申し訳ありませんでした。
本章では以前も悩んだのですが、過去の章で描写した事を改めて書くと、直前にモロに答えを示すクイズのようでシラけてしまわないか、というのを私はとても気にします。
ただ、解らないのもそれはそれで面白くなくなると思いますから、活動報告の方でエピソード58と59について補足を記しました。
気になる方だけご覧ください。
ここで書かないのは、こういう事を言い訳と受け止める方が居るので、火に油を注ぐような事にしたくなかったからです。
作者が豆腐メンタルなのは仕様です。
諦めてください。
大本営近海。
海底までくまなくセンサーが仕掛けられ、自動迎撃システムや重装備の地上部隊が24時間警護する海。
日本国内で最も厳重な警戒が敷かれている海域を「程度」だと?
だが、鳳翔はあっさり答えた。
「その程度なら基礎課程で大丈夫ですよ」
長門は目を見開き、改めて提督の言葉を理解した。
鳳翔のいう応用課程とは、一体何を想定しているのだろう。
提督は頷いた。
「ならば応用課程は保留としましょう。ところで、鈴谷はどうです?」
「伊19さんに比べるともう少し手前から始める格好になってますが、進捗度合は悪くないですよ」
「ええ。鈴谷は雰囲気のせいでサボってるように見られますが、ちゃんと真面目にやってますからね」
「そのようですね。今は4mの高波を乗り越えながら、正確に射撃する方法を考えてもらってます」
「あー、そろそろ難関に差し掛かってますね」
長門はじわりと汗をかいた。
普通の海の上でだって精密射撃は神経を使う。
それをそんな荒れた海でやるなんて狂気の沙汰だし、実戦なら積極的に避けるべき状況だ。
でも、出来なければ鳳翔は次のステップに進まないし、進めなければ卒業認定には達しない。
伊19、お前はどこまで学んだのだ?
「どうなさったんですの?」
「ん・・」
港の端にぽつんと座って水平線を眺める鈴谷に、熊野は声をかけた。
しばらく鈴谷は黙ったままだったが、熊野は隣に腰掛けると、じっと待っていた。
やがて、鈴谷は口を開いた。
「イクちゃんがさ、卒業しちゃうんだよねぇ」
「一緒のレッスンを受けていたんでしたわね」
「卒業するのは良い事だと思うんだけど、なんか寂しいなって、ね」
「一人になってしまうから、ですの?」
「今まではさ、イクちゃんが先輩って感じで、3人で和気あいあいと話してたんだ」
「ええ」
「でも来週から、鳳翔先生と二人。あの明るいイクちゃんが抜けるとさ・・」
「んー、鳳翔先生が苦手なんですの?」
「そうじゃないよ。優しい先生だもん。だけど、その・・」
熊野はしばらく考えた後、
「貴方に手を貸すのはやぶさかではなくてよ。ちょっと聞いてきますわね」
そう言ってきょとんとする鈴谷を置いて、足早に去って行ったのである。
「へ?熊野も受けたいの?」
「ええ。ただ、お願いが1つ」
「うん」
「鈴谷さんが修了するなり、卒業する時点で引き上げたいんですの」
「あ、いや、それなら認められないよ」
「どうしてですの?」
「鳳翔さんは下手でも熱意があれば受け入れるけど、中途半端な気持ちなら来るなって言うんだよ」
「でも、鈴谷が・・」
「うーん・・じゃあこう言うと良いよ」
「鈴谷さんとライバルでありたい、ですか」
「ええ。艦娘として共に同じ鎮守府で戦う以上、レッスンの後も切磋琢磨する関係で居たいんですの」
鳳翔の店を訊ねた熊野は、提督から言われた事を含んで希望を伝えた。
提督は、鈴谷と同レベルに仕上げて欲しいと頼みなさいと言った。
鳳翔は生真面目な性格であるが故、頼まれた事を出来るだけ叶えようとする。
ある人と同じレベルというのであれば、その人としっかり比較してキッチリ同じにしようとする。
鈴谷が居ないと比較出来なくて困る、だから一緒に過ごせるだろう、という理屈である。
鳳翔はふうむと腕を組んだ後、そっと目を閉じた。
「正直な話、鈴谷さんの狙撃センスは天性の物がありますよ」
「同じ分野でなくてもよろしくてよ。同じ戦場で戦える技量さえあれば」
「熊野さんが得意とする事は?」
「もちろん、主砲での砲撃。それも電探と連携するものですわ」
鳳翔はふむと頷いた。
「一緒になりうるか、確認させてもらいます。射撃場へどうぞ」
「とぉぉぉぉおおおぉおぉおおっ!」
熊野の砲撃結果を見た鳳翔は頷いたが、帰ってきた熊野に言った。
「最初なので、少し厳しい話をしますね」
「はい」
「貴方の砲撃は上手ですが努力によるものであり、練度に応じた限界となるでしょう」
「は、はい」
「一方、鈴谷さんの狙撃は未完成ですが、その才能は物凄く伸びる可能性があります」
「で、では・・」
「ただし、才能をきちんと開花させるにはとてつもない努力が要ります」
「・・」
「貴方は並び立つのではなく、鈴谷さんを支えるポジションの方が合うでしょう」
「・・」
鳳翔はにこっと笑い、熊野の目を覗き込んだ。
「鈴谷さんが御一人で寂しがっているのを見かねたのでしょう?」
「うっ」
「提督はなかなか良い入れ知恵をされましたけど、鈴谷さんの隠れた才能は誤算でしたね」
熊野はぞっとした。何もかも見透かされているかのようだ。
「あなたの求めるオーダーに応える事は出来ません」
「・・はい」
「でも、講義に同席するのは良いですよ」
「え?」
「鈴谷さんがどのような講義を受けているか聞き、会話に混ざる事も許します」
「・・あ、あの」
「鈴谷さんの成長を、傍で支えてくれませんか?」
熊野はぎゅっと目を瞑ると、鳳翔に深々と頭を下げたのである。
翌日。
熊野は鳳翔から言われた通り、鈴谷に内緒で、少し遅れて射撃場に足を運んだ。
伊19と鈴谷は驚きつつも熊野を喜んで迎えたのである。
「ほぉーう、聴講生って熊野だったの!今朝まで何も教えてくれなかったじゃーん!」
「ごきげんよう皆さん。ごめんなさい。鳳翔さんから口止めされていたの」
「これで鈴谷ちゃんも寂しくないのね!良かったのね!」
「うふふ。鈴谷さんをちょっと驚かせようと思いまして。熊野さんを怒らないであげてくださいね」
「う・・しょ、しょうがないなぁ」
「はい。一緒に座学を受けましょ。これからよろしくお願いしますわ」
季節は春から夏へと変わり、その夏も過ぎようとしていた。
「うぅ・・熊野ぉ」
「はいはい。今日の狙撃は惜しかったですわね・・って重いですわ!」
鳳翔の店でかき氷を食べていた鈴谷は、ふと熊野の腕にゴツンと頭を乗せた。
「もう少し、鈴谷さんなら行けそうな気がするんですけどね」
「どこをどうしたら良いんだろー、先生教えてよぅ」
「それが出来ればやってあげたいんですけどね・・その壁は自ら超えて頂かないと」
カウンターに顎を乗せ、鈴谷は悔しそうな顔をしながら鳳翔を見た。
鳳翔は苦笑していた。
伊19も通った基礎課程は、鈴谷もとうの昔に終わっている。
それなのに通い続けているのは、鈴谷の突出した才能のせいだった。
「鈴谷さんの狙撃センスは本物です。伸びしろはこんな物じゃないような気がするんです」
夏が始まる頃、鳳翔は提督にそう告げた。
「ええとそれは、応用課程に入るって事?」
「はい。あのセンスを死蔵するのは余りにも勿体無いです」
「んー、センスの有無より、本人がやりたいかどうかだからなぁ」
提督は腕を組んだ。
応用課程。
鳳翔がこれはと認めた人に提示する特別カリキュラムだ。
大将直属の艦娘達は例外なくこの応用課程を受け、あっさりと卒業している。
応用課程と一口に言っても、その内容は決まった物ではない。
ある者は砲術を、ある者は操船を、ある者は運の使い方を、それぞれ極めた。
しかし、その代償は大きい。
時として生まれ持つ性格さえ変わってしまう。
例えば大将直属の雪風はあまり笑わなくなり、静かに話すようになった。
普段はあまり変わらないように見える武蔵も、本気を出すとその恐ろしさに味方さえ委縮してしまう。
大和が中将直属になったのは、普通でありたいと言う理由で応用課程を断ったからだ。
それくらい、艦娘としての将来を左右するのである。
鳳翔の話に、提督は首を振った。
「ダメだ。私の一存では決められない。応用課程を受けるか否かは本人に決めさせる」
「それはそうですね。では、基礎課程を卒業として、応用課程を望むか確認しますね」
「・・んー、私も同席する。ここで話してくれないか?」
「構いません。では熊野さんも同席して頂いてよろしいですか?」
「・・そうだね。聞いてもらった方が良いな」
「解りました。では呼んできますね」
「あぁ、いや、こちらで呼びましょう。加賀さん」
「はい。既にお呼びしています。まもなくいらっしゃいます」
「さすが加賀さん。ありがとう」
「どうという事はありません」