艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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エピソード69

作戦開始から8日目の昼頃、大本営。

 

「・・おー」

「写真撮っておきましょ、写真」

カシャカシャという微かな音に気付いたヴェールヌイ相談役は、ぽえんと目を開けた。

提督は自分の背中に手を置いたまま、再び眠っていた。

「うーん」

起き上がり、ゴシゴシと瞼を擦り、振り向いたヴェールヌイ相談役は、ぎょっとして目を見開いた。

そこには五十鈴と雷が立っていた。ただし、それぞれスマホを手に。

「・・・なっ!何をした!何をしたああああ!」

ベッドから飛び降りてジタバタ動くヴェールヌイ相談役を見ながら、雷は肩をすくめた。

「写真撮ったに決まってるでしょ」

五十鈴はニヤリと笑った。

「100枚は余裕よ」

「・・殺るさ」

ヴェールヌイ相談役が薄笑いを浮かべながら兵装を展開しようとした時、雷は言い放った。

「アタシ達を吹っ飛ばせば自動的に掲示板サイトにアップロードされるからね?」

「はぁ!?や・・やめろ・・あらゆる意味で終わる。終わってしまいます」

「なら、言う事は1つでしょ?」

「・・か、返して、ください」

「・・続きは?」

「・・なっ・・何でも奢ります」

「あっ、アタシ乗った」

五十鈴が手を挙げたので、貴方もそれで勘弁してくださいという目で雷を見るヴェールヌイ相談役。

だが。

「あたし別に要らないわ。じゃーアップロード開始ー」

「やめろおおおおお」

「・・何でもする?」

ヴェールヌイ相談役はがくりと頭を下げた。

くそっ。全権委任は怖すぎるが、この際他にオプションは無い。

「なっ・・なんでも・・します」

「じゃ、頭を下げてもらおうかしら」

「?」

怪訝な顔で見返すヴェールヌイ相談役に、雷は笑いながら言った。

「提督の鎮守府、大鳳作ったわよ。だから長門達に詫びて頂戴」

雷はてっきり凄まじいブーイングが来るかと思っていたのだが、

「はっ、ハラショー・・良かった・・ほっ、本当に・・良かった・・」

ヴェールヌイ相談役が棒立ちしたまま大泣きするのを見たのは何年ぶりかしらと、雷は思った。

 

同じ頃。

鎮守府は報告に出発した長門達を除き、大掃除の真っ最中だった。

この8日間、遠征と建造以外の全ての当番を飛ばしたし、普段は行儀に厳しい間宮も最大限寛容に振舞った。

ゆえに鎮守府内は内戦でもあったのかというくらい荒れ果てていたのである。

テキパキと片付けを進める艦娘達に、巡回していた鳳翔はにこやかに声をかけた。

「うんうん。自主的に後片付けがきちんと出来る皆さんは偉いですね」

「は、はーい」

鳳翔の労いに対し、艦娘達は引き攣った笑顔で返事しつつ震えていた。

普段からは想像もつかない、閻魔大王より恐ろしい指揮官としての鳳翔閣下を見てしまいました。

大鳳が出た頃、私達は疲れ過ぎて曜日や時間の感覚どころか記憶さえあやふやになってました。

有無を言わさず無茶苦茶な強行軍を命じる鳳翔閣下に比べたら、提督の指示のなんと優しかった事か。

提督が居なくなるとどういう事になるか、文字通り身に沁みて解りました。

鳳翔閣下を再び召喚するような事態には遭遇したくありません。

だから私達はそうならないよう、自主的に考え、率先してやらせて頂きます。

だから・・

だから・・

はっ、早く・・

提督・・お願いだから早く帰って来てください・・

食堂に引き上げてきた鳳翔に、箒を持った間宮が声をかけた。

「よろしかったのですか?提督の為とはいえ、進んで悪役を引き受けてしまわれては・・」

鳳翔は微笑むと、こう返した。

「今回は提督の為でもありますが・・私が本気になったら、あんなものではありませんよ」

間宮はごくりとつばを飲み込んだ。

 

8日目の夕方。

長門と天龍は大鳳を連れて大本営にやってきた。

「提督・・貴方と機動部隊に勝利を。正規空母、大鳳です!」

晴れやかな笑顔で自己紹介をした大鳳。

だが、その隣に居た長門と天龍は車椅子に乗って出てきた提督の姿を見て固まった。

そして、提督もまた、居る筈のない大鳳の姿に呆気に取られていた。

車椅子を押してきたヴェールヌイ相談役は、少し俯いて黙っていた。

雷が溜息と共に肩をすくめると、

「ほらほら、びっくりしてないで、お互い言う事があるでしょ!」

と口火を切ったので、ようやく場が動き出した。

 

「長門、これは一体・・」

「皆で迎えた大鳳だ。提督の、新しい部下だ」

しばらく大鳳をじっと見ていた提督は、やがて目を潤ませながら何度も頷くと、

「そうか・・やっと来てくれたんだね。大鳳さん、ありがとう。ありがとう・・そうか・・」

長門は苦笑しながら続けた。

「あと、皆、心から提督の早期帰還を願っている」

「え?なんで?私はあんなキツイ作戦を命じたのに・・」

「提督のプランは優しかったと、鳳翔の指揮を通じて理解したのだ」

「あぁ・・そういう事ね」

提督は苦笑した。まぁ鳳翔さんが陣頭指揮を執れば地獄の方が居心地が良い筈だ。

それぞれの能力を限界以上に引きずり出し、手段を選ばず目的を果たすからなぁ・・

だからこそ大将が倒れた際の総代理指揮権を持ってるんだけど・・

その時、天龍がやっと口を開いた。

「そ、それより、提督の具合は、どう・・なんだ?」

提督は苦笑交じりに返した。

「自分に対する監督不行き届きだと皆から叱られた。今後は自分も含めて管理を徹底していくよ」

「・・そ、その、この後ずっと、車椅子、なのか?」

「いや、ずっと寝てたから長時間立ってるのがしんどいだけだよ。2~3日リハビリすれば元通りになるって」

提督はそっと車椅子から立ち上がり、ほら立てるよという顔をして、再び座った。

天龍は安堵の溜息をつきながら答えた。

「そ、そっか・・良かった・・ごめん。ゴメンな提督」

「なんで?」

「あの時俺が余計な事言ったから、ぶっ倒れたんだろ?」

「いやいや、1カ月半も睡眠1時間ちょいで仕事したからだよ。天龍は悪くないよ」

「1時間!?文月だって5時間は寝てたって・・」

「皆の事がとにかく気になってね。横になってからも作戦練ってたし・・」

五十鈴が腕を組んだ。

「もう2度とそんな阿呆な生活はしない事ね。長期戦って事忘れてるでしょ」

「はい。すいません」

その時、ヴェールヌイ相談役が顔を上げた。

「君達の勝ちだ。提督はリハビリが終わり次第鎮守府に復帰してもらう」

「・・おぉっ!」

「実演習への参加も各方面にしっかりと認めさせた。心置きなく参加してくれ」

「ありがたい。ヴェールヌイ相談役殿、ご尽力に感謝する」

「あ、あと・・」

長門と天龍が首を傾げた。賭けはそれだけだった筈だが。

「・・大鳳を建造してくれて、ありがとう。提督が悲しむ顔を見ずに済んだ」

そう言って、ヴェールヌイ相談役はぺこりと頭を下げた。

「・・えっ」

驚く長門達と提督を前に、ヴェールヌイ相談役は続けた。

「提督は・・本当に・・私のかけがえのない親友なんだ。だから、本当に・・」

「・・」

「ほっ、本当に・・本当に・・二度と無理をさせないでほしい・・お願いだ・・」

車椅子のハンドルをぎゅううっと握りながら、絞り出すようにヴェールヌイ相談役は言った。

ふいに、その手を包む手があった。

ヴェールヌイ相談役が顔を上げると、それは天龍の手だった。

「二度と同じミスはしねぇ。信じてくれ」

長門と提督は互いを見て、くすっと笑った。

 

翌日。病院のリハビリ室にて。

「ちょっ!ちょっと!相談役!ちょっと休憩!休憩入れましょう」

「まだ医師の立てた計画の半分も歩いてないじゃないか。一体どれだけ休憩を入れたら良いんだい?」

「寝てて筋肉が細ったんですよ・・きっと」

「1ヶ月昏睡したってそんなに落ちないよ。それに」

ヴェールヌイ相談役は目を逸らした提督の腹をぐにっと掴んだ。

「イタタタタタ!」

「異動前はこんなに腹の厚みは無かった気がするよ?」

「ちゅ!中年太り!中年太りです!」

「言い訳はそれで終わりかな?」

「いへっ?」

「さぁ立ち止まって休憩になっただろう?再開するよ」

「そっ、そんなぁ~・・とほほ、長門の方が優しいなぁ」

ピクリ。

「ほう・・私は鬼ババだと言うのかい?」

「そこまで言ってません」

「ならばこの先、ずーっと車椅子生活をするのかな?」

「うぐっ」

「面倒だぞ~車椅子は~」

「ううっ」

「まあ私の体じゃないから別に良いけど、どうする?」

「・・すいません。歩きます」

「ハラショー」

 

二人の様子を部屋の隅で見ていた雷はくすくす笑っていた。

あのヴェールヌイ相談役があんなに嬉しそうにするなんて、提督も隅に置けないわね。

だが、ふっと真顔になった。

ヴェールヌイ相談役は今の大本営体制の要だ。

だからこそ注目を集めないよう、私が表で目立つようにしてるのだけど・・

この事を面倒臭い連中が気付いたら、提督を始末しようとするかもしれないわね。

ヴェールヌイ相談役に致命的なダメージを与える為に。

・・鳳翔には伝えておきましょう。

その時、看護師の1人がその場から立ち去ったが、その事には誰も注意を向けなかった。

 

「ククククク・・色々ナ意味デ提督ハ始末シテオイタ方ガ良サソウネ」

「長官」のリポートを読んだ「それ」は、何度も頷いた。

そしてじっと跪いたまま待機する「長官」の方を見やると、

「丁度良イジャナイ。部下ヤ捨テ駒ノ調査隊ヲ使イ、上手ニ提督ヲ始末ナサイ、長官」

と言った。

人である事を放棄した、元「長官」は深く頷いた。

そして

「復讐ノ機会ヲ賜ッタ事ニ感謝イタシマス。必ズ、達成シテゴ覧ニイレマショウ」

手にした大鳳の顔写真を見ながら残忍な笑みを浮かべ、そう答えたのである。

 

 




5章、終了です。

この後提督が復帰し、大鳳は1週間後に轟沈させられました。
大鳳は自身の誕生の経緯を知っていたからこそ、早く役に立ちたいと焦っていた訳です。
また、大鳳さんは正確にはきっちり1週間しか居なかったのではなく、実際はもう少し、半月は居たわけですね。
ところが、作戦中から提督の帰還までの鎮守府があまりにも混乱していた為、叢雲も含めた多くの艦娘達の記憶には残らなかった。
こういう可哀想な巡り合わせや、自身の行動の結果とはいえ、ダメコン積載ミスで本当に沈められてしまったという辺りが運2という解釈です。
その後4年を経て第1章に繋がる訳ですが、この4年間、中将は隊長を通じて再び「長官」に圧力をかけられます。
第2章以降の中将に比べて第1章の時の中将がダークなのが、この4年間の壮絶さを暗示しています。

さて。
本章ではこの小説の基礎部分に幾つか触れてきました。
提督や艦娘達の初期、鎮守府の独自文化の経緯、提督と大本営のつながり、ドロップの解釈、深海棲艦が生まれた経緯、そして現在の深海棲艦のボス、反対勢力、そして海軍内の黒い蠢きの理由などなど。
特に後半はどうしてもダーク寄りの描写が増えましたし、その為に大変残念な事に0評価を頂く事にもなりましたが、これ以外に私の描ける世界はございませんでした。

私は丁度1年前にこの小説を書き始め、翌3月4日に第1話をアップロードいたしました。
つまり今日で丁度1年なので、この日を節目としたかったのです。
終盤で1話が長めになっているのはその為です。
第5章にして初めて話数調整を入れました。

これにて本編は終了、後はエピローグを残すのみとなりました。
1年前に初投稿した日に、エピローグをお届けする。
まさかここまでロングランになるとは思ってませんでした。
エピローグは既に予約アップロードしてありますので、明日6時にご覧頂けます。
一話完結なので、いつもより長い話になりました。

執筆中、特に終盤は色々あった1年でした。
完結まで運べて本当に良かったです。
幾ら素人の書くSSとはいえ、1日で4000前後のUAを頂く中、途中でぶったぎって行方不明では申し訳ないですからね。
それに、いつでも同じテイストで書けるのがプロですが、私は素人なのでぶれてしまいます。
途中、夏期休暇を取ったらあっという間にテイストが変わり、必死になって戻しました。
ですから私はこのテイストで書けるうちに最後まで書き切ってしまわないと二度と書けない。だから書くしかない。そんな1年でした。
作家さんが如何に大変か、片鱗を味わった気がします。

私は以前も申し上げましたが、MMDアクセサリとして鎮守府を公開する為に、ドラマとしてどんな状況がありうるかシミュレートする為にこの作品を書き始めました。
それは1章で事足りたわけですが、皆様の優しさが嬉しくて、5章524話、計160万字ほど書かせて頂きました。
書ききった、と言って良いと思います。
UAもなんと85万を突破致しました。

バカの一つ覚えのようで恐縮ですが、
高い評価をつけてくださった皆様に。
優しいコメントを書いてくださった皆様に。
厚くお礼申し上げます。
本当に、本当に長い話にお付き合い頂き、ありがとうございました。

それでは、いつもの通り、明日の朝6時。
最終話として、エピローグをお届けします。
お楽しみに。

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