艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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エピソード68

まだ真夜中に鎮守府へと帰ってきた長門と天龍は、港に大勢の艦娘が揃っているのを見て頷いた。

そして先頭に立っていた扶桑に、二人は息を整えつつ事のあらましを説明した。

「だから今、提督は人質に取られている」

「今日の0000時からカウントダウンは始まっている。期限は10日間しかない」

扶桑は静かに聞き返した。

「提督の状況は、伺ってますか?」

長門が答えた。

「手術を行い、とても危険な状態が続いてるとだけ聞かされた」

扶桑が頷いた直後、天龍は土下座した。

「すまねぇ!ほんとすまねぇ!俺が余計な事を言ったばっかりに!」

だが、扶桑の背後から、天龍の予想とは違う声が返ってきた。

「じゃ、遠征第1陣の皆さん、そろそろ行きましょうか~」

天龍と長門が声の方を向いた。

扶桑が譲った道の先には龍田を先頭に、装備を整えた艦娘達が揃っていたのである。

「龍田・・お前」

「鳳翔さんに言われたのよ~、寝言は寝て言え、泣き言は聞かんってね~」

「・・・」

「戦艦と正規空母、重巡の方も今回はお仕事があるからね。詳しくは食堂で聞いて~」

そういうと龍田達は真っ暗な海に下りて行った。

 

食堂の半分は黒板や机、携行型の通信機が並べられ、大勢が集える臨時の司令所と化していた。

黒板を背に、その中央に陣取っていた鳳翔は、長門と天龍の姿を見つけると微笑みつつ声をかけてきた。

「長門さん、天龍さん、おかえりなさい」

二人は険しい顔で返した。

「すまない。作戦を教えてくれるか」

「その前に確認します。大本営から10日間で大鳳さんを建造しろと連絡が来ましたが、今日からですね?」

「そうだ。今日の0000時からだ」

「解りました。では作戦を説明します」

 

鳳翔が立てた作戦は、鎮守府所属艦娘全員であらゆる資源調達にあたるというものだった。

軽巡、駆逐艦、それに軽空母と水母は遠征を命じられ、複数の班に編成された。

各班は汎用性のある6隻ずつの固定編成とされ、遠征、補給、休息のサイクルで淡々とこなしていく。

実施する遠征は短時間で少量の資源しか得られないが、24時間体制にする事でカバーされていた。

班を組み替えない方が単純でミスも無く、単位時間あたりの獲得量は多いというのが鳳翔の説明だった。

次に、潜水艦は2隻しか居ないが、単艦ずつ交代して東の海へと出撃する事を命じられた。

勿論資源採取の為であるが、伊19も伊58も計画表を見てあぁついに来たと溜息を吐いたという。

一方、重巡、正規空母、戦艦は、ある無人島から資源を輸送するよう命じられた。

兵装は最小限とし、あらゆる空きスペースに資源を積んで来いと言われたので、効率は最悪だった。

だが、その島は近く、そして全ての種類の資源が大量に隠し置かれていた。

そう。

龍田達が日頃から貯めに貯めた裏資材である。

 

廊下の隅で未転売の裏資材はどこにあると鳳翔から尋ねられた時、龍田は誤魔化そうとしたが、

「言わなければ、言わせるまでですよ?」

と、鳳翔はニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。

鳳翔の瞳の底に宿る狂気に腰が抜け、震えながら島の位置を説明した龍田は、

「あれは・・あれは武器になる。間違いなく」

と、我が物とすべく練習を始めたのは少し後の事である。

 

こうして、提督と文月による「優しい」計画では4日かかった資源集めを2日間に圧縮。

さらに建造者についても鳳翔はたった一人を兼任者として指名した。

それが誰かというと、

「ふえぇええっつ!?わっ、私っ!?むっ、無理!無理無理無理無理!」

こう言って涙目になりながら首を振る瑞鶴に、鳳翔は

「記憶もLVも全て剥奪されたくなければ、やるのです」

このたった一言で黙らせた。

 

ちなみに提督達の作戦では鎮守府を護衛する艦隊は別に用意されていたが、今回は無かった。

長門がその事を訊ねると、鳳翔は

「この程度の範囲、私一人で守れます」

と、さらっと答えたという。

 

開始された作戦は極めて順調に進んで行った。

しかし、いつもの和気あいあいとした雰囲気とは全く異なり、乾いた、静かなものだった。

冷淡で理詰め、そして居るだけで強烈なプレッシャーを与える鳳翔の前で「何か言う」など許されなかったのである。

鳳翔は指令室以外でもこれを徹底した。

たとえば、建造時に居合わせた艦娘達が工廠に向かって手を合わせていると、

「貴方達がそこで祈っても無意味です。もたもたせず計画通り行きなさい」

鳳翔はそう言いながら面々を海へと押し出したのである。

「ああまで言われては・・いっそスッキリしましたけど」

とは神通の談である。

 

 

作戦開始から8日目、まもなく夜明けという頃。

 

瑞鶴は寝床で呼び出しベルの音に気づき、むくりと起き上がった。

それは建造用の資材が揃った事を告げる物であり、ベルが鳴ったら工廠に向かい、建造する。

それが瑞鶴に与えられた任務だった。

眠い目を擦りつつ、半分寝惚けたまま工廠に向かう。

 

これまでに、瑞鶴は3回の建造命令を発していた。

4回目ともなると、瑞鶴は工廠に置かれた膨大な資源を見ても、それを装置へと放り込む事にも慣れてしまった。

さらに、建造以外の時は容赦なく資源輸送のお役目が回ってきたので失敗を嘆いている暇さえ無かったのである。

鳳翔からは

「指定通りに資材を入れて建造を命じるのが貴方の役割で、成否は貴方の責任ではありません」

呪文のように繰り返し言い含められた瑞鶴は、以前の隼鷹のような心理的なプレッシャーも感じていなかった。

前回の作戦の失敗要因を、鳳翔は徹底的に潰していたのである。

 

「うー・・むにゃ・・ねみゅい・・・」

いつも通りに膨大な資材を投入しようとしたが、溜まった疲れに勝てず、つい資材に寄りかかってしまった。

すると。

 

ズ・・ズズ・・ガラガシャーン!

資材ごと、瑞鶴は派手に転んでしまった。

 

「あ、あいたたた・・ああっ!?しまった!資材崩れちゃった!」

 

瑞鶴は痛む腰をさすりながら起き上り、はっとして工廠の惨状を見渡した。

ヤバい。工廠散らかしたら工廠長さんに怒られる!数量確認もしてない!どうしよう!

瑞鶴は冷や汗をかきながら一瞬で考えた。

まだ誰か来る気配はない。ベルは鳴ったのだから規定量はある筈だ。

最も早く片付けるには・・そうだ!

瑞鶴は手近にある資源から順不同で次々と機械に放り込み始めた。

誰か来る前に建造してしまえば散らかした証拠は隠滅出来るというわけである。

ポイポイと放り込んでいると、にわかに外が騒がしくなってきた。

気付かれた!?まだ!まだよ!まだ来ないで!

ポポポイポイポイポイ!

「・・・よし!全部入った!」

入れ忘れが無い事を確認し、急いで蓋を閉じた瑞鶴は叩きつけるようにスタートボタンを押しこんだ。

その直後。

 

ガチャッ!

 

瑞鶴がキッとドアの方を見ると、そこには妖精に引っ張って来られた工廠長が立っていた。

皆がこちらを指差している。さっきの音に気付いて飛んできたのだろう。

か、間一髪!

ふあっ・・良かったぁ・・

工廠長にえへへと中途半端に笑いながら、腰が抜けた瑞鶴はぺたんと機械の前に座り込んだ。

だが、工廠長は傍までやってくると、言った。

「・・瑞鶴っ!」

びくりとする瑞鶴。

ヤバっ。やっぱバレてた!?

だが、恐る恐る顔を上げた瑞鶴に掛けられた言葉は、

「瑞鶴・・良くやった・・この時間、間違いない。た、大鳳。大鳳じゃぞ!」

ふえ?

工廠長の視線を追うように、そっと建造時間の表示板に目を向けると、そこには

「6:39:46」

と、記されていたのである。

「やった・・瑞鶴、やったな!おめでとう!・・おい?どうした!しっかりせい!」

工廠長に肩を揺さぶられても瑞鶴は呆けていた。

あれだけの資材、あれだけの手間隙をかけても来なかった大鳳。

もう来ないだろうと正直思っていた。

だから全く実感が湧かなかった。

ただただ、建造時間がカウントダウンされていくのを見つめていた。

妖精達は大慌てで食堂に向かって駆け出した。鳳翔に作戦完了を知らせる為に。

 

 

数時間後、大本営の病院内。

「・・・」

提督は一般病棟に移されていたが、担ぎこまれた日からずっと眠ったままだった。

その隣で昇り切った朝日を背に、目を瞑ったまま提督の手を握っているのはヴェールヌイ相談役だった。

眠っているのではなく、ずっと考えていた。

提督が大切にしている艦娘達に不可能に近い意地悪をしてしまった。

当然、今の今まで何の音沙汰も無い。

もし、もしあと2日で建造出来なかったら、言った通り鎮守府を解体せねばならない。

提督はその時どんな顔をするだろう。

ひどいショックを・・受けるよね。

でも、それでも私は、提督を、どうしても、護りたかったんだ・・

この手を血に染めてでも、私は・・

でも・・提督が目を覚ましてくれなければ・・もう何もかもどうでも良い・・

「ん・・」

ヴェールヌイ相談役はその声にハッとして、目を開けた。

提督の目がうっすらと開いている。

ヴェールヌイ相談役は提督にそっと訊ねた。

「て、提督・・見えるかい?聞こえるかい?」

「ん・・あ・・相談役?」

ヴェールヌイ相談役はボタボタと大粒の涙をこぼしながら、何度も頷いた。

「そう・・だよ・・うぐっ・・」

「相談役・・すみません・・」

「なっ・・なにが・・だい?」

「無事に・・戻って来いと言う・・ご命令に、反して・・しまいましたね・・」

「そうだ・・そっ、相談役・・命令・・違反だぞ・・ばか・・ばか・・ばかもの・・」

「ええと・・命令違反の場合は・・どうなるのでしょう?」

ヴェールヌイ相談役はギュッと目を瞑り、目を見開いた。

くそっ、提督が目を覚ましたのに涙で視界がグズグズじゃないか。

しばらく嗚咽を続けていたヴェールヌイ相談役は、キッと提督を見下ろして言った。

「そ・・添い寝1時間だ」

「?」

「添い寝1時間だっ」

そういうとヴェールヌイ相談役は、そのまま提督のベッドに倒れ込んだ。

「罰に・・なってない気がしますよ」

「うるさいうるさいうるさい!私が決めた事だ!異論は認めない!」

「・・はい」

 

ぽん。

 

提督の右手が弱々しくも自分の背中を撫でた時、ヴェールヌイ相談役はわんわん泣きだした。

温かい。

大好きな大好きな提督の手の温もり。一日千秋の思いで待ちわびた温かさだ。

ヴェールヌイ相談役はひとしきり泣くと緊張が解けたのか、あっという間に眠りに落ちて行った。

 


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