ~!球磨は頑張ったのに!チートに負けたクマぁ・・・」

チート?どういう事?あれ、なんでミックス定食食べてるにゃ?

今日の日替わり定食は限定3食の鮭の厚切りステーキ定食だって朝から張り切ってたのに。

木曾は遠くからその様子を見て、今後の展開が容易に想像がついた。

一応、長門には言っておくか。まずは心配そうに見てる後輩に状況を聞こう。

 

 

7月20日午後9時 鎮守府校庭

 

「い、一体何事だクマ!?」

校庭を取り囲むように大量の椅子が並べられ、学生が座ってワイワイと話をしている。

普段この時間には消える筈の照明まで煌々と点いている。

「それはこっちのセリフです」

声の方を向くと提督が居た。

「なんなんだその禍々しい恰好は」

球磨も多摩も鉤爪に鎖かたびら、顔まで覆われた鉄兜という接近戦フル装備の出で立ちである。

「チート戦を仕掛けた天龍との戦いだクマ!邪魔しないで欲しいクマ!」

「邪魔はしないぞ」

提督の脇に出てきたのは長門だった。

「じゃあこれは何の騒ぎクマ!」

「チートに怒っているのだろう、球磨」

「そうだクマ!」

「なら、正々堂々白黒つけるべきではないのか?」

「うっ」

「だから皆で見届ける。武器も防具も無しの試合だ。天龍達にも納得させた」

「私は話し合いでと言ったんだが、長門が試合までは許せと言って聞かんのだよ」

「どうだ?」

自分達の為に動いてくれた長門には逆らえない。

「・・・解ったクマ」

装備を外すと、ドスンと鈍い音を立てて地面に落ちる。

戦艦でもこんな重装備は振り回せんぞと長門は思った。

この2人がフル装備した接近戦で勝てる奴が居るのだろうか?

 

青葉がマイクを握る。

「さー皆さんお待たせしました!天龍・龍田組と球磨・多摩組の対決で~す!」

わあああっと歓声が上がる。

バチバチと火花を散らせて睨みあう天龍と球磨。

歓声に少々引き気味の多摩と、溜息を吐いて平常運航の龍田という状態である。

「では第1種目を発表します!」

キッと球磨と天龍が青葉を見る。

「最初の試合はビーチフラッグスです!!」

ビーチフラッグス。

会場には旗が参加者より1本少なく立てられている。

旗から20mほど離れた直線上に、反対方向に向いてうつ伏せに寝る。

合図とともに旗を取りに走り、最初に旗を掴んだ人が勝ち。当然1人脱落する。

しかし。

「今回の特別ルール!合図と共にスタートですが、最初にトラック2周してもらいます!」

ゲッという表情の球磨、勝機ありとガッツポーズをする天龍。

「勝った方が1点ですが、相手選手に露骨な妨害をした場合はペナルティです!」

青葉をキッと睨む球磨と天龍。やるつもりだったなと長門は溜息を吐いた。

殺意の籠った視線を平然と受け流すと、青葉は高らかに手を上げた。

「さぁ、最初の対戦者は多摩さんと天龍さんです!トラックのスタートラインにどうぞ!」

多摩は思った。何で運動会になってるにゃ?

天龍は思った。さっさと直接対決させろっての。

「旗はこちらです。2周まわってスタートラインの所から旗めがけて来てください!」

「よっしゃああ!さっさと始めようぜ!」

「負けないにゃ!」

「いっきますよー!よーい・・どん!」

青葉の合図と共に、二人は飛び出した。

歓声が響き渡る中、トラック2周目終盤までは天龍がややリードしていた。

しかし。

「甘いにゃ!」

「なっ!?」

天龍は速力を維持する為、スタートラインを超える形でやや大回りで旗に向かった。

対して、多摩は地面すれすれまで屈みながら直角に近い角度で曲がりこみ、旗に飛び掛かった。

距離差が無くなり、振り向いて居ない事に焦った天龍の脇をすり抜けて多摩が旗を手にした。

大逆転劇に会場は一気に盛り上がった。

「あらぁ、天龍ちゃん負けちゃったの~」

ゆらあっと龍田が立ち上がる。メラメラとした炎が見える。

「頑張らないといけないわね~」

周囲で観戦していた後輩達が恐ろしさに涙ぐんでいる。

スタートラインに立つ球磨と龍田。

「服を切らせて骨を断つ・・・うふふふふ」

「ぜっ、絶対勝つ・・クマ」

あまりの迫力に球磨がひるんだその時、青葉がスタートの号令をかけた。

球磨は一瞬遅れ、そのまま僅差の構成となった。そして最終コーナー。

龍田がややアウトに寄ったのを見て、球磨は短距離になるインを取った。

しかし龍田は最終コーナーから体をバンクさせたまま、円を描くようにスタートライン上を掠めた。

球磨は多摩と同じく体を屈めた直角曲がりをしたが、イン過ぎて速度を落とさざるを得なかった。

結果、ほぼ速力を維持し、かつ最短距離でカリカリに攻めた龍田がタッチの差で旗を手にしたのである。

「最初!最初の油断が最後まで響いたクマああああ!」

球磨が転がりまくって悔しさを表現したのは言うまでもない。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。