艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file07:罠ノ先

5月22日夜 某居酒屋

 

「大隈さん、こっちだ」

虎沼は、入り口に待ち人の姿を見つけると声をかけた。

大隈は黙ったまま虎沼の向かいに腰を下ろした。

黒のスーツ、薄い黒縁の眼鏡に肩までの黒髪ストレート。キャリアウーマン然とした身なりである。

「今回のリストだ。大隈さんの読みは近い。45だ」

大隈は黙ったまま素早く目を通していくが、1枚を抜き出すと虎沼に渡す。

「損傷程度が書かれていないわ」

虎沼が見ると、確かに損傷なしの欄にチェックが入っていなかった。

「すまん。全員未稼働か修理済だと確認している。記入漏れだ」

虎沼がチェックして返すと、残りの書類にも目を通し、電卓を叩いては走り書きをしていく。

「後はこれで良いわ。今回の報酬込み資源量はこれで良いわね?」

虎沼が走り書きを見ると、虎沼が予想した分より少し多かった。

「多くないか?」

「鋼材350プラスの分はこちらで受けるわ」

「交渉で押し切れなかったのは俺の責任だ。削られても文句は言えないが?」

「加えても充分良い数字よ。しかし、今後もという訳にはいかないわ」

「それはそうだ。少なく済ませる為の俺だからな。」

「共通の認識で助かるわ」

「じゃ、今回は特別という事でありがたく頂いとく」

「そうして」

「で、今日もいつも通りメシには付き合ってくれないんだよな?」

「この後報告の仕事があるわ」

「いつも通り、だな。じゃ、引き続きよろしく。報酬分は例のヤードに」

「交換日時が決まったら36時間前までに連絡を。じゃあ」

すっと席を立ち、足早に店を出ていく大隅を虎沼は目で追った。

命の恩人なんだが、まるでマシンのように感情が感じられない。深く関わるのは止そう。

虎沼は商社マンとして各国の会社と交渉してきたが、深海棲艦の増加に伴い海運ルートが消滅。

会社は規模縮小の為にリストラを実施。虎沼もその一人になった。

預金を切り崩しながら斡旋所で就職先を探していた所に大隈が声をかけてきたのである。

交渉の仕事という事で喜んだが、報酬は鋼材での支払いという不思議な条件だった。

しかし、商社時代に鋼材取引担当だった為、コネは沢山残っていた。

普段は必要最低限の分だけ現金化し、高騰時に放出する事で以前の預金水準までは戻していた。

海運ルート消滅後の鋼材価格は天井知らずだが、少しでも高く売って蓄えておきたい。もう若くないしな。

「あの、お連れの方は?」

店員が隣にやってきた。

「いや、帰ってしまったよ。とりあえず日本酒と肉豆腐、ぶり照りを頂戴」

「日本酒は熱燗ですか?」

「そうだ」

「はーい」

今日も飯が食える。その事には感謝してますよ、大隈さん。

 

大隈は列車に乗り、ある駅で降りた。

10分ほど歩くと寂れた砂浜に出た。濡れるのも構わず海にさぶざぶと入って行く。

首元まで浸かった時に一瞬鈍く光るとホ級の姿に戻り、そのまま潜航していった。

 

「ソウカ、ソレハ大漁ダナ。ゴ苦労ダガ、島マデ連レテキテクレ」

チ級は戻ってきたホ級から報告を受けると、ホ級を労った。

ホ級は今後の予定などを報告し、下がっていった。

各種混ざった45体の増加は大きな成果だ。

だが、45体も深海棲艦に変換し、説得する作業を思うとチ級はうんざりした。

しかし、他の深海棲艦ではこの作業は出来ない以上、自分がやるしかない。

だからこそ幹部待遇を受けられるのだから。

 

 

6月10日夜 第4316鎮守府

 

「司令官様、わざわざのお出迎え、誠にありがとうございます」

山田こと虎沼は約束の時間5分前に鎮守府に現れた。

司令官は既に艦娘達を整列させており、期待に目をらんらんと輝かせながら、

「さぁ、引き換えの資源はどこから来る?陸路だろう?トラックか?」

と、聞いて来た。虎沼は内心うんざりした。艦娘達の前で言うな。はしゃぎ過ぎだ。

ほら見ろ、艦娘が一人泣きそうになってる。

「資源は海路で参ります。間もなくだと思いますので見て参ります」

虎沼は海原から、幾つかの明かりを見つけた。

「左の方に見える、あれです」

 

鎮守府に入港してきたのは錆びの強く出た小型輸送船が数隻だった。

船から搬出された資源が手際良く鎮守府の資源庫に仕舞われていく。

司令官は搬入資材に釘付けで、艦娘達には言葉の1つもかけない。艦娘達は寂しそうだ。

虎沼は苦々しく思った。可哀相に。

 

空になった最後の輸送船に艦娘達を収容すると、虎沼は司令官に書類とペンを差し出した。

「この度はお疲れ様でした。それではこちらにサインをお願いいたします」

「解った解った。ほら、これでいいだろう」

司令官はロクに書類を見ることなくサインし、ペンを放り投げて返した。

「かしこまりました。それでは失礼いたします」

虎沼は見てない事を重々承知しつつも司令官の後ろ姿に一礼し、輸送船に乗り込んだ。

それと共に船のゲートが閉まっていく。

「あの」

艦娘の一人が虎沼に声をかけた。

「私達は、売られたんですか?」

虎沼は一瞬唇を噛んだ。事実はその通りだが、この子達が何をしたってんだ?

「いえ、余所に異動です。一気に艦娘が減ると運用が滞るので資源補給も一緒に行いました」

虎沼は嘘を吐いた。

艦娘は少しほっとした表情を見せたが、虎沼は心の中で詫びた。

虎沼はふと思った。この子達は島に送った後どこへ行くのだろう?

以前、大隈さんに聞いた時は答えてくれなかったが。

ガコンと大きな音を立てて輸送船のゲートが閉まると、船はガタガタと揺れながら出航した。

 

 

6月10日深夜 某無人島

 

「大隈さん、この子達です」

虎沼は島に接岸した輸送船から、艦娘達を下ろして言った。

大隅はいつも通り艦娘を1人1人確認すると、輸送船の中に居る虎沼の所に戻ってきた。

「リストと相違ありません。受領サインもしたわ。お疲れ様」

「あ、そうだ」

虎沼は艦娘達の方に行こうとする大隈に声をかけた。

「何かトラブルでも?」

「司令官が艦娘達の前で売買である事を匂わせた。気付いて動揺してる子がいる。」

「他には」

「行先を心配している子がいる。今後必要が出た時に説明したい。この後どこに行くんだ?」

大隅はちらりと虎沼を見ると、

「それは答えない方がお互いの為。他には?」

と、答えた。虎沼は傷ついたように目線を外すと、

「いや・・ない」

と答えた。

「私は貴方の為に言ってるの」

虎沼は視線を戻すと、愁いを帯びた目で見つめる大隅と目が合ってドキリとした。

こんな表情をした大隅を見るのは初めてだったが、ここで心のアラートが鳴った。関わるな。

虎沼は言った。

「解った。それでは帰るよ」

「また連絡するわ」

島を後にする輸送船で虎沼は一人考えた。

秘密という事は、俺が説明している事も少なからず嘘が混じっているのだろう。

しかし、と虎沼は思った。

大隅のあの目は根っからの悪人じゃない。世界中で強欲な人間と交渉してきたから解る。

何を秘めている?深追いすべきじゃないのは解ってる。解ってるが、借りは返す主義だ。

 

「これから長い時間喫食出来ません。今の内に食事を済ませてください」

大隅が案内したテーブルには人数分の食事が並んでいた。

大隅は艦娘達が食べ始めたのを見届けると、浜に向かった。

虎沼の乗る輸送船は目視の限界位に小さくなっていた。

大隅はぎゅっと目を閉じた。私は何でこんな事をしているのだろう。世界の果てのようだ。

 

とぼとぼと艦娘達の所に戻ると、全員机に倒れこむように眠っていた。

食事には即効性の睡眠薬が入っていたからだ。

全員寝ている事を確かめると、大隅はホ級に戻り、チ級を呼んだ。

チ級は島の森から出てくると、艦娘の一人を抱えて森に入っていった。

しばらくするとチ級だけが出てきて、次の一人を抱えていく。

ホ級はその間ずっと、俯いたまま立ち尽くしていた。

最後の一人を運んでからしばらくしてチ級が出てきて、ホ級を呼んだ。

森の中の石段の所に、深海棲艦達が45体居た。

自らの手足をじっと見つめる者、互いに見合わせて声にならない悲鳴を上げる者。

何も言わない者。天を睨む者。

様々な反応だったが、一様に暗い雰囲気だった。

チ級は45体の深海棲艦達に向いて、口を開いた。

「解ッテイルダロウガ、オ前達ハ司令官ニ売ラレタ」

目に涙を貯める者、拳を握る者、地面を見つめる者。

「私モソウダッタ」

深海棲艦達が一斉にチ級を見る。

「トテモ悔シイ。ソシテ沢山、ソウイウ深海棲艦ガ、居ル」

「オ前達ガ、今マデ、見境ナク、討ッテキタ相手ニハ、ソウイウ者ガ居ルンダ」

深海棲艦達は静まり返ってしまう。

「我々ハ協力シテ、裏切者ノ司令官ニ、大本営ニ、復讐シテイル」

「イズレニシロ、売ラレタオ前達ニ、帰ル鎮守府ハ無イ」

「ココデコノママ、死ヲ選ブノモ自由ダ。止メハシナイ」

「デモ、モシ、チカラヲ貸シテクレルナラ、イツカ、司令官ニ復讐スルト約束スル」

チ級は言葉を切り、再び続けた。

「明日ノ朝、マタ来ル。考エテ欲シイ。我々ハ歓迎スル」

すすり泣き始める45体を置いて、チ級とホ級は海に帰っていった。

チ級は考えた。前回は1体成仏し、5体が仲間となり、2体は厭戦的で役立たずだった。

もっとも、2体を除いて既に討ち滅ぼされているが。

今回は少しでも使える奴が出てくるだろうか。

そろそろ、生意気な戦艦隊の鼻っ柱を折るくらいの成果を上げて欲しいものだ。

 

 




個人的には虎沼さん頑張って欲しいです。
リストラする経営者なんて深海棲艦になっちゃえば良いんです。

タ級「うちも要りません。変な物持ってこないでください」

filenoの誤りを補正しました。
本文の一部を訂正しました。

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